「トーリスさん、お電話です! はい」
「ありがと、ライヴィス。誰から?」
「すみません、それが……トーリスさんあて、ということはなんとか聞き取れたんですけれど、電話口が相当騒がしくて……でも『国』の屋敷にかかってくる直通電話だから、多分トーリスさんのお知り合いですよ」
「うーん……?」
「あ、すみません。僕もう行きますね。イヴァンさんに呼ばれてて……」
「ああ、いいよ。電話、どうもありがとう」
「いいえ。それでは」
「……さて、と。……お待たせしました、トーリス・ロリナイティスです。申し訳ありませんが、どちらさまでしょうか?」
「……え」
「……え! ちょ、え、うそ、ホントっ? ほんとに、本当に……? ……なに、今何処にいるの?」
「うん。……うん、ワルシャワ? もう皆にちゃんと見えるの? うん、うん。……そっか、それでお祭り騒ぎになっちゃったんだね。いやピンクはダメだから」
「いや意地悪とかケチとかそういう問題じゃなくてさぁ! だって首相の机がどピンクだったらマズいでしょうっ? 可愛いのは分かるけど、でも塗っちゃダメだってば! 今だったら許されるかも知れないとかそういう問題でもないから! ダメだから! 俺んちの首都がワルシャワになるのも駄目だけど!」
「うん? ……うん、うん、そうして。自分の机ならね、なんとかね、うん。……はいはい、分かってるよ」
「でも自分で言いなよ。ギルベルト、きっと喜ぶよ」
「うん。元気でやってるみたい。今度一緒に、会いに行こうか。俺が一緒なら頑張れるでしょ? ……ん?」
「……うん、忘れてないよ。約束したもんね。パルシュキいっぱい持って、君に会いに行くよ」
ギルベルトは、ゆっくりと道を歩いていた。空はとてもよく晴れていて気持ちよく、風がどこからか花びらをさらって天に巻き上げていく。優しい表情でそれを見送り、ギルベルトは、また道を歩きだした。視線の先には、朽ちたベルリンの壁がある。崩壊から二十年が経過し、人々はそれを歴史的な重要文化財として保存することにしたそうだ。一度は歓喜の元に壊そうとしたくせに、喉元を過ぎて落ち着いたのか、今や残る壁はガラスケースに入れて展示する有様だった。
本当に長く生きると、なにが起きるか分からないものである。ギルベルトはため息をついて壁に背を向け、ホテルへ続く道を辿っていく。今日はそこで、『国』たちが会議を開いている筈だった。ギルベルトは、そこに参加する義務を持たない。『国』ではないからだった。この世界に、もうプロイセンの黒鷲が住む旗がひるがえる日は来ない。彼はこの世でたった一人の『亡国』だった。理由もなく、ため息がもれていく。
「……ひとり、楽しすぎるぜー」
すん、と鼻を鳴らしながらしょんぼりと呟き、ギルベルトはざわめきに呼ばれたかのように視線をあげた。ちょうど会議を終えた所なのだろう。ホテルから続々とスーツ姿の『国』がでてきて、そのうち何人かがギルベルトの姿を見つけだした。アントーニョとフランシスが馬鹿笑いをしながらかけてきて、ロヴィーノとアーサーは、それを呆れた視線で眺めていた。ルートヴィヒは数秒後にもみくちゃにされる兄の運命に同情を覚えたのか、目頭に指先を押し当てて沈黙していた。
傍らではフェリシアーノが笑っていて、菊もヤオも微笑んでいる。視線をさまよわせて、ギルベルトはすぐにエリザベータを見つけだす。あと数歩でギルベルトを捕まえる悪友と違い、女性はまだ、気がついていないようだった。ギルベルトは思い切り息を吸い込み、エリザベータの名を呼ぼうとする。
風が、花の香りを含んで吹く。もうすぐ春だった。