生まれて三年の体を成長させる。それだけでも、どれだけの負荷が襲いかかったことだろう。本来ならば目覚めてすぐには立ち上がれない程、心身共に消耗していておかしくない筈なのに。トォニィを初めとした『ナスカのこどもたち』はそれのみならず、宇宙空間にワープ・アウトし、直後にソルジャー級のエネルギーを出してメギドの業火から星をひとつ守ってみせたのだ。それは、どれ程大変なことだったのだろう。
守りきった後の静寂に、意識を保っていたのはトォニィとアルテラだけだった。後は全員気絶してしまっていて、ジョミーとブルー、シロエの力が落下しないように守っていた。そしてトォニィもアルテラも、意識は保っているものの浮遊する力が残っていないのだろう。体中に切り傷や擦り傷を作って、火傷もしてしまった姿で、弱く呼吸だけをしている。シロエはそんな二人を見ていられず、腕を伸ばして抱きしめた。
頑張ったね、と褒める声が震えてしまったのは、感情をどう言葉に表せば良いのか分からなかったからだ。トォニィはシロエの声にこくんと頷くと、ジョミーに向かって両腕を伸ばす。
「グランパ」
この上ない喜びに、キラキラと輝く声だった。宇宙空間にまたたく星にも負けないほど、嬉しくて、嬉しくて、ただ嬉しくて輝く弱い声だった。浅い呼吸を繰り返しながら、トォニィはシロエの腕の中からひたむきにジョミーだけを見て、成長したんだよ、と笑う。
「グランパの声、聞こえたよ。だから、ぼくたち成長して来たんだ……グランパ、怪我してない?」
ふらふらと伸ばされたちいさな手は、ひたすらジョミーのことを案じていた。こらえ切れず、ジョミーの目から涙が零れ落ちれば心配はよりいっそう激しくなる。アルテラもトォニィに同調して暴れだし、シロエは慌てて二人を抱えなおさなければいけなかった。ジョミー、グランパ、と呼びかけてくる幼子の声に涙を流しながら顔を寄せて、ジョミーはシロエの腕の中、生々しい怪我を負った二人の頬にキスを送る。
それぞれ、左右に一度ずつ。接触する瞬間に大丈夫だよ、と治癒の力をこめて思念を流し込めば、二人の大暴れがぴたりと静かになった。ホントに、ホントに、と必死に見上げる二人に極上の微笑みで頷いて、ジョミーは指で涙をぬぐい、静観していたブルーに視線を移した。
「メギドを、破壊しに行きます」
「行っておいで、と。ぼくが笑顔で見送ると思うかい?」
真剣な顔で言い放ったブルーが、ぼくが行くよ、と告げるより早く。ブルーの腕を持って顔を近づけたジョミーは、キスで言葉を封じてしまう。触れ合うだけの口付けはたった数秒で終わり、ジョミーは熱を測るように額を重ね、幸せそうな声で言った。
「あなたは役目が違いますよ。あなたはこれからナスカにおりて、リオと一緒に残ってる仲間たちを救いに行かなければいけないんです。先に言っておきますが、これは、命令。ソルジャー・シンからブルーへの、命令です。受けてくれますね?」
にこにこ笑うジョミーを苦く見つめ返して、ブルーはきみね、とため息をついた。長い眠りから起きてから驚くことはたくさんあったが、ジョミーの成長ほど顕著に感じることはない。先回りして言葉を告げられるようになった。たったそれだけのことでも、ブルーは悔しさを覚えつつ嬉しいのだった。惚れた弱みに付け込むコに育てた覚えはないんだけどね、と呟くと、ジョミーはきょとん、と首を傾げた。
慎重も伸びて顔つきも大人びたのに、そんな所だけは全く変わらない、ブルーにも覚えがあるジョミーだった。まったくなに言ってるんですか、とくすぐったそうに笑って、ジョミーはブルーの頬に、己の頬をぴたりとくっつける。
「惚れた弱みに付け込むのを教えてくれたのは、ぼくの目の前にいるあなたです」
「はいはいこどもの教育に悪いからっ! 状況をわきまえていちゃつけそこの新旧ソルジャー!」
両手が塞がってると目隠しだってできなんですからねっ、とぎゃんぎゃん吠え立てる子犬のように叫ばれて、ジョミーとブルーはシロエを振り返った。するとシロエの腕の中では、ぐったりとしながらも頬を薔薇色に染めたトォニィとアルテラがいて、新旧ソルジャーはどちらともなく、声をそろえてやっちゃった、と言った。シロエの額に、青筋が一本加算される。大慌てて口を開き、ジョミーはええと、とシロエに告げた。
「シロエはこどもたちを連れて、シャングリラにいったん戻って欲しい。トォニィ、アルテラ。良いコでお医者様に見てもらえるね? 注射も苦い薬も、ワガママ言わずに飲めるね? 安静にして待ってるんだよ」
「お注射きらい……苦いのもきらい」
いやいや、と首を振るアルテラの隣で、トォニィはなんだか悲痛な顔をしている。外見だけ成長しても中身はやっぱり変わらないなぁ、と笑いながら手を伸ばして、ジョミーは二人の頭を撫でてやる。良いコで我慢したらあとでご褒美あげるからね、と告げると、二人は悩んだ後に頷いて、怪我しないで帰ってきてね、と言った。ジョミーはなるべくね、と二人に愛おしく笑いかけ、指示を待つ顔のシロエに重ねて告げた。
「分かってるみたいだけど。それが終ったらシロエは、ぼくを追いかけてきて。メギド壊すよ!」
「了解、ジョミー!」
キース・アニアンぶん殴るっ、とやけに弾んだ声で気合をいれ、シロエは力の膜でナスカのこどもたち全員を包み込んだ。そしてちょっと安定感に欠けるかな、と首を傾げつつも勝気に笑って、一気にシャングリラへと転移する。消え去る寸前、手を振ったトォニィとアルテラに手を振り替えしながら、ジョミーはさて、とまだ納得していない様子のブルーに目を向けた。そして怒りのにじむ、麗しい笑顔を浮かべてみせた。
「独断は一度しか認めない主義なんですよね、ぼく。それに、誰でしたっけね、ぼくの指示に従うって言ったの。本当は船で待ってて欲しかったのに、ナスカに行くって言ったらついてくって聞かないし、勝手に一人で転移しちゃうし。ねえ、ブルー。ぼくの指示に従うんですよね?」
ね、と首を傾げる仕草はたまらなく可愛らしい、かつ小奇麗なのに、首元に氷の刃を押し付けられている感覚があった。ジョミーは本気で怒っている。船に戻れと言ってもどうせ聞かないだろうから、ナスカにおりろと指示したのが最大の譲歩なのだろう。ため息をついて了解、と返し、ブルーは安堵に肩の力を抜くジョミーに腕を伸ばして抱きしめた。ブルーより一回り大きくなった体は、それでも素直に腕に収まる。
「終ったら、たくさん、たくさん話をしよう。……長く眠っていてごめんね、ジョミー。そして、ただいま」
君のもとに戻ってきたよ、と笑いながら告げてくれたブルーにうん、と頷いて。ジョミーは自分でも腕を伸ばしてブルーを抱きしめ、心から安心した微笑みを浮かべる。
「おはようございます、ブルー。そして、おかえりなさい……でも、行って来ます」
「ああ、行っておいで」
「って、まだこんな所にいたよこの新旧ソルジャー!」
信じられない信じられない緊急事態なのにいちゃいちゃいちゃいちゃっ、と絶叫しながら戻ってきたシロエは、怯えるジョミーの腕を掴んでぐいぐいと引っ張った。
「ほら、早く行きますよっ。メギド壊してキース殴ってキース殴ってキース殴らなきゃいけないんですから!」
「ね、ねえシロエ? 目的なんか違うよねそれ。正しいけど増えてるし間違ってるよねっ?」
「細かいことは気にしないで下さい」
キッパリと言い切って、シロエはあっけに取られた顔つきになっているブルーを振り返った。そしてすこし恥ずかしそうにしながら、えと、と口ごもり、息を吸う。
「ぼくも後で、色々話しに行っていいですか? ジョミーとの邪魔はしませんから」
「うん。いいよ、シロエもおいで」
だから気をつけて行くんだよ、と続けると、シロエとジョミーの顔つきが変わった。戦うことを知る者の真剣さを宿して、シロエはジョミーに頷きかける。行きましょう、ということらしかった。ジョミーもやはり頷きで答えを返し、ブルーに背を向けるとなにもない虚空を蹴り、高速で飛翔していく。すぐにシロエも後に続き、ブルーもナスカへと意識を集中する。そしてリオのサイオンを感じ取ると、そこに向かって転移した。