ソキの旅日記 4日目で、ソキが思い出していた、とあること
週に一度だけ、『花嫁』『花婿』は同部屋に集うことを許される。無目的な顔合わせではない。そのうち一人はこの家を継がなければならないし、共有しておかなければいけない知識がある為だ。
傍付きを部屋の扉の前で待たせて、ほんの一時間。彼らは話す。それは楽しみであり憩いのひとときでもあるのだが、今日の限って空気は暗かった。先日まで少年が座っていた椅子に、誰もいない。少女が座っていた長椅子に、運ばれてくる者はない。
仲のいいふたりだった。『花婿』たる彼が命を繋ぐことができず息を止め、その数日後に、『花嫁』たる少女もまた瞼を下ろした。そのことに、屋敷の者が嘆き悲しみながら、納得してしまう程に。
ミルゼは泣きながら顔をあげ、隣で伏せったまま動かない異母妹、『花嫁』たる少女の顔を見つめた。微熱が続いているのだろう。気だるげな表情で視線を持ち上げ、それでも、碧の瞳がふわりと嬉しそうに和む。
みるぜおねえちゃん。ふわふわの甘い声で呼ばれ、頷き、ミルゼは顔をあげて部屋を見回した。同じ『花嫁』が、『花婿』が、決意めいた表情でミルゼを見つめ返し、しっかりと頷く。ひとりだけ、レロクが渋い顔をして俺はやらないと告げていたが、ミルゼは微笑んで頷いた。
レロクならば大丈夫だろう。彼は強い。傍付きと比べてしまえばその強さは幻のようなものかも知れないが。『花婿』の中でもっとも強く生まれた彼は、いずれこの家を継ぐだろう。だから、大丈夫だ。
ソキ。やさしい声で囁いて、ミルゼは妹の頬に触れた。同じ『花嫁』の指をも震わせるやわらかな肌が、嫌な熱を帯びている。その熱さが、決意をさらに深くした。
ソキ、ソキ。私のいっとう弱く脆く生まれた、かわいい妹。
「おねえちゃん……どうした、ですか?」
いたそうな顔してる。けふ、と弱く咳き込みながら問うソキに、ミルゼは息を吸い込んだ。リグ、と傍付きの名を呼ぶ。リグ、リグ。どうか勇気を。ソキ、とミルゼはやさしく、名を告げ言った。
「ミルゼと、ソキは……仲がわるいわ。顔をあわせることもないし、一緒にあそばないし、すき、でもないわ」
「……ミルゼおねえちゃん?」
「ミルゼたちは、みんな、なかよしじゃないわ。……そう思うの。そうするの、ソキ。でなければ、ミルゼたちは……」
ソキは。仲の良かった二人がいなくなったことで熱を出し、動けなくなってしまうソキは。群を抜いて弱く脆くうつくしいこの『花嫁』は。きっと、生き延びることが、できない。ミルゼが震える手で、何度も、何度もソキの頬を撫ぜた。
「きらい。きらいよ、ソキ。ミルゼはソキがきらい。ソキも、ミルゼをきらいになりなさい」
「おねえちゃん……や、ソキ、やです、やぁですよ……!」
「できるわ。ソキ、できる。ミルゼはできるもの。ソキも、ちゃんと、できるわ……」
レロクは二人から視線を外し、強く、手を握り締める。彼は決して言わないだろう。他の『花嫁』も、『花婿』も、決して。
案内妖精には一日一粒の角砂糖。これが決まり事。分かったですと頷きながら、ソキは首を傾げて呟いた。ソキはその身ひとつで旅をはじめた。ソキのなにもかもは砂漠へ送り返され、残ったのはリボンだけ。だからこそ。
「そういえば、お金、どうしましょう……」
角砂糖を買うお金すら持っていない。改めて気が付き、困るソキに、妖精は呆れた声で問いかけてくる。
『……首都に、アンタの血縁とかいないの?』
借りに行きなさいよ、という妖精に、ソキはふぅわりと笑った。
「ソキにはよくわからないです」
『そ、そう……なら、仕方がないわね……?』
ぎこちなく頷く妖精に、ソキは頷いて歩き出す。白雪の首都にはきっと、嫁いだ誰かがいる筈だ。だけど、ソキは。くちびるに力を込めて、歩き出す。
だいじょぶです、おねえちゃん。
ソキにも、ちゃんと、できるですよ。
姉妹の口約束は果たされた。『傍付き』たちをも欺いて。不仲であると信じ込ませた。やがて、ミルゼが嫁ぐその日を迎えて、なお。二人が親しく顔を合わせ、笑い合う日は、いまも思い出の中にだけ置き去りにされている。
戻る
←メッセージボックスです。読んだよ、の気持ちなど頂ければ。
<お話読んだよ!ツイートボタン。ツイッターで読書報告できます。