昼間の暑さが嘘のように冷え込んだ満天の星空のもと、一人の歌唄いに息子が生まれた。歌唄いの愛する伴侶の銀髪と、その髪色をより美しく映えさせる褐色の肌。色黒の肌に、きらきらと光り輝く銀の糸。細く、ゆるく丸まった髪はきっと息子が大きくなるに連れて嫌がるのだろうなと、歌唄いは思った。ふわふわの頭をそっと撫でる。雪のように白い小さな伴侶と同じ髪色。彼女のまっすぐな髪を受け継げばよかったのに。自分の中途半端な癖毛を好んで持ってこなくてもいいだろうに。ただ、さわり心地のいい髪の毛は人に好かれそうだなと、思った。撫でられるのはくすぐったいのか、ぐずる我が子にそっと笑みが漏れる。開かれたおちょぼ口に、軽く人差し指を入れてやればあむあむと、はまれる。思ったよりもまずかったのか、すぐに吐き出し薄く瞳を見せる。濡れたアメジストが、男の姿をとらえ、にこりと微笑んだように見えた。
そんな男の少し長めの前髪を風が揺らす。はて、窓は開いていただろうか。もし、開いているのなら閉めなければ。布で覆わねば。砂埃の中に、男とその伴侶の天使を紛れ込ませないためにも。風の出所を探していた視線を、我が子へと移す。宝石は薄い瞼の向こうに隠され、薄い唇はきゅっと結ばれていた。よくおやすみと唇に乗せておでこにおまじないを施す。よく、よくおやすみ。明日の世界がより輝かしいものであるように。そして、男は自分の名前を呼ぶ、暑さにやられた伴侶の元へと歩を進めた。
自分と同じ国に生まれてきた我が子。ここに根を下ろせはしないが、ただ嬉しかった。この国のどこかで自分も生まれ、父に連れられ世界を渡り歩いた。出来れば、この砂漠の国で。そうでないなら、愛しい妻の国、白雪の国で。どちらも赤子には過酷な国だが、我が子に覚えていて欲しかった。父と母の生まれ故郷を。ただ生まれた場所というだけで愛着も何もないけれど、もし、我が子が住む土地を選ぶときがくるのなら。密かに、生まれた場所を選んでくれないかなと、淡い期待を抱いた。これは私の我が儘だ。いつまでも、愛おしい我が子に自分のことを覚えていてもらいたい、女々しい願望なのだ。溢れんばかりの願いを胸にしまって、妻の部屋へ踏み入れた。
歌唄いの足音が遠のくと、ふるりと銀髪と同じ色をしたまつげが震える。先ほどよりも大きく開かれたアメジストはぼんやりと空を見つめる。緩く握られた紅葉の手が、ゆっくりと開かれ、ゆっくりと閉じられた。何かを閉じこめ、満足したのか小さな手を自分の唇に押しつけ、歌唄いと彼の伴侶のハープ弾き、二人のたった一人の天使は満足したように微笑んだ。その微笑みを見たのは、閉ざされた空間でワルツを踊る風だけだった。
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