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 ソキの旅日記 三十八-三十九日目

 ソキの旅日記 三十七日+三十八日目
 昨日、ソキ、ついうっかりして日記を書くの忘れてしまったです。反省。
 なので、今日、二日分書くことにしますですよ。

 昨日は、一日、移動をする日だったんですよ。
 楽音寄りの、星降の首都の手前の都市から、首都へ向かって移動しましたです。
 ちょっと贅沢でしたが……ここまで書いたら、ニーアちゃんが
『ちょっと? あ、あれはちょっとの範囲に含まれちゃうのっ……?』
 って涙ぐんでしまったです。でも、角砂糖ぱくぱくしているですよ。
 ニーアちゃん、いっぱい食べるです。かわいいです!

 いま、ソキとリボンちゃんとニーアちゃんがいるのは、お城へ向かう大通りにあるお茶やさんです。
 ソキはケーキとお茶を頼みましたです。お茶について来たお砂糖を、リボンちゃんとニーアちゃんでわけっこです。
 一休みしているんですよ。
 今日の朝はやくに、ソキたちは首都へつきました。
 一日半かけてじっくり移動したので、ソキもなんとか体調もったです。

 ……もったですよ。ソキ、体調あんまり悪くならなかったですよ。
 ちょっとだけ風邪っぽかったですが、お宿を借りてお昼まで寝たら、ちゃぁんと治ったじゃないですか。
 ね?

 ……リボンちゃん、ニーアちゃんに角砂糖投げて八つ当たりしちゃいけませんですよ。
 だめですったら。ニーアちゃん泣いちゃうじゃないですか。
 あ、でもニーアちゃん、投げられたお砂糖受け取ってぱくぱくしています。
 リボンちゃんの優しさは、ちょっぴり乱暴さんだと思(ペンが横合いから蹴られたように、変な線が引かれている)



 続き! お城へ移動しましたです。
 またリボンちゃんが邪魔するといけないですので、リボンちゃんとニーアちゃんが、
 王宮魔術師の皆さんとなにかお話している間に急いで書いてしまうことにするです。
 今日はこのあと、夜になったら次の都市へ移動するですからね。

 ……なんか、王宮魔術師さんたちが盛り上がっているのですが。
「マジで? それマジで言ってんの? マジ話なの盛ったりしてないの? え? ホントに? ほんとに? 本気で言ってんの?」
「あ、じゃあ属性の賭けしませんか? そこまで風に愛されてるなら、絶対に風属性だと思います!」
「これで属性が火とかだったら、全自動火災発生器じゃないですかやだー!」
 こんなことを言ってるです。
 ソキにはよく分からないお話ですが、ニーアちゃんがきゃあきゃあ楽しそうにしているので、あれはきっと『ナリちゃん』のことをお話しているですね。
 ナリちゃん、というのは、ニーアちゃんが案内する入学予定者さんです。
 ふふ、ソキの同級生さんですよ! ソキ、同級生さん、はじめてです!
 あれ? なんかリボンちゃんがげっそりした顔して飛んできましたです……。



 ぱたんと慌てた様子で日記を閉じたソキに、妖精はうんざりとした目を向けて息を吐きだした。アンタまた変なこと書いてないでしょうね、と言ってやりたいが、いまひとつ、その元気が出てこない。背後ではソキの到着を知って集まった、暇を持て余してなにかをこじらせている王宮魔術師たちが、っていうかそれナリアンじゃねーの、という呟きを最後になぜかしんと静まり返っているが、気を払う精神の余裕がなかった。リボンちゃん、と不思議そうに囁かれ、差し出されたソキの両手の上へ、ふわりと着地する。
「どうかしたですか? 疲れちゃった? ……なんか、静かになったですが、なんのお話していたです?」
『なんの話って、ニーアのノロケ? それ以上でもそれ以下でもないわよ。……アンタ、また日記書いてたの?』
 休めって言ったでしょう、と咎める妖精に、ソキは長椅子に腹ばいになった状態で、うふふ、とくすぐったそうに首をひっこめて笑った。妖精はてっきり、城に一泊して体を休めて出発するもの、と思っていたのだが。ここへ来る道で、ソキは夜に馬車があるから乗りましょうね、とほんわりした声で言った。こんなにも連続した移動は初めてのことで、妖精は困惑を隠せず、けれども上手く問うことができずに、出来る限りの範囲でソキの体を休めさせた。もう、あまり日数に余裕がないのは確かなのだ。普通に移動しても、星降の城へ期日ぴったりに到着するくらいなのだから。ソキの使う馬車の移動速度は、遅い。都市から都市へ、泊まらずに移動してようやっと、通常と同じくらいの日数になるだろう。
 それが分かってやっているのだとしたら、ソキの判断は非常に正しいことになる。だから妖精は、ソキを上手く止めることができない。止める理由が、ない状態なのだ。少女の体調はなんとか持ちこたえていて、すこしばかり崩れると、恒常魔術が瞬く間に発動した。ううん、と難しい気持ちで妖精はソキの目を覗きこむ。ぱちぱちと瞬きをして、ソキは妖精の眼差しに首を傾げ、言葉を発さずに見つめ返してくる。その瞳に、浮かぶ感情は、今は穏やかだ。城に到着し、王宮魔術師たちが集まってくるにつれ、ふっとソキの体から緊張が解けて行った。
 なにが怖かったんだろう、と妖精は思う。なんで、怖くなくなっているのだろう。それを問いかけようと妖精が口を開いた時、背後から、王宮魔術師たちの悲鳴に近い声が上がった。
「てゆーかそれナリアンじゃないですかやだあああああ! え、なにナリアン、入学するのっ? 魔術師のたまごだったのっ? それで今から迎えに行くのっ? え、えええええやだあああ私もついてくー! それでっ、それで気がつかなかったとかじゃなくて、えっとえっと、す……スタイリッシュ無視! そう、今流行のスタイリッシュ無視してみただけだからって言ってくるから待ってちょっと待ってええええ! ちがうのおおおお!」
「誰だよナリアンのアレやったの、通りすがりのどっかの王宮魔術師じゃないですかとか言ったの! 王宮魔術師は普通、市街を通りがからねぇよ! というか、通りがからねぇよ! あああああ、なんで治療に行った時気がつかなかったんだよ俺ー! そうだよ、あんなことできるの魔術しか……自分で発動させる魔術しかないじゃねぇかよく考えたら! よく考えないでも! うわあぁああ気がつけよ俺えええぇええ!」
「やあああんっ、これでまた皆に馬鹿にされるじゃないですかぁー! 『これだから花舞は』とか、『花舞、マジ花舞。頭の中にお花咲いてる的な意味で』とかっ、『花舞の王宮魔術師ってアレでしょ? ボケとツッコミでいうとボケしかいないんでしょ?』とか、『ツッコミが所属すると過労死するからボケしかいない。それが花舞の王宮魔術師』とか、『ロリエスのスルースキルが年々恐ろしい勢いで磨かれてる理由が分かった、というかロリエスもあれでボケてる所があるからやっていけてる』とか、言われるんだわ……!」
 集った王宮魔術師、全員が涙ぐんで絶叫し、頭を抱えてその場にしゃがみこむという大惨事に、ソキはのんびりと言った。
「ねえねえ、リボンちゃん? ナリアン、っていうのが、ニーアちゃんの、ナリちゃんさん、のことなんです?」
『アタシが知るもんですか』
「……他の入学予定者さんのことって、リボンちゃんたちにはお知らせされないんです?」
 ちょっと陛下に許可取ってくるから動かないで待っててっと半泣きの王宮魔術師が部屋を飛び出して行くのに、いやでも陛下には資料行ってる筈だしさぁ、こないだナリアンの報告書出した時に読んで机に突っ伏してぷるぷる震えながら笑っておつかれさま、としか言ってくれなかったのってアレさぁ、と残った者たちが遠い目をしながら身を寄せ合うのをちらりと眺め、妖精は腕を組み、ソキの手の上でふんぞりかえった。
『知ってるわよ? 他の入学予定者のことなんか、ほとんど、全部!』
「……たとえば?」
『アンタの他にあと三人居て、全員男で、みぃんなアンタより年上』
 指折り数えてそういった妖精の言葉は、それで終わりのようだった。ソキが待てど暮らせど、続きは一向に出てこない。そぅっと、お名前とかは分からないんですか、と問うたソキに、妖精は不機嫌そうな面持ちで言った。
『名前なんて、アタシが迎えに行くアンタのが分かれば十分だと思わない? アタシは思う』
「つまり、他には……なんにも分からないんで、やあぁんっ! リボンちゃん、髪の毛ひっぱるのやぁー!」
『なによアンタなんか文句でもあんの? ないでしょ? ないって言いなさい、ないって!』
 ないですないですぅっ、とソキが涙ぐんでぴいぴい叫ぶのと、出て行った王宮魔術師がすさまじい勢いで部屋へ戻り、陛下が許可くれなかったああああ、と床にぺしゃりと倒れるのはほぼ同時だった。おかげで王宮魔術師たちは誰一人としてソキと妖精の小競り合いに気がつかず、好き勝手に絶望しては頭を抱え、壁を叩いたり床を転がったり窓から飛び立ちたがったりしている。ただの大惨事である、と妖精は冷たい目で室内を眺めやった。この王宮の魔術師どもは、いつ来てもちょっとおかしい、というか、うるさい。
『ソキ』
「はぁい?」
『一段落ついたら出発するわよ。ニーアも、分かったわね? いつまでもそんなのと遊んでるんじゃないの!』
 はい分かりました先輩っ、と背をぴしりとただしたニーアが、びっくりした声で返事をする。ニーアが飛ぶ足元では、屍累々、という言葉が見え隠れするような態度で、王宮魔術師たちが落ち込んでいた。各国の城へ立ち寄ったからこその感想として、ソキは花舞の魔術師たちをじっくりとみつめ、物珍しそうな声でしみじみと呟く。
「花舞の王宮魔術師さん、一番元気です」
『……そう、アンタはこれを元気の一言で片づけるつもりなの……』
 くらくらと眩暈を感じて、妖精はソキの手の中でしゃがみこむ。ふわふわと飛んで来たニーアが、心配げに首を傾げて先輩、と呟いた。なんでもないわと言ってやりながら、妖精はふわりと飛び立ち、ソファから身を起こすソキを見つめる。もう出発するつもりなのだろう。復活できていないでいる王宮魔術師たちの元へてちてちと歩み寄り、ソキはそれではまたいつか、とぺこりと頭を下げている。そして、ソキが待っている妖精たちを振り返る、その一瞬で。ふ、と硬質な陰りが、少女の感情を覆ったのを妖精は感じ取る。緊張した態度で歩んでくるソキに、妖精は口を開きかけて。留まってもいいのよ、言いかけて、止めにした。
「リボンちゃん、ニーアちゃん」
 行くですよ、と立ち止まったソキが呼ぶ。妖精は頷いて、その後を追った。



 さらに続き。
 首都から、移動する馬車に乗りましたです。
 夕ご飯は屋台で買った揚げパンと、あったかスープと、お野菜です。
 ソキ、かいぐいというの、ちゃぁんとできるようになったですよ!

 次の都市についたら、ニーアちゃんとはお別れ。あともうすこしだけ一緒です。
 でも、また、学園についたら会えるですよ。
 さびしくないですよ。



 ソキの旅日記 三十九日目
 夕方、次の都市に到着して、ニーアちゃんとお別れしましたです。
 お見送りをして、一休みしながらこれを書いています。
 お泊りするか、移動するか、ちょっと考えてるです。
 頭が痛いです。リボンちゃんは、ここで一回ちゃんと休みなさいって言ってるです。



 でも、と書きかけたソキの手元に、ふと影が落ちる。はっとしてソキが顔をあげるより早く、しとやかな声が耳元で囁いた。
「こんな所でなにしてるの? ……ソキちゃん」
 かわいい、かわいい。お人形、さん。くすくす、からかうような笑い声に、ぶつりとソキの意識が断ち切られる。妖精が異変に気がつく間もなく意識を失ったソキの体を、白くほっそりとした腕が抱きとめた。あら、と困惑の呟きをもらしたのは、白い腕のあるじ。ほっそりとした体付きの、華奢で儚い印象をふりまく、女性だった。その面差しは、すこしだけソキに似ている。金の絹糸のようなまっすぐな髪に、ソキとは違う、華やかな金の瞳をしていた。女性は一人ではなく、傍には護衛らしき格好をした男が何人も控えていて、女主人の腕の中で気を失うソキを心配そうに眺めている。その誰にも、妖精の姿は見えないし、ソキに触れるな、という声も届かない。
 けれども、女性はすこしばかりうるさそうにほっそりとした眉をしかめ、ソキをぎゅぅ、と抱きしめながら告げる。
「このこを、わたくしの屋敷へ連れていきます。……久しぶりに会う、わたくしの妹なの。まあ、どうしてこんな場所にいたのかしら」
 このこはあの家から出られない筈なのに。くすくす、笑いながらそう告げ、女性は護衛にソキの体を抱き上げさせると、待たせていた馬車にゆったりと歩いて行く。ソキ、と何度も妖精は呼んだ。耳元で、何度も、その名を怒鳴った。血の気の引いた面差しに、意識は戻らず。馬車はゆっくり、走り出した。

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