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帰還

 静まれ、というハーレイの叫びに応えたわけではないのだろう。救世主を見出した表情で道をあけた救護班の者たちは、口々にキャプテン、と叫んでジョミーとブルーに視線を送る。飛び交う怒りと心配のテレパシーに酔いそうになりながら、ハーレイは気をしっかり持って息を整えた。船橋からターミナルは遠い。それなのに空間を越えて移動してくることも忘れてしまうくらい、慌てていた己がどこかおかしかった。
 包囲の輪を広くさせるハーレイに、敵と味方を見失った獰猛な視線が向けられる。導かれるように視線を合わせて、ハーレイは思わず眉を寄せた。初夏に芽吹く新緑の、その類稀なる生命力に満ちたジョミーの翠の瞳は、ハーレイたちを完全に『敵』として認識しているものだったからだ。そこに、先の戦闘、モニター越しに向けられた凛とした印象は残っておらず、あるのは手負いの獣の唸り声ばかりだ。
 どうしてこんなことに、と途方にくれかけるハーレイに、気がついた救護班がそぅっとテレパシーで告げる。
『戻ってすぐ、ソルジャーの意識が完全に途絶えました。それから、ずっとああなんです』
 『ああ』とは、近づく者は全て敵とみなして攻撃し、言葉の説得もテレパシーの寄り添いもいっさいを拒絶する態度のことだろう。見回せばターミナルは、床や壁の一部が壊れている。戦闘でターミナルの被害は報告されていなかったので、これはどう考えてもジョミーの攻撃による被害だろう。不幸中の幸いは、まだそれによる怪我人が出ていない所か。だが、それも時間の問題ではある気がするのだ。
 意識を失ったブルーの体を膝の上に乗せ、頭を胸に抱え込むようにして、ジョミーは周囲を睨みつけている。その瞳からは絶え間なく涙がこぼれ、時折、嫌々となにかむずがるように頭が振られた。ブルー、とか細い声がソルジャーを呼ぶ。ごめんなさい、ぼくのせいで、起きて、起きて、とむずがる幼子のように繰り返す声を聞いて、ハーレイはジョミーがこれほどに無差別に攻撃的な理由をようやく理解した。
 成層圏からブルーの守護だけを一心に誓って、ジョミーは船まで戻ってきたのだろう。焼ききれてしまったジョミーの服が、己の身には守る意識など向けられもしなかったことを示している。ただ、ひたすらに、ブルーを守ろうとして。守りたいと思うあまり、ブルーの意識が落ちてしまったことで恐慌状態に陥ってしまったのだ。理由は、分かった。だが、ハーレイにはどうしようもないことも分かってしまう。
 ジョミーはハーレイをも敵視した目を向けた。つまり今のジョミーにとって、ハーレイを含むミュウたちはブルーを奪う敵でしかないのだ。守ろうとする相手の意識がないのに、信頼できていないミュウたちが引き剥がそうとすれば、それは攻撃もするし怒りもするし、泣くだろう。自体回復の手立ては、ブルーが意識を浮上させる以外にないのだが。ああ、と絶望的なため息をつくハーレイに、そっと声が響いた。
『キャプテン』
 振り向いたハーレイは、眉間のシワがそのまま刻まれてしまうのではないかと周囲が心配するほど、深い溝を形成して沈黙した。救護班がハラハラと見比べてくるのに微笑を浮かべ、声をかけたリオは青白い顔でジョミーを見る。そしてふぅ、と息を吐き出した。
『ああ、やっぱり。怖がっていますね。かわいそうに』
「……リオ」
 額に手を押し当て、頭痛を堪えながら言葉を捜すハーレイの心中を察して、救護班は一様に頷きあった。リオは今、こんな所に単身現れて良い体調ではないのだ。救出されたばかりであるというのもあるが、爆発の衝撃で腹部がひどく傷つき、今も服ににじむ血の跡はどんどん大きくなっている。血が止まっていないのだ。これではおそらく、傷も塞がっていないに違いない。あるいは、開いてしまったのか。
 微笑みながらなめらかに言葉を飛ばすリオは、顔色だけ見ても病人のそれだ。虚勢か気力かは分からないが、今にも倒れておかしくないというのに。リオは仕方がないのだから、とすこし脱力するように肩をすくめると、ハーレイの隣をすりぬけてジョミーたちの下へと近寄っていこうとする。とっさに肩を掴んで止めようとするハーレイの手を嫌そうに睨み、リオは火に油を注がないでください、と言葉を飛ばした。
『ほら、ジョミーが睨んでいるでしょう。私なら大丈夫ですから、行かせてください。ジョミーを落ち着かせてきますから……私なら、抵抗なく近寄らせてくれるみたいですしね』
 いまさら白々しく告げるリオは、分かっていたからこそ治療を後回しにして駆けてきたのだろう。きっと私しか近寄らせてくれませんよ、と微笑みで促されるのにしたがって、ハーレイはリオに向けていた手を引いた。リオは振り返らずに歩き出し、ゆっくりとジョミーに近寄っていく。その二人の仕草や動きを、ジョミーは静かに見守っていた。観察者の視線で、じっと、ジョミーはリオを見ていて、視線を外しもしない。
 リオは微笑を絶やさずにジョミーの元に進むと、そっと片膝をついて視線を合わせた。
『ジョミー?』
『リオ。リオ、怪我は? 怪我、は……リオ、ブルーが。ブルーがっ』
 ほんの僅か目を見開いたリオと違って、周囲は驚きに息を飲んだ。それというのも、ジョミーは言葉ではなく、テレパシーを発してリオに訴えかけたからだ。それがずいぶん混乱したものであっても、音量の調節がきかずにひどく歪んだものであっても、関係はなく。誰もが改めて、ジョミーがミュウとして覚醒したことをハッキリと認識した。大丈夫、大丈夫、と辛抱強い囁きで、リオはジョミーの頬に手を押し当てた。
『さあ、ジョミー。ソルジャーをこちらへ。大丈夫。お医者様に診て頂きましょう。眠るのもターミナルの床ではなく、暖かなベットの方がずっと良い筈ですよ。……ね、ジョミー。聞き分けてください』
 逆立った猫の毛並みを整えるように、リオはゆっくりとジョミーの頬を撫でながら語りかけた。涙を流しながら弱く首を振っていたジョミーは、やがてブルーの頭をぎゅぅと抱きしめて屈みこんでしまう。誰にも渡さない大切な宝物を胸に抱き、それをひたすらに守ろうとする幼子の仕草だった。リオは苦笑気味に息を吐くと、飛び出してきそうなハーレイたちを視線で抑えながらねえジョミー、とそっと語りかけた。
『私を、信じてください』
 囁きかけて。リオはブルーをしっかりと抱きしめていたジョミーの手を取って、その甲に唇を押し当てた。それは、忠誠を誓う証だ。すこし前に行われた儀式の再現に、ジョミーは迷うように視線をさ迷わせたあと、リオの手をぎゅっと握ってちいさく頷いた。その許可だけを待ち望んでいた救護班が、いっせいに動き出す。ある者はブルーを受け取り、ある者はリオの怪我を服の上から調べ始める。
 急に騒がしくなった周囲に、ジョミーは怯えるように身を震わせた。そして未だ意識のないブルーの体に、わずかに出来てしまった距離を怖がるように手を伸ばす。ブルーっ、と声なき思念波が心を揺れ動かした。その叫びに、応えて。落ち着いてください、大丈夫だから、という救護班とリオの声が、ジョミーに再び落ち着きを与えるよりも、うっすらと、ブルーがその紅玉の瞳をひらく方がわずかに早かった。
 まだ持ち上げられておらず、床に置かれた担架の上でふらつきながら上半身を起こし、ブルーがジョミーを見て微笑む。ソルジャー、と次々語りかけてくるテレパシーに、指を唇に押し当てるような気持ちだけを返して。ブルーは、ただひたむきに見つめてくるジョミーに向かって、両腕を開いてちいさく首を傾げて見せた。ジョミー、と泣き出す少年に向かい、笑いを多分に含んだ声が向けられる。
「おいで?」
 泣き声をちいさく響かせて、ジョミーはブルーの腕の中に飛び込むように抱きついた。それでも、勢いや衝撃をできる限り殺したのだろう。膝を立ててブルーに腕を回し、肩に頬を寄せて泣く姿は全幅の信頼と甘え、そして気遣いが感じられた。言葉が出ない様子で涙を流すジョミーの、さらりと指を通す髪を撫で付けてやりながら、ブルーは視線を向けてくるハーレイやリオ、船のクルーたちに微笑を向ける。
 心配をかけたね、と言いたげなブルーに、ハーレイは全くですよと天井を仰ぎ見た。そして厳しい視線で医務室行きを願ってくるハーレイに、ブルーは分かっている、と頷いて。そして、抱きついたまま離れようとしないジョミーを撫でながら、器用にマントを脱ぎ捨てた。バサっ、と水鳥が飛び立つような、優美ささえ感じる音が響く。青いマントでジョミーを包み込んだブルーは、目を瞬かせる少年にそっと唇を寄せた。
 涙を流す目尻に、額に、頬に、手の甲に唇をかすめるだけの動きで落として、ブルーは穏やかな笑みで着替えておいで、と囁く。
『新しい服を、ハーレイに出してもらいなさい。マントは、それまで代わりに羽織っていること』
「ブルー。でも、これは、ブルーの」
『いいから。……ああ、ハーレイ?』
 よしよし、とジョミーを心底可愛がる微笑みで撫でながら、ブルーはすこしだけ視線を向けて。呆れ顔のハーレイに、にっこりと笑った。
『ただいま』
「……おかえりなさい。ソルジャー・ブルー」
 そして、ジョミーも、と。告げられた言葉にこくん、と素直な頷きを返して、ジョミーは後ろ髪をひかれる様子でありながら、小走りにハーレイの元へと駆け寄ってきた。そしてすぐに服は、リオは、ブルーは、と矢継ぎ早に質問が繰り出されるのに、ハーレイは大人の余裕を感じさせる苦笑で着替えたら、と言い聞かせ。ジョミーの頭を、くしゃくしゃと撫でた。



 もぞもぞと一時も落ち着かずに身動きをしているのは、着慣れない服を身にまとっているからだろう。先導されて廊下を歩きながら、どうも不安げな表情が隠せないジョミーの気配を背中に感じ、ハーレイは大きくため息をついた。立ち止まって振り返ると、同じくぴたりと歩みを止めたジョミーが、体を震わせるのが痛々しい。怒られる、と調整の出来ない思念波が強く届く。感情の大きさそのままに、響くその想い。
 思考が衝撃に白く染まるほど、強い感情だった。額に手を押し当てて深呼吸をし、受けてしまった思念をどうにか受け流して、ハーレイは幼子に対するように背をかがめる。そしてジョミーとの目線を水平にすれば、翠の瞳がほっと和らいだのが見て取れた。こどもなのだ、とハーレイは改めて思う。それもまだ、ごく幼いこどもだ。大丈夫だ、怒らない、と勤めて優しく言い聞かせながら、ハーレイは問いかける。
「落ち着けないか?」
「う、うん。あの、あの、ハーレイ先生……似合ってる?」
 数えて四度目の問いかけだった。ま新しいミュウの服を着たジョミーは、己の心を守るように、胸の前でブルーから貸し与えられた青いマントをぎゅっと抱きしめている。せっかく苦心して綺麗にたたんだのに、そんなに力をこめてはシワが出来てしまうだろう、と。告げても涙ぐまれないかを悩みながら、ハーレイはとりあえず問いの言葉を口にした。
「大丈夫だ。だから、すこし肩の力を抜きなさい。そんなに強い感情のまま、怪我人の前に出てはいけない」
「う、ん。ごめんなさい。……ごめんなさい、ハーレイ先生」
 叱ったわけではないのだが、ジョミーにしてみれば同じだったらしい。しょんぼりとうなだれてしまうのを見て、ハーレイは己の失敗を悟った。そしてどうも上手く行かない、と苦笑する。長く、仲間だけを相手にコミュニケーションを取ってきたせいだろうか。言葉を己の思うように、相手の心に届かせることができない。思念波で心ごと通じ合えば勘違いもなくなるのだが、それをしてはいけない気がして、出来なかった。
 すれ違っても、勘違いされても。間違われない努力をして、ゆっくりと歩み寄って理解を深めることが、今のミュウとジョミーの間には必要なことだからだ。ジョミー、とそっと名を呼んで、ハーレイは金色の髪に手を伸ばした。そしてくしゃくしゃと撫でてやれば、驚きにまあるく見開かれた目がハーレイに向けられる。こどもたちには時折やる仕草なのだが、そういえばジョミーに対してこうしたのは初めてかも知れない。
 そうしなかった後悔よりも、それに気がつけた静かな喜びが、ハーレイの心をそっと満たした。戸惑いに揺れる瞳をしっかりと見返して、ハーレイは謝るな、と告げる。
「君のおかげで、ソルジャー・ブルーは生きて船に戻ってこられたのだ。リオも、そうだ。……仲間たちの不審や怒りの気持ちを感じ取り、辛い気持ちは分かる。だが、どうか胸を張ってほしい。君は、君ができる限りの努力をしたのだ。私がそれを認めよう。君ほど……一生懸命に、なってくれた者など、いなかった」
 誰もが言葉や気持ちでソルジャー・ブルーを心配し、止めるばかりで、腕を掴んで引き止める者などいなかった。己の傷をかえりみず、その身を守ろうとする者などいなかった。だから。どうしてジョミーを責められるものか、とハーレイは思う。この幼いこどもが、その身をもってやっと、ミュウたちに教えてくれたのだ。私にもできなかったことを君はしてくれたのだ、とハーレイが告げると、ジョミーの瞳が涙でうるむ。
 泣き出すのをこらえて震える唇がきゅっと閉じられ、視線が床へと落とされた。
「ぼくのせいで、リオが掴まって怪我をして……ブルーが迎えに来たのも、ぼくが飛び出して行かなかったら」
「だから、なんだ」
 思うよりずっと強い声が出てしまった。ハーレイは僅かに眉を寄せるが、ジョミーも驚いたらしい。顔をあげてハーレイを見てくるのに、かすかな怒りさえ感じて思念波を解放する。ジョミーに向かってではない。船内全てで、耳を澄ませている仲間たちへ。聞け、と乱暴な行いだというのは十分承知の上で、無理矢理ジョミーとの会話を送りつけた。
「リオは、己の怪我を怒ったか? お前のせいで掴まった、怪我をした、と一度でも口にしたのか?」
「してない……してないけど、でも、それはっ」
「ソルジャーも。迎えに行かせた、手間をかけて、と一度でも怒りを向けたのか? そうではない筈だ」
 ならば、と強い語調を保ったままで、ハーレイはついに泣き出してしまったジョミーにハッキリと告げた。
「それに対して己を責めるのは、リオとソルジャーに対して失礼だと自覚しなさい。二人とも、そんなことを望んで行動したのではないのだから。そして、責められるのを甘んじて受け入れるのもやめなさい。そんなことをしても、二人は喜ばない。……ジョミー。いいんだ。すまなかった……すまなかったな。責められる者など、どこにも居なかったのに。辛かっただろう。すまなかった。だから、もういいんだ」
 自分を許してあげなさい、とハーレイは声もなくしゃくりあげるジョミーの頭をそっと抱き寄せて、胸に持たれかけさせてやった。震える手が、ハーレイの服を掴んで顔を押し付けてくる。ひっく、ひっく、と泣きじゃくるジョミーの頭を撫でながら、ハーレイはキャプテンとして、船に乗る全ての者に言葉を送った。
『このこどもを責めようとする者は、まず己の心を責めなさい。私もそうしよう。怒りを覚えた己を恥じ、悔い改めることこそ必要だ。ジョミーが悪くないと言っているわけではない。誰もが悪かったのだ。そして……どうか受け入れて欲しい。このコは、我らの大切な仲間なのだから』
『ハーレイ』
 くす、と。暖かく、嬉しく笑う思念が全体放送中の声に重なった。うっとりと喜びに目を細めているような気配を漂わせ、ブルーはくすくすと笑いながら告げる。
『ありがとう』
 さあジョミーを連れて来てくれるかな、とにこにこ笑いながら、ブルーは思念をやんわりと揺らした。
『待ちくたびれてしまったよ。早く新しい服を着たジョミーを見てみたい。リオも待っている。だから』
 はやくおいで、と伝えなさいと言い放って、ブルーは一方的に思念波を切ってしまった。つなげておく余裕がないのだろう。それでも、嬉しくて楽しみで、つい言葉を伝えて来てしまったらしい。ブルーを正しく安静にさせておくためにも、ジョミーをはやく医務室まで送り届けなくては、と決意を新たにして、ハーレイは顔をあげて目をこするこどもの頭を、ぽんぽんと撫でた。
「さあ、行こうか。ソルジャーとリオがお待ちだ。新しい服を見せてあげなさい」
「うん……ね、ねえ。ハーレイ先生?」
 赤くなった目をぱちぱちと瞬かせて歩き出しながら、ジョミーは小動物のように不安げに、首を傾げてみせた。
「服、似合うかな」
 何度目の問いだ、と苦笑しながらも頷いて、ハーレイはジョミーの背を押した。早く行ってやりなさい、と告げれば飛び跳ねるように歩き出すジョミーのあとを、ゆっくりと歩いてついていきながら、ハーレイはこどもを包む空気が優しくなったのを感じて微笑する。仲間たちの中に、まだ反発はあるだろう。受け入れがたい気持ちも、各々の中には残っているに違いない。けれど、それでも。受け入れる気持ちもあるのだ。
 ハーレイより一足先に医務室に飛び込んだジョミーは、医師の制止を振り切って起き上がったブルーに、キラキラした目で抱きしめられていた。可愛い、と愛しい、の気持ちが輝きながら船内に伝わっていく。そしてまた、ジョミーに向けられる空気が優しいものに変わっていくのを感じて、ハーレイは満足げに微笑んだ。もう、大丈夫だ。ジョミーに向けられる敵意があっても、それはもう深刻なものにならないだろう。
 受け入れない『仲間』はたやすく『敵』に変化するが、受け入れた『仲間』に対する思いなら、それがマイナスのものであっても解決できる。歩み寄ることができるからだ。お互いに、怖がりながらも、すこしずつ。手を伸ばして、あとは繋ぎ合わせるだけ。よかった、と息を吐くハーレイに、やけにはしゃいだブルーの声が向けられる。
「ハーレイ! ぼくのジョミーは予想以上の可愛らしさだ。どうもありがとう」
「……どういたしまして、ソルジャー」
 それ以外、もうどう答えて良いのかも分からない。脱力ぎみに言い返すハーレイに、うん、と頷いてブルーはジョミーをぎゅーっと抱きしめた。ジョミーは恥ずかしいのか息苦しいのか、ばたばたと暴れて離してよっ、と言っているが、ブルーに言葉を叶える気はないらしい。よしよし、と至福の笑みでジョミーを撫でているので、解放されるのはまだ先だろう。ブルーとは違い、素直に治療を受けているリオが笑った。
『よかったですね、キャプテン。ソルジャーが元気になりましたよ』
 どんな治療より、薬より、ブルーにはジョミーの方が聞くのかも知れない。なんだか幸せな光景ですよね、と微笑むリオに苦笑しながら同意して、ハーレイは騒がしい医務室を後にした。ブリッジに戻らなければいけない。指示を後回しにして出てきてしまったので、さぞ仕事がたまっていることだろう。普段なら気が重い道のりなのだが、不思議に足取りは軽く廊下を歩いて、ハーレイは静かな幸福に身を委ねた。

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