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 そのぬくもりになかないで:後

 訪れたのは、眠りではなかった。ぼんやりと波の中を漂う意識で、ブルーはそんなことを思ってまぶたを開く。先程まで全身を支配していた眠気が、嘘のように晴れていた。それでいてスッキリ目覚めたようでもないのは、全身が疲労で重たく、そして怪我が酷すぎるからだ。今日の実験は本当に酷かった。『ボックス』に戻されたブルーは治療する気力もなくし、連れて行かれるハーレイに怒鳴られるくらいだった。
 ハーレイに死ぬな、と実際言われたのは初めての気がする。それだけのことがすこしだけ嬉しくて、ブルーはくすっと笑った。そしてようやく像を結んできた視線を動かして、訪れた者を発見する。最初はブルーを処分しにきた研究員かと思ったのだが、どうも違うようだった。薬品臭い服や靴をまとっていなかったので、すぐに分かる。決定的に違うと感じたのは、その者が動揺した、泣き出しそうな気配だったからだ。
 研究員はブルーたちミュウがどんな状態で『ボックス』内に転がっていたとしても、眉ひとつ歪めない。己の身が血で汚れることや、死体を片付けることはさすがに嫌らしく気の進まない風に空気が揺れるが、それだけなのだ。こんな風に悲しまないし、言葉にならない感情を渦巻かせることは決してない。ありえない。なんだろう、と素朴な疑問で視線をあげていくと、目に付くのは赤いマントと白いブーツだった。
 もっと上の服装や顔も見てみたいのだが、体がいうことをきかず、ブルーは床に頭をつけてため息をついた。痛すぎて感覚を遮断してしまったから、どれくらいの怪我をしているのかも分からない。体を思うように動かすには治療しなくてはいけないが、その為にはどこがどう怪我をしているのか知らなければいけないため、どうしても感覚を戻さなければいけないのだが。その瞬間に痛みで気絶する危険があった。
 今の状態でそんなことになれば、訪れるのは死だろう。けれど放っておいても、同じ結末になる。思い悩むブルーの耳に、カツン、と硬質な足音が響く。もう視線を動かす気力もなくしたブルーの視界を、その『誰か』の手が覆った。手袋越しにも、綺麗な形の手だと分かる。視界を塞がれた本能的な警戒に身を硬くするブルーに、『誰か』は泣いているような声で動かないで、と言った。綺麗な、綺麗な声だった。
「動かないで、ブルー。今治すよ」
 名を知っている理由を問うより、治すという言葉の意味を考えるより、ブルーの意識を貫いたのは声に聞き覚えがある、ということだった。綺麗な声。優しく穏やかに紡がれる響き。その全てに、覚えがあった。眠る一瞬前に、必ず聞こえてくる声だ。きみはだれ、とブルーの意識が叫ぶのを聞き届けたのだろう。『誰か』はクスリと笑って、宥めるようにブルーの頬にキスをした。
「ぼくは、ジョミー。ジョミー・マーキス・シン。……ね、すこしだけ黙っていて」
 ぼくは集中するのあまり得意じゃないんだ、と言葉が続けられた直後だった。指のほんのわずかな隙間から見えていた『ボックス』の中が、金色の火の粉に包まれる。それは全く熱を持たない、純粋なサイオンが具現化した姿だった。膨大な力を片手に集めて、ジョミーと名乗った青年は、まずブルーの頭に触れた。頭の上から髪の先まで、ゆっくりとなでるようにされると、べたべたした血の感触までが消えうせる。
 耳に触れられて、ブルーは青年の動く手が手袋をはずしていることに気がついた。癒しの力を秘めた手は首をぐるりとなぞるようにして肩に落ち、背中をなでて胸へと戻ってくる。腕も手のひらも指も、腹も腰も脚も足も。全身くまなく、そのてのひらは撫でていく。ブルーの全身が温かさを取り戻した頃、視界を隠していた手が取り払われた。ジョミーはブルーの視線を受けながら汗を拭って、にっこりと笑う。
「どう? まだ痛いトコ、ある?」
 にこにこ、にこにこ笑ってくるジョミーを、ブルーは見慣れない様子で観察していた。こんな風に誰かに笑いかけられたのはいつだろうと、そればかり考えてしまって意識が問いを認識しない。じーっと見てくるブルーにジョミーはきょと、と目を瞬かせて、それから大慌てで頬に手を押し付けてくる。汗でベタついていたものの、不思議と触れて欲しいと思う手だった。安堵の息を吐くブルーに、ジョミーは声をあげる。
「い、痛い? まだ痛い? どこが、どこが痛い……っ?」
 あれ、あれ、と涙目でどんどん混乱していくジョミーに、ブルーはなんだか穏やかな気持ちで笑顔を浮かべた。そしてゆっくりと言い聞かせるように、痛くない、痛くない、と言う。嘘をつかれるとは全く思っていない表情で、ジョミーは胸を撫で下ろした。そしてブルーに腕を伸ばしかけ、顔をしかめて、まず己のマントを外す。なんだろうと見ていると、ジョミーは外したマントでブルーの身をすっぽりと包み込んだ。
 なんだこれ、と怒りと呆れが等分になった声が、研究員への怨嗟を吐き出す。
「服くらい……ちゃんと、着せてあげればいいのに。ブルー、寒くない? 寒かったらこれ脱ぐから着て?」
 言いながら、すでにジョミーは己の服に手をかけて脱ごうとしていた。今度はブルーが慌ててジョミーを止める番で、腕に手を伸ばして慣れているから、と言う。慣れているからこれくらいのことは大丈夫なんだよ、と安心させるように告げたのだが、逆効果だったらしい。ジョミーはブルーの肩に額を押し付け、深く大きく長くため息をつく。
「慣れるとかありえない……ねえ、ブルー。服って、いつもそんなボロボロだったの?」
「ううん。今日はたまたま、そういう実験で……ところで、きみはだれ? 僕を知っているようだけど」
 ミュウという種族の、同じ仲間だということは分かっていた。けれどそれ以上のことがまったく分からない。呼び名に困らないのは良いことだけど、とやんわり微笑んでくるブルーに、ジョミーはなぜか『ボックス』の天井を思い切り睨みつけて沈黙した。悪いことを聞いたのかな、と考えるブルーに、戻ってきたジョミーの視線がひたと合わされる。恐ろしいほど綺麗な翠の瞳だな、とブルーは思った。宝石みたいだった。
 緑石の瞳をそっと伏せて、ジョミーは再度告げる。
「ぼくは……ジョミー・マーキス・シンだってば。言っただろう?」
「うん。聞いたね。でも、ぼくが聞いてるのはそういう『だれ』じゃないんだよ。ね、きみはだれ?」
「言っても、ぼくに向かって『だれ?』とか聞いてるブルーじゃ信じてくれないと思う」
 なんだいそれ、とブルーが思うより不満そうな声が口をついて出るが、ジョミーは取り合ってくれなかった。どうしたらいいのか分からない顔つきで、そのままの意味、と返して額に手を押し当てる。
『考えてみれば、夢見てるって思いながら夢の中にいるわけないよな……。大体、起きた時覚えてないんだから』
「ジョミー?」
 不明瞭な思念が聞こえた気がして、ブルーは眉を寄せて問いかけた。しかしジョミーは先程と同じ顔つきで首を横に振り、考えていることを伝えようとしない。ため息の数ばかりが増えていく。変なの、とブルーは思った。突然『ボックス』内に現れたことだけでも変なのに、ジョミーの考えていることや言っていることがなにひとつ理解できないのだ。正確に言えば分かるような気持ちになりつつ、理解できないのだが。
 んー、と考え込むブルーに、ジョミーが恐る恐る問いかけてくる。
「ねえ、ブルー? これ夢なんだよって言ったら、信じる?」
「ゆめ? ぼくのゆめ?」
「うん。そう」
 問いに問いを返すのは無作法だが、この場合は仕方がないだろう。そう思いながら首を傾げたブルーに、ジョミーは機体に満ちた目でこくこくと頷く。しかすれ違いは続くようで、ブルーは失望した表情で目を伏せてしまった。あれ、と目を瞬かせるジョミーに、ブルーの落ち込んだ声が届く。
「変だと思った……なんだ、夢か。じゃあ、きみはぼくの生み出した幻ってことになる」
 あの声の主に会えたと思って、ブルーは本当に嬉しかったのに。裏切られた気持ちになって口を閉ざしてしまったブルーに、ジョミーは口元を引きつらせた。なんだそれ、と思う。ふつふつと怒りが湧いてきて、ジョミーはブルーの名を呼んだ。叱りつけるような響きにブルーは肩を震わせたものの、視線をあげようとしない。ジョミーの方を向こうともしない。反応はあるので完全無視ではないが、似たようなものだ。
 ブルー、と今度は怒りを抑えた声でジョミーは呼びかける。けれど、同じだった。ブルーはもう興味を失ってしまった横顔でぼんやり『ボックス』の床を眺め、時が過ぎ去るのを待っている。これで最後だ、と湧き上がってくる怒りの衝動のままに決めて、ジョミーはブルーの名を呼んだ。反応は、ない。ジョミーは軽く息を吸い込み、分かった、と呟く。そしていきなりブルーの肩を掴むと足を払い、床に押し倒した。
 サイオンで包み込んだ上での動作なので、ブルーの体に衝撃は一切ない。驚いた目だけが向けられるのを、ジョミーは苛々と見つめ返した。そして横たわるブルーの腰の辺りに、なるべく体重をかけないように座り込み、目を見て宣言する。
「ブルー。ぼくを抱いて」
「……は?」
 まんまるに見開かれた地球色の瞳は、思考停止に陥っていることをジョミーに伝えてくる。ジョミーはにっこりと笑って身を屈めると、ちゅ、と音を立ててブルーのまぶたにキスをした。
「えっちしよ、って言ってんの」
「な、なんでっ!」
「これは夢だけど、確かに夢なんだけど……ブルーが思ってる『今』じゃなくて、ぼくが居る『今』の夢だから。ぼくを思いだしてよ、ブルー。そうすればきっと、全部分かる。大丈夫だよ、ブルー。やりかたは全部、体が知ってる」
 体が知ってる、とか言わないで欲しかった。顔を真っ赤にしてしまうブルーに、ジョミーはくすくす笑いながらキスの雨を降らせていく。両方のまぶたに、額に、頬に、あごに。唇に、最初は重ねるだけのキスをして。ジョミーは動けないで見上げているだけのブルーに、見せ付けるように服を脱ぎだした。ばさ、と音を立てて服が落ち、ジョミーの上半身があらわになる。薄く筋肉のついた白い肌の、細身の体だった。
 恥ずかしくて。思わず目を逸らしてしまいそうになるブルーの頬を両手で包み込み、ジョミーはよく見て、と告げる。恐がらせないように額をくっつけて、視線の距離をぐんと近くして。触れるだけ、掠めるだけのキスを何度も繰り返しながら、よく見て、と優しくささやいた。
「あなたが何度も抱いた体だ。あなたにしか触らせないし、見せないものだよ。だから、よく見て」
 すっと体を離したジョミーが空けた距離が、不意に寂しいものに感じて。横たわりながら手を伸ばして腕に触れてくるブルーを、ジョミーは極上の微笑みでもって出迎えた。大丈夫、どこにも行かない、と囁きながらその手にキスをされて、ブルーはぐらりと眩暈を感じる。初めてのはずなのに、覚えのある感覚だった。息を飲むブルーから視線を外さないまま、ジョミーは下半身の服も、下着も脱いでしまった。
 そしてブルーが下敷きにしていたマントの、余った部分を手繰り寄せて腰から下にかけて隠す。そして改めてブルーが伸ばしてくれた手を取って、神聖な誓いを交わすように口付けを落とした。
「……触っていいよ。あなたのものだから」
 ブルーの腰辺りに座りながら扇情的に笑うジョミーの姿が、一瞬だけ二重写しになった。今よりすこし幼い顔つきのジョミーが、やはり身になにもまとわないで座り込んでいる。背景は『ボックス』の壁ではなく、ゆったりと布が下がった、清潔なシーツが引かれたベットだった。太陽を直視したように目をぎゅっと閉じるブルーに、ジョミーはそぅっと手を伸ばす。頭を撫でながら焦らないで、と囁くとブルーの目が開いた。
「今の……?」
「触って、ブルー。ぼくの全部、あなたのものだよ」
 答えを返さずに言って、ジョミーは身を伏せてブルーにぴたりと密着する。重さはあるが、息苦しいほどではない。暖かくてすこし安心する、心地よい重みだった。また既視感を覚えながら、ブルーは指を伸ばしてジョミーの唇に触れた。そして衝動的に頭を持ち上げて、ほっそりとした首にキスをする。くすぐったそうに肩を揺らして、ジョミーはもっと、とブルーの行為を誘った。
「思い出して、ブルー」
 薄く開いた唇に唇を重ねて、そっと舌が忍び込んでくる。ん、とあえかな声をあげながら深く口付けられて、ブルーは思わずジョミーの背に腕を回していた。そして強く強く抱きしめて、いったん唇を離す。自分がなにをしているのか、よく分からなかった。けれど、我慢なんてできなくて。くるんと体勢を入れ替えてジョミーを組み敷き、ブルーはぼぅっとしながらジョミーを見下ろした。ジョミーの濡れた唇に、鼓動がはねる。
 気がつけばブルーはジョミーの胸に手を置いて撫で上げながら、下唇にキスをしていた。ちゅ、と軽い音を立てれば、それだけでジョミーの顔が赤く染まる。舌を出して唇を軽く舐めて、ブルーはジョミーの耳元に手を伸ばした。指先で耳に触れながらちょうど良い角度を作って、ブルーはジョミーの舌を捕らえる。ゆっくりと確かめるように絡んできた舌が動くたび、ジョミーの体がかすかに震え、呼吸が荒くなっていく。
 甘えてすがりつくようにジョミーの手が背に回った瞬間、ブルーはあれ、と目を瞬かせた。そしていきなり唇を離されたので、ジョミーからは不満そうな視線が向けられたのだが。すぐにジョミーもあれ、という表情になって、そして目を細めて問いかけてくる。
「……ブルー?」
「う、うん。なんだい、ジョミー」
「どうしてそこでごまかそうとするのあなたはっ!」
 びしっと叱られて、ジョミーのよく知るブルーはつつつっと視線を外してえーっと、と口ごもった。どうせロクなこと考えてないに決まってる、と思いながら唇に指を当ててジョミーが息を吐いていると、ブルーは怒らないでほしいんだけど、と前置きつきで言う。
「積極的なジョミーって珍しいから、もうすこし、と」
「あなたがその気なら立場交代してもいいですよ」
 積極的の意味が違う、とブルーの涙で潤んだ目は訴えていた。どうしてぼくが悪いみたいに思わなきゃいけないんだろう、と思いつつ、中身だけジョミーのよく知るブルーに戻った少年に手を伸ばし、頭をなでてやる。それから疲れた風にぱったりと腕を投げ出して、ジョミーは大きく息を吐き出した。そして今更、己の発言や行動が恥ずかしくなったようで、ぷいっと視線を外してしまう。
「思い出すのが遅いから……もう、いつの夢だってことも分かりましたよね?」
「うん。分かったよ。分かったんだけど……ただ」
 記憶が二重写しになって、ブルーの中で混乱している。確かに『今』を思い出せたのに、この目の前に広がる光景も『今』だと思ってしまうのだ。ブルーの外見が戻っていないのがその証拠で、ジョミーはがくりと肩を落とした。あんなに恥ずかしい想いまでしたのにこのひとはっ、と思念が伝わってきて、ブルーとしては謝るしかない。そもそもこんなひどい夢の中に、ジョミーを介入させたくなどなかったのだから。
 ごめんね、と謝るブルーをジョミーは睨みつけた。
「謝るより、考えなきゃ。このままだと、あなたのことですから、また夢見るに違いありません」
「そのたび、ジョミーが積極的になってくれればすぐ思い……うん、冗談だから。冗談だからね、ジョミー」
「あなたが望むなら起きてすぐでも積極的に襲ってあげますから、そんな冗談二度と言わないで下さい」
 きらり、と目を輝かせて怒るジョミーはとても恐かった。怯えるブルーをなんと解釈したのか、ジョミーは仰向けになったままでくすくす笑い、そんなに心配しなくても、と告げる。
「ちゃんとあなたが抱く方ですから。ね?」
「うん……さて、どうしようね」
 ぼくの意識にも困ったものだよ、と他人事にしか聞こえない呟きを発するブルーの方が困るのだ、と言いたげな視線をジョミーは向けたのだが。それは数秒間だけで、ジョミーはすぐにぱんと手を打ち合わせた。名案が浮かんだらしい。しかし頬が赤らんだ状態で視線がさ迷っているので、なにか恥ずかしがることらしかった。なに、教えてジョミーと耳元で囁くと、ブルーの愛しい太陽は涙目で睨み上げてくる。
 怒ってもすごく可愛いなぁ、と反省せず想っていると伝わったらしい。あなた本当にどうしようもない、と手酷い呟きがため息と共に放たれて、ジョミーの視線がブルーを捕らえた。まっすぐに見つめてくる、翠の瞳。綺麗な綺麗なその色に、ブルーは惹かれてならないのだ。なに、ジョミー、とやんわり言葉を促してやると、投げ出されていた腕が持ち上がり、頬が手のひらで包まれる。そして唇が重ねられて。
 ジョミーはあのね、と囁いた。
「これは、ぼくの知るあなたにではなくて……この中に居たブルーに送る言葉です」
「うん?」
「……覚えていて、ブルー」
 そしてどうか忘れないで、と。眠りに舞い降りる福音のような綺麗な声が、ブルーに告げる。
「三百年後の未来で、ぼくたちが出会うこと。その三百年はすごく長くて、辛くて、苦しいことばかりなんだろうけど」
 幸せの魔法をかけてあげるから。耐えて、と心が囁いて。ジョミーはにっこり微笑んだ。
「愛してる。だから。だから……三百年、あなたの時間をぼくにください」
「ジョミー?」
「これからの三百年を、ぼくを想う時間にして。ぼくの為の時間にして、ぼくにください、ブルー」
 そうすればきっと、三百年なんてあっという間に過ぎてしまうから。にこにこ笑うジョミーに、ブルーは苦笑いのキスを送った。
「長いよ。三百年は、長い。そんな、ずっと、会えないなんて」
「ううん。大丈夫だよ、すぐ会える。目を閉じて、ゆっくり目を開いて? それだけで三百年なんて終っちゃうよ」
 そっと、頬を撫でられて。うっとりと笑うブルーに、ジョミーは愛しく魔法をかける。
「さあ、ブルー。目を閉じて、ゆっくり開いて? 起きてよ……夢は、もう終わり。終わりだよ、ブルー」
 ゆるゆると目を閉じて、その薄闇の中でも感じていたくて。腕を伸ばして抱きしめれば、ジョミーが満面の笑みを浮かべるのが分かった。導かれるように、ブルーの意識が夢の中で眠りに沈んでいく。最後に感じたのは、頬に落とされたキスで。聞こえたのは、綺麗な声だった。



 ジョミーが目覚めると、青の間にリオの姿はなかった。視線を動かすとすぐ目に付く場所に『戻ります。おつかれさまでした。 リオ』と書かれた置手紙があるので、無事に戻ってこられそうなのを確認して通常業務に戻ったのだろう。やれやれと脱力して、ジョミーはブルーに視線を向けた。そしていつものように甘えてブルーにすり寄りながら、顔を見つめて目覚めを待つ。それは、すぐ訪れた。まぶたが持ち上がる。
 地球色した瞳がジョミーを映し出して、柔らかく笑う。夢の欠片が残っていないのを確認して、ジョミーはごく穏やかに微笑み返した。
「おはよう、ブルー。気分はどう? よく眠れた?」
「うん……なにか、夢を見ていた気がするんだけど」
 よくぞ体を震えさせなかったものだと、ジョミーは己の自制心を褒め称えた。冷たい汗を流すジョミーの内心を知らず、ブルーはでも、と幸福そうに笑う。
「忘れてしまったよ。ジョミーが出てきた気がする……幸せな、夢だった」
「……うん。でも、夢は夢ですから」
「ジョミーっ?」
 慌てた声で問いかけられて、ジョミーは内心が知れてしまったかと思ったのだが。そうではないようだった。するりと伸びてきた白い手が、ジョミーの頬を一撫でして止まる。
「どうしたんだ、ジョミー。ジョミーこそ、嫌な夢でも?」
「な、んでです?」
「どうしてって。泣いてるじゃないか」
 ぱた、ぱた、と音を立てて涙が落ちていく。シーツの染みになっているのを見てはじめて、ジョミーは自分が涙を流していることに気がついた。大慌てで手で拭ったり、唇で舐め取ってくれるブルーにくすくす笑って、ジョミーはそっと目を閉じた。そして温かなぬくもりに幸福を覚えつつ、いいえ、と口を開く。
「幸せなだけです」
 だから気にしないで、とジョミーはブルーによく眠れた『ごほうびのキス』を送って、それからシャワーを浴びてしまおうと立ち上がった。ブルーは不満げに視線だけで追いかけたが、特に追求しようとは思わないのだろう。行っておいで、とやんわり微笑んで手を振られたので、ジョミーはなんだかすごく幸せな気持ちになって、満面の笑みで頷いた。そして足取りも軽くシャワー室へと向かい、いつもの一日をはじめる。



 ブルーが昔の夢を見ることは、二度となかった。

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