天気が良い日だった。よく晴れた空には真っ白な雲が浮かんでいて、ゆっくりと移動しているのが見える。日差しは強すぎず、肌に心地良い。時折風が吹いて公園の梢を揺らす音が、なんとも耳に気持ち良かった。カフェのテラス席で時間を過ごすには、最高の環境と言えるだろう。今日は虎徹の、久方ぶりの休日である。ヒーローは二十四時間仕事で休日などない、というのが虎徹の考え方だったが、トップマグ時代には多少嫌な顔をされつつ受け入れられていたそれは、アポロンメディアに移籍するにあたって決して許されなくなった。会社員である以上、休みを取ってもらわなければ困るというのだ。当初は反発していた記憶もあるが、休日だと言うのに出勤してくる虎徹を働かせない為、事務の女性とバーナビーが共謀して虎徹のパソコンにロックをかけ、物理的な鍵までつけた上、ロイズの執務室に運び込むという手段を取ってからは諦めがつくようになった。年齢的に無理が利かなくなってきた体だと自覚し始めたこともあるが、その事実からはなんとなく、目を反らして過ごしている。誰だって老化を目の当たりにしたくないのである。
めんどくさい手段を行使されてようやく受け入れるようになった休日、休暇の習慣は、しかしアポロンメディアに勤めて二年以上が経過すれば、自然と身に馴染んでくるものだ。次の休みはあれをしよう、これをしようと計画を立てて弾む心をはじめて自覚した時は苦笑いしたものだが、今では悪くないものだと感じられる。とはいえ、急な呼び出しで予定がふいになることなどざらなので、計画を立てはするものの、その消化に熱意を傾けることをしないのが現実なのだが。今日という日の休みにあたって、虎徹は待ちあわせの他はなんの予定も組まなかった為、気分としてはゆったりしている筈だった。時計を見れば、待ちあわせの時間まで、あと一時間以上もある。早く来すぎたかと思いながらコーヒーをひとくち飲み、苦みと香ばしい匂いを楽しんでから、虎徹はようやく、なあ、と声を響かせた。
「……なぁんでバニーもいるんだ?」
「いけませんか?」
「今日は仕事の筈だろ?」
バーナビーと虎徹の休日が重なることは、まず無いことだった。アポロンメディアとしては、どちらかのヒーローを常に動かせる状態にしておきたいからだ。意図的に休日の申請をするか、有給休暇を入れれば話は別だが、今日はそのどちらでもなかった筈である。遠回しに、仕事行けよ、と言ってくる虎徹に、バーナビーは心底『この世界の誰に言われてもあなたにだけは言われたくありません。理由はあなたの普段のデスクワークに対する熱意、そして素行です』という意思を綺麗に覆い隠した麗しい笑みを浮かべ、ちょっと意味が分かりませんね、と言った。そして、右手のひとさし指で、カフェテーブルに乗せた小型のノートパソコンを、トントン、と叩く。
「仕事中ですよ?」
「……社外秘とか」
「事前にロイズさんにお願いしてきましたし、本当にダメなものは昨日までに全部終わらせてきました」
この美しい男がアポロンメディアCEO、マーベリックの秘蔵っ子と呼ばれた時代はとうに過ぎ去っているが、それでも社内である意味寵愛されていることに変わりはないのではないか、と虎徹は深く息を吐きだした。公園に面したこのカフェから、アポロンメディアへは交通機関を使えば二十分くらいで辿りつけるので、ちょっとした外出とみなされているのかも知れないが、それにしても虎徹には許可されない仕事形態である。やる気はともかく、日々、すぐ隣のデスクからの監視つきであっても遅々として仕事が進んでいない為に、外出がサボリとみなされている事実を、虎徹だけが認識していなかった。お前はいいよなぁ、と溜息をつかれるのに呆れ交じりに首を傾げ、バーナビーは水滴の浮いたグラスを持ち上げ、ストーローを歯で噛みながら中身を吸い込んだ。虎徹のホットコーヒーに対して、バーナビーが頼んだのはアイスのカフェラテである。女の子みたい、とからかうと手が滑ったことにして顔面にぶちまけますよ、と言ったバーナビーが、以前本当に実行して以来、虎徹はバディがなにを頼んでもなにも言わないことにした。
バーナビーはストローでくるくると氷と液体を混ぜ合わせ、もうひとくち飲んでから、コルクのコースターにグラスを置いた。トン、と軽やかな音がする。
「大体、あなたを一人にするなんて。そんな怖いこと出来る訳がないでしょう」
眉を寄せながら告げられた言葉に、虎徹は心臓が停止するような気持ちで顔を強張らせた。
「……それって」
「楓さんにデリカシーのない父親と散々嘆かれたあなたが、エドワード先輩の話を冷静に聞いてくれるとは思いませんし」
バーナビーの視線は指を走らせるキーボードと、パソコンのモニターとの間を交互に移動している。だからこそ、虎徹の様子には気がつかなかったのだろう。さらりと続けられた言葉に、虎徹がそういう意味かよ、と胸を撫で下ろしたのも、視界に収めた様子はない。ただ、至近距離であるから、動揺と安堵の気配くらいは伝わるもので。ふー、と苛立ちと呆れとその他もろもろの籠った溜息が、厳しく空気を震わせた。
「虎徹さん」
「おう」
「良い機会なので聞いておきましょう。あの時は僕も冷静に聞けませんでしたし、その後も話はしませんでしたから。……なんで引退を決めてから僕に話したんですか?」
おいしくないものを口に入れてしまったとばかり顔を歪めて、バーナビーはまっすぐに虎徹を見つめた。そのまっすぐさが、すこしばかり、怖い。視線を反らして口ごもる虎徹に、バーナビーはさらに息を吐きだした。さっきからバーナビーの幸せは逃げぱなしで、回収される見込みがどこにもない。
「なんで相談しなかったのか、と聞いてるんです」
「……や、だってお前……忙しそうだったし」
「僕がどんなに忙しかろうが予定が詰まっていようが、仕事が終わらないと言っているのにかまいもせず飲みだの食事に連れ出したりするあなたが? 忙しいから話せなかったと。はっ……もう少しマシな言い訳を考えてください」
あざけるように鼻で笑うバーナビーは、それでいて寂しそうに目を細めて虎徹を見ていた。まだ教えてくれないのか、と半ば諦めてもいるようだった。虎徹がさらに言葉を告げようとするより早く、大体ですね、とバーナビーが言う。
「あの時点で僕たちは、恋人同士でしたよね?」
「……そうだな」
「恋人になんの相談もなくある日突然仕事を辞め、田舎に帰ると聞かされて、別れ話ではないと受け止められるハッピー・ポジティブな相手だとでも思いました? この僕が。個人的に受け止めれば別れ話、しかももう虎徹さんの中ではそうすることが決まっているらしい。仕事の上で考えれば、なんの相談もなくバディ解消。やっぱり、なんの前触れもなく。……ごく、常識的に、考えて、普通は……怒りますよね?」
にっこり笑って首を傾げられ、虎徹はあー、と視線を泳がせた。そのことを口にできるだけ、バーナビーの精神は柔軟に、健康なそれに戻ってきている。すこし前までなら考えるだけで涙ぐみ、相手に確認を促すなんてことは絶対に出来なかった筈だ。バニーちゃん元気になったねぇ、と言えば、伸びてきた手が虎徹の頭を遠慮なくひっぱたく。痛いと抗議するより早く、がんっ、と叩きつけるようにテーブルに手をついて身を乗り出したバーナビーが、虎徹の目を睨みつけながら顔を寄せてきた。怒った美形のアップは、迫力があってとても怖い。
「虎徹さん?」
「はい」
「質問には、答えを持って返しなさい。僕は今、怒りますよね? と聞きました。分かりやすいように二択にしてあげましょうか? 普通は、怒りますよね? それとも虎徹さんは、僕が全く同じことをしたら……ちっとも怒らないで受け入れますか? 僕が、ある日突然、ヒーロー辞めて実家……はないから、旅に出ますとか言って、もう決めたことなので報告してるだけですみたいな雰囲気で。虎徹さんなら一人でもヒーローやっていけますもんね、これからも頑張ってください応援してます、とか言ったら、別れ話だと思うでしょう?」
名を呼ばれ、思わず敬語で返してしまった虎徹に、バーナビーは演説原稿を読み上げるがごとく、張りのある声で淡々と言い聞かせた。そこまで言われてしまえば、さすがに逃げ道がない。降参と言わんばかり軽く両手を挙げながら、虎徹は憤慨しながら椅子に座りなおすバーナビーを見た。
「確かに、怒るし……別れ話だと思うかもな」
「そうでしょう。で? 本当にそんなことになったら、あなた僕のこと、手放せるんですか?」
引退すると決めて話した時だって、一人にして置いて行くのに、僕を手放すだとか本当はちっとも考えていなかったくせに、と目を細めて睨みつけるバーナビーは、脚を組み腕も組んでちいさく首を傾げている姿で、ちょっとした支配者のようだった。ゆーらゆら揺れる靴先を目で追いながら、虎徹はわりと素直にその言葉を口にした。
「手放さないけど?」
「僕は旅に出て仕事も辞めるつもりですけどね?」
「だから、許さないっつの。……あー、そっか。お前、こういう気持ちだったのか……」
反射的な怒りで吐き捨ててようやく、虎徹は当時のバーナビーの気持ちに思い至ったらしい。残念なくらい遅すぎる、と言わんばかり目を細めて、バーナビーはそういうことです、と頷いた。虎徹が真っ先に感じたのは怒りや失望であり、バーナビーが感じた裏切りや孤独感とはまた違うものだが、それはそれとして、もういいような気がした。きっと言っても分からないし、精神構造の違いなので諦めもつく。確かに、虎徹に比べてバーナビーの精神は弱めなのである。それは事実だった。
「分かりました?」
「ああ、分かった」
「じゃあ、謝って頂けますね?」
あなたからの謝罪が欲しいんです、というバーナビーの声は甘く、あなたからの愛が欲しいんです、と告げても違和感がなかっただろう。いっそ睦言めいた甘さだった。だからこそとっさに意味を理解せず、虎徹はなに言ってんのか分かんない、と眉を寄せて黙りこんだ。にこ、と笑いかけられる。
「いえ、僕だって分かってはいるんですよ? 確かに当時、僕は相談しにくい相手だったでしょう。メンタル弱いし、状況も悪ければ、相棒として頼りなかった。あなたが信頼して心を打ち明ける相手として、相応しい男ではありませんでした。だから、相談しなかったことも、引退を決めてから話したことも、全然ちっとも全くこれっぽっちも許してはいませんし怒ってもいますが、それはそれとして、仕方がなかったかな、とも思えるようにもなりました」
人間の精神面の成長って意外と早く訪れますね、と小首を傾げて微笑むバーナビーに空恐ろしいものを感じながら、虎徹はとりあえず、頷いた。逆らってはいけない迫力を、ひしひしと感じたからである。よろしい、と言わんばかり鷹揚に頷いて、バーナビーは穏やかに、あくまで穏やかに囁いていく。
「ですから、謝れと言っているのはそのことではなく」
「へ?」
「もちろん、そのことについて謝って頂くのは大歓迎ですが、僕が謝って欲しいのは、あなたがまるで平気な顔をして僕にそれを告げたことに対して、です。僕が、それを受け入れると思ったことに対してです。謝ってください」
意識せず、虎徹はバーナビーの顔を見た。恐らくは誰もが純粋に美しいと思うであろう整った顔立ちは、不機嫌に虎徹を見つめ返したが、微笑んでもいた。口元だけの笑み。慣れ切った、張り付いた撮影用の、営業用の、ただただ美しいばかりのそれ。手を伸ばして、頬に触れる。びくりと一度体を震わせ、怯えるように眉を寄せ、それだけでバーナビーは虎徹の動きを受け入れた。出会った頃ならばともかく、今現在のバーナビーは、虎徹のやることや言うことを、大体こうして受け入れてくれるのが常だった。拒絶したのは、心からのそれで手を跳ねのけたのは一度きり。傍からいなくなること。それを、バーナビーが許すと虎徹が思ってしまったことだった。
「バニー」
「はい」
「……ごめんなぁ」
するりと自然に、口から出て行った言葉だった。案外素直に謝った虎徹を、可愛がるようにバーナビーは見つめる。甘やかすように、愛おしむように。ふふ、と肩を揺らして笑う。
「なにが、ですか?」
「お前が……平気だって思ったことだよ。俺がいなくても、全然平気だって思って、一人にしようとしたこと。俺の言葉を無条件に、お前が聞き入れてくれると思ったこと」
ふ、と甘くくちびるを和ませて、バーナビーはゆるりと笑みを深めてみせた。
「四十点」
「……バニーちゃーん。ごぉめんってばー」
「はいはい。許してあげますよ。……本・当・に! 仕方ないですね、虎徹さんは」
心の奥底から力いっぱい仕方がないと思っている様子で告げ、バーナビーはそっと、頬に触れていた虎徹の手に指先を触れさせた。そのまま身を傾け、虎徹の瞳を覗き込むようにしたまま、上唇を啄む。乾いた唇に温もりを与えるようにして触れ、ちゅっちゅ、と可愛らしい音を立てて離れて、バーナビーは晴れやかに笑った。
「許すのは一度だけです。つまり、今回だけです」
「……分かった」
「二回目があったら、僕はパオリンと結婚します」
あなたはどうしてか、僕が本気で他の人に心変わりしないとか、浮気しないとか思っているようですが、とバーナビーは麗しく微笑みながら首を傾げ、凍りつく虎徹に容赦なく告げた。
「僕、別に女性が嫌いな訳ではないので。虎徹さんもそうでしょうけれど……結婚に興味がない訳でもないですし」
「ぱ、パオリンと結婚したいの? バニー」
「今の所は、別に。積極的にしたい、と思う訳ではありませんよ。でも虎徹さんが僕のことをないがしろにしたり、相手の気持ちを思いやるっていう基本的なことをおろそかにするようであれば、もちろん僕も気がつかせたり繋ぎとめたり相応の努力はしますが、僕が好きなのはあなただけで、あなただけがずっと好きで、あなた以外目に入らない、みたいな認識であぐらをかいているのであれば、僕は他の人になびく用意が出来ている。そう言っているんです」
全く本当に理解力が明後日の方向にありますね、虎徹さんは、と美しい笑顔と甘やかす声で囁かれても、こびりつくような恐怖心が消えることがなかった。バーナビーは紛れもなく本気で言っていて、そして本気で、それを実行しようとしているのだ。誠心誠意努力させて頂きます、と呻くように言った虎徹に満足げに頷き、バーナビーはちゅ、と男の額に唇を押し当てた。
「基本的には、あなたが好きですよ。安心してくださいね」
「……手厳しいね、俺の兎ちゃん」
「手厳しくしないと駄目だと思わせるほど追いつめたのは、他ならぬあなたであるという事実をお忘れなく?」
遠慮と思いやりの無い力で虎徹の後頭部をひっぱたき、バーナビーはさて、と腕時計に視線を落とした。そろそろ、待ちあわせの十分前になる。エドワードと楓が現れてもおかしくない頃だ。気がついて、とたんにそわそわしだす虎徹に落ち着いて待てないのかと思いながら、バーナビーは氷がすっかり溶けてしまったカフェラテを、グラスに直接口をつけて飲み干す。
「……そう言えば、確認なんですが」
「確認?」
「虎徹さん。あなたもしかしてまさか、楓ちゃんを怒ったり叱ったりしないでしょうね? どうして言わなかったんだとか、なんで一言相談しなかったんだとか。エドワード先輩に対して、怪我させてみろただじゃおかないとか、泣かせたら体育館裏に呼び出すから覚悟しておけとか」
やっぱり薄まるとあんまり美味しくないな、と思いながらグラスを置くバーナビーに、虎徹からは受け入れがたいと言わんばかりの視線が向けられた。
「いや、言うけど?」
「虎徹さんが馬鹿なのは知っていましたが言わせて頂きます、この馬鹿が」
「ちょ、バニーちゃんひどくないっ?」
滑らかに笑顔で罵倒してみせたバーナビーは、バディの抗議を右から左に受け流した。
「酷くありません。酷いのはあなたの学習能力です」
「え、えー……」
「えー、じゃない! 虎徹さん。あなたつい今しがた、反省したばかりですよね? 僕に謝ったばっかりですよね? いいですか、楓ちゃんは言わなかったんじゃない。言えなかったんです。緘口令があったことを、楓ちゃんからあなたも聞いたでしょう? それでなんで怒るんですか。親子だからとかそんな言い訳は聞きませんよ。むしろあなたは実の父親にすらそのことを言わず、秘密にしなければいけないことを守り通した楓さんを褒めるべきだ。楓さんは十二歳です。もう十二歳ですが、まだ十二歳です。アカデミーからの通達も、自分の能力のことも、サポーターのことも、どんなにか相談したかったでしょう。どんなに心細くて、不安で、分からないことだらけだったことか。それなのに楓さんは変な所だけ妙に聡いあなたにその瞬間まで悟られることなく、自分一人の胸の中にそれを隠し通した。中々出来ることではありません。……それに、仕事の相棒に引退のことを相談せず、恋人に田舎に帰ることを決めてしまうまでなにも言わなかったあなたが、どの面下げてなにを言うのかと」
付け入る隙の見つけられない正論だった。ものも言わず、カフェテーブルに上半身を伏せた虎徹をちらりと見やり、バーナビーはウエイトレスを呼んで新しいアイスカフェラテと、ホットコーヒーを注文する。虎徹のホットコーヒーはまだ半分以上残されていたが、冷え切っていたので下げてもらった。
「エドワード先輩にも、あんまりみっともないこと言わないでくださいね?」
「……みっともないってなんだよ」
「ヒーローに関わる以上、怪我のリスクはどうしたって付きまといます。楓さんも分かっているでしょう。注意するのはいいですが、それを言うのは楓さんに、です。言ったでしょう? 十二歳の女の子ですよ? もう中学一年生です。レディです。あなたはレディの仕事上の相棒に対して、保護者であれと言うつもりですか? エドワード先輩が自分でそうするのであれば、それは個人の問題なので僕は別にかまいませんが……。怪我をしたらね、治療して、すこし怒って、抱きしめればいいんです。泣いてしまうようなことがあれば、手を繋いで、顔をみて、慰めればいいんです。分かりましたね?」
念を押して虎徹から視線を外し、バーナビーはスリープモードになっていたパソコンを再び起動させた。メールボックスを開いて新着をクリックしていると、よろよろと虎徹が体を持ち上げる気配がした。ちょうど運ばれてきたホットコーヒーに息を吹きかける仕草で、バーナビーの元にも香りが届く。新しいアイスカフェラテをストローでかき混ぜながら、バーナビーは虎徹を見もせず、思いついたことを口にした。
「仕事上のバディでそんな反応するだなんて……楓さんが結婚相手連れてきたら、あなたどうするつもりなんですか」
独身主義でなければ、楓はそのうち、誰かの花嫁になる筈である。嫁に行くか婿を取るかはその時の状況にもよるだろうが。楓の花嫁衣装を想像しながら、とりあえず連れてきた男は僕に戦いを挑んで三本勝負で二本以上勝ったら認めることにしようかな、と大人げなく思い、バーナビーはちら、と虎徹に視線を投げかけた。思わず、ぷ、と笑ってしまう。
「……ひっどい顔」
「か……楓は、お父さんと結婚するって言ってたもん!」
「もんじゃないですよ。なにを間違えてもそれ、楓さんに言っちゃダメですよ? 平手打ちで済めば優しい方です」
うわああぁっ、と頭を抱えて悶絶する虎徹を白い目で眺め、バーナビーはちゅう、とストローでカフェラテを吸い上げた。ごくん、と喉を鳴らして飲み込み、ふとカフェの入り口に視線を向ける。ちょうど、楓とエドワードが入ってきた所だった。事前にみっちり言い聞かせておいたので、話し合いはきっとスムーズに終わることだろう。ロイズに手早くメールを打って送信し、バーナビーは待ちあわせの相手を探している二人に分かるよう、立ちあがって軽く手を振った。ランチを取るには最適な天気だ。ゆっくり食事をして成り行きを見届けてから、会社に戻って仕事をしよう。午後になったらオフィスに行きます、と告げたバーナビーのメールに、今日はもうやることもないし、虎徹くんが器物破損しないように見張っていなさい、とロイズから返信が来るのは数分後のことで。私はバディを組むんであってお嫁に行くんじゃないのよ、と虎徹が娘に冷たい目で怒られている、その最中のことだった。