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 目が覚めて。泣きたくなるくらい、悲しい朝があった。大丈夫ですか、とささやくように尋ねられるたび、静かに笑うことしかできなかった。
 
 あの朝の絶望は、もうないよ。
 
 光が降りそそいで。耳を澄ませば聞こえる、オルゴールの音色。切なく響いたその音を、君は綺麗と笑ってくれた。
 
 あの苦しさは、もう感じないよ。
 
 日が暮れて。遠くに見えた街の灯りが、ただ、ただ暖かそうで。冷えた手で硝子をなぞれば、手のひらを重ねてくれたね。
 
 あの寂しさは、もう消えてしまったよ。

 

「いつも」
「……いつも? ホントに?」
「そう。いつも、いつでも、いつだって。どんな時だって、どんな朝だって、どんな天気だって、どんな夜だって。きみが変えてくれた。きみが教えてくれた。きみが救ってくれた。ぼくが、どんなに嬉しかったか……嬉しいか。どう、伝えれば良いだろう。どんな言葉なら、伝わるだろう」
「別に、十分、なんですけ……ど……そんな目で見ないで下さい。お願いですから」
「伝えたいんだ」
「……ええと。では、ひとつ質問を」
「なんだい? ぼくの可愛く愛しいジョミー」
「そっ……その呼び方なんとかなりませんか、ブルー」
「ならない」
「即答で嘘つかないでください。あとその笑顔やめてくださいっ」
「直視できないから?」
「分ってるのにどうして聞くんですっ」
「可愛いなぁ、と思って」
「……あなた実は性格悪いですよね。実は。すごく」
「まあ、まあ。それで、なにが聞きたいのかな?」
「……あなたって、本当に、しかたないひとですよね」
「うん。それで? ジョミー」
「だから、ああ、もう……ぼくが聞きたいのは、あなたは幸せですかってこと」
「幸せ? それはまた、どうして」
「……うぅ」
「どうして?」
「……だ、って」
「うん。だって?」
「あなたが……幸せである以上の、幸せなんか、ぼくは知らないから。だから、あなたが幸せであれば、その気持ちを感じていてくれれば。ぼくは、それで。それで、それだけで、その他にはなんにもいらなくて。どんな言葉も、別に、必要なんかじゃないんです」
「……ジョミーは可愛いね」
「なっ、なんでいきなりっ、しかもそんなしみじみとっ」
「うん」
「……?」
「幸せ」
「……」
「幸せだよ」
「そう……ですか」
「君がいつも、ぼくを幸せにしてくれる」
「え?」
「愛しているよ、ということだ」
「そ、それってなんか違うと思うんですけれどっ」
「そう?」
「そうですよっ」
「そう?」
「そうですっ」
「そう?」
「そ、うです」
「そう?」
「そ……う……っ」
「そうかな、ジョミー」
「……ええと」
「ね」
「……」
「ね?」
「……ううぅーっ」
「可愛いなぁ。ジョミー、愛しているよ。ぼくの太陽」
「恥ずかしくないんですか……?」
「全く。だからもっと言って良い?」
「ヤです」
「けち」
「けちでいいです」
「ジョミーは、けちでイジワルだ」
「拗ねないで下さい」
「拗ねてないよ」
「拗ねてるじゃないですか」
「気のせいじゃないか?」
「気のせいじゃないです」
「好きだよ」
「会話に脈絡を持ってくださいお願いします」
「好きだよ、ジョミー」
「だから……っ」
「どこに居ても、なにをしていても、ぼくがぼくで、君が君であるなら、それだけで。それだけで、他にはなにも条件なんていらない。ぼくは、君を好きになる」
「……ブルー?」
「君に恋をするよ、必ず」

 序 蒼い夜を待っていた

 慌しい足音に続いて扉が開け放たれ、ハーレイは静かな夜が終わりを告げたことを悟った。ああ、今日くらいはゆっくりと書類に目が通せると思ったのに、と心底残念に思いながらため息をついていると、飛び込んできた人物からは不思議そうな視線が向けられる。どうしたんだろうと純粋に、心配さえ見え隠れする視線にハーレイは顔を上げ、あなたのせいでしょうが、と口を開きかけたものの言葉を飲み込んだ。
 いつにない喜びに、翠の瞳が輝いていた為だ。どうしたのですか、と聞かずとも分かった。いつまでもこどもっぽさの抜けない、年若い外見のミュウたちの長が、これ程までに喜ぶとしたらただ一つしかないのだから。彼のことですか、と苦笑しながら言葉を促してやるハーレイに、翠の瞳がよりいっそうの嬉しさを抱く。
「ハーレイ。リオを説得しきれたら、いいと言ってたなっ? 間違いはないなっ?」
「……ええ、確かに。そう言った覚えがありますが」
 まさかっ、と極大の恐怖さえ覚えてハーレイが扉の方に視線を向けると、そこには走って後を追いかけてきたのだろう。やや疲れた表情になりながら呼吸を整えていたリオが壁に背を預けて腕組みをし、達観したような表情で微笑を浮かべていた。思念波が飛んでこなくとも、付き合いの長さでハーレイには分かってしまった。ごめんなさい無理でしたというか最初から無理に決まってるじゃないですか、の笑みだ。
 思わず目の前が真っ暗になって眩暈を起こすハーレイに、リオは歩み寄りながら笑みを含んだ声で囁く。
『まあ、キャプテン。私も一緒に行きますから。ね? 大丈夫です。そう、無茶はさせません』
「存在自体が無茶の代名詞のようなこの方が、どうしたら無茶をしないと言い切れるんだお前はっ」
「ハーレイ。それは、ぼくに対してひどいと思わないのか」
 さすがにむっとした表情で突きつけられた指を押しのけつつ、青年は唇を尖らせた。ハーレイはそんな青年をぎろりと睨みつけ、ひどいと思われない素行に心当たりがあるのなら今すぐ謝罪いたしますがっ、と早口で言い放つ。青年は金の髪を揺らして首をかしげ、目を細めてすこし考え、視線でリオに助けを求めてみた後で静かにため息を吐き出し、そして素直に心当たりない、ごめん、と認めてしまった。
 その素直さが美徳と言えなくもないのだが、この場合はどうなのだろうか。額に手を押し当ててため息をつくハーレイの肩を、リオがぽんぽん、と叩く。慰めているというより、諦めてしまえ、と伝える仕草だった。そちらの方が、心の平穏が保てるからである。常にハーレイと苦労を分かち合っているといっても過言ではない、やんちゃなソルジャー・シンの有能なる側近は、向けられる視線に微笑んで思念を飛ばす。
『大丈夫、大丈夫。安心してください、ハーレイ。……ねえ、ソルジャー? 先ほど私に、約束してくださいましたものね? ソルジャー・シン。十分注意して行動する、と。まさか数分前のご自分の発言を、忘れたなどと仰いませんよね? まさか。ええまさか』
「リオ。二人の時はジョミーって呼んでくれるって約束、忘れてる。大丈夫だよ、ハーレイだから」
「ソルジャー・シン。それは、どういう意味でのご発言ですかっ」
 笑顔で約束の履行を求めてくるリオに、ジョミーは腕組みをしながら不満そうに言い放つ。ジョミー・マーキス・シン。木漏れ日に輝く金の髪と、若草を煌めかせた翠を宿す瞳の主こそ、ミュウたちの最長老だった。そして同時に、彼らを束ねて導く長でもある。それなのにジョミーの外見は十七前後と年若く、中身はこどもっぽさと大人びた両面を持ち合わせていて、それで不思議に安定しているのだった。
 彼は戦士『ソルジャー』だ。ミュウたちが唯一持つ、『戦う存在』そのものだ。すこしだけの畏怖と多大な敬意、親愛と感謝の念をこめ、ミュウたちは長をソルジャー・シンと呼んでいた。それについてジョミーは、誇りさえ感じて嬉しがっているのだが、ごく親しい相手となると別らしく、そう呼ばれだした当初から壁があると主張してならない。薄い、薄い、見えない壁や膜を一枚隔てているようで、気に入らない、と。
 それでもジョミーは長で最長老でソルジャーだから、その辺りは多少聞き分けよく、また上に立つ者の責任や義務も理解していた為、全てのものに対してそう主張することも、感じることもなかったのだが。こと、親友であると公言してはばからないリオと、片腕的存在として頼り、甘えるハーレイに対しては意識がすこし違うらしい。フィシスに対しても同じように、ジョミーと呼び続けて欲しい、と願っているのだ。
 誰かがいる場所では、ソルジャーでもいいから。二人きりだったり、私的な場所であるならソルジャーではなく、ジョミーと呼んで欲しいのだと。それに積極的に従っているのは、今の所はリオとフィシス両名だけなのだが。ハーレイが積極的に行わず、また行えないのは抵抗があるからではなく、生真面目な性格のせいである。ジョミーもそれは知っているので、気が向いた時でいいよ、と限定はしてある。
 だからこそほんのすこし、気心の知れたからかいが混じった発言に、ハーレイは血を吐くような叫びを向けるのだが。当のジョミーに、気にした様子はない。そのままの意味、と言ってにっこりと笑うと、ハーレイの目を悪戯っぽい仕草で下から覗き込んできた。
「ハーレイなら、リオがぼくのことをジョミーって呼んでも怒らないってこと。そうだろ?」
 他の長老だと、とにかく先に小言が飛ぶからさ、と笑うジョミーに、ハーレイは何年経っても変わらない長の性質に、喜びと胃痛が入り混じった息を吐く。そして他の長老たちのように、ソルジャーとしての自覚をきちんと持って頂きたいものですが、と小言を重ねつつ、理解のある瞳でジョミーを見返した。
「あなたが、そう望むなら。私はそれでも、良いと思います……ジョミー」
「うん。だからハーレイ好きなんだ。話が分かる」
 サンクス、と短く感謝の言葉を告げ、ジョミーはごく自然な仕草でハーレイの頬に唇を掠めさせた。すぐに頬を押さえて飛びのき、反射的に赤くなった顔で驚きいっぱいの目を向けてくるハーレイに、ジョミーはにこにこと気にした風もなく笑う。これくらいで恥ずかしがっちゃってハーレイ可愛いなぁ、とだだもれで伝わってくる思念に、キャプテンの額に青筋が浮かび上がりかけ、けれど諦めの脱力と共に消えていく。
 ふっと遠い目で彼方を見つめるハーレイに、ジョミーは笑いながら口を開いた。
「それで、明日のことなんだけど。さっき言ったみたいに、ぼくが彼を迎えに行くから。そのつもりで……いや、ちゃんとリオも一緒だって分かってるよ? 一緒に、ちゃんと、二人で行くってば」
 左右から同時に向けられた、針のごとき鋭く冷たい視線を無視しきれなかったのだろう。冷や汗を流しながら付け加えたジョミーに、ハーレイはもう何度目かも分からない息を吐く。
「本当に、リオを連れて行ってくださいね。最近は調子が良いとはいえ、あなたの力は」
「ストップ、ハーレイ。それ以上は、ぼくの体とぼくの力だ。ぼくが一番良く分かってるから、言わなくていい」
 苦虫を噛み潰したような表情で言うジョミーに、ハーレイは全く信じていない表情でそうですか、とだけ返す。そして目配せをしてくるので、リオは微笑みながらも真剣な様子で頷いた。目を離しません、ということだ。無言で様々なものを分かち合う二人に、ジョミーはこどもっぽく頬を膨らませ、大丈夫って言ってるのに、と不満そうな呟きをもらす。場に、雅やかに響く忍び笑いが加わった。誰もが視線を、扉に向ける。
 そしてすぐに扉に駆け寄ったのは、ジョミーだった。そして傍付きのアルフレートから先導の手を受け取ると、びっくりした、と突然現れた盲目の女性を抱きしめる。そしてハーレイにしたように挨拶のキスを頬に送って、満面の笑みを浮かべて額同士を軽く触れ合わせた。こうした軽いスキンシップはジョミーの機嫌が良い証拠で、フィシスは和やかな笑みを浮かばせる。なにもかも知っているような笑みに、ジョミーは瞳を輝かせながら問いかけた。
「フィシス。あなたが天体の間から出てくるなんて。どうかした? なにかあった?」
「いいえ、ジョミー。ただ、あなたの思念があまりに喜びに溢れていたものですから……リオ、ハーレイ。負けてしまったようですね」
 だからはじめから賛成して差し上げればよかったのに、と楽しげに笑うフィシスは、けれど船内で誰よりジョミーの身を案じる一人だった。だからこそハーレイは納得できない様子で、先導されてゆっくりと歩いてくるフィシスを見つめる。視線にも、物言いたげな思念にも気がついているだろう。けれどフィシスはそれを涼しげな横顔で無視し、ジョミーの用意してくれた椅子に座ってから口を開く。
「まだ、ジョミーの……いえ、ソルジャー・シンの力は消え去りません。そう心配なさらずとも、平気ですわ」
「占い師フィシス。あなたが、そう仰るのであれば」
「……ぼくが言った時は、引き下がらなかったくせに」
 苦笑気味の、けれど諦めた風な呟きを漏らし、ジョミーはまあいい、と会話を打ち切った。そして、こどもっぽさを消し去った表情でハーレイとリオを見て、ジョミーは静かに言葉を響かせる。
「明日だ。明日、ぼくはアタラクシアへ行く」
 お供します、と厳かに響くリオの思念に頷きをひとつ返して、ジョミーはまっすぐな目をハーレイに向けた。ハーレイは、黙して視線を受け止める。数秒間の、にらみ合うような見つめあいの後、ジョミーはふっと笑って口を開いた。自信に溢れる、魅力的な表情だった。
「ぼくが、ブルーを迎えに行く。フィシスの言葉を聞いただろう? ハーレイ。大丈夫だ」
「……船を」
 たくさんの言葉を積み重ねても、もう全てが無意味でしかないのだと。その数秒で分かっていたからこそ言葉を飲み込み、ハーレイは深い祈りをこめて言う。
「あなたが帰るまで、守ります。どうぞ、無事のご帰還を。ソルジャー・シン」
 もちろんそのつもりだ、と笑うジョミーから目をそらして、ハーレイは頷く。リオはその肩をぽんと叩き、意思を伝えた。どんなことがあっても、彼を、船に。しなやかに響く強い意志にぐっと言葉を堪え、ハーレイは頼む、とだけ言った。もうその言葉しか、出てこなかった。



 いつもフィシスが意思を灯す、占い用のテーブルに軽く腰掛け、ジョミーはくすくすと笑った。全く心配ばかりするのだから、と呟くその表情をフィシスは見ることができないが、だからこそきめ細やかに心を読み取って息を吐く。からかうような声音とは裏腹に、ジョミーの心は心配をかけてしまう己に対してのふがいなさと悲しみ、やるせなさに満ちていたからだ。そんな感情を、ジョミーは決して言葉には出さない。
 そっと歩み寄って背に抱きつくフィシスに、ジョミーはごめん、と呟きを落とす。誰に対して隠すことができてもフィシスにだけは、ジョミーは心の深い部分にある不安を伝えてしまうのだった。半ば無意識に、半ば意識しての甘えで。それはフィシスが、ジョミーに予言しているあることが原因なのかも知れなかった。ミュウたちの長。もっとも強き力を持つ最長老。ジョミーの力は、いずれ尽きて消えてしまうのだった。
 それは明日のことではない。明後日のことでもない。けれど半年先では分からず、一年先ではもしかしたら、その時が訪れているかも知れなくて。力が失われても、ジョミーに死が訪れるわけではない。けれど全てが、指の間から零れ落ちていくだろう。守ろうとしたもの、守りたかったもの。願ったこと、祈ったこと、全てが。叶わなくなってしまうその日は、もう遠いものではない。その日が、フィシスには不安だ。
 ジョミーは明るく、そして優しい。その明るさが船の空気を華やかにして、その優しさがミュウたちの心を穏やかにしている。ジョミーはミュウたちの長だが、同時にそれだけではなく、宝なのだ。光とも、輝きとも、太陽と呼ぶ者もあるだろう。希望と、ジョミーを差して言う者すらいる。そしてジョミーは、戦士だ。ソルジャー・シン。戦う力を持たぬミュウたちの、唯一の力。唯一の武器。そして最大の、盾でもあるひと。
 それが、失われてしまう。もちろん後継者はいる。その存在を迎えに、明日ジョミーはアタラクシアへ飛ぶのだから。けれどその後継者が育ち、ジョミーと同じようなソルジャーとなったとしても。ジョミーは傷つくだろう。自分が戦えないことや、その代わりに誰かが戦わなければならないこと。失われてしまった力に、なぜだと苦しんでしまうだろう。それはきっとジョミーから明るさを奪い、優しさゆえに心を傷つける。
 ジョミーが力を失ってしまうことより、そちらの方がフィシスには怖かった。ずっとずっと、恐ろしいことだった。明るいひと。優しいひと。強くしなやかに、綺麗なひと。力が失われたからと言って、その魅力にはなんの傷もつかない。ジョミーはジョミーであるだけで、それだけでミュウたちの希望で、力で、安らぎで、誇りだ。無言で抱きつく力を強くするフィシスに、ジョミーは姉に対する弟のような表情で苦笑した。
 腹に回された細い手をそっと撫でてから手を重ね、フィシス、と宥めるように名を囁く。
「地球が見たい。みせて、フィシス……連れて行って、あの、青い星に」
「……ええ、ジョミー。あなたが望むなら」
 ごめんね、と思念が弾ける。まぶたの裏に広がっていく銀河系のきらめきに負けない強さで、ジョミーの声がすみずみまで広がっていく。ごめん、ごめん、ごめんなさい。愛しいミュウたち、ぼくの家族。ぼくが守るべき人たちよ、ごめんなさい。ぼくの力はもう消える。消えて、なくなってしまう。そのことより、そのことで守れなくなることが、戦えなくなることが、導いて連れて行けなくることが、ぼくは悲しいと。声が。
 響いていく。響いていく。銀河系から太陽系へ、意識がぐんぐん引き寄せられていく中でも、色あせぬ強さで。太陽系の奥。青い星。月がくるくると回りを遊ぶ、青い星。美しい星。地球をはるかに眺め、ジョミーはフィシスに見えないように顔を上げ、涙を流した。地球のさらに奥、太陽系の中心に、星系の名に冠す『太陽』が輝いている。その輝きの近くまで、ミュウたちを導いていく時間が、ジョミーにはもうない。
 尽きる。尽きてしまう。消えてしまう。無くなってしまう。強大な力。輝き続ける太陽のようなそれが、蝋燭の火を吹き消すようにあっけなく、なくなってしまう日はもう近い。ため息をついて同調を解き、ジョミーはフィシスの腕を外して立ち上がる。そして振り返らずに扉までゆっくりと歩き、おやすみ、と思念を飛ばした。そして一人で誰とも会わず、ゆっくりと廊下を歩き、寝室へと戻ってベットに倒れこむように横になる。
くつろげる服に着替えようかとも思ったが、めんどくさく感じて起き上がることができない。やがてまあいいや、と結論を下してジョミーは笑った。明日。ついに、明日出会えるのだ。そのことに比べれば全てがささいな問題で、どうでもいいことだった。
「うん。明日だ、ブルー」
 そのまま目を閉じて、無意識にぽつりと呟いて、ジョミーはざわめく胸をもてあますように体を丸めた。ジョミーはずっと、待っていた。明日という日を、ひたすらに待っていたのだ。ミュウたちの太陽は、華々しい夕日の中で空を見つめて。ずっとずっと、蒼い夜を待っていた。

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