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 少女連続誘拐事件が、解決、とされてから一週間が経過した。街は厳戒態勢を解かれ、すっかり平和な日常が戻った、朝のこと。キリサトは眠い頭を叱咤しながら、ふらふらとヘリペリデフファイナンス本社のロビーを彷徨い歩いていた。白衣に仮面の奇異な少女に、外部から訪れた者はぎょっとした視線を向けるが、社員は慣れたものである。おはようございます、と声をかけたり、CEOのお迎えですか、と微笑ましく問われるのに、キリサトは眠すぎてただ頷くだけの反応を返しながら、太陽の光にぐぅっと腕を伸ばした。ふぁ、とあくびがもれて行く。全く、なんだってCEOのお迎えなんてものをしなければいけないのかと思うが、それも実は、キリサトの仕事のひとつなのである。キリサト技術主任に、CEOマイケル・グリーンが出社する時のロビーでの出迎えを命じる、と書かれた書類を発見した時は思わずシュレッダーにかけたが、次に見つけた時、命じる、のあとにカッコ書きで毎回、と付け加えられていたので、少女はなぜかその瞬間、全てを諦めてやる気になった。まあ、マイケルがキリサトに執着するのなど、今にはじまったことではない。マイケルがキリサトを見つけ、拾ってくれたあの日から、共にあると決めた瞬間から、どんなワガママでも受け入れる、と少女は決めたのだ。限度はあるが。出迎えくらいは可愛いものである。眠くて仕方がないが。眠すぎてつらつらとくだらないことを思い返す頭をあくびひとつで叱咤して、キリサトは太陽の方向に目を向けた。遠くに、白い雲が浮かんでいる。今日も晴天だ、と思っていると、ロビーがざわついたので、少女はそちらを振り返った。


 硝子が砕け、少女の体が吹き飛び、倒れる。


 キリサトから、じわじわと滲みだす血を目にして、受付嬢が悲鳴をあげる。弱々しく体を起こそうとした少女の腕が、血の花を咲かせて彼方から撃ち抜かれた。苦痛の声が上がり、キリサトの視線がCEOを探し、彷徨う。
「……マイケル! お願いっ……!」
 逃げて、と悲鳴染みた絶叫は、ロビーで起きた爆発にかき消され、響くことなく消えてしまった。ほぼ同時刻、七大企業の本社ロビーで、全く同じ事件が起こる。七大企業が同時にテロリストによって占拠される、悪夢の、それが幕開けだった。

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