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 そのぬくもりになかないで:前

 意識を取り戻したのか、夢を見ているのか。長い気絶から覚めた意識では、よく分からなかった。試しに腕を持ち上げようとしてみると激痛が走り、ブルーは反射的に体を折り曲げて咳き込む。しかしその本能の動きがさらに体に衝撃を走らせ、痛みの連鎖が続いていく。咳き込んで、咳き込んで喉が切れて血を吐き出して、痛くて痛くて目の前が赤くなって白くなって視界が一瞬ぶつりと光を途切れさせて。
 歯を食いしばって絶叫をこらえて、ブルーはあえかな息を吸い込んだ。ひゅ、ひゅぅ、と細く浅い呼吸音がやけに耳につく。体中がべたべたして気持ち悪いのは、血かぶちまけられた薬品か、それとも吐き出した胃液なのだろうか。どれにしろ、気分の良いものではない。意識を夢と現実の間でまどろませることで、どうにか耐え難い激痛をやり過ごし、ブルーは全身を青白い光で包み込む。癒しを全身に命じた。
 傷ついた体を回復させて、痛みを一つずつ丁寧に消し去って行く。足も腕も腹も胸も、首も顔も頭も背中も。全身で痛みのない所などなかったから、とりあえず体の先から。指先、爪先、それから頭。顔と首、手と足。腕と二の腕、脚とふともも。腰と腹。同時に内臓。背骨のひびもゆっくり修復していく。痛んだ神経に命を流し込み、痛みの消えた箇所から感覚を再生させていく。そして最後に、大きく息を吸い込んだ。
「ああ……いた、かった」
 言葉を発するのもおっくうで、ブルーはその場に仰向けに寝転んだ。言葉を発しても返事が返ってくるわけもないので、体力の消耗を防ぐ為に口を閉じる。疲労に耐え切れずに目も閉じれば、起きているのか寝ているのかも分からない、無音の闇と静寂が広がった。ブルーが押し込められているのは、『ボックス』と呼ばれるミュウの収容部屋の一つだ。その名の通り四角い箱型で、上からだけ出入り可能だった。
 しかしそれは正確には『上からだけ出し入れ可能』なのだろう。出入りというには、ブルーはあまりに己の意思で『ボックス』から外へ出たことがなかった。たったの一度もない。いつも連れ出されるからだ。目的は、実験。ただそれだけの為に、ブルーは生かされている。ブルーはよろよろと上半身を持ち上げ、五メートル四方の閉ざされた箱の中を移動した。そして壁の一つに手をあてると、ハーレイ、と呼びかける。
 聞こえないと分かっていて、口に出して。そして、この地獄のような生活が始まるきっかけともなった能力の一つ、思念波を使って。ハーレイ、と幸運にも知ることが出来た隣人の名を、呼ぶ。
「死んでいないかい、ハーレイ。ぼくは、今日はまだ死んでないよ」
『返事をしなかったら死人にされる呼びかけはやめて欲しい、と何回言えば分かるんだ』
「だってそれ以外に、どう言えばいいのか分からないよ」
 くすくす、とか細い笑いを響かせて、ブルーはずるりと壁に体を持たれかけさせた。あまりに傷つけられた体だ。回復させても痛みと傷が消えるだけで、体力と血は戻ってこない。傷なら回復させることが出来るから、死ぬとしたら精神破壊か出血多量のどちらかなんだろうな、とブルーはぼんやりと考え、そしてため息をついた。どうしてこんなことをされなくてはならないのだろう。いつになったら終るのだろう。
 答えなど出なかった。すくなくとも生きている間は、終るとは思えなかった。沈黙を支えにして意識を保つブルーに、ハーレイの恐怖が強く伝わってくる。心が引き裂かれるほどの恐怖の理由は、すぐに知れた。がしゃ、と重たい音を立て、隣のボックスの鍵が開かれたからだ。実験の時間だ。ブルーが戻されれば、次はその隣のハーレイ。決まっていることだ。当たり前のように、決められてしまったことなのだ。
 恐怖と嫌悪。諦めと憎悪。言葉にさえならない意思が、ブルーの心に直接流れ込んでいくる。立て、と無機質な命令が壁越しに聞こえた。ブルーは歯を食いしばって集中し、思念波を飛ばす。ハーレイ、ハーレイ、と急いで呼びかけると、五回目で反応があった。ため息をついて首を振っているような、嘆かわしいと言わんばかりの思念波だった。
『なんだ』
『おかえりを言いたい』
 大急ぎの思念波は、口で話していたなら舌を噛んでいただろう。ハーレイの気配がどんどん遠くなって、思念波の声も弱くなっていく。それでもブルーは、だだっこのようにその言葉を繰り返し続けた。おかえりと言いたい、言わせて、と。それは死なないで欲しい、と同義語だ。長い長い苦しみに耐え、痛みに耐え、絶望に耐えて戻ってきて欲しいということだ。死なないで、というブルーのせいいっぱいの願いごとだ。
 お願い、お願い、とぼろぼろ涙を流して懇願するブルーに、聞き取れる限界の、か細い思念波が届く。
『努力しよう』
 ハーレイはいつも、それしか言わない。けれどそれが『いつも』になるくらいは、もう繰り返してくれている。ブルーは涙を拭いながら頷き、通信を終らせた。もう届かない限度にならないと、ハーレイが言葉を返してくれないと知っていたからだ。その理由は知らない。けれどたぶん、長い会話は疲れるからだろう。呼びかけすぎて、泣きすぎて、ブルーも疲れてしまった。また力なく倒れて、ただ横になる。頭が痛い。
 目を閉じれば眠気が押し寄せてきたので、眠ってしまおう、とブルーは思った。いつ気まぐれでまた実験に連れて行かれるかも分からないので、眠れる時に寝ておくのが大切だ。ゆらゆらと意識がぼやけ始め、ブルーの意識を夢がさらいに来る。安らぎの腕にさらわれるその一瞬前、声が聞こえた。温かで優しくて綺麗な、聞いたこともない声だった。笑うように歌うように、眠る人の耳元でそっと囁くように。声が。
『あいしてる、よ』
 たどたどしく、遠慮するように。ゆりかごのように、子守唄のように。声は何度も、何度もブルーの意識に囁きかける。あいしてる。あいしてる。あいしてる。優しい響きの綺麗な声は、それしか告げられないように。
『あなたをあいしてるよ。ブルー』
 陽だまりのような美しい優しさが聞こえるのは、いつも。いつも、いつも、いつも、実験から戻ってきて眠りに意識をさらわれる一瞬前のことだと、ブルーはいつもその時になって思い出して。そして、目覚めると忘れてしまうのだった。その声を、ずっと聞いていたいのに。そう願ったことさえ、思い出せずに。あいしている、と。もうしばらく使っていない、その言葉の意味や、それが指す感情さえ。思い出せずに。



 ブルーがジョミーを抱いて眠った日の朝は、心地よい重みで目が覚める。それというのも、ジョミーがブルーに覆いかぶさるように身を重ねているからだ。ジョミーの顔は必ずブルーの肩口に埋まっていて、今にもナイショ話でもしてくれそうな風情だった。くすくすと笑いながら腕を持ち上げ、ブルーは愛し子の頭をそっと撫でる。二回、三回、指をすり抜けていく髪の感触を楽しむと共に、体温と重みを気持ちよく思った。
 どうしてこんなに愛おしいのだろう。答えの出ない悩みを幸せに考えていると、頭を撫でられた感触でジョミーが目を覚ます。ん、と短いうめき声を上げてまぶたをぱちりと開き、間近にあるブルーの紅玉を見つめてジョミーは嬉しそうに笑った。陽だまりの温かさや、砂糖菓子の喜び。この世の柔らかくて甘い幸せを、全て集めたかのような笑顔だった。思わず見つめるブルーの肩に、ジョミーは頬を押し付ける。
「おはよう、ブルー。気分はどう? 体痛くない? あと重くない?」
「気分は良いよ。大丈夫。気持ち良い重みだから退かなくていい……でもねジョミー。体の痛みを心配するのは、本来はぼくのほうだと思うんだ。ジョミー、痛いところは?」
 抱いている側のブルーより、抱かれているジョミーの方に負担が大きいのは当然のことだった。それなのに、いつも決まっていることのように心配してくるジョミーが、ブルーには可愛くて仕方がない。優しい子だ、と頭をなでるとジョミーはくすぐったそうに首を引っ込める。そして肌と肌との触れ合いが心底心地いいというように、ブルーの首に腕を回して抱きついた。満ち足りた吐息と共に、言葉が囁かれる。
「ないよ。あなたは優しいから」
「たまには、そう言えないようにしてあげようか」
「できないくせに。ブルーって時々そういうこと言うよね。ぼくに優しくしたくて仕方ないって顔してるのにさ」
 なにがおかしいのかくすくす笑い続けるジョミーを、降参だとブルーは抱きしめた。ブルーは、ジョミーを可愛がりたくて仕方がない。優しくして、甘やかして、抱きしめて、キスをして、愛しさの全てを込めて抱く。普段はソルジャーとして、後継者であるジョミーに厳しくしなければいけないこともあるから。公と私をきっちり分けることができる性分だからこそ、完全なプライベートとして触れる時には優しくしかできない。
 もっとも、ジョミーが『ソルジャー・シン』として独り立ちしてもう何年にもなる。ソルジャー・ブルーから『ブルー』に戻って、公私を分けなくて良いようになってから、厳しくした反動でげっそりされるほど甘やかし倒すことは無くなって来たのだが。元々ブルーは、ジョミーには際限なく優しくしたいし甘やかしたい野望を持っているので、程度にはなんの変わりもないのだった。まったく、と綺麗な声がブルーに告げる。
「しかたのないひとですね、あなたは……ところで」
 甘くとろけた優しい声にうっとりしていたブルーは、ジョミーが向ける真剣な表情にしばらく気がつかなかった。はっとした時にはジョミーは苦笑いを浮かべていて、ブルーも同じ表情を返しながら首を傾げる。
「ごめん。どうしたんだい?」
「いいえ。それだけ気分が良さそうなら、ぼくの心配したことはなにもありません」
 よく眠れましたか、と笑いかけてくるジョミーは、なにかを隠していた。しかしこれだけ接触していても、内心は読み取れない。よほど、ブルーに知られたくないと思っているのだろう。悪いことではないことだけをなんとか感じ取って、ブルーはジョミーの質問に頷いた。頭はスッキリとしていて体は軽く、気分は良い。しっかり眠れた証拠だろう。ジョミーの表情が安堵に甘く緩み、唇がブルーのまぶたに振ってくる。
 よく眠れた、と答えた日にだけジョミーがくれる『ごほうびのキス』だ。嘘をついた日にはでこぴんが待っているので、ブルーはわりとごまかさずに申告するようにしている。そっと身を起こしたジョミーは、さて、と呟いて裸の上半身に己の赤いマントを羽織った。
「ぼくはそろそろ起きますけど、ブルーはまだ横になっていてもいいですよ。ただ、二度寝はしないでくださいね。あなた二度寝しちゃうと、朝ご飯食べられなくなるんですから。一緒に食堂行きましょう? ね?」
 甘やかしつつきちんと脅迫してくる辺り、ジョミーの成長が垣間見える。昔はもうちょっと可愛かったのに、とブルーがため息をつくと、すかさず察したジョミーに鼻を軽くつままれた。にっこり笑顔で可愛くなくなって悪かったですね、と言ってぷいと身をひるがえしてしまうのを、ブルーは慌てて引き止める。羽織られていただけのマントをひっぱれば、ジョミーの肌を撫でながらベットに落ちてしまった。
 かすかに甘く身を震わせたのには気がつかないふりで、ブルーはそーっとジョミーを見上げる。体に腕を回して己を抱きしめるようにしながら、ジョミーはほんのり頬を染め、目だけは険しく振り返る。
「なんです」
「ジョミーは今でも可愛いよ。可愛いというか……綺麗になったけれど、それでも十分可愛いぼくのジョミーだ」
 聞かなきゃよかった答えなんて分かってたのに朝から恥ずかしいっ、と思念波が船全体を貫いていくのを感じて、ブルーは思わず笑いに吹き出した。これでいくらごまかそうとも、ジョミーが昨夜、どこでどんな風に過ごしていたのかは明白だ。元々ブルーは、ソルジャーを譲る前からジョミーとの関係を隠そうとしなかったので、今ではすっかり公認の仲なのである。問題は、ジョミーが恥ずかしがることくらいだ。
 くつくつと喉の奥を震わせて笑うブルーを、ジョミーは射殺しそうな視線で数秒間見つめた後、諦めたらしい。こんなことしてる時間ないし、と拗ねた呟きを落としながら脱ぎ散らかした服をひろい、洗濯籠に入れてから新しい服を取り出していく。ブルーのものもついでに出してベットに端に置きながら、ジョミーは手早く着替えを済ませていった。シャワーは、昨日寝てしまう前に頑張って浴びたので大丈夫である。
 やっぱり多少頑張っても寝る前にシャワー浴びた方が朝楽だなぁ、と感心しながらきちんと洗濯された赤マントをつけ、ジョミーはまだ笑っているブルーを呆れ顔で眺めた。
「……笑いすぎて呼吸困難にならないでよ?」
「うん。分かってる。ああ……可愛いなぁ、ジョミー。可愛い可愛いすごく可愛い大好きだよ」
「朝から恥ずかしいこと言ったらダメってソルジャー命令でも出そうかなぁホントにっ!」
 頭を抱えて座り込み、涙目で真っ赤になって恥ずかしがるジョミーを、ブルーはごく愛しげな表情で眺めた。そしていたって他人事の響きで、ジョミーが好きなようにすればいいよ、と告げる。『恥ずかしいこと』を言う人物に、ブルーは入っていないとも言いたげだ。ぎろりと上目づかいに睨んでくるジョミーにやんわり笑い返して、ブルーはシーツだけを羽織った裸体を起こし、ふかふかの枕にもたれながら言う。
「だって、ジョミーが恥ずかしがっているだけで、ぼくは恥ずかしくないんだよ?」
「……朝錬行ってくるので、戻ってくるまでには着替えててくださいね。そしたら朝ご飯食べに行きましょう」
 聞かなかったことにしたらしいジョミーは、ふらりと立ち上がって青の間を出て行く。扉を出るとすぐにリオー、と半泣きの声が聞こえてきたので、今日も前で待っていてくれたらしい。ぱたんと音を立ててしまった扉を眺め、ブルーは仲良しな主従に微笑ましい気持ちになった。



 はっ、と浅く息を吐き出して、ジョミーは動きを止めた。リオは満面の笑みで大きく頷き、ジョミーの勇姿に拍手を送る。電光掲示板が示す得点は、百。つまり、パーフェクトである。サイオン・コントロールの使えない電子弓において、ジョミーがこれだけの高得点をはじき出したのは初めてだった。集中力も動体視力も、反応速度も申し分ない。見守っていた長老たちも思わず感嘆のため息をつき、手を打ち鳴らした。
 しかし当のジョミーは、苦虫を噛み潰した表情で不満げに沈黙している。大きなため息をつくと、そのまま場にしゃがみこんでしまった。慌てて駆け寄ったリオに顔を上げ、ジョミーはどうなってんだろ、と呟く。思わず首を傾げたリオに、ジョミーはきょと、と目を瞬かせた。そのまま二人は見つめあい、奇妙な沈黙が続く。やがて、ああ、と納得した響きを紡いだのはジョミーだった。
「違う、違う。ごめん、リオ。今の訓練のことじゃないんだ。ちょっと悩みごと」
『……訓練終了直後にですか?』
 問い返したのは、別のことをごまかそうとしているのでは、と思ったからだ。けれどジョミーは困ったようにリオを見返してうん、と頷くだけで、嘘をついているようには見えない。念の為に長老たちに問い合わせても、ジョミーがごまかしたり、嘘をついている様子は見られない、とのことだった。すると、ずっと考え事をしながら電子弓を行っていたとしか考えられない。微妙な気持ちになるリオに、ジョミーは肩を落とす。
「だって、分からないんだよ。考えても考えても、どーしても分からない。だから気になっちゃって」
『ソルジャー……いえ、ブルーのことですか?』
 別にジョミーのことをソルジャーとして認めていないわけではなく、ただ単に呼びなれた響きが口から出てしまっただけだった。けれどしまった、という顔つきで口元を押さえるリオに、ジョミーは面白そうに目を細めて頷く。
「気にしないでいい。そう、ブルーのこと。……長老たちに聞けば分かる気がするんだけど、聞いたらたぶん、というか絶対怒られそうで聞きたいけど聞きたくないんだよね」
「いいよ、聞きな。怒りゃしないよ、ソルジャー」
 上目づかいに許しを求めるように呟かれて、そう答えられないほど長老たちも鬼ではない。代表してブラウが笑いながら言うのに、ジョミーはそれでも気が進まない様子で立ち上がり、訓練に使っていた弓を片付けてから近づいてくる。そしてちらっとハーレイを見てからブラウに視線を固定して、年若き指導者はハッキリとした声で問いかけた。問うのならば、罪悪感を持つことこそ悪いのだと信じる、まっすぐな声で。
「アルタミラの惨劇より前……実験されていた頃の記憶を持っている者は?」
 一瞬の出来事だった。あたかもサイオン・バーストを起こしたような勢いで、ハーレイとゼル、ブラウから悲鳴にも似た衝撃が放たれる。苦痛とも呼べない程に深い苦痛と、悲しみと名前をつけられない程の悲しみ。憎しみでは、なかった。そんなものは通り過ぎていて、覚えられもしないようだった。エラとヒルマンから向けられる睨みを甘んじて受け、ジョミーは謝罪を口にすることなく、三人が落ち着くのを待つ。
 ここで謝るくらいなら、最初から口に出したりはしない。毅然とした態度で背を伸ばして立つソルジャー・シンの姿に、三人もなんとかこらえたのだろう。手が白くなるほど、呼吸が難しくなるほどに力を込めて、細く弱く息を吐き出していく。完全に落ち着くのを待ってから、ジョミーはあえて確認することをせず、すぐに本題を告げた。夢を見ているようなんだ、と苦しげに告げた言葉に、ハーレイが顔をあげる。
「ブルーが、ですか?」
「もちろん。ぼくは受け渡された記憶として持っているけど、あくまで渡されたものとして別保管してる感じだから夢には見たことないよ。まあ、ぼくのことは今はどうでもいいんだけどさ。そうなんだよ。ブルーがね、夢に見てるんだ。その時のことを」
「いつから」
 乾いた声で問うのは、気がつけなかった自責の念があるからだろう。悔しげに顔を歪ませるハーレイに、ジョミーはすこし言葉に詰まった。そしてすい、と視線を外してしまう。相手を気遣って言えないというより、自分が告げたくないようだった。いくぶん普段の調子に戻ったブラウが、面白いことを見つけた表情でおや、と言う。ぎくりと肩を震わせたジョミーは、あたふたと長老たちに視線を戻し、慌てて口を開く。
「い、いっ、いつからだって、そんなの別にいいじゃないかっ!」
「よくありません。知ってるんですね? ジョミー。知ってるなら言いなさい。今すぐ言いなさいっ!」
 普段はあえて『ソルジャー』と呼ぶハーレイの呼び方が『ジョミー』に戻っているのは、よほどせっぱつまっているからだろう。肩を掴んで揺さぶりかねないのを見て取って、ごく自然な仕草でリオが間に割り込む。背にジョミーを庇い、前面にキャプテンを置いても、リオに動じた様子などひとつも見られなかった。ただにっこりと笑ってハーレイに手を伸ばし、気安い態度でぽんぽん、と肩を叩く。
『まあ、まあ、キャプテン。落ち着いて、落ち着いて。そんなに迫ったら、言えるものも言えなくなってしまいますよ。というか距離近いのですこし離れてください。ジョミーが怯えてるじゃないですか』
「リオ。ジョミー、ではない。ソルジャー、とお呼びしろ。もしくはソルジャー・シンと」
『キャプテンも今ジョミーと呼んでました。そして離れたら要求に従います』
 たぶん、とごくごくちいさく付け加えられた言葉は、ハーレイには届かなかったらしい。よし、と頷いて数歩後ろに下がったのを確認して、リオはくるりと体を半回転させた。そして怯えている、というよりは恥ずかしくて視線を合わせられないジョミーに手を伸ばし、よしよしと頭をなでて落ち着かせてやる。ジョミーがごまかした理由の、その大体のところをリオは分かっていたので、追求するのも可哀想に思えた。

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