序 まぼろし
金の。溶け落ちる蜜のような砂漠が、どこまでも広がっている。はたはたと揺れる衣のように、地平線には夜が広がり。じき、膝をつく男の元にも辿りつく。慟哭の声もなく。男が腕に抱く少女は、もう目を覚まさないだろう。透き通る肌の、人形めいたうつくしさを抱く少女だった。男がなにより慈しみ、献身を捧げ、研磨し、そうして作りあげた少女だった。最後のひと呼吸でいとしげに男の名を呼び、ずっと傍にいてね、そう囁いてこときれた。長旅に、逃亡を続ける旅には、決して耐えきれぬほど脆く。弱く、儚く、作られた。うつくしい、愛しい、少女だった。
『ずっと』
望まぬ婚姻を前に、連れて逃げて欲しいと希われ。
『傍にいてね』
その先に希望はないと知っていたのに。
『――xxxちゃん』
愛している、と告げた男に。少女はもう、笑わなかった。
異形師の花嫁
星の降る国。
ステラはひとりの『魔術師』と出会う。
「しら、しらない、ひと、です……。こんにちは……うるさくして、ごめんなさい、です」
ぽそぽそ、と言葉を響かせながら、少女はふるりと体を震わせてステラを見つめた。うっすらと、涙の滲んだ碧の瞳だった。宝石のいろ。ステラは、思わず瞬きをした。急に、目に飛び込んでくる世界の、光や色彩が、鮮やかになったような気がして。と、と、とと、とん、と足音が響いて、とまる。不安げに下から顔を覗き込む少女の、震える手が、きゅぅとステラの指先を包んだ。
「……おなまえは?」
「え、あっ……ステラ、です」
『魔性の花嫁』と呼ばれる
ひとりの『魔術師』の
名を、ソキ、と言った。
「偶然を装って再会したい」
「装う必要性を感じないというか発想が怖い」
「なんの準備もしないまま再会したら会話とか出来そうにないからに決まっているでしょう馬鹿なの?」
出会った時から『魔術師』だった。
「うん。あの、あの……あのね」
立ち上がって。服の裾をきゅぅと握り締めて。
「お……おともだちに、なりたい、ですけど……。あと、なんかい、くらい、おはなし……すれば、いいです……?」
ぷるぷる震えながら、耳まで赤く染めて。ちいさな声で問いかけてくるソキの前に、ステラは跪いて笑った。
それから、友達に、なって。
なんでも相談できるような。
そう、きっと親友にだって。
なれる。
「行ってきまーす、で・す・うー!」
「はい。行ってらっしゃい。よろしくネ。……言葉の力よ、我が同胞と共にアレ」
すい、と痩身の男は腕を持ち上げ、独特の響きある声で、はっきりと告げた。
「祝福を」
耳鳴りと、眩暈がした。
なれる、筈だった。
もうすこしだけ出会うのが早ければ、
きっと。
報告。
世界各地で大規模災害発生。被害拡大中。
「ソキは……『花嫁』の、できそこない、ですから……。おうち……『お屋敷』に、もう帰ったら、いけないです」
魔術師として家を出る時に、戻らないようにと言われたのだという。泣きそうにくちびるを震わせて、きゅぅ、と結んで。ソキは、でも、と顔をあげて儚く笑った。
「ロゼアさんが、お手紙を届けてくれるです。お兄様も、パパも、ママも、お元気でいらっしゃるです……」
七歳で親元を離れて、戻ることを許されず。ひとから、未だ差別と偏見の目で見られる魔術師となった。
報告。
xx国、全都市の八割が消失。
各国、被害状況を報告せよ。確認せよ。異常発生。全世界に異常が発生。
泣かないで。
泣かないで、泣かないで。
あなたの涙を拭う手が、指が、
もうわたしにはないのだから。
生き延びた全ての魔術師に告げる。世界会議に出席せよ。
繰り返す。
全ての魔術師は、世界会議に出席せよ。
「……以上のことから、犯行は『魔術師』の手によるものと思われます」
「まさか」
「いいえ、だって他には考えられない。……私たちは知っている筈です。こんな風に。例えば、願ったことをなんでも叶えてしまうような、ちからを持つ『魔術師』がいることを。それを……なんと呼ぶのかを」
願いを。
叶えたいと思った、だけ、なのだから。
それは、ひどく純粋で
憧れ
うつくしく燃え落ちるような
「犯人は、恐らく」
「予知魔術師です」
だからどうか喜んで。
あなたのねがいが、かなったのだと。
恋だった
「ステラちゃん、だいすき!」