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 その日、会議は戦と化した

 窓辺に佇む孤高の騎士に歩み寄ったのは、極東の島国だった。公的な場としては珍しく、浅葱色の着物を身にまとっている。音のない歩みに従い、裾がゆらゆらと揺れていた。集った国々の緊張をはらんだ視線を受けつつも、その表情に浮かぶのは微笑みだ。常にある微笑とは違い、浮足立っているような、本当に楽しげな表情。気が付いた中国が、おや、と眉を寄せて袖で口元を隠した。珍しいこともあるものだ。
 巻き込まれるのは正直迷惑でしかないのだが、成り行き次第によっては『国』ではなく『個』として、味方をしてやってもいいかも知れない。黒玉の瞳に宿った冷たい愉悦に、気が付いた者はなかっただろう。さわさわ、と初夏の竹林を風が撫で通って行くような、かすかなざわめきに空気が揺れていた。そ知らぬ顔で歩みを終え、日本は窓に背を預け、腕を緩く組んだ姿で佇んでいたプロイセンに向かって一礼をする。
 それは配下が王に対してする服従の仕草ではなく、弟子が師匠たる者に送る親愛と忠誠の仕草。背骨から首の骨、頭の先までが直線で結ばれた美しい礼の姿。頬で揺れる短い黒髪を無感動に眺め、プロイセンは日本を呼んだ。甘さも厳しさもない呼称。そこにある存在をただそのままに認める呼びかけに、日本は応えて顔をあげ、大輪の花がごとくあでやかに微笑んだ。誇らしげですらある、喜びの笑みだった。
 二人の視線が交わったのは一瞬で、日本はプロイセンの左側に体を寄せる。師と同じように窓に背を預けて室内を見回せば、驚きや戸惑いの視線と行きあった。そのどれとも視線を合わせず、日本はただ一つ、灼熱の痛みすら感じさせるまなざしを正面からとらえる。ひたと見据えて口元を笑みに緩ませれば、悔しげな、それでいて苛立たしげな表情で歯を噛み締めた。怒りを出してしまうのが若い、と日本は思う。
「お師匠様」
「うん?」
「お聞きするのを忘れておりました。これは確認ですが、ドイツさんと喧嘩してらっしゃいますよね?」
 くすくす、くす。すこしばかり意地悪に肩を震わせて笑う日本の額を、人差し指でぐい、と押しやりプロイセンは苦笑いをする。この状況でそれを聞くかと呆れて呟けば、日本はゆったりとした仕草で肩をすくめてみせた。場の空気を和ませようかと思いまして、と白々しく言いつのられ、プロイセンはふんと鼻を鳴らす。
「別に喧嘩じゃねぇよ。あっちが一方的に怒ってるだけだぜ? ……ガキの癇癪だ」
 つまり、相手にしてもいないのだと。言外に告げたプロイセンの声は、なめらかに議場に広がって行った。水面に波紋が広がって行くように、すぅ、と言葉が耳に届けられていく。会議の為に集まった『国』たちはあまねくそれを聞き届け、そしてようやく、何が起きているのかを理解した。広々とした会議場に、いつもの円卓と椅子が置かれている。議長席に座っているのはドイツで、威圧感と怒気を撒き散らしていた。
 会議の開始時間に合わせて来た『国』も、遅れて来た『国』も、同じく部屋の入り口付近に群れて動けないのはその為だった。部屋をちょうど二分して、議長側にはドイツが、その真逆にはプロイセンが立っていて、お互い睨みあっているのだ。からかいの言葉を告げられる空気でもなく、そそくさと指定された席につける雰囲気でもなく。その中で唯一、動いたのが日本だったのだ。日本はくすくす、とあえかに笑う。
「ドイツさんをこどもと仰るなら、お師匠様は大人でなければいけませんよ。また、大人げないことをなさる」
 これでは会議が始められないではないですか、と詩歌かなにかを読み上げるように朗々と告げる日本は、しかし楽しげで開催に尽力する風でもなかった。面白がっているというよりは、楽しんでいるのだ。くすくす、くすくすと常にない上機嫌で肩を震わせて笑う姿は、見る者に得体の知れない恐怖すら与える。一見穏やかであるのに、立ち姿に一部の隙もないからだった。プロイセンもまた、同じような雰囲気だった。
 ドイツの片割れとするにも、亡国の化身と表すにもふさわしくはなく。悠然と胸を張って日本と並び立つ姿は、『軍国』であった。弓のようにしなやかに、刃のように強靭に。それでいて祈りの清らかさを秘め、プロイセンはただ『ドイツ』という『若造』をからかうように笑っている。大人げない、と言われても怒るでもなく受け流す姿からは、とうに失ったはずの覇者の風格すら感じられた。うっすらと怖くとも、見惚れてしまう。
 あたかも一対、剣と楯ではなく双剣のように並び立つ師弟は、物騒な気配を漂わせながらも表面的には和やかに微笑みあっていた。観察していた中国は、交わされる笑みを見て日本の行動に得心が行き、仕方のないことだとゆるく息を吐き出す。恐らく、喧嘩の理由など日本はどうでもいいに違いない。そもそも喧嘩をしていること自体が、取るに足らない事象なのだ。あれはただ、並び立ちたかっただけなのだろう。
 会議の為に訪れた部屋の中、戦の記憶を呼び起こす気配をまとった師が、一人で佇んでいた。歩み寄る者は誰もなく、並び立つ者もまた、誰もない。ならば、呼ばれずとも、望まれずとも。傍に赴くことこそ、日本の『弟子』として、『師』に対する者に捧ぐ忠誠とかすかな独占欲だ。プロイセンは傍らの日本を拒絶することなく、呼びかけと視線一つで共に在ることを許した。その瞬間の日本は、なんと誇らしげだったことか。
 ちょっと妬けるあるねー、と内心溜息をつきながら、中国も群衆の中から一歩を踏み出す。すいすいと泳ぐように二人へと歩み寄り、中国はくるりと逆巻く風のような動きでプロイセンの右隣に収まった。ぴたりと寄り添う日本とは違い、中国は拳一つ分、体の距離を置いている。ちらりとプロイセンに視線を向けてからひょい、と体を乗り出して日本と目を合わせ、中国はごく穏やかに、叱りつけるようにもして囁いた。
「日本。我を置いていくとはどういうことか。オイタばかりしてると、おしおきあるよ」
「……あなたは、呼ばずとも来てくださるではないですか。このように」
 すこし言葉に迷い、言いわけを諦めてから呟かれた言葉に、中国は甘えるなと咎めながらも柔らかく微笑んだ。腕を持ち上げて指先を伸ばすと、日本は上機嫌に目を細めながら顔を寄せてくる。指先でくすぐるように頬を撫でれば、日本はきゅぅ、と目を細めて満足げに微笑んだ。俺様を間に挟んでいちゃつくんじゃねぇよ、と呆れ気味の呟きでプロイセンが二人を引きはがし、反省の色のない中国に問いかける。
「こっちきてよかったのかよ。他の『国』みたいに見物でもしてりゃよかったのに。もめごと嫌いだろ?」
「争いは好きじゃねえある。我の可愛らし日本が、こちらに居たから来たまで。まあ、頼みごとなら聞いてやる」
 日本の守護者であって味方ではないのだと告げる中国に、分かりやすいとプロイセンは笑った。それくらい利害関係がはっきりしていた方が、無条件の信頼よりは受け入れやすかった。隣にある者の数を増やしたプロイセンに対して、ドイツの視線はさらに苛烈なものになる。それを手のひらで転がし、もてあそぶように笑って。プロイセンは、ドイツに駆け寄るヴェネチアーノと、引っ張られて行くロマーノを見ていた。
 ヴェネチアーノだけなら大した戦力でもないのだが、そこびロマーノが加わるとそうも言っていられなくなる。なんだかんだと弟と『弟属性』に弱いロマーノは乞われれば助力もするだろうし、兄がやる気になればヴェネチアーノも舐めてかかれる状態ではなくなるのだから。イタリアは『国』として集団で戦うとすこし悲しくなってくるくらいに弱いが、一個人としての戦闘能力は高く、質も良いという妙な特質を持っている。
 そして『国』の化身である兄弟も、またしかり。加えて愛の為に戦うイタリア男は尋常ではなく強いので、それだけで戦力が拮抗してしまう。まずいよな、と呟くプロイセンに、日本はしみじみと頷いて同意した。師弟の視線の先では、前にヴェネチアーノ、後ろにロマーノを張りつかせて事情説明をするドイツの姿が映し出されている。初めこそ怯え気味だったヴェネチアーノは、話が進むにつれて真剣な顔になって行った。
 まずいよなぁ、まずいですよねぇ、とほのぼの頷きあう師弟の見つめる先、ぱっと視線をあげたヴェネチアーノが睨むのはプロイセンだった。次いで日本、中国にも視線が向けられ、どうしてそちらの味方をしているのか、と悔しげに問うものになる。本気スイッチでも入ったに違いない。ヘタレてませんよイタリア男の本気モードですよ、と溜息をつく日本に、向けられる視線がもう一つ。ロマーノも、ゆるく笑っていた。
 滅多にない貴重な微笑みは、それだけでロマーノもやる気なのだと伝えてきて。一気に緊迫感を増して行く会議室の空気を肌で感じ、日本はさあどうしましょうと、高揚感を持ってプロイセンを見上げる。臆するつもりはない。その理由もない。ここにあるのは『王』ではなく『騎士』だが、それがなんの差になろうか。プロイセンはにやにや笑って日本の視線を受け止め、手を伸ばして頭をくしゃくしゃに撫でやった。
「理由、聞かねぇのな。確認だけでいいのかよ」
「理由があろうとなかろうと、私がお師匠様のお力になることに変わりはありませんので。……差支えなければお聞きしたいとも思っておりますが、お話して頂けるので?」
「……ヴェストがな」
 ドイツがな、ではなく。ヴェスト、として話し出したのはわざとなのだろう。敵対者に対するびりびりとした威圧が薄れ、ゆらりとくゆるような甘い親愛が滲みでる。中国もそれに気が付いて、おやおやと笑いながら意識を向け、会話に加わった。うん、とそれぞれに相槌を打つ極東兄弟に緊張を緩めながら、プロイセンはため息交じりに言い放つ。
「兄さんは俺にもう興味がなくなったんだ。さもなくば俺のことなど、どうでもいいのだろう……と言いだした」
「痴話喧嘩ですね分かります」
「日本。八橋の装備し直して来るよろし」
 ぺちん、と中国の手で口を塞がれて、日本はにっこりと爽やかに笑った。八橋さっき食べちゃいました、とでも言いだしそうな笑みである。溜息をつきながらも一応日本の口をふさいだまま、中国はそれで、とプロイセンに話の続きを促した。プロイセンは『痴話喧嘩』についてはなにも言わず、淡々と話を続けていく。
「もちろん、そんなことはないわけだ。んで、理由を聞くとこうだ。最近、ハンガリーやオーストリアや兄上にかまい過ぎで、俺と一緒に過ごす時間がほとんどなくなったではないか」
 つらつらと告げられていく言葉に出た存在は、実際には人名にて告げられたに違いない。今は会議も破綻しているとはいえ、公式の場に立っているので国名に切り替えているのだろう。かくも自然に使い分ける師が誇らしくもなにやらくすぐったく、日本はくすりと笑みを浮かべる。気が付いた風もなく続けるプロイセンは、指を折って確認しながら言った。
「週末の買い物も二回に一回は外の誰かと行くし、時々は外泊もするようになった。週平均で十五時間程度は確実に、俺と過ごしていた時間がなくなっている。つまり兄さんは俺がもうどうでもよくなったんだ、とまあこんな所だ」
「嫉妬ですね分かります。たいへん美味しいです。ちゅうごくさん、手が邪魔です。のけてください」
「ぜんっりょくで我の手を押しやりながら言う台詞じゃないあるね……! つーかなんあるか、ブラコンあるか」
 それでなんと言ってやったあるか、と問いかけてやりながら、中国は諦めて日本から手を離してやった。勝ち誇った笑みで満足げな表情になるのを眺め、あんまり言い過ぎるんじゃないあるよ、とたしなめておく。言っても言っても聞かないことが多いので、どこまで効果があるかは謎だったが。プロイセンは中国の問いにゆる、と瞳を和ませて笑い、口を開く。視線はまっすぐに、対峙するドイツへと向けられていた。
「本気でそう思ってんのか? だったら俺は怒るからな、と言い渡してやった。んで、今怒ってるトコだ」
「ドイツさん、拗ねてる所に優しい言葉も貰えず怒られたので、意固地になっちゃったんでしょうね。お師匠様もどうして『かわいいヴェスト! そんなことねぇよ、俺はお前が大事だぜっ。一緒に居る時間が減ったのは悪かった。これからはもっと一緒に居ような!』って言えないんですか。いつもならそう言うじゃないで……つまり、言わなかったんですか?」
 ですよね、と笑みを含んだ問いかけに返されたのは、悪戯に煌めく瞳。によ、と笑ってプロイセンは告げる。
「怒ってるヴェスト、ちょー可愛くてちょー格好いいじゃねぇか。たまには長引かせて観察しようかと思ってよ」
「そのことを、ドイツさんは?」
「知ってるぜ? だからこそ、なお怒ってんだろ。そんなくだらない理由で仲直りもさせてくれないのか、ってな」
 ケセセ、と人の神経をささくれ立たせる為に響くような笑い声に、ドイツの眉がぴくりと動く。当然、プロイセンも日本も中国も、聞こえないようになど話していないので会話内容はどこまでも筒抜けだった。ひどいよっ、プロイセンひっどいよ、とぽこぽこ怒りながら、ヴェネチアーノがドイツの膝の上から抗議する。そこは立ちあがって怒れよ、と向けられるロマーノの視線を見ないふりして、ヴェネチアーノは言い放った。
「ばかっ! プロイセンのばかっ! ドイツは寂しがり屋のむきむきなんだから、いくらハンガリーさんとらぶらぶになって嬉しくても、ほったらかしにしたらダメじゃないかっ! 俺、もし兄ちゃんにそんなことされたら泣いちゃうよっ」
「……神聖ローマが帰って来てからあんだけらぶらぶしといて、よく言えるなお前」
 呆れ交じりのロマーノの呟きに、ばっとヴェネチアーノが振り返る。しかし同じくらいの速度でばばっと顔をそむけられてしまったので、兄弟の視線は出会わなかった。それでも、ヴェネチアーノは諦めなかった。じいぃ、とロマーノの横顔を見つめ、静かな口調で尋ねる。
「兄ちゃん。もしかしてちょっと、寂しかった?」
「……べつに」
「もー。兄ちゃん、俺の目を見て言ってよ。じゃないと、気が付けないでごめんねって言えないじゃんかー」
 ぷー、と頬を膨らませて言うヴェネチアーノに、ロマーノが向けたのはいささか物騒な睨みだった。うっとおしい、とでも言いたげな鋭い視線にも負けず、ヴェネチアーノはにこぉ、と笑って両手を持ち上げる。すこしだけ開いて迎え入れる用意をすれば、ロマーノは無表情に近い顔つきでふらりと動く。もす、と弟の腕の中に倒れ込んだロマーノは、そういうんじゃないからな、と感情の乏しい声でぼそぼそと告げた。
 うん、と頷きながら力いっぱいロマーノを抱きしめて、ヴェネチアーノは兄の髪に鼻先をうずめて囁く。
「でも、俺確かに兄ちゃんの方あんま向いてなかったよ。ごめんね。怒ってない? ほんと、怒ってない?」
「怒ってない。……嬉しくて浮かれてるのは見てて分かった。お前が嬉しいのは……悪くないぞ、ちくしょう」
「うん。ありがと兄ちゃん。大好きだよ、兄ちゃん。大好きだよー、にいちゃんー」
 嬉しそうに言うヴェネチアーノの腕の中で、ロマーノはふぅと息を吐いて大人しくもたれかかっていた。兄ちゃんぎゅー、と言いながら抱きしめてくる腕の力を、痛いとも言わずに受け入れてやっている。それを自分の膝の上でやられているドイツは、なんとも言い難い視線を向けるが、ややあって首を振りながら諦めた。この兄弟が喧嘩して分単位で仲直りして、べたべたぎゅうぎゅう触れ合うのはいつものことである。
 兄さんもこれくらい素直に許してくれればいいものを、と苛つきながら視線を向ければ、返ってくるのは瞳の冷たい口元だけの笑みで。ポーズだけなのだ、と分かっていてもドイツの心がわずかに委縮する。元々の原因が、己のワガママから来るものだと自覚してしまっているからこそ、そこまでの強気に出られないのだ。ぐぅ、と言葉につまってしまうドイツに、下から救いの手が伸ばされる。ぺた、と頬に手がくっつく。
 視線を向けると大丈夫、と言いたげな表情で笑うフェリシアーノと、仕方がないとしながらも安心させるように目を向けてくるロマーノと目があって。ゆるく肩から力を抜いて、ドイツはすまない、と言葉を落とした。気にすんな、とドイツの額を小突いたのはロマーノだ。フェリシアーノの腕の中から体を起こし、ロマーノは余裕の笑みで視線をよこして来るプロイセンと、極東兄弟の三人組を険しい視線で睨みつける。
「お前は間違ってねーぞ。だから諦めんな。……ほっとかれて、悔しかったりする気持ちは。分かるぞ。コノヤロー」
 後半は、やや気まずげにぼそぼそと告げられた言葉は、スペイン支配時代を思ってのことだろう。一人だけを相手にして、常に向き合っていられないのは分かる。相手にも都合があるのも、忙しいのも十分理解している。けれど、それでも、向き合って欲しい想いがある。飲み込まないで怒っていい、と告げるロマーノに、ドイツは言葉短く感謝を告げた。ダンケ。ドイツ語で響く言葉に、ロマーノはふ、と優しく笑う。
「どういたしまして。……それより、あの悪ノリ馬鹿ぷーをどうにかしようぜ。怒らせて喜ぶんじゃねぇよ、こっちは怒ってんだよ楽しむんじゃねぇよ。お前はどこぞのトマトと違って空気読めるんだから無視すんじゃねぇよちくしょうめ……!」
「兄ちゃん、怒っても怒っても『トマトみたい』で終わらせられるもんね……」
「ああ。『え? 誰のことなん?』って首傾げてるあたりがもうお前どんだけ空気読めないんだよって話だよな」
 ダメなものを見るイタリア兄弟の視線の先には、え、なんなん、と首を傾げるスペインの姿があった。周辺国家がこぞってスペインにはぬるいまなざしを、ロマーノには諦めと気遣いの視線を送ってくる。それに深々と溜息を吐くことで応え、ということで、とロマーノは声を響かせた。
「俺たちはじゃがいもに味方するからな!」
「大丈夫だよドイツ、俺たちがついてるよっ! いじわるプロイセンには、もうハグもキスもしてあげないでありますっ!」
 仲直りするまで全部おあずけでありますっ、と言い放たれた言葉に、プロイセンがぐらりと揺れた。え、うそなにそれなにそれ嘘マジで、と呟くプロイセンに、ヴェネチアーノは満面の笑みでしっかりと頷いた。確実にダメージを受けて胸を押さえたプロイセンを冷たく眺めやり、ロマーノがじゃ俺も、と言い放つ。キスもハグもしない。二人の天使に一時的に見放され、プロイセンは日本の肩にもすっと頭を乗せてもたれかかる。
「日本……精神攻撃されたんだけど、どうにかできねぇ?」
「相手は確実にお師匠様の弱点をついてきますね……ドイツさんとは挨拶、してるんですか?」
「一応してるけどこれでヴェストもでは俺もとか言い出したら俺様その瞬間ことりになって飛び立つぜ」
 精神的に死ぬ、と言いたいのだろう。バカなこと言っていないでそろそろ謝って差し上げなさい、とぺちりと額を叩かれて、プロイセンはのろのろと顔をあげた。とたん、むっとしたドイツの視線と正面から出会う。ずっと見つめていたからだろう。ずっと、見ているからなのだろう。怒っているのに、拗ねてもいるのに、それでもドイツはプロイセンから一度も視線を外さなかった。可愛いヤツ、と苦笑して、プロイセンは口を開く。
「ヴェスト」
「なんだ」
「週末の買い物な、二人で行くことに決めようぜ。時々は誰かくっついてくるかも知れねぇけど、基本は二人だ。約束な」
 分かったか、と告げられてドイツはこくりと頷いた。ja、と言って了解を示せば、プロイセンは嬉しげな笑みを浮かべる。
「外泊は、なるべく控える。どうしてもの時は必ず連絡するし、先に言っとく。ハンガリーとデートすんのも、オーストリアと演奏すんのも、数でも数えとくか? で、毎月同じだけ、どっか一緒に出かけようぜ。そういうのでいいか?」
「……ja」
「よし、良いコだヴェスト。んで、最後。これが一番大事だから、よく聞けよ?」
 ゆっくり、会議室を横断して。やや警戒の目を向けてくるイタリア兄弟をかるくいなして、プロイセンはドイツの頭をぽん、と撫でた。会議用にきっちり硬めたオールバックを崩さないように撫で、プロイセンはにぃ、と笑って言ってやる。
「大好きだぜ、ヴェスト。俺の弟、俺の王。俺の片割れ。可愛いルートヴィヒ」
「にい、さん」
「あんまかまってやんなくて悪かったな。ごめん。許してくれるか?」
 にこにこと向けられる笑顔からは、許されない可能性に対する不安などみじんも感じられなかった。許されると、許してくれると知っているからこその問いかけ。ずるい、と苦笑して、けれどドイツは受け入れた。俺の方こそ、とため息交じりに聞き返す。
「つまらないことで、わがままを言ってしまった。許してくれるだろうか」
「ばぁーか。俺がお前を許さないなんてこと、ある筈がないだろ!」
 ケセセっ、と声を弾ませて笑って、プロイセンはドイツの頭をぎゅぅ、と抱きしめた。息苦しい、と腕を叩きながらも諦め気味で、ドイツはそこから抜け出すことをしない。なかよしー、とこの上なく嬉しそうにとろけた笑みで見つめてくるヴェネチアーノに、見るな、と言い放って。そこでようやく、ドイツはあることに気が付いた。今日は、確か会議ではなかったか。ざー、と血の気を引かせ、ドイツは己を抱く腕をばしばし叩いた。
「にっ、兄貴! 大変だ、会議だ! 開始時刻を大幅に過ぎてしまっている……始めなくては!」
「今日はもう会議しないでよくね?」
「駄目に決まっているだろう! 兄貴、離れてくれっ。イタリア兄弟は速やかに着席、日本と中国も座ってくれ! 各国は速やかに席につき、五分で発表内容をまとめ、持ち時間の半分で発表するようにすれば……大丈夫だ、まだ間に合う」
 プロイセンの意見に同意する国が大半なのだが、ドイツはあくまで会議を進行するつもりらしかった。時計に目をやってせわしなく計算し、そのスケジュールで進行できれば時間厳守で終われることを確認する。やれやれ、と溜息をつきながらドイツから離れ、プロイセンはぞろぞろと着席しだした各国へ目を向けた。すこしばかり視線を彷徨わせれば、相手も察したのだろう。すぐに草色の瞳と出会うことができた。
 悪いけど今日のデートキャンセルな、と唇の動きだけで伝えれば、ひょいと肩をすくめて笑われる。譲ってあげましょう、とばかり唇に刻まれた艶やかな笑みに、プロイセンはケセ、と笑って感謝した。

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