ロゼアちゃんさいきんかほごなんですー、と頬を膨らませてほにゃほにゃした声で拗ねているソキに、周囲から向けられた視線は無理からぬことだと言わんばかりの生温いものだった。パーティーを終えてからというもの、ソキの体調はとにかく安定していない。翌日は意識を回復させることもできずに寝込み、その次の日は起きてきたものの昼過ぎに熱を出して部屋に戻され、さらにその次の日は微熱に下がったものの乾いた咳が止まらなかった。保健医が慎重に治癒を施した結果、ゆるゆると体調が持ち直したのか咳が出た二日後に、ソキはまたてちてち一人で歩きまわり、そこらで転んでは立ち上がる、ということを繰り返していたのだが。
その体調が再び悪化したのが、その日の夜のことである。翌朝、熱は出なかったものの頭が痛くて起き上がれないから、今日も休むよ、と食堂でメーシャとナリアンに告げていたロゼアを見かけた少女は、遠い目をして証言する。なんていうか、ぱっと見はいつもの感じだったんだけどね。
『ロゼアくん、目が笑ってなかった……』
さもありなん。ロゼアくん悪くないと思う。というかまあ普通怒るよね、と少女らはなんとなく視線を反らしながらそれを受け入れ、ここ最近、可能な限りソキを抱き上げて移動しているロゼアの過保護を受け入れた。というかもう過保護だとは思えない。必要保護である。過剰でもなんでもない。ソキちゃんまた一人で歩いて転んで、それで体調崩すといけないでしょう、とやんわりたしなめる上級生の少女に、ソキはくちびるをつんっと尖らせて主張する。
「ソキねえ丈夫なんですよ! 怪我しないです」
「うん、あのね? もはや怪我をするとかしないとかそういう問題じゃないの」
パーティーが終わって半月で、ソキちゃんはどれだけ体調を崩して寝てたかなぁ、と溜息混じりに問いかける少女に、ソキは指折り数えたのち、うん、と頷いて言い放つ。
「十日くらいです」
「……十四日あって、十日も寝込んでたら、旦那さまは普通過保護になるでしょうに」
まったくもう、と溜息をつく少女を見上げ、ソキはなにを言われたのか分からない表情で瞬きをした。きょとんとするソキに微笑み返しながら、少女はさあこんなものかな、と自慢げに座っていた椅子から立ち上がる。手にはよく使いこまれた飴色の櫛があった。お風呂あがりに乾かされたばかりのソキの髪を、艶々になるまで梳かしてくれていたのだ。ソキが入浴するにあたり、いつの間にか当番が組まれていた『ソキちゃんの髪洗う係』と『ソキちゃんの髪乾かす係』と『ソキちゃんの髪梳かす係』、さらに『体調が優れない時限定、ソキちゃんの服着せる係』の手から、今日も逃げ切れなかった結果である。入学当時は砂漠の国出身の少女らがこぞって希望し、担当していたそれは、いつの間にか寮の女性陣の娯楽のひとつのように受け入れられ、脱衣所にはシフト表が張り出されている。
やぁんやぁんソキひとりでだって出来たんですよぉっ、と拗ねながら、ソキは髪に両手を押し当てた。さらっさらのつやっつやのふわっふわである。ふふふん、と自慢げにしている、本日の梳かす係の少女を振り返り、ソキは仕方がなくお礼を言った。
「ありがとうございましたです……でもソキひとりでちゃんとできるんですよ……」
「はぁい、それじゃあ湯冷めする前にロゼアくんトコ帰ろうねー?」
「やあぁんっ、ソキひとりでロゼアちゃんまで帰れるぅーっ!」
ロゼアと、帰る、という単語は基本的には結び付かないものであるが、少女たちは微笑ましくそれを無視していた。ソキの場合は帰る、で正しいような気がするからである。今日も談話室で待っているであろうロゼアと、その傍できゃっきゃうふふ会話をしているであろうナリアン、メーシャのことを思い浮かべ、少女のひとりが赤らんだ頬で溜息をつく。
「それにしても、いいねぇ、ソキちゃん。旦那さま格好いいし、ナリアンくん素敵だし、メーシャくん超目の保養だし! あんまり心配かけちゃだめよ?」
「……旦那さま?」
妙な単語が混じっていた気がする。ソキはルルクに手を引かれながらも立ち止まり、脱衣所をぐるりと見まわすように振り返った。簡単な木の棒と板だけで作られた棚に、籐で編まれた籠がいくつも置かれている。棚は脱衣所に等間隔でいくつも置かれ、その間に簡単な腰かけを持ち寄って、少女たちがきゃあきゃあと談笑していた。これから風呂へ行く者も、もう上がった者も、着替え途中の者もいる。その中できゃっきゃとはしゃいでいるのは例外なく、砂漠の国以外の出身のものであり。砂漠出身の少女らはソキと同じように、やはりなにを言われたか分からない表情で、告げた少女のことを見つめていた。あれ、と首を傾げる少女に、ソキはぎこちなく呟いた。
「ソキ、結婚して、ないです……」
「え? ロゼアくんが旦那さまなんでしょ?」
そんな照れて隠さなくても、と言わんばかりの口調と笑顔だった。
「だって、パーティーの時、ソキちゃん、ロゼアくんの花嫁さんだって言ったって聞いたよ?」
「い、言いましたですけど、でも……!」
そういう意味ではない。ふるふるふるふる首を振るソキに、少女はおかしいなぁ、とばかり眉を寄せた。
「それで、誰だかが、やっぱりパーティーの時、ロゼアくんにも聞いたんだよね?」
「うん。ソキちゃんってロゼアくんの花嫁さんなんだって? って」
「そしたらロゼアくん。『うん、ソキは俺の花嫁だよ』って言ったから、そういうことじゃないの?」
砂漠出身の少女たちが、いっせいに頭を抱えてその場にうずくまった。ソキもくらくらとした眩暈を感じ、手を繋いでいたルルクにすりすりと甘えて身を寄せる。ちがう、ちがうんですよ、そういうんじゃないですよ意味が、と言いたいのだが、混乱しきって声が上手く出て行かない。ロゼアもソキも、別に間違ったことは言っていない。ただ、ちょっとばかり、うっかり、言葉が足りなかっただけである。砂漠の常識はわりと、他国に通じてくれない。ちがうです、とようやくそれだけを言ったソキを、ルルクがふぅん、とばかり見下ろしながら頷いて。直後、いいこと考えたっ、とばかり握りこぶしでルルクは言った。
「よし! 女子会しよう!」
ほらなんだか色々誤解があるみたいだし、それを解く為にも一度じっくり話を聞いておかなければいけないと思うのね、と力説するルルクに、少女たちはいっせいに頷いた。真顔である。なにそれ面白そう、という意志が誰の背にも浮かんでいた。よろよろと顔をあげたソキが、嫌がって首を振る。
「ソキもうロゼアちゃんとこかえるです……」
「よぉっしそうと決まったら談話室から男子追い出してくるねー!」
「私、チェチェリア先生とロリエス先生がまだいるか見てくる! パルウェお姉さまにもお声かけしなきゃ!」
王宮魔術師のお姉さま方にも伝令とか出しちゃおうかきゃあぁあっ、とはしゃぐ少女たちは、基本的に、誰ひとりとしてソキの主張を聞いていなかった。聞こえていなかった訳ではない。無視しただけである。
たった今この時より談話室は女子が占拠した、ので男どもはとっとと部屋に帰るように、という少女たちの主張に、当然のことながら寮長は良い顔をしなかった。事前に申請して許可を得たならばともかく、突発的に占有はさせられない、という真っ当な理由からだ。しかし少女たちは寮長の弱点を知りぬいていた。私たちに談話室を明け渡してくださった暁には今からここへ来られるロリエス先生の発言を一言一句記録し文書にして提出すると約束しましょう、よし乗った、という裏取引により速やかに争いは終結した。ロリエスも、チェチェリアも、遅くまで書き仕事をしていてまだ『学園』におり、帰り際に少女たちに捕まったらしい。それぞれ苦笑を浮かべながら談話室に現れ、『学園』で事務仕事をしているパルウェと共に、きゃあきゃあとはしゃぐ少女たちを見守る位置に陣取っていた。
ソキは談話室で一番ふかふかのソファを与えられ、毛布で体を包まれて温かくしながらもこの上なく機嫌が悪かった。ぶっすぅー、と拗ね切った表情を隠そうともせず、ぷい、とそっぽを向いている。やぁだやぁだ話しかけないでお返事しないですよっ、と全身で主張するソキは、一刻も早く、一時間が過ぎ去ることを祈っていた。女子たちの、お願いお願いソキちゃん貸してっ、という懇願に熟考の末折れたロゼアが出した条件が、いいけど温かくさせてその場から動かさないで、ということと、一時間で迎えに来るからそれで終わりな、だった為である。一時間耐えればロゼアが迎えに来てくれるのだ。それまで黙っていればいい。微笑ましそうに眺めている教員たちは、ソキを助けてはくれなさそうだった。
ぷー、と頬をふくらませてクッションを抱く腕に力を込めた、その時だった。
「ちょっと聞いてよおおおおおっ!」
ばんっ、とばかり談話室の扉を両手で叩き開け、一人の女性が涙目で飛び込んでくる。白雪の王宮魔術師、エノーラだった。帰る、と言わんばかりチェチェリアが腰を浮かしかけ、両腕をパルウェとロリエスに押さえこまれているのに気が付いた様子はなく、エノーラは唖然とする少女たちを見やり、しばらくして、陶然とした笑みを浮かびあげた。
「えっ、なにこれ私のハーレム……? 傷心の私を慰めてくれる会……?」
「違う」
「あっ、きゃあぁあ先輩! 先輩! こんばんは今日のブラは何色ですかっ?」
そのまっすぐに歪み切った性癖のせいで、パーティー当日にエノーラは魂を叩き折られる折檻を受けていたのだが、ちっとも懲りていないらしい。額に指先を添えて呻くように突っ込んだチェチェリアの声に即座に反応し、歓声をあげて問いかけている。氷のような笑みをくちびるに浮かべ、チェチェリアは後輩の問いを鮮やかに無視した。きゃあきゃあ騒ぎながらエノーラに駆け寄った数人の少女たちが、どうされたんですか傷心なんですか御慰めしますっ、と告げた所でそれを思い出したのだろう。あああああっ、と絶望的な叫びをあげ、エノーラは頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
「そう、そうだった……! そうだった、聞いて皆あのね! すっごく良い知らせなんだけどっ!」
悪い、の間違いではないのだろうか。戸惑う少女と訳知り顔のロリエス、チェチェリアのぬるまりきった視線を受け止めながら、エノーラはううぅっ、と涙声で呻く。
「私の世界で一番うつくしく麗しくかわいらしい女王陛下が……! ご懐妊されましたっ……!」
「あれ? ほんとうに良いお知らせです?」
「ひいいいいいいいいいやああああああああああ陛下陛下私の陛下があの男に手篭めにされたのかと思うとやああああああああっ!」
エノーラはあなたの結婚式でも同じような叫びで死にかけていたわね懐かしいわうふふ、と笑うパルウェの隣で、チェチェリアの目が死んでいた。アイツ本当に変わらないな、といっそ感心している様子で、ロリエスはしみじみと頷いている。付き合いの長さでエノーラという存在に慣れ切った教員たちと、基本的にあまり気にしていないソキと違い、少女たちは理解にわずかばかり、時間が必要だったらしい。じわじわと興奮した喜びが空気に滲み、きゃぁっ、と誰かが歓声をあげた。
「きゃあぁあ、素敵っ! 白雪の陛下おめでとうございますっ!」
「ああ、それでパーティーの夜、陛下たちが、女王陛下を連れて別室に……そっか、それで、先に帰られたのね……! どんなにかお喜びのことでしょう。ご結婚されてから……ええと、七年、だったかしら。先日里帰りした時に謁見させて頂いたけれど、そのことを気に病んでらした様子でしたもの……ああ、およろび申し上げます、陛下……!」
「え、ええぇ……? なに、この、騒ぎ……」
白雪の国出身の少女らが涙ぐみ、他国出身者は純粋に騒ぎ、エノーラが床に突っ伏してごろごろ転がりながら嘆く狂乱の最中に、明らかに引いた声がひとつ、談話室の戸口から響きわたる。少女たちの大騒ぎをやたらと楽しそうに見つめていたパルウェが冷静にそちらに視線を向け。あら、と意外そうに笑い、その名を呼んだ。
「レディ。白雪の陛下がご懐妊されたんですって」
「ああ、それでエノーラが死んでるの……。エノーラ、ちょっと、床掃除はちゃんとしてあると思うけど、そこで転がるのはどうかと思うわ?」
寝台とか、もっと柔らかい場所でごろごろしなさいよ、とずれた突っ込みをしながら、レディが呆れた様子でしゃがみこむ。うううぅ、と涙目で見上げてくるエノーラに手を伸ばし、レディは親しげな仕草で友人の頭を撫でてやった。
「白雪の陛下は新婚七年目だったじゃない? そのうち、絶対、いつかはご懐妊されたわよ」
「……新婚、七年目、です?」
結婚の間違いではないだろうか。訝しんで呟くソキに、興奮冷めやらぬ様子で、白雪出身の先輩が教えてくれた。曰く、とてもとても仲良しの御夫婦だから、新婚で間違っていないのよ、だそうだ。ふぅん、と普段よりはすこしばかり興味のある風に頷きながら、ソキは一時間まだかなぁ、と溜息をつく。話題の中心がソキから反れたのは喜ばしいのだが、ロゼアにこのソファから動かないで待ってるんだぞ、と言われたので逃亡すらできないのである。動いちゃだめなんですよー、とくちびるを尖らせるソキの耳に、あ、と驚いたようなレディの声が届けられた。
「びっくりして忘れてた……! ああ、もう、ちょっとエノーラ? ほらあとで一緒にお風呂はいって胸揉ませてあげるから、ね? 元気だして。それで、床から立ちなさい」
「レディ……! 分かったわ、私頑張る……というか、レディ? そう言えばなんで、こんな時間に学園に?」
もうあと数時間で日付の変わる夜のことである。火の魔法使いは特殊な体質故、再び数ヶ月の眠りにつくまでは覚醒を続けるが、基本的に用事がない限りはずっと星降の王宮にいて出歩かない。なにか『学園』に用事でも、と立ち上がりながら問うエノーラに、レディはええまあ緊急で、と口ごもり、談話室の扉に手をかけて廊下を覗き込んだ。
「大丈夫よ、女の子しかいないから……怖くないからこっちおいでなさいな」
「……でも」
「というか……女子ばっかりでなにしてるの? エノーラハーレム? 慰める会?」
仲が良いだけあって、発想がまったく同じである。違う、と本日二度目の呻きを発したチェチェリアが、なんだったか、と本来呼ばれた理由を思いだそうと、思考を巡らせていく。
「確か……ソキちゃんにコイバナしてもらうので来てください。先生のお話も聞きたいです、ロゼアくんばっかり構ってないでたまには私たちともお話してください、とか、なんとか」
「思い出さなくてよかったんですよ……!」
やあぁんっ、とソファの上で打ちひしがれるソキに、少女たちの、あっそういえばそうだった聞かなきゃ、という視線が集中した。両手で耳を塞ぎ、いやいやいやいや、と首をふって涙ぐむソキを眺めやり、レディが嫌がってるじゃないの、と溜息を吐く。
「ソキさまに無体を働くんじゃないの。コイバナ聞きたいんだったら、ちょうどいいコ連れて来てるから」
「え?」
「ああ、もう……ほら、おいで、リトリアちゃん。だいたい顔知ってるから怖くないでしょ?」
そう呼びかけて暗闇に両腕を伸ばし、ひょいと抱きあげて室内へ連れ込んだのは、楽音の国の予知魔術師、リトリアだった。許可なければ城からすら自由に出られない筈の少女は、声を封じる魔術具を首につけることもなく、恥ずかしそうにふるふると震えている。女子の八割程度がリトリアの、予知魔術師の事情を知っているが故に、驚きに目を見開いた。その視線にこそ怯え恥ずかしがるように、リトリアはレディの背にぴたっとくっつき、体を隠してしまう。それでも、レディの言う通り、だいたいが顔見知りだからだろう。怖々と顔をのぞかせ、リトリアは細い声で囁いた。
「こんばんは……。あ、チェチェ、あのね、キムルさんがまだかなって探してました……!」
「先程、遅くなる、と連絡はした。リトリア、どうした? 出歩いていいのか?」
「ん、んんと、えぇっと……」
もじもじ指先を擦り合わせ、視線を彷徨わせながら、リトリアはひどく恥ずかしそうにこくんっと頷く。
「レディさんがお迎えに来てくれたから……ちょっと『学園』へ行っておいで、って、陛下が」
「まあ、色々あるのよ。チェチェリアも、リトリアが時々『学園』に戻らないといけないっていうのは聞いてるでしょう? ちょっと予定がくりあがっただけ。心配しないでも、楽音の陛下はご存知だし、私が一緒だから心配ないわ?」
ただひとつ聞かせて、ストルは、と真顔で問うレディに、ロリエスが数時間前に星降に帰った筈だが、と告げた。同じ新入生の講師という立場であるので、予定を把握しているらしい。同じ国の王宮魔術師であるのにストルの予定をなにも把握していなかったレディは、よかった死ななくてすむ、と言って安堵の息を吐きだした。年上の女性たちがいまひとつなにを心配しているのか分からない表情で視線を彷徨わせ、リトリアはぱぁっと顔を輝かせる。
「ソキちゃん! ……レディさん、あの、私、そのっ」
「ああ。いいわよ、お話してらっしゃい」
私はちょっとエノーラを慰めてあげたいから、と告げるレディに背を押され、リトリアは小走りにソキの方へ向かってくる。その動きをなんとなく目で追っていた少女のひとりが、あっと声をあげてリトリアを指差した。
「楽音のリトリアちゃんって、ま、まさか、あのっ……?」
「え? ……え、えっ?」
ソキが座るソファに辿りつく直前でびくりと身を震わせ立ち止まり、リトリアが挙動不審に首を傾げる。ふるふる、緊張に身を震わせるリトリアに、指差した少女は感無量の声で言い放った。
「あの、伝説の三角関係の……! そして魔法少女のっ……!」
「さ、さん……え? えっ……え? え?」
「リトリア。すまない、こちらを見ないでくれるか」
私には助けてやれない、と微笑むチェチェリアに、リトリアがふるふると震えながら涙ぐんで行く。えっなにそれ私よく分からないのですけれど、とふらりとよろめきながらソキの座るソファへ向かって歩いて行くリトリアに、少女たちがきゃあきゃあと騒ぎ始めた。
「聞いたことあるー! あれでしょっ? なんかリトリアちゃんを巡った争いで男子生徒の記憶が飛んだとか!」
「え? 私が聞いたのは、リトリアちゃんを呼びだして苛めてた女子生徒が保護者って聞くだけで青ざめて未だに動けなくなるとか……あれ、ルルク、どうしたの? 顔色悪いよ?」
「半分くらいは正しいわねぇ……」
ああ、今はそんなことになってるの、と微笑ましい表情で後輩たちの勘違いを放置しているパルウェの元に、レディがエノーラをずるずる引っ張ってやってくる。
「半分しか正しくないと思うけど……だってあれ、アレでしょ? 争って戦ってたのはツフィアとストルで、記憶吹っ飛ばしたっていうかリトリアちゃんに魔法少女させてた男どもを発見して記憶に留めておけないくらいのトラウマを植え付けたっていうことで、女子が呼びだして苛めてたっていうのは空き教室使って魔法少女させてたのをツフィアとストルに発見されて男子の時と同じく制裁したっていう話でしょ?」
「争って戦っていたというか……父親と母親の教育方針が対立していたというか……」
「というか、ストルのアレは結局なんなの? 兄心なの? 父性愛なの? それとも恋人育成計画なの?」
私未だによく分からないんだけど、とやや復活したエノーラに問いかけられ、チェチェリアが死んだ目をして首を横にふった。知らない。聞くな。そして恐らく真実は分からないままの方が私たちの心は平穏でいられる。絶対にだ、という仕草に、レディがまあそうよねぇ、と溜息をつく。
「だって年齢差が犯罪だし。自分の教え子より年下ってどうなのって感じ。メーシャくん十六歳で、リトリアちゃん十五じゃない……? ……あっやだ私怖いこと思い出しちゃった聞いてくれない? 言うね?」
「聞いてくれない? って問う意味あったのか今」
「私の心にワンクッション置いただけ。心の準備大事」
呆れるロリエスに真顔でそう言い返し、レディは重々しく、それを言った。
「あのねこないだ私ちょっとストルに聞いてみたの。リトリアちゃんのことどう思う? って」
「うんうん、それで?」
うふふと楽しそうに促すパルウェに、レディはふと視線を反らした。
「世界で一番可愛いと思ってるって……」
「……微妙」
その返事だと妹的なのか娘的なのかはたまたか確定できない、と告げる女性陣に、レディは言った。続きがあります。
「というか会話としてはその前なんだけど。リトリアちゃんが夜這いしに来たのって言ったらどうする? って聞いたのね」
「お前たちはなんの会話をしてるんだ」
「いやちょっとその場のノリなのだからそんな目で見ないでロリエス。……えっとだからそう聞いたらね?」
うん、と思わず無言で促す同年代の女性たちに、レディはやや青ざめた横顔で、ぼそり、と言った。
「あの男、男の怖さを知らずに言うものではないな。朝になったら部屋まで送るが? ……って」
にこ、とエノーラが笑顔になり、口元を押さえてパルウェが笑いに吹き出し、チェチェリアが彼方を見つめる眼差しになり、ロリエスが首をふって頭に手を添えた。だよねぇ、と心底同意しながら、レディはどう思う、とあえて問いかけた。エノーラが真っ先に答える。それアウト。
「えっ、えええええつまりなにそれやっぱり、やっぱり……?」
「……まあ、猟犬のような目をしていたからな、ストル」
「あ、それって流星の夜の? リトリアちゃんがストルに遭遇しちゃったっていう」
あれは間違いなく男の目だった、と告げるチェチェリアに、レディとエノーラが双子のようにそっくりな表情で、うわぁ、と言って首を振った。
「まあでも大丈夫よ。ストルも一応、未青年には手を出さない……うわあああああああ怖いことに気がついちゃったリトリアちゃんもう十五歳過ぎてる! そうだあの子! 卒業してたうっわあああああああ」
「えっねえツフィアに連絡した方が良いんじゃない……? リトリアちゃん手篭めにされちゃうよって」
「というか私そもそもの疑問なんだけど」
先輩だったらご存知かなぁ、と本気で意味の分からない表情で、訝しげにエノーラが言った。
「リトリアちゃん、なんでストルとツフィアに嫌われちゃったとか思いこんでるの? ありえなくない?」
「……私、もしかしたら理由かなぁっていうのを知ってるけど」
ううん、と思い悩む表情でレディが言う。でも確かにちょっとおかしい気がするよねぇ、と。訝しみ、考え込みながら視線を流した先、リトリアはようやくソキの座っているソファに辿りついて。こんばんは、とでも告げたのだろう。予知魔二人が顔を見合わせてくすくすと笑うさまは、とても平和で、可愛らしいものだった。