軍事訓練だと思えば耐えられるっ、と決意してしまったギルベルトの腕を両脇から掴んで止めたのは、エリザベータとローデリヒだった。そこは耐えなくて良い所だ。むしろ許す訳には行かなかった。ローデリヒの隣でルートヴィヒが、そうか訓練か、と兄の言葉に納得してしまった。早まらないように、本気泣きしかけているヴァルガス兄弟が椅子の前後からルートヴィヒにしがみつき、身動きが出来ないように拘束する。
前からがフェリシアーノ、後ろにくっつくのがロヴィーノだ。フェリシアーノは青白い顔でだめだめだめだめっ、と必死に首を振りながら訴え、ロヴィーノはお前なに考えてんだ軍事馬鹿信じられねぇ、と呻きながらルートヴィヒの服をぎゅっと掴んでいる。どちらも振り払おうと思えばたやすくできそうだったが、ゲルマンの血はヴァルガス兄弟に乱暴が出来ないのだ。いわく、まあたぶん兄上の影響だろうけど、である。
この光景でなければ楽園だと叫んだものをっ、と握りこぶしで耐えながら、菊はなるべく浅い息を繰り返しながら視線を横へと送った。亜細亜の血特有の黒い瞳でありながらも、菊の視線を受け止めるそれはどこか黄金のきらめきを秘めている。耀(ヤオ) さん、と意図せず半泣きの声で名を呼べば、相手はやや言葉に詰まったようだった。この場で名を呼ばれる意味は明白で、わざわざ言葉で求められずとも分かる。
しかし可能であるか不可能であるかも、誰の目からであろうと疑う余地はない。無理あるね、とぼそりと呟いた耀に、菊はテーブルの下にで見えない位置を選んで服の裾を掴み、くいくいと引っ張りながら懇願する。仕草は可愛らしいが、目が引くくらいに本気だった。お願いします、と弱々しい声が耀にささやく。
「お願い、お願いします……にーに、にーになら出来るでしょうっ?」
「こういう時ばかり甘えてくるんじゃねぇあるよっ……! い、いくら我でもこれは不可能あるねっ」
「なんか、なんかないんですかっ。中国四千年の秘儀とかでなんかあぁっ」
もうなりふりかまっている余裕がないのだろう。かつての師と盟友が覚悟を決めてしまったことも焦りに加速をかけさせたのかも知れないが、追い詰められた菊からは普段の落ち着きが消えてしまっていた。じわじわと浮かんでくる涙を袖で拭ってやりながら、耀は歴史の長さを感じさせるゆったりとした微笑みで、清々しいほどにきっぱりと告げた。
「菊。炭だと思うある。炭だと思えば食えるあるよ」
「炭じゃねぇよスコーンだよ」
「せめて『元』を付けるよろし。我の目から限界まで好意的に見て、それは『炭化した元スコーン』あるね」
不本意そうに紅茶を飲みながら言ってきたアーサーに、耀はため息交じりに言い聞かせた。お願いだから味見をするか、スコーンに対する正常な味覚を身につけてから持ってこいと言いたくなる。ちょっと焦げただけだろ、とむっとした表情で呟いたアーサーの手が、自作のスコーンに伸ばされた。そのままひょい、と口元に持っていき、アーサーはそれにはくりとかぶりつく。誰もが予想した、鉱石の音はしなかった。
もくもく、特に堅いものを含んでいる動きでもなくアーサーの顎が動き、こくりと小さな音を立てて飲み込まれる。菊と耀がいくら凝視しても、血を吐くだとか咳き込むだとか、そういった動きは見られそうにもなかった。数秒間動きを止め、亜細亜二人があれ、と目を見交わす。仲良く左右対称に首を傾げて考えていると、意味の分からないこう着状態に陥った茶会に向かって、いくつか軽やかな足音が近づいてくる。
それを聞いただけで、アーサーが不思議そうな表情で顔をあげた。直後、ノックもなしに部屋の扉が騒がしく開けられて、元気な影が飛び込んでくる。
「アーサー! お腹すいちゃったですよっ。原材料が食物であれば我慢してやるので、なにか食べさせろですよー!」
「チョリース。あれ、菊兄様に耀兄様……ティータイムでしたか? 一部顔色が青白いです」
「ちょっ、まゆげー! お客様にスコーン出さないでくださいって、あれほど言ったじゃないですかっ……!」
飛び込んできた三人のうち、いち早く状況を理解したのはセーシェルだった。大皿に山盛りにされた黒っぽいなにかを見るなり、スコーンだと判断を下すのは英連邦ゆえだろう。香はお腹が空いたと騒ぐピーターの口に飴玉を放りこんでやりながら、弟分と繋いでいない方の手を伸ばして頬を膨らませるセーシェルに触れた。シェリ、と甘く響く呼称にセーシェルはピーターと繋ぐ手に力を込めてしまうが、抗議は響かない。
飴玉を口の中でころころ転がしながら、ピーターは二人に手を繋がれて嬉しげに笑ったまま、青い春なのですよ、と訳知り顔で頷いた。意図せず茶会参加者全員の視線を集めてしまいながら、香は優しい手つきでセーシェルの頬を撫で、ごくわずかに眉をしかめて言い放つ。
「シェリ、お客様の前だ。アーサーをそんな風に呼ぶのはnoだ。OK? my
princess」
「……うぃー」
逆に考えれば身内だけなら悪口めいた呼称も許されるということなのだが、セーシェルにそこを突っ込む気力は残されていない。視線を彷徨わせながらこくんと頷けば、香はそぅっと目を細めて微笑んだ。見ている方が恥ずかしくなりそうな笑い方に、菊は思わず深呼吸をしながらアーサーを呼ぶ。慌てず騒がず気にせず、スコーンをもくもく食べていたアーサーは、深刻に響いた呼びかけに不思議そうな目を向けた。
「なんだ、菊。あ、スコーン食べる気に」
「善処します。そうではなくてですね、香君とセーシェルさんは、あの……?」
「ちょっと前にカオルから『恋ってなんですか? 教えてください、お願いしまwish☆』ってメール来たけど。相手は聞いてない。ちなみに、告白したとも聞いてない。デートしたとも聞いてないが、あいつら年中二人で出歩いてるしな、ピーター?」
アーサーから問いを向けられ、亜細亜二人から反射的に真剣な目を向けられても、ピーターはごく普通の態度だった。目つきや顔で怖がるなら、北欧にホームステイは出来ないのである。二人ともすんげえ仲良しではあるのですよ、とため息交じりに呟いて、ピーターはアーサーを眺め、それから菊と耀の顔を見比べた。
「カオル兄ちゃんが紳士的なのはアーサー似ですけど、空気読めても天然なのは誰似なのでしょうねぇ」
「ちょっとアーサーさん。ちゃんと責任取ってくださいね?」
「なんで俺なんだよ。カオルの元々の性格だろうがあれは……カオル、茶席でいつまでも立ってるな」
座れ、と指の動きだけで椅子を示されて、香は素直に頷いて謝った。ひょい、と片手でピーターを抱き上げ、もう片方の手でセーシェルを優しくエスコートする。セーシェルは慣れた動きで椅子に座り、カオルはピーターを抱き上げたままで腰かけた。それをアルフレッドやマシューがするなら身長的にも体格的にもしっくりくるのだが、亜細亜の中でも大柄ではない香では、ピーターの頭で視界が全部埋まってしまう。
ピーターも、それをよく分かっているのだろう。行儀よく香の脚の間に座り込みながら、体を反転させて首を傾げた。
「カオル。僕は一人で座れますですよ?」
「マシュー兄の真似だ。良いから静かに座っていて欲しい」
「僕はクマ次郎さんでもクヌートでもないのですよー。もー、カオル兄ちゃんはしょーがないですねー」
口では文句を言いながらも、無理に離れたりするつもりはないのだろう。溜息をついて前を向いたピーターは、体をやや斜めにして頭が香の肩に当たるように座りなおした。ぐりぐりとあごや頬を擦りつけられたピーターは、甘えるじゃないですよー、と笑い交じりの声をあげる。その間にセーシェルがティーポットと予備のカップ、ソーサーに手を伸ばし、三人分の紅茶をついで前に並べていく。スコーンも皿に取られた。
一人二個のノルマを与えられた英連邦たちは、それぞれに形容しがたく嫌そうな顔になりながらもスコーンを手に取り、口にする。ごくり、と息をのんで茶会の出席者たちが見守る中、いち早く飲み込んだ香は平然とした顔で言い放つ。
「甘すぎです、アーサー。砂糖の入れ過ぎで焦げるから、控えてくださいって言ったじゃないですか……あ、言っときますが食べられますよ? ぱねぇ黒さなのは表面が焦げてるからと、チョコチップにしようとして板チョコ切ってたら加減が分からなくて粉っぽくなっちゃったのを、まあいいかで混ぜたら生地全体がブラックチョコレートの色に染まったけどまあいいか、で焼いちゃったせいですから。まあ、焦げて苦いですが」
「プレーンスコーンが食べたいですよぉ……なんでいっつもチョコ味なんですかぁ」
「チョコレート好きすぎにも限度があると思います……甘い。ニキビできるじゃないですか。どうしてくれるんですか」
文句はきっちり言いながらも、それが英連邦の証だとでも言うように三人はスコーンを食べきった。美味しくはない。しかし、食べようと思って食べられなくもないのがアーサーのスコーンだった。初期状態よりはだいぶ進化してますけどね、と遠い目をして香が呟き、そういえば、と首を傾げる。
「なにごとっすかこのメンバー。つーか会議してたんじゃ?」
「会議はしていたのですが。終わったので、休憩して帰ろうと思いまして。耀さんをお誘いしたらフェリシアーノ君とロヴィーノ君がやってきて、では一緒にと言った所でお師匠さまが俺も行くと付いてきて、ルートヴィヒさんがそれを止めようとしていたらエリザベータさんとローデリヒさんが加勢に来てくださいまして、そうしているうちにフェリシアーノ君が皆で行けば楽しいよ! と言った所でアーサーさんが通りがかりました」
「……紅茶は美味いんですけどね。どうもご迷惑おかけしました」
うちの親が本当に、と言いたげにぺこりと頭をさげた香に、ピーターとセーシェルが続く。アーサーが若干涙目でふるふるしているのは、三人とも華麗にスルーだ。いいんですよ、と孫の成長を見守る祖父の表情でにこりと笑い、菊はそれにしても、とやんわり目を細めた。
「香君、会議に来ていたなら教えてくれればよかったのに。耀さんはご存知でしたか?」
「知らなかったある。ったーく、英連邦ばかり出歩いて。たまにはこっちにも帰ってくるあるよ?」
お前は英連邦に関わりがありつつも、こちらでも家族なのだから。言葉に秘めて伝えられたぬくもりに、香は口元を綻ばせて頷いた。そのままにこにこ笑いあう菊と耀、香はやはり顔立ちが似ていて、並べば血縁だと一目で分かるだろう。ようやく和やかに落ち着いた席で、ギルベルトはぐったりと椅子の背にもたれかかる。
「……アーサーのスコーンて食えたんだな。知らなかったぜー」
「止めておきなさい、お馬鹿。あれで育てられた英連邦と違って、貴方はまだ体調も万全ではないのですから」
「そうよ。まあ、出してくるのに気が付かないで、止められなかった私たちにも非はあるけれど」
口では食べられると進めつつ、英連邦は被害を拡大させる気がないらしかった。すでにスコーンの盛られた大皿を前まで引き寄せ、好き勝手に食べ始めている。表情を見る分に、美味しくはなく甘すぎだが愛で食べられないこともない限界域、ということだろう。一応、食べ物の範囲には収まっているらしかった。それでも、ギルベルトが口にしていいものではない。男の額に手を押し当てて、エリザベータは息を吐く。
「ああ、もう。微熱じゃないの。アンタってばどうして静かにしてられないのよ」
「フェリちゃんとロヴィちゃんがお茶するって言うんだぜ? 菊も居るから、俺だって参加してぇ」
「紅茶でもコーヒーでもクーヘンでもトルテでも、ひよこさんクッキーでもひよこさんスフレでもお好きなものを作って差し上げますから、体調が悪い時は家にお帰りなさい。大体どうして会議にくっついてくるんですか?」
終わったら見舞いに行くから家で寝ていなさいと言っておいたでしょう、と怒られて、ギルベルトはぷーと頬を膨らませた。こども、と言われながら頬をエリザベータに潰されて、ギルベルトは口の中でもごもご呟く。
「……家に一人でいたくなかったんだよ」
「ことりさんが居るじゃない」
「ことりさんはエリザとローデリヒじゃねぇもん」
エリザとローデに会いたかったんだもん、とむくれて主張するギルベルトの口調は、すでにこどもだった。つまり家に一人で取り残されるのが嫌だし、エリザベータとローデリヒにも会いたいし、で無理にくっついて来たらしい。会議中静かにしていてすこし体力が回復したから、調子に乗って出歩いていたらお茶しそうだったので、混ぜて貰いたくなったのだろう。ぐっ、と言葉に詰まりながらも、ローデリヒは厳しく言い放つ。
「では、スコーンを食べようとしたのはどういうおつもりです」
「本人が食物だと主張するものを、出されて口もつけないのは礼儀に反するって親父が言ったっ!」
「大王……! 正しいは正しいですけれど、なんという教育を……!」
主張、の辺りで明らかにアーサー一点に絞った教育だというのが分かるが、恐らく、同盟国の機嫌を損ねない為の措置だろう。プロイセンがイギリスと手を組んだ当時の戦相手は、主にハンガリーとオーストリアだった。二重の意味で頭が痛くなりながら、そこまでしなければいけなかっただなんて、とローデリヒは息を吐く。アーサーのものすごく不満げ、かつもの言いたげな視線は、分かっていて完全無視だった。
ちょっとうちのギルを睨まないでちょうだい、と視線を険しくしてエリザベータが口を開く。
「大体、アーサー? 菊さんにお茶の用意してって言われたのに、どうしてお茶菓子の用意までするのよ」
「お茶菓子は準備しますので、アーサーさんはお茶を淹れてくだされば嬉しいです、っていうから。手伝おうと思って」
日本特有の柔らかな言い回しが、逆に不幸を呼び寄せたらしい。そこはお茶だけを淹れさせるべく厳しく言い放つか、さもなければ最初からなにもさせないのが正しい。準備を任せて、惨劇が用意されるまで気が付かなかったエリザベータが言うのもお門違いではあるのだが。菊さん、と恨めしげな声でエリザベータに言われて、食事が美味しい方の島国はくるりと視線で円を描いた。えっとですね、と言葉がもれる。
「私としては、それで十分だと思ったのですが。遠回しで十分に伝わらなかったようですね」
「菊のトコの表現は遠回しが多いから、それを熟知してる相手じゃないと真意が伝わらねーあるよ。『〜してくだされば嬉しいです』で、『それだけやってろ』と受け取らせるのは、ちょっと上級向けある。反省したか?」
「しました。私としては、どうして耀さんがそこまで我が国の表現を理解しているのかとも思い……ませんっ!」
途中で、嫌な予感がしたのだろう。とっさに言いなおした菊の言葉は聞かないふりで、耀の目がすぅと細められる。くすくす、と喉の奥で響かせる笑いは、しっとりとして艶やかだった。ばっと耳を手で塞いだ菊の腕を、そう力を入れているとも見えない動きで外させて。耀は強張った菊の耳元に唇を寄せ、これくらいの例えにしておおき、と笑いながら囁いた。
「菊。『月が綺麗』あるね?」
「……っ! な、なんでそれ知って……し、知ってたんですかっ?」
「我が知らねー訳がないある。菊は本当に素直じゃない、可愛いコね」
顔じゅう真っ赤にした菊は、そのまま耀に向かって倒れ込んだ。ごつ、と頭をぶつけられても痛いそぶりも見せず、耀はくすくすと笑いながら菊の髪を撫でている。なんとなく理解した顔つきでにやけるエリザベータと、知っているからこそ呆れ顔で沈黙するアーサー以外、誰も耀の言葉と菊の反応を理解できなかった。はいはい、はーい、とぱたぱた手をあげるピーターに、耀は案外優しい目でなにあるか、と笑う。
時々あえて空気を読まないピーターは、菊がなんだか死にそうなのを見なかったことにして問いかけた。
「今のはどういう意味なのですかー? ピーターにも分かる言葉で教えるですよー」
「T love youの和訳ある。むかーしの日本人には、loveは表現が強すぎたあるよ。遠回しに、控えめに。それが日本語の心ある。よって、恋い慕う相手と月を見て綺麗だと思う、そのはがゆくも温かい、慈しみの心をその言い回しに当てはめて訳したある。そうだったな? 菊」
「……『わたし、死んでもいいわ』とした方もいらっしゃいますけどね。私、今死にそうですけれどね。なんですかこの公開羞恥プレイ」
私のライフはとっくにゼロですよもうやめてくださいお願いします、としくしくめそめそした声で告げる菊の主張を、耀は笑って撫でるだけで受け付けなかった。逃げられないことを悟った菊は、私今からさなぎになります、と言って布がたっぷり使われた耀の服をひっつかみ、もぞもぞとその中に隠れてしまった。もう自分の視界から消えればいいことにしたらしい。じゃれあう亜細亜をじっと見て、ピーターはうん、と頷いた。
それから身を反転させて、ピーターはまだスコーンを食べている香を見上げる。香は長兄たちのじゃれあいに若いなぁ、と言いたげな視線を向けていたが、すぐに気が付いてピーターと視線を合わせて来た。どうした、と問われるのに、ピーターはいっしょうけんめい考えて口を開く。
「あのですね?」
「うん?」
「まーっくらな道を、一人でおうちに帰ってる時にですね?」
突然の言葉に、香は意味が掴めなかった。それでもなにかを伝えたいのだろうな、と思ったから、特に言葉も返さず頷いてやる。ピーターはぎゅぅっと眉を寄せて考えながら、まっくらで誰もいなくてそれでも歩かなきゃいけない時にですね、と言葉を続けて行った。
「マシュー兄ちゃんは、向こうからかけてきて、僕のこと抱きしめて一緒に手を繋いで帰ってくれるのですよ。アーサーはきっと、家をぴかぴかに明るくして門のトコで待っててくれるですよ。シェリ姉ちゃんは、あったかい飲み物を用意してくれてて、毛布でぎゅぅってしてくれるです。カオル兄ちゃんは、そういうんじゃなくて……まだマシュー兄ちゃんがきてくれるまえの、一人で寂しい時の、お月さまの光みたいです」
「……ピーター?」
「暗くて怖いの、なくしてくれるですよ。道も明るくてよく見えるから、なんかドキドキすることも見つけられるかも知れないです。夜に一人で歩くの大丈夫になっちゃうかもしれないのですよ。怖くてメールした時に時差があっても、カオル兄ちゃんは月が明るいから大丈夫って、教えてくれるのですよ。暗くて静かな夜が怖かったら、爆竹いーっぱい鳴らしてその音が怖いくらいにしてくれるのですよ。大騒ぎでお祭りですよ」
分かりますですか、とにこにこ笑いかけてくるピーターを、香はそっと抱きしめた。遠回りな言葉で、伝えてくれるのはたくさんの好意だ。照れ隠しに強く抱きついてくるピーターの頭を胸に抱き寄せて、香は目を閉じて言う。
「ピーターは、sunshineだ。太陽の光……気が付けば、本当は教えて育てられている」
「そ、そんなことないですよー。でも、おひさまの光は嬉しいです!」
「……私はなんなんですかー」
貴方は私の太陽、は恋人によく言うフレーズだってフランシスさん言ってましたよ、と。やや唇を尖らせたセーシェルは不満げだ。香はゆるく首を傾げて笑い、決まってる、とさらりと告げる。
「You're my only shinin star.my princess」
「……ならいいです」
「……ふたりとも、はやく好きって言っちゃえばいいのですよー」
それだけは遠回しじゃなくてちゃんと言わないとダメなのですよー、と若干死んだ目でぼそっと呟くピーターの声は、二人に届かなかったらしい。それぞれから問いかけの視線を向けられて、ピーターはふるふると首を横に振った。