はじめての雪の日
雪が降った。白雪出身者が冬が始まったと喝采を叫び、花舞と砂漠出身者がどうしよう凍えちゃうと頭を抱えて蹲る。談話室は今日も騒がしい。ソキはその騒がしさにくちびるを尖らせ、暖炉のいっとうあたたかな場所でぬくまりながら、ロゼアにぴとっとくっつきなおした。
「ロゼアちゃん?」
「……うーん?」
寒さにとにかく弱いロゼアだから、朝から反応がいまひとつ鈍い。ひざ上のソキをくるむように抱きなおし、頭に顎をのっけてなぁに、と問いかけてくる。ロゼアからの重みにややつぶれながら、ソキはぱちくり瞬きをした。
「雪ってなーに?」
「……空から降ってくる冷たいものかな。かき氷があるだろ? ああいうのが降ってくる」
「いちごのあじするぅ……っ?」
きらきら目を輝かせるソキに、しーなーいー、とやんわりとロゼアが言った。しないらしい。なぁんだ、とくちびるを尖らせるソキに、ナリアンからは慄いた視線が向けられた。
「ソキちゃん雪知らなかったの……。え? 雪遊びする?」
「ゆきあそび?」
「楽しいよ。雪だるまつくったりとか、雪合戦したりとか」
ひょい、と顔を覗き込んで、メーシャも話しかけてくる。たのしいよね、たのしいよね寒いけど、寒くて冷たいけど。ソキはそれをふんふんと頷いて聞きながら、未知の経験への予感に胸をときめかせた。やってみたいです、と言うと、二人は満面の笑みで温かくしていこうね、と言う。それにしっかり頷いて、ソキはロゼアを仰ぎ見た。
「ロゼアちゃんはお留守番です」
「……俺もいくよ」
「ロゼアは属性的に、どのみち積もったら雪かき要員に数えられると思うから。それまであったかくしていなよ……」
メーシャが哀れみをもってロゼアにいう。雪かき要員は主に白雪出身者で作られるが、そのほかにも有用と見なされる黒魔術師や、火や水や太陽といった属性持ちが強制的に連れていかれるのが、学園の常である。よくわからないですけどロゼアちゃんがいじめられちゃうです、と真面目な顔で不安がるソキに、ちょっと遊ぶくらいで積もるのが終わればいいよね、とナリアンが遠い目をした。
ふんふん、と適当に頷き、ソキはちょこんと首をかしげて問いかけた。ねえねえナリアンくん。
「ゆきかき、って、なぁに?」
「そこからかー……」
蝶よ花よと大事にロゼアが育ててたもんね知ってた、とナリアンは力なく頷いた。ねえねえそれはソキにもできるです、できるかなぁ、とわくわくするソキにうん無理だから他のにしようね、とメーシャが微笑する。ちらちら、窓の外には雪が降っている。
さく、とうっすら積もった雪を踏んで、ソキはきゃぁとはしゃいだ声をあげた。
「さくってするうううう!」
「ソキちゃん。俺の手を放しちゃだめだからね、絶対だめだからね……!」
「きゃぁあんきゃあぁん!」
ああああお願いゆっくり、ゆっくり歩いてっ、と悲鳴をあげるナリアンときゅっと手を握りながら、ソキは寮前の開けた場所をさくさくと歩き回った。そんなに積もらなかったので、雪かきはしないらしい。白雪出身者は積雪二センチの結果に、こんなもんだと思うなよと舌打ちを響かせていた。雪に愛着があるのか呪いを感じているのか、よく分からない。
二センチでも創意工夫でなんとかなるーっ、とはしゃいだ先輩たちは、先ほどから雪合戦を繰り広げていた。メーシャは試合の審判に引っ張っていかれて、あれこれと声を張り上げては楽しそうにしている。決してそちらには近寄らないようにしながら、ナリアンはさくさく楽しそうに歩くソキに付き合い、寮の前庭をゆっくりと一周した。
はふ、はふ、と白い息にしあわせそうに頬を緩め、ソキはやがてちょこりと座り込む。
「ナリアンくん。雪だるまさんがあるです!」
「ほんとだ……かわいいね」
誰かが作っておいたらしい。花壇の前に等間隔に並べられたちいさなちいさな雪だるまに目を輝かせ、ソキがふんすと鼻を鳴らす。
「ソキもつくるです。どうするの?」
「雪を集めてね、ぎゅっとして。まるくするんだよ」
「わかったです」
はじめての雪は、ひんやりとして冷たくって、ちょっと痛くって、でもとても楽しい。きゃっきゃと両手で雪を集めて、ぎゅっとして、ソキは首を傾げた。まあるくならない。ぎゅっとする、ぎゅっとするです、とけんめいに呟きながら手に力を込めても、ちっともまあるくならないのである。すぐに崩れてしまう。あれ、あれ、と困惑しながら、繰り返して。
ソキはすんっと鼻を鳴らして声をあげた。
「ろぜあちゃあぁあああ……!」
「ソキちゃん分かった! わかったから走らないであぁあああぁあああああああああ!」
ずべしゃああああっ、という音が前庭に響き渡った。
お風呂へ行くナリアンと別れ、ソキはきもち早足で暖炉の前へと戻っていく。とてとてててっ、と足音に、振り返ったロゼアがふっと笑う。
「ソキ、おかえり。……どうしたんだ? ナリアンは?」
「ナリアンくんは転んでしまったですから、お風呂です。ロゼアちゃん、みてみて?」
全てを理解した苦笑で後でお礼を言っておかないと、と呟き、ロゼアはソキが重ねたまま差し出した両手に視線を落とす。なあに、と問われるのに頷いて、ソキは両手をぱかっとばかり開いた。そこには、ちょっぴり溶けた雪がある。持ってきたの、と問うロゼアに、ソキは頬をぷぷっと膨らませて抗議した。
「あのね、あのね、ロゼアちゃん。ソキはけんめいにきゅっとしたです。きゅっとして、きゅきゅっとしたですのに、もろもろしちゃうの……!」
「ああ……いいよ。やってあげる」
ソキのちいさい両手の上に、ロゼアの手が雪を挟んで乗せられる。ぎゅっ、と押してまるくされた雪は、今度こそもろもろ崩れたりしなかった。きゃぁん、と声をあげて、けれどもまたちょこりとソキは首を傾げた。まんまるではなかったからである。ひらべったくて、ちょっぴりまるくて、これでは雪だるまにならない気がする。
目をぱちくりさせるソキに笑いながら、ロゼアは取り出した金平糖をふたつぶ、雪に埋め込んでささやいた。
「ほら、ソキ。雪うさぎだよ。かわいいな」
「きゃぁっ! ……きゃぁ、きゃあぁん! うさぎちゃん! うさぎちゃんですうううう!」
うさぎちゃんになったです、ロゼアちゃんすごい、すごいっ、と大はしゃぎして、ソキはこっくり頷いた。
「はふ。かわいーです。かわいーうさぎちゃんと、ソキはおふろに入ってくるですうううう。さむいさむいです」
「……ん?」
「ロゼアちゃん、またあとで、ですううう」
とてとてとててててっ、と大事そうに雪うさぎを手に持ったまま、ソキが談話室を出ていく。ロゼアは聞き間違いかといぶかしむ笑みのまま、暖炉の前でうん、と首を傾げて訝しんだ。数分後。とけちゃたですううううう、と泣き声が、女子浴室から響いたという。
つぎのひも雪の日
おふゆのおふゆのしたくですーぅー、とご機嫌にとろけきったソキの声が談話室に響いている。ナリアンはほわりと息を吐き出しながら、足元までころりと転がって来た毛糸を手に取った。見ればソキのいるソファから点々と、様々な色の毛糸が転がってきている。赤、白、黄、青、橙、緑、紫、毛質も太さも様々のそれに共通点があるとするならば、触れた指先がぞっとするほど、質の良いものだということくらいだろう。
ソキの私用品に纏わる絶対的なこと。すなわち、物の値段を考えない、ということを頭の中で二十三回繰り返して平穏を保ち。ナリアンは、湯気の立つマグを持って口をつけながら、ほのぼのとした顔で見守っているメーシャの元まで歩み寄った。その間も、きゃふきゃふっ、としたソキのご機嫌な笑い声は途絶えない。おはよう、と声をかけるとそれぞれから視線が向けられる。
おはよう、と柔らかに返すメーシャ。おはようですうううっ、とはしゃいで興奮した声を響かせるソキ。そして、うん、おはよう、と幸せそうに返事をしたのは、『花嫁』を膝に抱き上げて、ああでもないこうでもない、と冬支度の検討をされているロゼアだった。対面のソファにまったりと腰かけて拾った毛糸を差し出しながら、ナリアンはすごいね、と感心しきって呟いた。
ソファは一面、毛糸の洪水である。どこから引っ張り出してきたのか、ソキがすっぽり入ってしまいそうな大きな箱が足元に横倒しになっている。いくつか毛糸が入っているのを見ても、それが毛糸箱であったことは疑いようもないことだった。こんなのまで『お屋敷』から送られて来てたんだねえ、と感心するナリアンに、ソキはふんふん鼻を鳴らして、そうなんですよおおおおおっ、とこの上ない自慢顔でふんぞりかえった。
「ゆきは知らなかったんですけどぉ、そろそろさむさむでぇ、おふゆのおふゆのしたくですーぅー、だったの! それでね、おふゆで、さむさむだから、ソキはロゼアちゃんを、おふゆのあったかロゼアちゃんにするけーかくだったの! ちょ、ちょっと間に合わなかったですけどぉ……。ちょっと、ちょっとだもん! これから、あったかロゼアちゃんになるんだもん。ね? ね?」
「そうだな、ソキ。ありがとうな」
「きゃふふふふっ! ふにゃぁん……。それでぇ、どの毛糸がお好きです? こっち? それともぉ、こっちぃ?」
毛糸のまるまるした洪水は、決めかねたあまりひっくり返したから発生したものであるらしい。ロゼアは、ナリアンから見ても幸せそうな顔で、むむっとくちびるを尖らせてちたちたするソキを抱き寄せ、ソキの好きなのにしようなー、と言っている。きゃふふっ、とソキはまたとろとろの砂糖が見えそうな声で笑い、くすんだ赤と、柔らかな黄色、ミルクを溶かし込んだ淡い緑の毛糸を手に取った。
それをうんうんと唸りながら見比べ。ソキはきゃぁんやぁんと頬を赤く染めると、黄色の毛糸を両手に持って、もじもじと身をよじって楽しそうにする。
「こ、これは、これはソキでロゼアちゃんをくるんでしまう、いちだいちゃんすなのでは……! きゃぁんきゃぁああん! なんとすばらしあいであ……! ろっ、ロゼアちゃ? あの、あの、あの……あのね、きいろ、すき?」
「うん、もちろん。好きだよ。かわいいな」
さらり、とソキの髪を手で梳きながら囁くのがロゼアである。見守りながらミルクティーを啜るメーシャに、ナリアンはそっと無糖かどうかを問いかけた。もちろん、とメーシャはしっかりと頷く。かくいうナリアンも、無糖の紅茶を持参していた。砂糖を取りたくない女子たちが、わらわらとソキとロゼアの傍に寄ってくるのは、その効果を狙ってのことである。
きゃふふふっろぜあちゃんが好きっていったぁああっ、と幸せいっぱいにちたぱたし、ソキは黄色の毛糸を、きゅむっとばかり胸に抱き寄せ頷いた。
「それじゃあ、おふゆのあったかロゼアちゃんは、この毛糸にするです! それで、それでっ、ソキのすきすきすきすきだぁいすきぃー! な! ロゼアちゃんあったかになるです!」
「ありがとうな、ソキ」
ああ、でもほんとに寒いのでロゼア弱ってるんだ、となぜかすごい甘さを感じる紅茶を飲み込みながら、ナリアンとメーシャは視線を交わし合った。ロゼアの返答が、やや弱々しく、言葉が短いからである。太陽の属性だもんねえ、砂漠出身なだけあるよね、向こうで砂漠出身の先輩たちは晴れ乞いの儀式してたよ、なにそれあとで見物に行こう、うんなんかすごかったアレだった、と言葉を交わし合って。
ふたりはずず、と暖かい飲み物を喉に通して。はた、とあることに気が付いた。
「ロゼア、部屋の温度をソキちゃんにちょうど良くいつも調整してるんじゃ……? あれ……?」
「しっ、ナリアン。気が付かなかったことにしてあげようよ」
「ロゼアちゃんはさむさむがおきらいなんでぇ! ここはソキのでばん、というやつなんでぇ! きゃぁあああん!
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