メーシャは、どちらかといえば人と仲良くすることよりも、傍観するほうが性にあっている。
この容姿だからか、勝手に勘違いして、勝手に壁を作られることのほうが多い。だから、“人を巻き込む側”よりも“人を傍観する側”に徹したほうが、きっと誰かの役に立てるし、その人ができない分までサポートできると考えた。今まで一緒にメーシャの記憶を作ってきた妖精のルノンも「メーシャは参謀が似合うな!」と言ってくれたし、脇に徹していた。――つもり、だった。
この学園に入学してからは、なんというか、勝手が違った。
なんだろう。気づいたら“みんな”がいてくれて、“ひとり”じゃないってことかな。
「……」
談話室で楽しそうに話しかけるソキ、その相手は当然ロゼアだ。彼も彼でソキの相手をすることが普通だと思っているように、穏やかな表情で話を聞いていた。その隣では、ナリアンが部活の残りのクッキーを用意し、話を聞きながらお茶を淹れている。なんともかわいらしい光景だった。談話室に入ろうとしていたメーシャは、なんとなくみんなの中に入っていけなくて、ドアノブを持つ手をそっと離して隠れるようにドアに背中をつける。メーシャの耳にはソキの舌ったらずな声で、あのですね、今日の部活はですね、と急くように話す声が聞こえた。
(ああ、そんなに急がなくてもロゼアはちゃんと聞いてるのに)
聞いて欲しい気持ちが勝るのだろう。どうしても口早になってしまうソキの声に、微笑みを浮かべた。
メーシャにとってあの三人は癒しの対象だった。ソキとロゼアが一緒にいれば微笑ましいし、ソキとナリアンの部活風景を見たときは、ゆっくりと時間が進んでいるように見えた。こうして彼らを改めて傍観してみると、猫のようにじゃれあっている姿にとても似ているのかもしれない。
「……ほんとに、あいつらかわいいな」
あの三人を見るだけでとても気持ちが安らぐのだから、中にいたらなおさら居心地がいい。――それがまたメーシャにひっそりと根付く罪悪感に繋がるとは思わなかった。
「……」
ローブの下にある、腰のホルダーにはメーシャの武器が収められている。
“ひとの命を、あまりに容易く奪うことのできる武器”が。
自分の手に余る殺傷力の高い武器を手にするプレッシャーとでもいうのか、乗り越えたはずの恐怖はときどき独りになると漠然とした闇となってメーシャの心に息づく。――そばに、いてはいけないのだろうか。と。
頭をもたげる漠然とした不安は、自分が武器を使いこなせるのかわからない恐怖に覆われていた。それは、誰も傷つけたくないと思う優しさが大きければ大きいほどに、メーシャの心を蝕んでいく。
今なら、彼らから離れることができる。
出会って間もない、この時期なら、人知れずそっと離れていけば、そうしたらきっと――。
「あの」
下から聞こえた透明な声に、我に返る。きょろきょろと辺りを見渡しても、声の主は見当たらない。おかしいなと首をかしげたところで、少し怒ったように「下です、下」と言われた。
「……ああ、ハリアス」
肩で切り揃えられたはしばみ色の髪を揺らして、メーシャよりも身長の低いハリアスがむくれたようにルビーの瞳を向ける。
「小さくて、すみませんね」
「……ごめんって」
いつもなら笑顔でかわせる会話も、どこかぎこちなく返してしまう。いつもと違う自分を感じつつも、メーシャはいつもの自分を取り戻せないでいた。
「中に入らないんですか?」
「ごめん、邪魔……だよ、ね。とと、そうか、前に近づかないでって言われたっけ。ごめんごめん」
苦笑してドアから離れようとしたメーシャのローブを、ハリアスがぎゅっと掴んで見上げてくる。いきなりのことで、どうしたらいいのかわからないメーシャに彼女は言った。
「私のせいだって言われてもめんどくさいだけなので、これだけは言っておきます」
「……は、はい」
「今は、私から近づきました。だから、えと、……こだわらないでください」
「……それは、今は近くにいてもいいってこと……?」
「捨てられた子犬のような顔をされたら、誰だってだめだとは言えません」
「は?」
「だから、捨てられた子犬のような顔をしてますって話をしてるんです!」
「……俺が?」
「メーシャさんのほかに、誰がここにいるんですか?」
「ハリアスとか」
「私は犬よりも猫が好きです!!」
そういう問題じゃないのになぁ、と思ったのだが、メーシャはこのやりとりの中で、少しだけ笑顔を取り戻したような気がした。
「そんなことよりも! ……お仲間に入らなくていいんですか?」
「え?」
「みなさん、メーシャさんのこと待ってますよ?」
ローブからゆっくりと手を離したハリアスが、視線を談話室の中に向ける。
「ナリアンさんのカップ、みっつじゃなくてよっつです。最後までお茶を注いでないのは、メーシャさんを待っているからだと思いますよ。あのままじゃ、お茶が濃くなってしまいます」
ナリアンの優しさに、胸がじんとなった。そう言えば、ナリアンはそういうヤツだった。でも。
「今、俺が中に入ったところで会話には混ざれないし、……みんなに気を使わせちゃうと思うんだよね」
「だからここにいるんですか?」
「だって、俺だけ委員会だし」
いや、本当は部活に入ってみたかった。でも、これといっていいなと思う部活はなかったし、かといって新しい部活を作るだけの情熱もなかった。だから、適当に声をかけられたところで「ああ、いいですよ」と言ったのが、委員会だった。しかも肩書きは委員長。一体、何をすればいいのかわからないまま、今日まできた。いまだに活動内容はわからない。
「それの、何がいけないんですか?」
さも、言っている意味がわからないとでも言いたげなハリアスに、メーシャはきょとんとする。
「……えーっと、さっきも言ったように、会話についていけないからつまらない思いを……」
「なぜ、メーシャさんが周りにあわせないといけないんでしょうか」
意志の強いルビーの瞳に射抜かれた。
「集団行動というのは、周りが周りに合わせることで統率がとれるようになるものだと、私は本を読んで学びました。あなただけが周囲を気にすることで、逆にみなさんの統率が狂うのではないですか? 現に、ナリアンさんのお茶も濃くなっていきます」
どうしてもナリアンのお茶が気になるらしいハリアスに、笑みが浮かんだ。
「ほら、笑ってないで中に入りますよ」
「ありがとう。でも、大丈夫。ナリアンのお茶が濃くなる前に、中に入るよ。……いろいろありがとう、ハリアス」
なんだか言葉で頬をはたかれたような気分だ。ハリアスの視線にあわせるようにしゃがみこむと、彼女は無表情で「そうですか」と言って、メーシャの真横にあるドアを思い切り開いて談話室に入っていった。
当然、廊下にいるメーシャの姿は談話室から丸見え。
「あ」
やられた、と思うメーシャの視界では、ハリアスが『この、いじっぱり』と唇を動かしていた。
「メーシャくんが帰ってきたですよ!」
名前を呼ばれてはっと顔を上げれば、ソキの無邪気な笑顔と、ロゼアのあたたかな微笑み、それからナリアンの見えない尻尾がぱたぱたと大きく振っているのが見えた。こうして三人の優しさに包まれてしまうのだから、そばにいるのがやめられなくなる。
「……まいったな」
離れようとしたのに、またすぐに繋ぎとめてくれるみんな。
どいつもこいつも優しくて、メーシャはたまらない気持ちになった。
「メーシャくん、早くくるですよ! お茶が冷めて、クッキーがおいしいですよ!」
早くクッキーを食べたいのか、ソキはこっちにくるようにおいでおいでを繰り返す。先ほどまであったクッキーは、確かに手つかずで、自分を待っていたのが十分よくわかった。逆に申し訳ない気持ちにすらなる。先に食べててもいいのにって。
「ソキ、食べたい気持ちはわかるけど、ちゃんとメーシャに説明しような?」
『メーシャくん、あのね、これ、ばっちゃんに教えてもらったクッキーなんだよ。早く、メーシャくんに食べてもらいたくて』
「ほら、メーシャがこないとはじめられないんだから」
三人が、思い思いにメーシャを呼ぶ。その声が心地いい。
「……ありがとう」
ちょっと照れくさそうに談話室の中に足を踏み出した。
「でも、俺なんておいてみんな先に食べれば良かったのに……」
メーシャの発言に、三人は一瞬顔を見合わせてから、
「みんなで食べたほうがおいしいだろ」
「みんな一緒じゃなきゃ嫌ですよ」
『みんなでおいしく食べようよ』
声を揃えて笑うので、メーシャは“みんな”の中に自分も含まれていることに喜びを感じて駆け出した。
「おまえら、大好きだ。抱きしめさせろ!」
じゃあ、ソキはこのクッキーがいいです。と、ソキ。
え? と、ロゼア。
目をキラキラと輝かせているのが、ナリアン。
三者三様の反応をする彼らの背後に回って、メーシャは思いきり三人を抱きしめる。
嫌がることなく、それでも笑いながら抱きしめることを許してくれるみんなに心から感謝して、メーシャはまた失いたくない記憶を作った。
『孤独を愛してはいけない』
その意味を、メーシャはこれからゆっくりと知っていくことになる。
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