学園に入学して、一週間とすこし。その日数分だけページの埋まった日記帳をぱらりとめくり、ソキはちいさく息を吐きだした。視線の先にあるのは、入学四日目の日記。へろへろした文字で『熱出たですよ』とだけ書かれているその日、ソキはとうとう寝台から起き上がることが出来なかった。翌日になれば熱も体のだるさも消え、また動けるようになったのだが、丸一日を潰してしまった事実はどうすることもできないままだ。幸い、一日分の授業の遅れはすぐ取り戻すことが出来た。数日の間は体調がふらふら悪化して、回復して、を繰り返し安定しなかったが、今はなんとか元通りになっている。
ソキとしては、妖精の告げた恒常的な回復魔術が動いているのにどうして体調が悪化したのかと思うのだが、砂漠の国の爆笑白魔法使いがもし場に居たのなら、こう答えてくれたことだろう。旅の間に酷使しすぎた分が、四日目の気の緩みで回復量を凌駕して表面に出てきたんだと思うよ、と。つまりは日頃の疲労、その積み重ねの結果である。本来なら数日間起き上がれもしない筈のその状態から、たった一日眠っただけで回復させた術こそ、呪いに近い発動の仕方をしているソキの回復魔術だった。一応、発動はするのである。旅の間を緊急事態と判断したソキの無意識が、常に発動させっぱなしだった状態を解除しただけで、それは失われたものではないのだった。
ロゼアはしきりとソキの回復の早さを不思議がり、首をひねっていたが、ちょこちょこ元気に動きまわる姿を見てよしとしたのだろう。過剰に大丈夫かと心配してくることもなく、気分が悪くなったらすぐ言うんだぞ、と告げるに留めてくれた。ただ翌日と、その次の日くらいは、あまりソキが己の足で歩いて行くのに良い顔をしてくれなかったのだが、それは屋敷に居た時からのことである。寝台から起き上がって授業に向かうことを、強くは止められなかっただけ、ロゼアはだいぶ譲歩してくれていた。勉強したいんですよ、とソキがお願いしてあったことも強いだろう。たくさん勉強して、いろんなことを知って、はやく一人前になりたいんですよ。だからね、ロゼアちゃん。応援してくださいね。ソキはとっても頑張りますからね、と。言ったのは確かにソキではあるのだが。
ソキはぷぅ、と不満に頬をふくらませながら日記帳をぱらぱらめくり、新しいページにちまちま日付けを書いていく。日付けの隣に今日の天気を書きこんだ所で、ソキはますます頬をぷーっと膨らませた。窓の外は快晴。浮かぶ雲の白が光に眩い晴れである。空気はすこし乾燥しているが、だからこそ洗濯日和だ、とロゼアは朝から機嫌が良かった。そこまではいい。そこまではいいのだ。問題はそこからである。今日は水曜日。日曜日と同じく、学園の授業が休みの日である。だからソキは、とても楽しみにしていたのだ。あれをしよう、これがしたい、と考えていた訳ではない。ロゼアが同じ空間にいれば、基本的にはそれだけでいい。それだけでいいのに。
掃除と洗濯といろんな整理整頓を終わらせてくるから、と言って、ロゼアはソキを置いて行ってしまったのだ。置いて行ったといっても場所は談話室などではなく、ソキの部屋である。ソキがあまりにも使っていないせいで生活感のない、きちんとした印象があるばかりの部屋は、それでも清潔に整えられていた。朝に夕にロゼアが窓を開けて風を遠し、ごく簡単な掃除をしてくれているからである。また、ソキの家から送られてきた様々なもので空間を整え直した為、すでに部屋は平均的な寮の一室とはかけ離れた空間と化していた。最も印象を異ならせるのが、床一面にしかれた毛足の長いじゅうたんと、窓や寝台の周囲にたらされた長い布だろう。
直射日光を徹底的に遮断したがる布の使い方だが、それでも、砂漠の国であればもうすこし室内が明るい。掃除終わったらちょっと調整するから、と難しそうな考え込む顔つきで告げたロゼアは、代わりに、と机の上に火を宿す灯篭を置いて行った。ゆらゆら揺れる灯りを猫のように細まった目で睨み、ソキは椅子の上でふらふら足を泳がせた。ソキも、別に文句を言わずロゼアに部屋に戻された訳ではない。お掃除の邪魔しないですから一緒に居たいです、ひとり嫌です、と一生懸命訴えたのだが、ロゼアはやんわりと笑みを浮かべてソキの頭を撫で、ごめんな、と言った。乾燥しているから喉が心配だし、そうでなくとも埃がたつし、すこし前に熱を出したばかりだから安静にしていて欲しいんだ、と言われてしまえば、ソキにはそれ以上の訴えをすることができなかった。
喉がへんに乾いて、朝から時々咳が出てしまうのが自分で分かっていたからである。風邪ではないが、だからこそ、無理をすると喉を痛めてしまうのだ。ソキの体のつくりはあちこち弱く、脆く、やわらかく出来ていて、ちっともいうことをきかないのである。ロゼアが淹れていった香草茶を飲みながら、ソキは日記にロゼアちゃんお掃除に行っちゃいました、と書いた。ソキはおるすばんです。ロゼアちゃん戻ってくるまでお勉強します、と書いて、ソキはそれを忠実に実行すべく、机の端においてあった教本に手を伸ばした。新入生に対して『学園』が支給する教本は二冊。あとは段階を踏んで与えられていくとのことで、ソキの手元にあるのは、その二冊きりだった。
一冊は、魔術師の歴史についての教本。もう一冊が、魔術そのものに対する教本、の入門書である。魔術そのものの教本は、入門書を終えたのち、通常は己の魔術属性と魔術師適性に沿ったものが与えられることになっている。しかしソキは、教本を配布される時点であらかじめ予告があった。予知魔術師には全ての教本が配布されるから、そのつもりでいるように、と。ありとあらゆる魔術を発動させ、その組み合わせによって世界の理を己が意志のままに改変する魔術師。それが予知魔術師だ。時として己の意志を超えた所で世界を書きかえるその力は、だからこそ、存在するありとあらゆる魔術、魔法を知らなければ扱って良いものではないのだという。他の魔術師がそれを知らないで居て良い、というわけではない。彼らにももちろん、ひと通りの学びは与えられる。けれども予知魔術師のように、全てへの理解と制御を求められる訳ではない。
勉強というものが好きでよかった、とソキは心から思っていた。どんなことであれ、学ぶ、ということに関して、ソキが苦を覚えたことはない。屋敷の『花嫁』の中でも、ソキは素直で覚えの良い生徒であった筈だ。だからこそ価値もあり、十五になるその時まで国と家の所有物であれと、兄が頑なにソキを手放そうとはしなかったのだが。そういえば個人口座についてどうするか聞いていなかったことを思い出し、ソキはごく僅かに眉を寄せた。それは本来、ソキのものでありながら、ソキが所有し続ける筈ではないものだった。嫁げば家に、ひいては砂漠の国へ譲渡されるものであり、ソキがもって行けるものではないからである。ロゼアちゃんが帰ってきたら聞いてみることにするです、と思いつつ、ソキの手が教本を開く。そのまま、数行読み進めた、その時だった。コツン、と扉が叩かれ、華やかな女性の声が響く。
「ソキちゃんはいますかー?」
「……どなたです?」
聞き覚えのない声である。間違いなく先輩のひとりであることは確かなのだが、人付き合いに長けた性格をしていないソキは、未だに顔と名前が一致する相手がロゼアとナリアンとメーシャ、寮長と副寮長くらいのもので、あとは全員『その他』くらいの認識しかできていないのだった。だからこその問いかけに、扉の向こうから返事が響く。
「学園で一番美人なお姉さんです!」
「ちょっと……なにを言っているのか……分からないです……」
「すごく冷静に返事されると、お姉さんもちょっとどうしていいか分からないかな! とりあえず用事あるんだけどな? 開けていいかな? 開けるよー」
ノックしたし声はしたから返事は聞いてないけどいいよね、と華やかで明るい声で言い切って、女性の手が扉をあける。驚きに目をぱちぱちさせながら、ソキは開かれた扉の向こうを見た。ソキにとって、そんな風に部屋にやって来られる、ということ自体が未知の体験である。混乱して椅子に座ったまま動けないソキの元に、ひとりの女性がにこにこ笑いながら歩み寄ってきた。白藤色の長いまっすぐな髪を、瞳と同色の胡桃色のリボンで結んでいる。その面差しはソキの目から見てもうつくしく、それでいて表情が乗ると何処か愛らしさを振りまいていた。凹凸の乏しいすとんとした体つきは女性的なしなやかさを保っていながら、ほっそりとしていてどこか頼りない。身長はソキよりは高いが、恐らく百六十には届くまい。守りたい、あるいは守らなければいけないと思わせる外見の女性だった。その強い意志の乗った瞳を、真正面から覗きこまない限り。
あるいは、口を開かない限り。そういう意味では非常に寮長に近しいものを感じさせる女性は、椅子の上でぴしりと凍りつくソキをやや楽しげに眺めると、ひょいと顔を覗きこむように視線を重ねてきた。
「ソキちゃん、今日はお部屋にいるんだね。ロゼアくんはどうしたの?」
「ろ……ろぜあちゃん、おそうじに、でかけましたです」
「ソキちゃんはお部屋でなにしてるの? おるすばん? ……お勉強?」
問いが重ねられたのは、ソキが手に持っていた教本に気が付いたからだろう。こくん、と頷くことで答えにしたソキに、女性はうんうんと頷き、満面の笑みで言い放った。
「今日は水曜日だよ?」
「……知ってますですよ?」
「今日は、水曜日だよ?」
なんで二回繰り返したのか分からないです、と言わんばかりの顔つきで沈黙するソキに、女性はあれあれ、と目を瞬かせて首を傾げた。どこか子供っぽい、幼い印象の仕草をする女性は、困った顔つきで唇に指先を押し当てる。
「もしかして、聞いていない?」
「なにがです?」
「水曜日はね、授業がないの。でもそれって勉強を……してもいいとは思うんだけど、でも勉強する為でも、掃除洗濯する為でも、休みでごろごろする訳でも、常日頃のうっぷん晴らしに襲撃計画立ててみる為でも、こころゆくまで寝る為でもないわけなのね?」
そういう感じの活動内容を持っているトコもあったと思うけど、と呟き、女性は訝しむソキに対してにっこりと笑った。時をほぼ同じくして、ロゼアが謎の男女に廊下でからまれ、去った筈のソキの部屋にずるずると連れ戻されかけている事実を、少女はまだ知らない。知らないのだが。
「じゃあ……なんなんです?」
くしくも同じ言葉でそう問いかけたソキに、待ってました、とばかり女性の笑みが輝き。ほぼ同時に、半開きだったソキの部屋の扉が、音高く開かれた。戸口に、ひと組の男女が後光を背負って立っている。
「知識に迷える子羊に!」
「私たちが! 今日も!」
男女は手を取り合ってその場でくるりと回ると、背中を合わせて立ちなおした。やたらと様々な部位の筋肉を酷使しそうな立ち姿でもって、男女は声を合わせて高らかに宣言する。
「説明しよう!」
遠慮しますのでお引き取りくださいですよ、とにっこり笑顔で告げたソキの言葉は、当然のごとく黙殺された。
不審者のように現れた男女は『説明部』を名乗り、そのあと、人数が倍に増えた。男子生徒二名に、女子生徒二名。合計四名が『説明部』であるらしい。ソキが気が付いた時には『説明部』は部屋を去った筈のロゼアを引っ張ってきており、さらにはナリアンを拉致し、メーシャまでをも連れて来ていた。ナリアンを見た時に『拉致』の単語がよぎったのは、『説明部』の女子生徒が大きな白い袋をずるずると引っ張ってきて、開けたら中にその姿を発見した為だ。なんでも寮長に協力してもらったとのことだが、ソキはあえて詳しく聞かなかった。意識を取り戻したナリアンが記憶を吹き飛ばしていたので、そっとしておくべきだと思ったからである。
ちなみに寮長は、ナリアンの拉致に積極的に楽しく協力したあと、部屋をひとつひとつ巡って使用済みのシーツを集めているらしい。部活動の準備であるらしいが、意味が分からないのでソキはそれ以上考えないことにした。寮長のやることに意味がないことは基本的にはないらしいのだが、意味が分からないのは普通のことだからだ。ソキの部屋に現れた女性は、そんな寮長の手伝いをしているらしい。ソキちゃん使っているシーツがあったらちょうだいな、と言われたので、ソキはごく正直にないです、と言った。だいたいからして、ソキは殆ど自分の部屋を使っていないのだ。寝台で寝転んだことはあっても、眠りについたのは一回か、二回くらいのものである。
だから、ソキのお部屋のシーツは使ってないですよ、と言ったソキに女性は優しい笑みを浮かべてはやく末長く爆発できるといいねえ、と言った。でもちょっとでも使ったのならお洗濯してアイロンかけてあげるからね、部活動で、と言って寝台からシーツを引っぺがした女性は、所属する部を『狂宴部』だと言い残した。名前と活動内容がちっとも結びつかないが、その疑問はすぐに解消できた。『説明部』が水曜日が部活動の為の日であることと、今日は新入生が所属する部を決める日であることを告げて去った後、寮長が現れたからである。寮の部屋という部屋からかき集めたであろう使用済みシーツの小山に肘をつき、爆発しちゃった系芸術的なポーズを決めて現れた寮長は、己が部長を務める『狂宴部』の活動に、ロゼアを引っ張って行ったからである。ロゼアは家事全般が得意であり、さらにはアイロンがけもできる。ならば本日の活動内容に相応しい、というのがそのおおまかな理由であった。
茫然とするロゼアの手にそっとアイロンを握らせた女性。ソキの部屋に現れてシーツを回収していった『狂宴部』の部員は、寮の外にある立派な木を目指して移動する途中、所属する部の活動についてもうすこし詳しく教えてくれた。例えば、崖の上。例えば、高い木の上。例えば、建物の屋根の上。そういう危険とされる場所で飛んだり走ったり踊ったりしながら、掃除洗濯アイロンがけなど、寮生がちょっと手の回らない家事を代表して終わらせてしまおう、という部。それが『狂宴部』であるのだという。先々週は廊下の掃き掃除と磨き掃除が制限時間つき、ただし『儀式準備部』と『魔法具研究部』が合同で張り巡らせた対魔術師用の罠の数々を華麗にかいくぐり、あるいは格好いい台詞と共に流麗に起動させながら終わらせることだったと聞いて、ソキはそれになんの意味があるですか、と聞いてみた。普通に掃除するのでは駄目なのだろうか。
女性はきょとんと目を瞬かせ、首を傾げて唇をひらく。
「そんな、寮長がなぜ輝いているのかと尋ねるのに等しいことを聞かれても……?」
手遅れ、という言葉がソキの頭に浮かんで消えた。隣を歩いていたナリアンがぞわっと悪寒を感じた表情で寮長を一瞥したが、振り返った男と視線が合う前に音速で反らして瞳を重ねはしなかった。そのままナリアンは、寮長を極力視界のなかへ入れようとしなかった。ロゼアが高い木の上に登らされた時も、そこから落下しながら幹に貼られたシーツにアイロンをかける時も。それが原因で、寮長がロゼアの『狂宴部』への入部を半ば強制的に決められている時も。ロゼアのことを心配そうに見つめはするものの、寮長を視界から外すことに力を尽くしていた。曰く、感染するような気がして、とのことである。ナリアンは穏やかな笑みでその意志を響かせた。ちょっぴり怖かったのはソキのないしょである。
そんなナリアンも、ロゼアも、今はソキの傍にいなかった。ナリアンはメーシャと一緒に部活動の見学をしに寮内や学園を巡っている筈だし、ロゼアは本人の許可なく届けられた『狂宴部』の入部許可書の写しについて、寮長と穏便な話し合いをする為に傍を離れているからだ。ナリアンとメーシャと一緒に部活動見学の旅に出る道もあったのだが、ソキは談話室のソファに座りこんでいた。ふかふかの座り心地を堪能しながらロゼアの帰りを待ちつつ、『説明部』に貰った学園の部活動一覧小冊子に目を通し、どこに所属するかを考えていく。所属しない、という選択肢は用意されていないらしい。必ずどこかの部に入らなければならず、希望がなければ作ればいい。ただし、活動内容が重複する部は設立を認められないので注意しなければならない。気に入る部があるといいね、と小冊子をくれた『説明部』の女性は、ソキに微笑みかけてくれた。
各部に対して詳しい説明が欲しかったら遠慮なく、いつでも呼んでくれていいからね、と言って去った女性は、今もどこかで誰かに説明をしているのだろう。先程、彼方からやたらと楽しそうな『説明しよう!』の声が聞こえてきたので、恐らくはソキの想像通りである筈だった。ソキはぱらぱらと気のない様子で小冊子をめくりながら、談話室の出入り口に目をやり、帰って来ないロゼアにしょんぼりとした溜息をつく。ふ、と影がソキにかかった。
「どしたの?」
ソキを覗きこむようにして腰をおり、尋ねているのは落ち着いた雰囲気の男子生徒だった。短く切られた黒髪に、青い湖のような目をしている。どこか勝気な印象を与える面差しに、今は不思議そうな色が浮かんでいた。その顔になんとなく覚えがあったのは、彼が一度、わざわざ朝食を食べるソキの所まで来て自己紹介をしてくれたからだった。出身国は楽音。名を、確か。
「ゆー……」
「んー?」
楽しげに笑いながら、青年は一生懸命に名を思い出そうとするソキのことを見ている。考え込む少女に指先が伸ばされ、前髪を撫でて額に触れていく。熱を計る一瞬の行く仕草はあまりに自然すぎ、悩むソキの意識に触れることはなかった。きゅうぅ、と眉を寄せ、ソキは首を傾げる。
「ゆー、ゆー……ゆ、にゃ、せん、ぱい! です!」
「うん。残念」
にゃぁん、と猫の鳴き真似をして肩を震わせて笑い、青年はソファの前にしゃがみこんだ。
「伸ばしてな、お姫ちゃん。ユーニャ。ユーニャ、だよ」
「ソキねえ、ユーニャせんぱいって言ったですよ? 言ったですよ? それで、ソキは、お姫ちゃんじゃなくてソキなんですよ?」
「知ってる。で? どしたの、ひとりで。なんか悩んでたみたいだけど」
にこにこ笑うユーニャに、ソキは手にしていた小冊子をずいと差し出した。説明の言葉なくとも、それでだいたいのことが伝わったのだろう。苦笑いをしながら頷き、ユーニャはお姫ちゃんはさぁ、とからかうように言葉を紡ぐ。
「なんかしたいことないのかな?」
「ソキねえ、お勉強したいんですよ」
残念ながら、勉強部、というようなものは一覧には乗っていなかった。心底残念がるソキに、ユーニャは聞き方を間違えたかな、とひとりごち、もう一度訪ねる。
「部活で、なんかしたいことないのかな?」
「お勉強したいんですよ」
「……部活動で?」
真面目に問いなおしてくるユーニャに、ソキは真剣な顔をしてこくりと頷いた。だいたい、運動をするような部活は端からソキの対象外である。興味もなければ感心もない、さらに体力もないので所属することなど考えられない。やりたいことも特にない。趣味というものがソキには存在しないからである。その上で、『なにかしたいこと』と尋ねられるなら、答えはひとつ。授業だけではなくて、もっとたくさん勉強したい。部活動の為と用意された一日があるのなら、その日を全て勉強に費やしたいのである。たどたどしい言葉でそう説明したソキに、ユーニャはそーっと頭を抱え、ふるふると首を振って呟いた。
「……お姫ちゃんや」
「ソキねえ、ソキですよ? ソキなんですよ」
「知ってる。……お、おおお、どうしてやればいいのかわかんねぇ……」
その内容は部活動として申請しても通らないと思うんだよな、と呻くユーニャに、ソキがぷーっと頬を膨らませた。その時だった。音高く談話室の扉が開き、勝ち誇った声が響きわたる。
「お困りのようだな!」
そこで勝ち誇る意味が分かりません、という困惑の視線と、さすがです今日もあなたはとびきり輝いているっ、という賞賛の視線を受けて立つ寮長に、ソキはにこーと笑みを浮かべて。困ってないですお引き取り下さいですよ、と言ったのだが、不思議なことになぜか黙殺された。本日二度目のことである。