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ごくありふれた、砂漠の一日



【五時:始業】

 塗りつぶされるばかりの暗闇が、いつの間にか光を透かして明るくなる頃。星が消えた藍色の空に、じわりと紫の滲みだす朝が巡り始める。街はまだ目を覚まさず、それでいて、そこかしこで動き出す者の気配がさわさわと響き始める。大通りから逸れた静かな通りを、『お屋敷』に荷を運ぶ馬車が恭しく行き交う。門番たちが交代し、おはよう、おやすみ、お疲れ様、と声が交わされていく。空気は未だ夜の、すこしばかりひんやりとした名残を留めていた。
 地平線から一粒のひかりが、砂漠へと零れ落ちて行く。その眩さが一面に広がれば朝が来る。もう、遠い時の彼方へ置かれたものではない。ひとりの魔術師があくび交じりにその光景を確認し、時計を見つめ、室内に向き合いなおって、やおら両手を音高く打ち鳴らした。
「はい、朝礼はじめまーす。まずは昨日の報告の中からの注意事項と、今日の予定ね。それではまず昨日のことなんだけど」
「待って待ってねえ待っておかしくない? まず開始時間がおかしくない? 五時だよ?」
 呻きながら声をあげ首を横に振る花舞からの出張魔術師に、砂漠の王宮魔術師たちは一様に、微笑みと虚脱の中間地点に漂うような、なんとも曖昧な表情で視線を向けた。早朝である。確かに早朝であることは確かだが、そこまで声をあげられる程のものではない、と砂漠の王宮魔術師たちは思っている。確かに早朝だが。太陽より早いのは確かなことであるが。
「残念ながら朝なんだよなぁ……。ほら、もう外明るいだろ? 朝だよ朝朝。仕事だぞ、働けよ」
「ひいいぃいいいこれが噂に聞く砂漠時間! 砂漠時間怖い! うっ、集合時間が五時とか書いてあって、うふふ五時って誤字のことかな? やだー! とか思ってたけどなにこれなにこれほんとやだー! 五時なんてまだ夜だよ……砂漠時間正気じゃない……」
 花舞を見習って行こうよ朝礼の開始時間は九時だよだいたい九時半くらいから開始されるけど、と呻く花舞の王宮魔術師に、ひとりの女性が微笑みを深め、ぽんとばかり肩に手を置いた。視線があげられる。ふわり、と微笑みかけ、砂漠の王宮魔術師はためらわず、それをひといきに言い切った。
「優しく教えてあげるけど、普段の開始は四時だから」
「ひいぃいいい正気を失うのよくないと思います!」
「十時になんて仕事はじめてみなさいよ。なんにもできないに決まってるじゃない?」
 やだーっ、もう出張おわりでお家に帰る−っ、と泣き喚く花舞の魔術師の口に氷砂糖を突っ込んで黙らせながら、砂漠の王宮魔術師たちはてきぱきと、注意事項を響かせ対策を交わし合い、今日の予定をひとりひとり告げて行った。言い終わった者の中にはそれじゃあ、と身を翻し部屋を足早に立ち去る者が何人か。これから遠方の都市へ向かって調査をするのだという。
 五国のいずれもそうであるが、魔術師たちの『扉』は、城と国境、『学園』を繋ぐのみ。国内の移動であればそれぞれの陸路を行くしか手段がなく、彼らは仕事道具と食料と水筒を持って出かけて行く。今日は氷菓子あるよ、と告げながら食料袋にぽいと放り込まれるのは、三センチほどの石に見える魔術具だ。温度を低く一定に保つものであるから、食料は傷まず、氷は溶けずに持ち運んで行ける。
 ああぁあ助かるーっ、と半泣きの歓喜を響かせ、部屋を出た魔術師たちは馬車の発着場へと向かっていく。始発の便が、魔術師たちの足である。帰りは最終か、そのひとつ手前になるのが通常であると聞いて、花舞の魔術師はうつろな目で首を横に振った。
「九時から仕事が始まらないし、六時になっても終わらないとか、生きて行けない……。え? なんで朝組が夜組の時間まで仕事してるの? おかしくない?」
「なにその、朝組とか夜組とかって」
 聞き慣れない言葉である。訝しく問う砂漠の王宮魔術師に、花舞の魔術師はきょとんとした顔で、どこか呑気な仕草で首を傾げてみせた。
「朝組が朝から夕方まで働いて、昼組が昼から夜まで働いて、夜組が夜から朝まで働くでしょ?」
「さ……三交代制って伝説の遺物じゃなかったんだっ? 花舞ってそうなんだっ? そしてそれはもしかしてっ! てっ、定時とかいう……っ?」
「いやぁあああ怖いいいいいいっ! ねえもうこの交流企画やめにしないっ? 『どきどきそわっ、他国の仕事はどうなってるのかなっ? 興味があるから体験してみようね! 夏の特別出張編!』とかしようとしたの謝るからぁああああっ!」
 顔を両手で覆って嘆く花舞の魔術師に、砂漠の王宮魔術師たちは顔を見合わせ、ふふっとうつろに笑って頷いた。始まりがなんであったにせよ、それに五王が許可を下してしまった以上は、つまりもう命令事項なのである。中途半端な遂行は許されない。はいはい騒ぐ体力があったら仕事しようねぇ、と微笑んでずるずる引っ張られていく魔術師の、断末魔めいたごめんなさいーっ、という声が、朝の空気をひどくうるさく震わせた。



【十時:休憩】

 そもそも、五ヵ国の中で最も多忙と言われているのが砂漠である。五ヵ国平均、一日の城の滞在時間の、ぶっちぎりの短さからもそれは分かり切ったことである、と当事者たちは思っていたのだが。花舞からは、実際、中に入ってこないと飲み込めないことでもあったらしい。花舞が朝昼夜で分かれるように、砂漠は主に、内外、という区別で魔術師の仕事が分かれている。
 内が、その日城に留まって様々なことを終わらせていく組。外が、国内を飛び回って情報収集に努める組である。原則は日帰りだが、国の端のような遠方に限って一泊二日で帰ってくる。出発は早朝、帰還は夜か深夜と決まっていて、その翌日は内組として報告書を仕上げて行くのが基本となる。外組の勤務が連続することは、基本的にはないことである。基本的には。
 早朝の朝礼を終え、そんな説明をされながら細々とした集中力の居る作業を一通り終わらせた後。起きだしてきた王や文官たちと共に二度目の朝礼へ挑んだ花舞魔術師は、もう終わっていいんじゃないかな、という顔をしていた。
「すごい……夜から働き始めて朝になっちゃった感ある……徹夜かな……?」
「はいはい。朝からはじめて朝になってるだけだからね。あ、お気になさらず。このひと、新人さんじゃなくて、他国からの出張中で砂漠に慣れてないだけなので!」
 不安と心配さの混じった視線を向けていた文官たちの顔に、納得の色がじわりと広がっていく。他国から仕事に来た者は、だいたいどんな職種であろうと、はじめはこうである。お手柔らかにね魔術師さんたち、心得ておりますとも、と交わされていく会話に、花舞の魔術師は顔を覆って鼻をすすりあげた。全員こういう反応に慣れ切っている感がものすごくて深く考えて行きたくない。
 唯一の救いといえば、心からの同情的な視線を向けてくる砂漠の王の存在だが。よく考えなくとも、この労働環境を作り出して実行させているのが砂漠の王そのひとである。そうだ。花舞に。帰ろう。という決意を深める魔術師を、両側から腕を掴んで捕まえつつ。砂漠の魔術師たちはつつがなく王に報告を終え、ぴたりと美しく揃った仕草で、恭しく一礼した。
「それでは陛下、失礼いたします。また夕刻に」
「分かった。今日も一日、無理のないように……それと、花舞の、から苦情が来ない程度、優しくもてなしてやれよ」
「御安心を。そのつもりです」
 にっこり笑う魔術師たちにずるずる引っ張られて歩きながら、朝五時の朝礼に呼び出すところからもう優しさをなにも感じないーっ、と花舞王宮魔術師の叫びが木霊する。王はあくびをしながら手を振って見送り、結局、視線は向けても言葉でも態度でも助けてはくれなかった。じゃれて遊んでいると思われているふしさえある。誤解である。花舞の魔術師はさめざめと泣いた。
 泣いているのに全く気遣われず、ずるずる引っ張られてぽいっと放り込まれたのは、日のあたらない一室だった。風が通り抜ける回廊に面した一室で、建物の落とす濃く深い影が、空気を穏やかなものにしている。がらんとした一室でなにを、と思っていると砂漠の魔術師たちの半数が、てきぱきとした動きで壁際に寄せていた絨毯を床に広げ、ぽんぽんとクッションを並べて行く。
 いつの間にか部屋からいなくなっていたもう半数が、茶器や菓子を手に戻ってきて、各々座り込んだ場所から手に届きやすい。心得た位置にそれを並べて行った。はー、つかれたー、今日はなんだろうね、おいしそう、これ好き、わーい、と声が響き渡り、ひとりが苦笑して花舞の魔術師を隣へ手招いた。花舞では、床にこうして座り込む、ということがあまりない。机と椅子だからである。
 おっかなびっくり、見様見真似で座った所で、号令と共にぱんと手が打ち鳴らされた。
「おつかれさまです、いただきます!」
 わっと歓声があがり、一斉に菓子に手が伸ばされる。花舞では見ないものばかりだった。砕いたナッツが入った焼き菓子や、干した果物、甘そうな揚げ菓子が大皿にどっさりと盛られている。透明な液体が注がれるのはちいさな、繊細な細工のされた硝子の茶器で、花舞や『学園』で見るそれとは形状も材質も全く異なっていた。
 えっと、と戸惑う魔術師の手にその茶器を押し付けながら、ひとりがふと気が付いたように声をあげる。
「あ、これ砂糖入ってるけど大丈夫? 砂糖なしのもあるよ、あっち。というかミントティー飲める? 苦手だったら別のもあるから言ってね」
「……え? これなに……?」
「ミントティー。……あ、ああ! そっか。砂漠はね、朝礼が終わったら休憩があるんだー。だからね、今休憩時間」
 朝から動いてるし、あと今から気温上がってきて大変だから動かないようにしないと、と告げられて、花舞の魔術師は何度か瞬きをした。
「……さ、砂漠にも……休憩時間って……あったんだ……?」
「ねえ他国にはびこる砂漠のヤバい勘違いぷりヤバくない? うちの国なんだと思われてる感じ……? 休憩時間も食事の時間も、睡眠時間もちゃんとあるよっ?」
 これだって別に誰かいるから無理にねじ込んだとかじゃなくて、毎日普通にある休憩だし、というかこの休憩しないと午後働けないから必須だし、と言いながら、砂漠の魔術師たちは着々と、山と盛られた菓子を減らし続けている。甘さが脳に染みて行くこの感じ最高においしい、わかる、と飛び交う声に顔を引きつらせながら、花舞の魔術師は向けられた問いに、眉を寄せながらこう言った。
「なんか休憩とか休日とかを概念だと思ってる感じある」
「あっごめん半分は……あってる……。休日は概念……」
「そう。休日は概念。いや、たまには、た……たまに……? たまにってどれくらいの頻度まで行けたっけ……? ……いや、ある。あるんだよ、休日。あるんだけど休日って、休日になると、休日ってなんだっけ……? ってしてるうちに終わるっていうか……? 休日ってなんだっけ……? どういう意味でなにをすれば?」
 ヤバい、という顔を隠そうともせず首を小刻みに横に振る花舞の魔術師がうつろな視線になる中で、砂漠の魔術師たちはあくびをし、クッションをひきよせてぱたぱたと横になって行く。お茶を飲んでお菓子を食べたら仮眠をする、というのが暗黙の決まりであるらしい。ということだから、はい、と枕代わりのクッションを渡されて、花舞の魔術師はぎこちなく頷き、慣れない味のミントティーを喉に通した。
 熱く。それなのに、すっとしていて甘い。体力が回復しそうな味がした。



【十四時:日が暮れるまで】

 十一時を告げる鐘の音でもそもそと起きだした魔術師たちは、それから昼食になるまで花舞の魔術師が引く程の集中力と速度で仕事を片付けた。昼食を取ってからまた再びすさまじい勢いで仕事を開始した魔術師たちは、十四時の鐘の音が鳴るとぱったりとペンを倒し、あくびをしながら椅子から立ち上がる。砂漠の魔術師たちは、その時間における行動が厳密に定められているらしい。
 ぞろぞろと移動するのについていけば、辿りついたのは昼前の休憩で使った一室のような、日陰で風の通りが良い空間だった。そこにはふわりと体を受け止める綿の絨毯が敷き詰められており、魔術師たちは収納棚からそれぞれお気に入りの枕と薄布を取り出すと、おやすみまた日が落ちたらね、と言い残して横になってしまった。ほどなく、寝息だけが室内に響いていく。
 どうも、午後の二時から日が暮れるまでは寝る決まりらしい。ややあっけに取られて室内に座り込み、空気の動きがあるとはいえ、熱風を肌に触れさせながら瞬きをする。花舞とはまるで、なにもかもが違う。部屋の隅に用意された冷えた水や菓子類もそうであるし、なにより仕事の一環として、眠る時間などもったことがなかった。
 城内全てが寝静まっているのかと思えば、そうでもなく。彼方からは人の動く気配や声が、昼前程ではないが響いて来ていた。なんとなく、落ち着かない気持ちでそちらへ行こうと立ちあがりかけた時、音高く扉が開かれる。
「ねーないーこだーれだ!」
「ラ……ラティ?」
「はい、こんにちは。行っとく?」
 細くて長い過失致死防止機能付き、とかかれた杖を振り回しながら、挨拶にくっつけて軽く聞かないで欲しい。なにが、とは告げられなかったが。前の言葉からして、殴って眠らされるのは目に見えていた。ぶんぶんと首を横に振って否定すれば、ラティはすこしばかり残念そうな顔をしながらも素振りをやめ、室内を見回してから足音もなく歩み寄ってくる。
 半日終わったけど、どう、と問いかけられて、花舞の魔術師は苦笑した。
「びっくりしてる。色々。……こんなに違うものなんだなって」
「うん、まあ。暑いからね。無理して動くと死ぬじゃない?」
 ラティが起きているのは、内組の中でも、王の護衛任務についているからである。仕事内容とそもそも異なるので昼から寝るような休憩はなく、内組が休んでいる間の警戒もラティの働きに含まれている。あと眠れない相手の意識を刈り取ったりだとか、と告げられて、花舞の魔術師は苦笑した。
「多忙って聞いてたから、こんな休憩もないのかと思ってた……」
「そんな暇なくて眠れない日も、まあ無いこともないけど……。繰り返すけど、無理して動くと死ぬじゃない? 砂漠生まれ砂漠育ちばかりでもないし。星降と花舞と楽音くらいのものよ? 気候に合わせた休憩時間がないの」
 白雪にも寒さ休みがあるらしい。温まった部屋で体温を戻さないと死ぬだろうが、と真顔で言われるのを想像して、花舞の魔術師は真剣な顔をして頷いた。この肌を焦がす暑さの前では、休まなければいけないのだろう。気が付けば、市街地もしんと静まり返っているようで、独特の静寂が立ち込めていた。まあ目を閉じて横にでもなっていなさいな、と言ってラティは立ち上がる。
「忙しいのは確かだし、起きたら夜まで仕事がぎっしりなのは確かだもの」
「……夜の何時まで?」
 ラティは曖昧に首を傾げて笑い、終わるまでが夜よ、と言った。不安しかない。ちなみにこれ起きてると減給対象だから、出張中には適応されないと思うけどほんとに眠るのがいいわよ、と言い添えて、ラティは足取り軽く部屋を出て行った。花舞の魔術師は仕方なく、与えられた枕に頭を乗せて横になる。覚えのないハーブの匂いがした。甘くはなく、さわやかで瑞々しい、夜の庭園のような草の匂い。
 眠れるかも知れない、と思ってすぐ。記憶は夢の底に沈んでいる。



【十八時:あとは全てが終わるまで】

 日が落ちてからもそもそと起きだしてきた魔術師たちは、水分補給をして甘味で腹を満たした後、元気いっぱいに仕事へ取り掛かった。そうしながら魔術師たちは、えっ花舞ってお昼終わっても眠れないで仕事するの、と悲しみと絶望のよぎった顔で、震えながら首を横に振ったので、花舞の魔術師はもうなにも言わないことにした。環境が違いすぎるので、もうそこにいない限りは通じないだろうことが、実体験として分かっている最中だからである。
 大変だね時々砂漠に遊びにおいでね、と慰めながら、砂漠の魔術師たちは実にてきぱきとよく働いた。報告書をしたため、書類を整理し、明日に控えた外組の出張準備をしながらも、今日戻ってくる仲間たちの為に水と食料と寝床の手配を整えて行く。日が暮れてから、ぽつぽつと。灼熱の日差しを避けるように、ひとり、またひとりと、外組が城へと戻ってくる。
 外組の魔術師たちは一様にぐったりしながら内組に報告書を手渡し、あるいは口頭でそれを告げると、整えられた涼しい部屋にぱたりと倒れ込んだ。すこし寝て休んで起きて食べて、明日の準備だけを終わらせて、それで外組の仕事は終わりであるらしい。起きてくる時間は人による、と託された報告書を猛然と纏めながら、内組のひとりが口にした。
 たまに次の日まで寝てたりするけど、起こして体調を悪くするよりはいい、と放置されるのが通常であるらしい。内組の仕事は、その外から戻って来た者たちから報告を受け取り、纏めあげて王に提出するまで、である。それだけはどうしても、今日中にこなしていかなければならず。つまり、遅れると、陛下が寵姫さまといちゃつける時間が削られるという大問題が発生するんだよっ、と今日一番の真剣な顔で力説された。
 なんでも砂漠の王は甘酸っぱい初恋の真っ最中であり、そうであるからこそ共に過ごす時間をなんとか差し上げたい部下心であり、故に外組はかつてない勢いで戻ってくるし内組は情報処理が早くなった、とのことだ。へぇ、と引き気味に花舞の魔術師は頷いてやった。王に向ける魔術師たちの愛情は、国それぞれである。
「というか賭けしてるんだけど、一口乗ってく? 一番人気は一年以内、次が半年、その次が一年半、なんだけど」
「な……なにが? なんの賭け?」
「陛下が両想いになって俺たちが咽び泣きながら御結婚おめでとうございますって言えるようになるまで? ふっふふ超楽しみ……宴、宴を開こう盛大なやつな……!」
 砂漠の一日の流れと、概念とかした休日で、どうしてそんなことを考えたり計画したりする暇があるのかと思うが、それとこれとは別腹であるらしい。ちょっと意味が分からなかった。分からないなりに、じゃあ半年、と告げれば、砂漠の魔術師たちは一様に難しい顔になる。
「半年、か……。そうすると、やっぱりアレ? ハーディラさまを拝み倒して一服盛る方向の?」
「えっ待って砂漠の魔術師はなに企んでるの怖い」
「いやだって陛下の中の思春期の少年心が甘酸っぱく邪魔して素直になれないなら、外部的な力による後押しが必要じゃないかなって。具体的に言うとお薬的な」
 この企てが露見して王陛下に怒られればいいのに、と花舞の魔術師は心から思ったが、残念なことに、しばしばバレては廊下にずらりと正座させられたりしているらしい。ちっともさっぱり懲りず諦めず不屈の心をもって主君の恋心をしなくていい方向から応援している。それだけのことでもあるらしい。一般的な基準でいうと、それは邪魔というか妨害というか嫌がらせと紙一重である。
「見守って……あげなよ……。なにもせずに……」
「だって……! これまで恋愛とかめんどくさいし嫌だから俺絶対しないけど必要ならまあ後継ぎくらいは作るそのうちな、くらいでいらした陛下が! はぁあああアイツ俺のことすこしは好きだっていう態度取ってみろよなにを贈れば喜ぶんだよって頭抱えて呻いたりしてるの正直楽しすぎごふんごふん間違えた。心が豊かになりすぎてつい! 応援したくなるの!」
 ことの全てが露見して陛下にものすごく怒られたりすればいいのに、と花舞の魔術師は心から思った。しかし、残念ながら定期的に怒られてはいるのである。砂漠の魔術師たちの控室には、諦めない心、不屈の闘志、未来への希望、と書かれた紙が貼りつけられている。なるほど、方向性を間違えるとこういう大惨事になるのか、と花舞の魔術師は納得して頷いた。
 それから、外組の戻りをぐだぐだと話しながら待ち。戻って来た最後の一人から報告を受け、それを纏めて提出して、内組の一日も終わりとなった。二十二時のことである。まあこんなものかな、と砂漠の魔術師たちが平然とした顔で呟いたので、花舞の魔術師は心から、満面の笑顔で『扉』に向かって走り去った。そうだ。花舞に帰ろう。
 おつかれさまー、またねー、という声に、おやすみ、とだけ返して『扉』をくぐる花舞の魔術師を見送って、彼らもまたゆったりと、寝室へ消えた。これが砂漠の魔術師の平均的な一日である。

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