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 それは、ソキがまだ屋敷で慈しまれる『花嫁』であった頃、世界に満ちていたひかり、輝き、そのものにとてもよく似ていた。世界というのは、その頃のソキにしてみれば、とても遠いものだった。それは常に窓の外や、扉の向こうにソキを置き去りにして流れて行く。手を伸ばしても届かないもの。憧れ、望み、触れられないと知っていたもの。その象徴が、ソキには窓から差し込み室内を明るく輝かせる、ひかり、そのものであったのだ。それはひたすら、うつくしかった。柔らかな黄色、金にも透き通るそれは一人で動くこともできないソキの部屋に、唯一射し込む世界そのものであったのだ。
 二時間程遅刻して談話室に現れた女は、ソキにそのひかりを思い起こさせた。その感情を憧れと呼ぶことすら出来ず、ただ、ただ、焦れた、せかい。ひかりは、せかいだった。うつくしく時を止め、輝かしい光をその身に宿したような、女だった。部屋に入った瞬間、まっすぐにソキを見つけ出し輝いた金無垢の瞳こそ、手の届かぬ世界の象徴。あこがれ、きよらかなまま燃えつき、決してソキには辿りつけない永遠がそこにあった。それなのに。女はソキを見つけた瞬間に全力で駆け寄り、警戒するロゼアに目もくれず走ってきた勢いそのままに平伏した。動作に一切の無駄のない、洗練されきった平伏だった。
 えっと、と目を瞬かせるソキの前で、床に額を擦りつけながら女がふるふると身を震わせる。
「ご、ごめんなさい……! 遅くなってごめんなさい! 本当に! 申し訳ないです……!」
「えっと……あの、落ち着いてくださいです? ひとまちがいとかしていたり? しないです?」
 ソキが怖々問いかけた瞬間、がっとばかり女が顔をあげた。あまりの勢いにびっくりして、ソファで横に座っていたロゼアの背に半分隠れるように体をひっつかせたソキに、女は無言で幾度も首を振る。金糸の髪がサラリと揺れた。そのさまは残念なくらい、とても、綺麗なものだった。
「ソキさ……ソキさん、でしょう? ええと、新入生の、予知魔術師の、魔力漏れを起こしてしまってる……」
「……はい。ソキですよ」
「なら、ひとまちがいではなく。私がお待たせしてしまった、星降の王宮魔術師です。レディ、とお呼びください。遅れてしまって、ほんとうに、ごめんなさい……今度こそ、ちゃんと、辿りつけると思ったの」
 だってあんなに空が晴れてて風が気持ち良かったものだから、と溜息をついて、魔法使いはふたたびその場に突っ伏した。
「ごめんなさい……かく上は、全力でソキさまの魔力漏れに対処させて頂きます」
「と……とりあえず、顔をあげてください。ね?」
「うううぅうう、ソキさ……ソキさん優しい……!」
 半泣きでそろそろ体を起こし、魔法使いは一度立ち上がると、今度は綺麗な仕草でソファの前に片膝をついて体勢を落ち着かせた。腰かけるソキの顔をほんのすこし下から覗き込むようにして、魔法使いは人懐こい笑みでふわり、笑いかけてくる。
「体調が悪くはなっていないようで、安心致しました。報告ではまだそこまでの段階ではないと分かっていたのですが……今は、なにか不調を感じたりすることは? 魔力も、変に荒れている感じは受けないのですが、落ち着いてらっしゃいます?」
「だい、じょうぶ、です……けど、あの」
「はい?」
 談話室の入り口付近で、ようやくその動きを思い出したという風に、メーシャが扉を閉めているのが見えた。そんなメーシャを出迎えながら、寮長がやや驚いた目を向けてくるので、恐らくソキの印象は間違っていない筈だった。意味の分からない混乱に襲われながら、ソキはひたすら恭しく見つめてくる魔法使いに、そーっと首を傾げた。
「ソキ、なにかしたですか……? なんで、そんな、丁寧です……?」
 丁寧、とするよりも、それは礼節を尽くされる感に近いものがあった。女と、ソキは初対面である筈だった。こんなにも印象的な存在を、一目みたなら決して忘れることはしないだろう。それとも、ソキが覚えていないだけで、どこかで顔を合わせたことがあるのだろうか。じっと見つめてくるソキに、女は困ったように目を伏せて笑い、ちらりとロゼアに視線を投げやった。
「いいえ……ただ、ロゼアくん? 君なら分かってくれるかな……」
「え?」
 反射的にソキを庇うそぶりで警戒を失わないまま、きょと、とした声を出したロゼアに、女はちいさく頷いた。そして、吐息に乗せるよう囁く。
「私、砂漠の国出身なの。ちいさな、オアシスだった……。砂漠出身者なら、多かれ少なかれ、私の気持ちは分かってくれるんじゃないかと思う。君には……君が『傍付き』である以上、またすこし、受け止める感覚としては違うかも知れないけど。だから私は、今も……ウィッシュの前では、うまく、立っていることができない……」
 名前を呼ぶことだけは何年かで慣れたけど、と告げる女に、ロゼアが反応を返すより、はやく。歩み寄ってきた寮長が、ああそうだお前は砂漠のヤツらの中でも特にそうだった、と呻きながら、女の肩に両手を乗せる。
「立て。気持ちは分かってる、けど、立て。……ソキは予知魔術師だ。それ以上とは決して思うな」
「む……むりですううぅ!」
「レディ。お前、なにしに来たんだ? ……魔法使いとして、魔力漏れを起こしている予知魔術師を調査し、調整し、整えてやる為だろう? ほら、分かったらすべきことをしろ」
 そして立て、と腕を引っ張ってくる寮長にいやいやいやと首を振って抵抗しながら、女はせめて、せめて座らせて床とかにっ、と涙ぐんだ。そこでどうしてソファに座るとか椅子持ってきて座るとか出来ないんだお前は、と叱りつけながら、寮長はあっけにとられているロゼアとソキに、ややうんざりとした目を向ける。
「もうちょっと待ってやってくれるか? ……レディ。お前、ソキの前でそんな態度でいいのか?」
「きゃああぁ! ごめんなさいちゃんとします!」
 ぴょんっと飛び跳ねるように立ち上がり、そわそわと周囲を見回したのち、女はものすごく膝を折りたそうな顔つきになりながらも、なんとか、寮長の運んで来させた椅子に腰をおろした。落ち着かない様子でもぞりと体を動かしながら、女はすっかり警戒してしまっているソキに、申し訳なさそうに視線を向ける。
「ソキさま申し訳ないのですが御手に触れてもよろしいでしょうか……」
「レディ。敬語。あと呼び捨てろ。これ、お前の、後輩」
 女を一人で向き合わせておくと、なにも進まないと思ったのだろう。椅子の背側に立ちながらあきれ果てた声で指摘してくる寮長に、女は金無垢の瞳にぶわっと涙を浮かばせ、全力で首を左右に振った。
「やめてやめて寮長ホントやめてお願いだから! いくら私が魔法使いだからと言っても可能なことと不可能なことというのは確実に存在していてなんていうかそれらは私の中で無理っていうかなんていうか! ごめんなさい許して! ……分かったわよ、わたしがん、が、がんばるから! 呼び方だけでも! えっと、えっとっ……そ、ソキさんって呼んでいいですか……」
「それを敗北感にまみれた顔と声で、しかもロゼアに尋ねるお前の思考回路マジ理解できない」
「寮長に思考回路理解できないとか言われた泣きたい」
 お前は本当に在学中から、俺に常に常に喧嘩を売ってくるな、といらっとした満面の笑みを浮かべる寮長に、女は心底不本意でならないという表情で、小刻みに首を振った。
「だってロゼアくん、ソキさ……さん、の傍付きだって書いてあったから。こっちに聞くのは当たり前っていうか」
「お前俺に何回同じこと言わせるつもりだ? これは、予知魔。それで、こっちは、黒魔」
「ちょっとソキさまを指差さないでくださいこの不届き者が!」
 ぱぁん、と音を立てて寮長の指先を手で叩き払った女に、寮長はごく冷静に笑みを深めてみせた。
「レディ?」
「なに」
「お前の鳥がいまどこにいるかよーく考えてから発言しろよ?」
 とり。口に出してそう呟いたのち、女はようやくそれに気が付いた表情で談話室を見回した。部屋の端から端までくまなく視線を走らせたのち、女の視線は寮長へ戻り、鋭く細められた。
「……私の鳥を、どこへやったの」
「ははははこの女。その発言はせめて二時間前に聞きたかったぜ……! あの鳥は! お前と違って! ちゃんと三時には談話室に辿りついてたんだよもうお前心底マジ意味分からねぇから! なにをどうしてどうやれば自動追尾付いてる具現化した魔力の鳥とはぐれられるんだよ! 離し飼いにするんじゃねぇよそこらじゅうが火事になるだろ! お前と違って! こっちは! 燃えるんだ!」
「えっ、え。そんな前からいなかったの……? えっ、イケメンくん! ねえ、イケメンくん! イケメンくんと会った時、私の後ろに鳥ちゃんいたよね? こう、燃えてる感じの。燃えてるっていうか火そのものっていうか、そんな感じの超絶かわゆくかつ格好いい鳥ちゃんいたよねっ?」
 ところでソキはもうお部屋に返ってもいいでしょうか、飽きたです、とロゼアの服の袖をひっぱり訴える『花嫁』にも気がつかず、女は半泣きでメーシャを振り返った。部屋の隅でオレンジジュースを飲んでいたメーシャは、突然のことに何度か咳き込んだのち、記憶を探るまでもなく否定に首を横に振った。
「いいえ、いませんでした……」
「……寮長ごめんなさい。私の鳥ちゃんどこでしょうか」
 俺は基本的に女に手をあげるとかしないけどコイツだけはマジ例外、というなまぬるい表情で女の額を指の背で小突いたのち、寮長は溜息をつきつつ、部屋の隅に控えていた副寮長を手招いた。
「ガレン。もういい、コイツから反省を引きだそうとした俺が愚かだった」
「あれ? 私もしかして? 馬鹿にされてる? あれ?」
「……管理はしっかりしてくださいね、レディ」
 溜息をつきながら歩み寄り、副寮長が女に手渡したのはちいさな飾り灯篭だった。繊細な装飾の成された六角形の硝子の中に、よくよく見れば、ころころと丸いなにかが動いている。女は一瞬呆けたのち、ガレンの手から灯篭をひったくるように受け取った。大慌てで入口を開け、灯篭を振って『それ』を外に出すと、ためらいなく手で包みこむ。それは火の鳥だった。ただし、女が記憶しているよりも大分ちいさい。直径三センチほどの、ころころとしたまんまるい、鳥というよりはひよこに似た形状になっているだけで。女はそれを手の中でころころと何度か左右に転がしたのち、えっ、と驚いた声で顔をあげる。
「ち、ちっちゃ……鳥ちゃんちっちゃ……や、やだなにこれえええええ! ちっちゃくて可愛いー!」
「ほら、言ったろ? ガレン。レディは悲しんだりしないって」
「その通りでしたね……あのままの大きさですと最悪、寮が全焼する可能性もあったものですから。寮の風呂に叩きこみ、氷で埋め、のち、灯篭で保管させて頂きました。それでも完全に消火できなかったのが恐ろしい限りです」
 珍しくもそろってぐったりする寮長、副寮長に目もくれず、そっか、夏場は水に叩きこんだり氷投げたりすれば鳥ちゃんこの大きさになるのね、覚えておこうっと、と声を弾ませて、女はまるっこいひよこ形状の火をころんと己の頭の上に乗せてしまった。そこで、ようやく女は心を落ち着けることができたらしい。胸に手をあてて大きく深呼吸したのち、女はまっすぐにソキに視線を向け、丁寧な響きで手に触れてもいいですか、と言った。ソキはなんとなくためらうものを感じつつ、女に向かって片手をそろそろと差し出した。女はほっとした笑みでソキの指先に両手を触れさせる。
「失礼します……ああ、確かに魔力が漏れてる感じはするけど……」
「……ソキは、どういう状態なんですか?」
 眉を寄せて考え込む女に、ロゼアが静かに問いかけてくる。視線をあげてにっこり笑い、女はソキから手を引きながら言った。
「コップに水注ぎすぎて、上から溢れちゃってる感じ。魔力回復過多なのね。消費量とつりあってないの。だから、内側に溜めておける量を超えちゃって外に出てくる……今まで、なにか、恒常的に発動させている魔術があって、それを最近やめたりとかしませんでしたか?」
「しました、です」
「それに、体がまだ慣れていないんだと思います。魔力の消費量と、回復量がつりあってないだけ、というか……なにもしていないのに、普段なら減る分の魔力が注ぎ込まれちゃうから、漏れだしている。それだけのことだから……私みたいのとは違ますから、安心していいと思います。なにもしなくても二日か、三日くらいでなんともなくなると思いますけど……対処。対処、ねえ」
 私が無理矢理蓋してもかまわないんだけど負担はかかるし、と眉を寄せ、ついで告げられた女の言葉に、談話室の空気が凍りついた。
「言葉魔術師呼んできてください」
「……え?」
「ああ、もちろん、ツフィアで。連絡くらいは取れる筈でしょう? ツフィアなら、一発でこんなのどうにかできる筈だか……ら……え、私はなんでそんな顔をされなきゃいけないの……」
 凍りつくロゼアとソキを不思議そうに、やや心配そうに眺めやり、女は無垢な仕草で首を傾げてみせた。
「だって、そうでしょう? 黒魔術師の『鞘』が存在するのと同じことで、ツフィアなら、予知魔術師の変調を正しく整えられる筈だわ」
「……鞘?」
 なにか引っかかった様子で呟くロゼアに、女は真面目な顔をして頷いた。
「そう。私たち黒魔術師に、必ず存在する能力の制御役。それを、『鞘』と呼ぶの。黒魔術師の魔力は、『剣』に例えられることが多いでしょう? その『剣』に対しての『鞘』、生まれながらにしての、一対。……まだ習っていないかも知れないけれど」
 黒魔術師には必ずそれが存在するのよ、と女は教師のような口調でロゼアに囁いた。それは同時代に生きる魔術師の誰か。属性や適性は決まっていない。同性であることも、異性であることもある。確実な条件として存在しているのは、同時代に生きる魔術師の誰かであること。そして、黒魔術師には必ず『鞘』が存在すること。この二点。それが誰なのかは分からない。まだ出会っていないのかも、もう出会っている誰かであるのかも。その時まで、本人にすらそれは分からない。その時って、と問うロゼアに、女はすこしだけ辛そうに目を伏せ、笑った。
「極端に言うと、魔術暴走を起こしてしまった時……触れるだけでその力を宥めてしまうのが、『鞘』よ」
 こうやって、と女は手を伸ばし、茫然とするロゼアの頬に触れた。
「接触するだけで、『鞘』は黒魔術師の暴走を食い止めてくれる……。ごく、ほんの僅かな例外を除いて」
「例外も、あるんですか」
「魔法使いの暴走は、魔法使いにしか食い止められないの。『鞘』は、壊れてしまう……」
 女は、ロゼアから手を離して指先を握り締めた。
「あまりに大きすぎる魔力を叩きつけられた『鞘』は、壊れてしまうの。砕けてしまう。……『鞘』を失った黒魔術師は、やっかいよ。能力の制御は出来るわ、もちろん。自分で出来る範囲でね。でも、もし、ひとたび、魔力がその手を溢れて暴走してしまったら……普通の魔術師であれば、魔力が枯渇すれば収まる。……でも、魔法使いに、魔力の枯渇は存在しない」
 溜息のようなちいさな囁きは、ロゼアにも、ソキの耳にも届くことはなかった。女は気を取り直した表情で笑い、絶対に嫌なのでそんなことをされるくらいならこのままでいいです、とばかり涙ぐむソキに、申し訳なさそうに眉を寄せた。
「ツフィア、会ったことある? いや?」
「……会ったことないですが、絶対、いやです」
「ソキさ……ん、が、いやなら無理強いはしません。そうすると……どうしようかな。ちょっと時間はかかるけど、確実な対処をすることをお勧めします。私がへんにいじるより、そっちの方が絶対にいいと思うし……」
 どうするですか、と問うソキに、女はにっこりと笑って。魔力、使ってください、と言った。



 つまり、使ってないから溢れて漏れてしまうのだ、と女は言った。消費しているうちに適切な回復量を体が覚えれば、今回の場合は収まるのだという。かくして、先程から興味深げにロゼアが見つめてくる中、柘榴石の蝶を次々と具現化させながら、ソキはにこにこと笑う女に視線をやった。女はソキに向かって飛んで行く蝶を手招いては、手でぱんっ、と潰して細かい砂の欠片に変化させている。そのたび、己の魔力がどこかへ消えて行くのが分かった。消えて行く赤い砂粒を指先で弄びながら、女は興味深そうに目を輝かせている。
「攻撃性も、防御性もなし……これなら、多少漏れていようが、予知魔術師であろうが無害なものだと思いますけどね。ええと、もうすこし出せます……?」
「はい。ソキ、もうちょっと頑張れますですよ」
 言うなり、ぽん、と柘榴石の蝶が現れるが、それは意図せず漏れてしまったものだった。もぉー、とむくれるソキの前で女はそっと苦笑し、蝶を招いて手の中で呼びこむと、またぱんっと手で潰して存在を消してしまう。そうしながら女がすこし眠たげにあくびをしたので、ソキはあることを思い出して目を瞬かせた。そういえば寮長は、起きたと報告が来ていない、とそう言っていなかっただろうか。レディさんは寝てたですか、と問うソキに、女は背をまっすぐに正してから頷いた。
「寝てました! 私はソキさ、ん、の、魔力漏れとはちょっと違っていて、起きてる間中、魔力を消費していないと体がもたない体質なんですけれど……寝るのと、起きるのの時間がちょっと普通と違ってて、だいたいいつも二ヶ月くらい寝て、そのあと、二ヶ月くらいは起きてるんですが、今回ちょっと寝坊してしまって……」
「ふぅん?」
 聞いておいて、微妙に興味がないらしい。わりとどうでもよさそうな返事をしたのち、ソキはぽんと音を立てて現れた蝶を、女の方へと差し出した。女はそれを恭しく受け取り、またぱんっと音を立てて叩き潰す。蝶は指先にからむこともなく消えゆく風と化し、あたたかな魔力をやわりと振りまき、瞬く間に溶けてしまった。己の魔力を次々と消して行く魔法使いをどこかうっとりとした眼差しで眺め、ソキは静かに息を吐きだした。その感情は、どこか憧れに近く。女はやはり、ソキにひかりの印象を与える者だった。窓の外に満ちるもの。扉の外へ広がるもの。辿りつけぬ場所。世界。
 ソキは無意識に、女に向かって手を伸ばしていた。ソファから落ちかける体をロゼアが支え、女が慌てた様子で、伸ばされたソキの手を握ってくる。大丈夫ですかっ、と大慌てで問いかけてくる女に頷きながら、ソキは触れられた手に視線を落とし、ようやく安心したような気持ちで微笑んだ。女はひかりだった。ひかりは、世界だった。世界に、ようやく、触れられた気がして。ソキはおおきく、息を吸い込んだ。

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