太陽の黒魔術師だと告げられても驚きはしなかった。太陽、という単語には思うところがあったのだ。ただ、魔術師の違いについてがわからない。
「黒魔術師ってどういう魔術師なんですか?」
黒魔術師かー白魔術師かーそれとも占星術師かーと、様々な魔術師の名前は事前に並べ立てられたのだが、それらの詳細な説明は一切なかった。
「どういう、ねぇ……」
学園の職員と自己を称した魔術師が、ロゼアのもろもろについての調査報告書を紙挟み(バインダー)に収めて首を傾げる。
「授業が始まったらちゃんと教えてもらえるわよー。今知りたい?」
「差し支えなければ」
「そうねぇ」
彼女はひとさし指の先を唇に当てて黙考する。ほどなくして、彼女は、うん、これでいこっかな、と独りごち、ロゼアに向き直った。
「抜き身の剣」
と、彼女は喩えた。
「その属性によって、短剣だったり長剣だったり細身の剣だったり相手を薙ぎ払うような巨大な竜殺しだったりするけれど、ふるったそのままが力になる。鍛えるも鍛えぬも使い手次第。小細工なし。わかりやすいでしょ」
彼女は手回り品を片づけながら言葉を続ける。
「掴んで、振り回せばいいだけのもの。一番簡単。でも、一歩過てば、人を刺し殺したり、自分を傷つけてしまったりもする。一番難しい。本当に純粋な、魔術師。それが、黒魔術師」
面を上げた職員はにこりと笑って、ロゼアの肩を軽く叩いた。
「なーんてね。適当なことをあんまり話しすぎると怒られちゃう。だから、授業が始まったら、きちんと教えてもらって。それが正解」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。さぁてお待たせしました。談話室に戻ってもいいよー」
次のナリアン君を呼んできてね、と彼女はひらひら片手を振る。職員というからにはこれからも世話になるのだろうと彼女を眺めていると、微笑まれた。
「わたしはパルウェ」
彼女は改めてそう名乗った。トパーズ色にきらめく目を慕わしげに細めながら。
「チェチェから君のことを聞いてるよ、ロゼア君。ようこそ学園へ。会えてとってもうれしいよ。仲良くしていこうね」
(ぬきみの、つるぎか)
ロゼアは祝福として王から口づけを受けた瞼を押さえながら壇上を降りた。同窓生ふたりと並ぶソキが、不安そうにロゼアを見つめている。
お前の鞘は、壊された。
王はそう言った。それは黒魔術師ならば誰しもではないのか。それとも、ロゼアにはもともと制御の力がないということ? 楽音の国の国境でロゼアを看てくれたチェチェリアは、暴走は誰にでもあること、と言ったけれど――……。
ロゼアと入れ替わりにナリアンが立ち上がり、祭壇に立つ王の下へ祝福を受けに行く。傍らのソキは疲れを見せながらもやや興奮した面持ちでナリアンの後姿を、あるいは彼を含むこの空間すべてを、熱心に見つめている。
(ソキ)
自分の知らぬ遠い土地へ嫁いだかに思われた宝石がこの手元に帰ってきた。一体どういう運命だろう。その数奇さに苦笑しながらロゼアは正面に向き直った。
――自分が鞘の壊された剣だというのなら、いつか彼女を傷つけることがあるのだろうか。
いいや、とロゼアは首を振った。
鋼そのものは危うくも、持ち手の研ぎ澄まされた技量は、きっと目に見えぬ鞘になる。
幼い頃は持て余していた荷の中の短剣で、指を傷つけることなど今はもうない。
魔術もきっと。
ロゼアは息を吐き、正面を見た。世界を描いた円天井に並ぶ天窓からは、祝福の光が磨き抜かれた鋼の刀身にも似た眩さで降り注き、祝福されるものを照らしていた。
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