ストルとツフィア。水と油のようにそりの合わないふたりであるが、在学中の彼らはともに行動をすることも多かった。
とりわけ、彼らが溺愛する、リトリアの件において。
「すごい! すごいよリトリアちゃん!」
「ありがとう! 感動をありがとう!!」
万歳変身魔法少女!
その歓声を耳にしてツフィアは足を止めた。隣を歩く男と一瞬だけ目を合わせる。彼は驚くほど端整な顔に笑みを浮かべていたが、細められゆくその瞳には恐ろしいほどの冷気が宿っていた。自分もおそらく、似たようなものだろう。
ツフィアは勢いよく扉を開けた。扉の板がぱぁんと壁に叩きつけられる小気味よい音がしたが気にしない。足を踏み入れた小さな部屋には抹殺すべき野郎共と、彼らに取り囲まれた半泣きのリトリアがいた。彼女はレースとリボンと洪水のような色彩に溢れたミニドレスを着て、おもちゃのようなティアラを被っている。何がどうしてそのような服装を着るに至ったのだろう。かわいいことこの上ないが。
「ツ、つふぃあっ……ストルさんっ」
安堵らしきものにぶあっと涙がこぼれるリトリアに、ストルが糖蜜を煮込んで限界まで煮込んでそこにさらに黒砂糖をぶち込んで黒蜜を垂らしたような、とにかく、あまったるい笑みを向けた。
「リトリア、こっちへおいで」
感情が決壊したらしく、ぐしぐしと泣きながら駆け寄ったリトリアを、ストルが優しく抱きしめる。いつもであればリトリアを甘やかすなとストルと一戦設けているが、今日は許そう。
ぽん、ぽん、ぽん、と、リトリアの背を軽く叩いてあやすストルと視線を交わしたあと、ツフィアは正面に向き直った。文字通り、紙よりも白い顔になった男たちが、壁に張り付いていた。
「理由は訊かないわ」
ツフィアは宣言した。
「死になさい」
『わああああああああああああぁあああぁ!!!!』
男たちが絶叫して窓から逃げ出す。まるで煙で燻り出したゴキブリのようだ。
「リトリア、ここで待っていなさい。すぐに戻ってくる」
ストルは目元を擦るリトリアにそっと飴玉を握らせてツフィアに並んだ。
早くも豆粒のようになった男たちの背を二人でしばらく見つめる。
そして同時に駆け出し、窓枠を飛び越えた。
『脚よ、お前は棒である――細き木の枝に等しい。すなわち地に横たわるが相応しい』
本来ならばこのような形で魔術を使うのはご法度なのだが了解はとってある。
ツフィアが追い詰めた少年はびくりと身体を引きつらせると、そのままばたりとすっころんだ。
ひぃ、と悲鳴を上げる少年に、ツフィアは淡々と告げる。
『目よ、お前はすぐさま闇を見つめる。光はひとかけすら届かない、暗黒の』
えっ、えっ、えっ、ここ、どこ、どこ、えっ、なんだこれえっ。
『四肢よ、お前は何も感じない。空虚だけを触り続ける』
なんだこれやだうわやだやだたすけてたすけてたすけ。
「耳よ、お前はわたしの声だけを聴く――聞こえているわね、スタン。……同じことは二度としないで」
「しませんしませんしませんもうしわけありませんもうしわけありません」
「そう、本当に?」
「本当です本当ですリトリアちゃんには二度と変身魔法少女をお願いしたりしませんうああああああ俺の手足イイ!!」
感覚がないんだけどこれ付いてるの俺の手足いいぃいいぃい!!!
庭先に木霊する悲鳴を上げ続ける少年を回りが遠巻きに見つめている。リトリアに手を出すとこうなるのかやべぇ、と誰かが呟いていた。そうよわかればいいのよ。
「……それにしても、変身魔法少女?」
よくわからないけれど、くだらないことを考えるものだ。
ため息を吐いて、ツフィアは背後を省みた。残りに制裁を下し終えてきたらしいストルが、見惚れるような、それはそれはうつくしい微笑を薄い唇に刷いて――しかし目は全く笑っていない――歩み寄ってくる。
「俺の声はスタンに聞こえているか?」
「いいえ。聞かせたほうがいい?」
「そうだな」
「……耳よ、お前は私とストルの声のみを聴く……もういいわよ」
「そうか。……スタン?」
「えっ、えっ、す、ストル……」
「次は俺の番だ。……リトリアの涙分は苦しむといい」
「うあああああぁああっ!」
本当は悲鳴も黙らせたいのだが、周りに聞こえなければ意味がない。
これは周囲への見せしめなのだから。
「ツフィア、スタンの感覚を、夜にしろ」
「命令しないで」
不快さに眉をひそめて、けれどストルの要求通り、スタンの身体の感覚を弄った。
ストルが、冷笑を浮かべて、スタンに尋ねる
「終わりない悪夢と醒めない悪夢と繰り返される悪夢とどれがいいかな?」
「ぎゃああああああああああああああああああああ全部やだぁあああああああてか同じじゃないかあぁああ!!!」
『夜に閉ざされし瞼よ夢を見ろ。永遠に映し出されるはお前の恐怖、お前の慟哭、お前の』
「うあああああああんもうしませんしませんしませんうわあああああああ!!!」
以後、ツフィアとストルをセットでマジ切れさせるなの不文律が寮内に出来上がった。
二人の制裁は、今も伝説となっている。
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