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 私がシレーネであることをちゃんと証明することは、じつはとても難しいことなんです。私には自分がシレーネであるという記憶がありますが、記憶は記録として残らないし、シレーネという名前を持つ本人はすごく昔に死んでいるからです。死んでいるっていうのは戸籍上、死亡しているという意味で、私の両親が届けを出したからそうなっています。えっと、どこから、どこからお話すればいいかな……シレーネには、もちろん、両親がいました。妹と弟と……兄もいました。でも名前を思い出せません。誰の名前も。それくらい関わらなかったし、向こうもシレーネのことが大嫌いでした。シレーネがNEXT能力に目覚めたのは四歳の時で、本人はしばらく、そのことに気が付きませんでした。ただ、周りの人がなんでも言うことを聞いてくれるのはなんでだろうと、不思議には思っていました。目覚めたばかりの多くのNEXTがそうであるように、シレーネもまた、全く能力の制御が出来ていなかったのです。
 しあわせなことに、シレーネの能力は、そうと気がつかなければ分からないものでした。能力を一番分かりやすく言うと、声に出したお願いを、なんでも叶えてもらえる能力です。声に出して告げたことを、必ず聞き入れて貰える能力、です。洗脳状態にする、の、かな? よっぽどのことがなければ、相手にはNEXT能力で操られたことが分かりません。洗脳とか、催眠とかって、そういうものだと思います。そういうものを、言葉による命令で相手にかける能力。シレーネが目覚めたのは、それでした。ハンドレットパワーとか、そういう、分かりやすい名前があればよかったんですが、その時も今も、名前は付けられないままでした。その頃は皆そんな感じで、なんとなくこういうことが自分にはできる、と分かっていればよかったものですから、ちゃんと研究とか理解とか、しなかったんです。
 自覚したのは、周りがなんだかなんでも言うこと聞いてくれるなー、どうしてかなー、と思い始めてから半年くらい後だったと思います。半年してはじめて、青白く光った状態で能力が発動しました。それまで光らなかったんですね、なんでか知らないけど。能力が目に見えて分かるものじゃなかったからかも知れないんですが、とにかく半年たったある日、いきなり体が青白く光って、私は自分がNEXTだっていうことが分かりました。自分で分かったと同時、親にもバレました。風船が欲しかったんです。ショッピングセンターの前で配ってたりするでしょう? ああいう風船。欲しくて、でもシレーネは年のわりに背のちいさな大人しいこどもだったので、待っていても、いつまでたっても風船が貰えなくて。お姉さん、風船ちょうだい、って言ったんです。それがNEXTとして一番はじめの……命令、でした。NEXTとして力を使う時の私の言葉は、全部が命令になります。洗脳で、催眠で、命令なんです。
 シレーネは風船をもらいました。紐のついた、赤い風船。嬉しくて、やっと風船がもらえて、私は本当に嬉しくて……両親のもとに走って行きました。そうしたら、父親に殴られました。母親に、ばけもの、と言われました。両親は、シレーネの両親は……それまでも、なにか、おかしいとは思っていたのだと思います。どうしてこの子の言うことに逆らえないんだろう、なんでも言うことを聞いてしまうんだろう。そう思いながら、毎日過ごしていたんだと思います。不安で、でも、誰にも相談できないですよね。娘のいうことをなんでも聞いてしまうの、逆らえないのよ、なんて、甘やかしているとしかひとには聞こえないでしょう。どうしたって逆らえないのに。怖いことですよね。半年もずっとその状態で、どんなにか怖かったことでしょう。あの日、あの時から、私は両親のこどもではありませんでした。そういう目で見られなかったし、そういう風には育てられませんでした。風船をもらって、殴られて怒られて、それからどうやって家に帰ったのかは覚えていません。置き去りにされちゃったのかな、と思います。でも私は、家に帰れたんです。お金も持っていなかったけど、簡単だったと思いますよ。私は、ただその辺りに居る人を捕まえて、こう言えば良いだけなんですから。私を家まで送って欲しいの、って。
 そこから、えーっと、七歳くらいまでの記憶がすごくあいまいで、どうやって過ごしてたか思い出せないんですけど……次に思い出せるのが、いよいよ私が小学校に通う春が来た時です。学校なんてものに行かせる訳にはいかないから、その前にどうにか殺さなければと、そういう相談を両親がしているのを聞きました。その時のNEXT差別っていうのは、差別っていう言葉が可愛くなるくらいひどいものでした。迫害、かなぁ……魔女狩りに近いものがあったと思います。暗黙の了解みたいなものが社会にはあって、警察の目の前で殺さなければなにしてもオッケー、みたいな? そんな感じです。だからね、シレーネの両親はその時の親にしてみれば、その年齢まで育てるだけかなり優しい方だったんです。育てさせたのかも知れないですが。殺さないでって、そう言うだけでよかったんですから。
 でも、殺さないでって言ったのかなぁ、私。みんな、そうだと思うんですけど、NEXT能力にも限界があるじゃないですか? 限界というか、えーっと、なんていうんだろう。制限、って、いうか。できることと、できないこと? ハンドレットパワーとか、すごく分かりやすいですよね。制限時間が五分間で、一回使ったら次の一時間は使えない。そういう制限がくっついてるじゃないですか。そういうのと一緒で、私の能力も制限があるんです。たとえば、殺さないでって言う。その時は殺さないでいてくれます。でも、しばらくしたらまた殺さないでって言わなきゃいけないんです。一回言ったら、それで大丈夫っていうことにはなりません。効果、切れちゃうんです。どれくらい持続時間があるのかっていうのは、私がその時、その命令をどれくらい望んでたかによって全然違って、自分でも未だによく分かりません。早いと二秒で切れることもあります。もしかしてNEXT能力者が相手だと効果が切れるのは早いのかも知れないですが、確かめたことはないので知りません。
 えっと、とにかく私は両親に殺さないでとは、だから言ってなかったと思うんですよね。何回も何回も言わなきゃいけないですし、そんなに何回も何回も言わなきゃいけないような生活なら、とっくに逃げ出してたと思いますし。……うん、そうです。シレーネはね、逃げました。両親も、兄も、弟も妹も、誰も助けてくれないって、もう分かってましたから。このままここにいたら、いつか絶対殺されちゃうって、そう思って逃げました。つまりは家出です。で、家出する時に、シレーネは両親にうんとお願いしました。探さないで、追って来ないで、私を忘れて、それから、私は死んじゃったと思って、殺しに来ないで。どの命令がちゃんときいたのかは、分かりません。でもどれかがきいたみたいで、私は無事に探されることもなく両親の所から逃げました。この時点ではシレーネは、まだ、戸籍上生きてます。死んじゃったのは……それから二年後、かな?
 二年間私がなにをしてたかって言うと、説明するのが難しいんですが、生きていました。その他にはなにもしてませんでした。生きて、逃げて、殺されないようにしてました。と言ってもこどもですから、私を保護してくれようとする優しい大人も何人かいました。今はね、そんなことないみたいですが、当時のシュテルンビルトの治安はすっごい悪くて、ストリートチルドレン? っていうんでしたっけ。いっぱい居たんです。だから、私が隠れるのは簡単でした。優しい人たちは、そういうこどもに家と両親をくれようとして、でも、NEXTだって分かると……無かったことにします。NEXTっていうのは、その時、人じゃなかったんですよ。ばけものだと思われていて、すごく優しく言うと、妖精の取り換え子だと思われていました。妖精であって、人間じゃないから、保護しなくていいみたいな。そんな感じで、私は保護もされずに毎日生きていました。
 で、シレーネが死ぬのになんで二年かかったか、なんですが。ある日、両親に見つかってしまったんです。別に探しもしてなかったようですが、本当に、ばったり、会ってしまって。会った以上は親として無視できなかったんでしょうね。追いかけられて、捕まって、責任を持って殺されかけました。ばけものを生んで育ててしまった責任を取って、NEXTのこどもを殺す、というのは、今では考えられないことかも知れませんが、昔は褒められることでした。なんて責任感のある親なんでしょうと、そうご近所に褒められるくらい、良いことだったんです。だからね、家出した娘を見つけてしまった以上、探してはいなかったけれど、それでも見つけてしまったのなら……常識と良識に則って、殺してやるべきだと考えたんだと思います。
 何度も、何度も、殺さないでとシレーネは言いました。許して、お父さん、お母さん、殺さないでと言いました。NEXT能力も使いました。でも、上手くかけられなくて……とうとう、息が苦しくて、もう駄目っていう時に、シレーネは思いついたんです。この人たちはどうしたって、私のことを殺そうとしてる。なら、殺されたことにするしかないって。シレーネは、一生懸命お願いする気持ちで、力をふりしぼって、言いました。シレーネは、ちゃんと、殺されました。だからお葬式をしてください。あなたたちの娘は、死にました。殺されました。そういう風に、思いこんでください。……そういう風に、記憶が書きかえられますようにと、願いながら言いました。それがもし叶うなら、もうあたたかいおふとんも、あったかいごはんも、きれいな服も、靴も、なんにもいらないから、どうかどうか叶えてください。そう思って、祈って、願って……言ったら、そういう風になりました。両親は、シレーネはNEXT能力者で、ちゃんと私たちが殺しましたと警察に言って、それで戸籍に死亡と書かれる手続きが行われました。
 私が、その、シレーネがちゃんと死んでいるっていうことを確認したのは、それから……三年? くらい、後のことです。両親からなんとか逃げた私は、もっと遠くへ行かなきゃって思って、遠く遠くへ行きました。その、遠く遠くが、街の一番端から端へ移動しただけだって分かった時には、心からがっかりしたものです。すっごく遠くへ来たつもりだったのにって。でも、シュテルンビルトから離れなくてよかったと、今では思います。だってその三年後に、私はコージュに拾ってもらいましたから。そう、あなたたちの言う、『初代』の一人。コージュです。あれは本当にお腹が空いていてひもじくてひもじくて仕方がなかった時でした。ご飯が食べたかったので、なるべく優しそうな人を捕まえて、なにか食べさせてもらおうと思ったんです。優しそうな人というか、言うことを聞いてくれそうなひと? ちょっと気弱っぽいひとだと、能力がかかりやすいことはもう分かっていたので、そういう人を狙ったつもりでした。
 私の人生で最大の間違いでした……。コージュは、えーっとその雑誌の写真見てもらえば分かりますが、そうですその、軍服着てる二人のうち、性格悪くなさそうな方がコージュです。ちなみに性格悪い方がカナートです。カナートはぱっと見、金髪に青い目で格好良い顔してるので、世の女の子はそれはもう騙されたものですが、カナート性格すんごい悪いので! キエフとデートとかする時に絶対くっついてくるし……! ああ、もうっ……うん、カナートのことはどうでもいいですね。私を拾ってくれたのカナートじゃなくてコージュですしね。あんな男の事は本当どうでも! いいですし! ねっ! それでまあえっと、優しそうな人を捕まえてご飯食べさせてもらおうと思ってNEXT能力発動させたら、その相手がコージュで、ちからが利かなくって、大慌てで逃げようとした所を掴まって、保護されました。猫拾うのと同じ感覚だったと思います。コージュの趣味のひとつに、捨て猫とか捨て犬とかを拾ってきては、オーチェに叱られるっていうのがありましたから。
 コージュと、オーチェと、キエフと……カナートは、名前、分かりますよね? 『初代』ヒーロー、その人たちです。予知能力を持つ『知将』コージュ、物体の停止能力を持つ『時紡ぎ』オーチェ、人の影から影へ移動する……転移能力、かな? 『影舞い』キエフと、撃った弾丸を必ず命中させる『魔弾』のカナート。……『帝王』カナートっていうのは、私には知らない呼び名です。それは私と……キエフが、あの事件で死んでしまってからの呼び名だと思います。死んだというか、私が……巻き込んで、殺してしまったんですけど。助けに来てくれたの、知らないで。……あと一分、我慢すれば、私は、ちゃんと、助けられていたんだって、あとで知りました。あと一分。ほんの、六十秒。我慢できてれば、きっと誰も、私に殺されることはなかったんだと、思います。
 ……どこまで話しましたっけ。えっと……拾われたトコかな。私はNEXT能力者だと知ったコージュは、私をある場所へ連れて行きました。コージュはその時、契約に行く途中だったそうです。ヒーローになる為の契約。ヒーローTVの、ショウアップされ正義のしもべとなる為のNEXTになる、契約。その為の書類にサインをしに行く途中、私を拾って、それで私をその場所まで連れて行って、びっくりする人たちに、コージュはこう言いました。彼女は素晴らしいちからを持ったNEXTで、私は彼女と共に戦う未来を予知しました。彼女は、五人目の仲間。ヒーローとして共に戦う、もう一人です、って。コージュは、カナートもなんだけど、元は軍人さんで、NEXT能力がなければそのまま軍に居たくらい優秀な人で、つまり、権力があったんですね。NEXTだから軍には置いておけないけど、でも、影響力とか、そういうのを持ってる人でした。
 彼が言うならって、私も契約書にサインさせられました。正直、内容なんてちっとも読めなかったけど、大丈夫です、悪いようにはしませんからってコージュが言うから……ええっと、すごーく正直なことを言うと、お腹がすきすぎて誰がなにを言ってるのかよく分からなくて、言われるままに名前書いちゃったっていうのが正解なんですが。ともあれ、私はそこで正式にヒーローになる契約をして、したんですが、そこで初めて、シレーネが戸籍上死亡扱いになっていることを知りました。知りましたというか、確認しました。でも別に騒ぎにはならなかったっていうか……都合がいいと思われた、みたいです。シレーネは死んでるから、いつ死ぬようなことになっても、なんの問題も起きない。だって、もう死んでるから。
 学校の授業とか、そういうので習ったと思いますが、『初代』の時代はNEXT迫害が最も盛んな時期でした。今までの話を聞いてると、もう分かるとは思いますが。その中でNEXTを治安維持の為のひとつの力としようとした、司法局と警察と……TV局は、ほんとうに、とんでもない賭けに出た訳です。現実問題として、その当時から、NEXT能力を犯罪に使う悪人、というのは山ほどいました。というか、NEXT能力の使い道として、それが主流なくらいでした。生きる為にそうするしかなかったんです。だって、普通に生活できない訳ですから。人間だと思って貰えない訳ですから。私も実際、そうやってなんとか生きてきたので、偉そうなことは全く言えません。死にたくなかった。生きたかった。仕方ないことだったんです。
 考え方としては間違ってないと思うし、全く正しいと思います。NEXT能力を持った犯罪者を取り締まるのに、NEXT能力を持った正義のしもべをつくる、というのは。銃持った相手に銃を取り出すのと、大体おんなじ考え方だと思います。知っての通り、NEXT能力者を、非能力者が相手にして勝つというのは、ほぼ不可能です。水鉄砲で火炎放射機の相手してねって言われるくらい、なに考えてんのか分からないくらい、びっくりするくらい危険で、大変なことです。でも、何回も言いますが、NEXT能力者の迫害が……親が子を殺してよくやったと世間に思われるくらいには、それが常識としてまかりとおるくらいには、ひどかった時代です。それは賭けでした。彼らが、NEXT能力者とどうにか共存していく道を作る為の賭けであり、NEXT能力者がどうにか……どうにか、悪い方へ行かないように、生きて行く為の希望の為の、賭けでした。
 私たちはヒーローとしてショウアップされる売り物になると同時に、いくつかの望みを託されました。もちろん、犯罪者を捕まえる力となることは大前提ですが、そうではなくて、もっと別の、たとえば希望になることを。奇跡みたいな希望の光になることを、私たちは願われました。シュテルンビルトに住むなんの力も持たない人への希望であり、NEXTであるというだけで全てを奪われてしまった人たちへの希望。NEXTが人の役に立てるという希望……もっと言えば、NEXT能力は誰かを傷つけない使い方が出来るし、助けることができる、というモデルです。NEXT能力者は安全です、そしてその能力を持たない人たちの為に働きます。だから……だから、私たちを、NEXT能力者の存在を認めてください。そういう訴えの為の、私たちは……手段でした。とびきり派手な道具の一つでした。
 それまで物語の中にしか存在しなかった、良い魔法使い。良い、能力者。それを現実のものとして根付かせるのが私たちの役割でした。私たちは……というか、私以外は、だから、選ばれてヒーローになったんですね。コージュとカナートは軍人でしたから、平和の為に力を尽くす意思があるというのを買われて。キエフは、カナートの幼馴染なので半ば巻き込まれるように選ばれたそうです。オーチェは……すごい有名な政治家の娘さんだったそうで、厄介払いとかそういうのも含めて。デビューまでの準備期間として、二年……くらい、時間を貰いました。私にとっては色んな勉強の為の時間で、司法局や警察にとっては根回しの為の時間です。
 あの二年間が、私は一番幸せでした。生きてきた中で、一番幸せで、平和な時間でした。……だって、毎日温かくて清潔な場所で眠ることができて、ちゃんと三回、ご飯が食べられるんです。洗ったばかりの綺麗な服を着て、なによりはじめて……はじめて、ちゃんと、勉強することが、できたんです。私は学校に行ったことがなくて、読み書きも簡単なものしか出来なくて、いろんなことが、分からなくて。でも、教えてもらえたんです。嬉しかった……。童話の本を、オーチェがくれて、最初は自分で読めなくて、だから一緒に読みました。読み聞かせしてもらいながら、文字を覚えて……コージュは日記をくれました。最初はなにも書けなくて、でも、だんだん色々書いておけるようになって。カナートは、私に勉強を教えてくれるのは、だいたいカナートだったんですけど。すぐばかって、言うんです。私のこと、ばかって。でも、絶対、分かるまで教えてくれて。呆れることはあっても、分からないことで、怒られたことはなくて……根気よく、先生になってくれました。
 キエフは、私に、ちからのことを教えてくれました。NEXT能力のことは、制御をどうするかとか、自分のちからがどういうものなのか考えることとか、なにが出来てなにが出来ないのかとか、そういう、ありとあらゆることは全部、キエフが教えてくれました。キエフは学者さんで、NEXT能力の研究をしていたら目覚めちゃったっていうひとで、だから誰よりちからに対して詳しくて、私の……たぶん、すごく分かりにくい説明を、一生懸命聞いて、私の、人にいうことを聞いてもらうちからが、どういうものなのかを、一緒に考えてくれました。どういう風に、ひとを救うちからとして使うことができるのか、教えてくれたのはキエフです。ばけものみたいなこのちからで、自分を殺した私のことを、助けてくれたのはキエフです。戸籍がなくても、両親も、誰も、私が生きていることを、私がシレーネだっていうことを分からなくても、君が、頑張って頑張って生きてきたシレーネだっていうことを知ってるよって、今まで、よく生きていてくれたねって、はじめて……生きていてくれて、ありがとうって、言ってくれました。
 生きていてよかったんだって、はじめて思わせてくれたのがキエフです。もしかして、生きていていいのかなって、思わせてくれたのは仲間たちです。生きてるって、思いながら生きたのは、あの時間のおかげでした。二年間、私たちは一緒に暮らして、勉強して、どんなヒーローになりたいとか、ヒーローってどういうものなのかとか、そういうことをたくさん、たくさん話しあって、考えて、ああなりたいとか、こうなりたいとか、夢みたいな話ばっかりして……その日を迎えました。はじめての事件のことって、じつは覚えていないんです。緊張しちゃって、頭の中が真っ白で、言わなきゃいけない台詞とかいっぱいあったんですけど、なんにも出てこなくなっちゃって。カナートがだからお前は馬鹿なんだとか言いながら、こっそり教えてくれるのを、そっくりそのまま言って、やっとなんとかなった記憶しかなくて……。怖かったなぁ、と思います。ヒーローとして活動した五年間、ずっとずっと、怖かった。
 怪我をすることは怖くありません。助けた人に怒られたり、嫌がられたりするのも、怖いことではありませんでした。助けられたくなかったとか、言われちゃうのは悲しかったけど、でも分かってたから、我慢できました。犯罪者になったNEXT能力者に、裏切り者と言われるのは半年くらいで慣れました。私が怖かったのは……なんだろう、うまく言葉を見つけられないんですけど、たぶん、きっと、私は、そこに居ちゃ駄目って言われるのが一番怖かった……。死ぬのは怖くないけど、死んで欲しいって言われるのが、きっと死ぬほど怖かった。だってようやく生きられたのに、生きてていいって思えたのに、誰かに駄目って言われちゃったらどうすればいいのって、思ってたんだと思います。今でもすごく怖いけど、その時の方がずっとずっと怖かったかなぁ……。
 うん。だから私、死のうと思ったんですけどね。殺そうと思ったけど、でも、死のうと思ったんです。耐えきれなくて。我慢できなくて。どうしても、どうしても我慢できなくて。私は、殺そうと思って殺しました。関係ない人たちをたくさん巻き込んでしまったのは、ほんとうに申し訳ないと思ってますけど、でも、何人かは殺したいと思って死ねって言ったので、殺意があったんです。うん、そう、事件のこと。五年目に私が起こした、事件のことです。その頃、主にNEXTを標的にした殺人事件がいっぱい起こってました。それまでもいっぱい殺されたりはしていたんですが、ちょっと違ってて、なんていうか……同一犯? っていうんでしたっけ、たぶん、これ全部同じ犯人がやってるんだろうなっていう殺人事件が起きていたんです。
 普通っていうのもおかしいですが、普通、NEXT能力者が殺される場合、首を絞められるか心臓をつかれるか、首をはねられるか、頭を打ち抜かれるか、そのどれかに当てはまりました。確実に死ぬと分かっている、急所を一撃で狙うのがそれまでの殺し方でした。それなのに、その連続殺人事件は違っていて、すごく……痛めつけられてるんです。軍に居たからこそ、コージュとカナートは断言してました。苦しめる為の暴力で、長く痛めつけられて、それで殺されたんだろうって。被害者は、男も、女もいました。だいたいが若者で、八割くらいに……性的暴行のあとがありました。男も、女も。殴られて、体じゅうの骨を折られて、顔の形もよく分からないくらいにされて……犯されて。息があるうちに切り刻まれた遺体も、いくつも、ありました。被害者は全員、NEXT能力者でした。本当か嘘かは分かりませんが、身元が分かった何人かは皆NEXTで、だから、被害は長引いて、増えるばかりでした。
 私が殺そうとして殺したのは、その犯人たちです。現行犯というか、私は……その犯人に捕まってしまって、助けを望める状況ではありませんでした。その時、ちょうど別の事件が起きていて、皆はそっちを解決しようとしていて、私は無断欠勤したと思われていて。今であれば、きっと、そんなすれ違いにはならないと思います。時々故障もするみたいですが、PDA? ですか? 連絡手段がちゃんとあるし、受信が出来なくてもその人の位置を特定することができるし、なによりヒーロースーツがヒーローを守ってくれますよね。私たちの時、そんないいものはありませんでした。ヒーロースーツそのものがなかったんです。ヒーローとして戦うNEXTを守る衣装が無かったし、それを開発する技術者なんていませんでした。それはもっと、あとになって、ようやく、NEXTが認められるようになって来てから、はじめて生み出されたものです。
 私たちに支給されていたのは、まさしく舞台衣装でした。男性陣には軍服っぽい衣装でしたが、私とオーチェにはドレスが渡されました。まんまドレスです。オペラとか、そういう舞台で女の人が着る、ドレスです。つまり布です。防弾でもなんでもない、布の服です。引き裂かれれば終わりの、服です。そんなこと、私は分かってた筈なのに。だから警戒してなくちゃいけない筈なのに。ヒーローとして五年目で、だんだん、助けた人から感謝されることが多くなって来て、街を歩けば名前を呼ばれて声をかけられて笑顔で、頑張ってとか、言われることもあって。安心して、しまってたんです。そんなことしちゃいけなかったのに。怖いって思ってたことを、忘れちゃいけなかったのに。……家に帰る途中で、後ろから殴られて、気がついた時には身動きが取れなくなっていて。殴られて、蹴られて、踏まれたりとか、されて。途中で、これが犯人だって気が付きました。私たちが追いかけてたNEXTの連続殺人犯の、グループに、私は捕まっちゃったんだって。
 死ぬかもしれないと思って、でもやっぱり、死ぬのは怖くありませんでした。私は悔しくて。……こんなに痛くて、辛くて、苦しい想いをして殺されて行ったひとたちを、誰も助けることができないままで、きっとみんな、助けてって言っただろうに、助けてヒーローって、呼んでくれたひともいるだろうに、ひとりも助けることができないまま……死ぬのかなと、思って。悔しくて、悲しくて……。でも、やっぱりなにも出来ないまま、犯されそうになって、もう駄目だって思った時に。はやく死ねよって、言われたんですね。何年かぶりに化け物って言われて、それで……うん、どう言い訳しても、それが全てです。我慢できなくて、どうしても、どうしても我慢できなくて、その場に居た全員を殺そうと思って、私も死のうと思って、死ね、と言いました。……もちろん、死ねって言えば、能力を使っている以上、本当に死ぬのは分かっていました。ヒーローが、絶対そんなことしちゃいけないのも、分かってました。
 だって私たちは希望にならなきゃいけなかったんです。NEXT能力者だけど、人を助けますよー、攻撃しないですよー、犯罪しないですよー、安全ですよーって、皆に言って、分かってもらわなきゃいけなかったんです。皆に、NEXTだけど生きていて大丈夫だよー、私たちのちからは誰かを救うことができるんだよーって、言って……言わなきゃ、いけなかったのに。私たちは、絶対、絶対殺しちゃいけなかったのに、分かってたのに……! ごめんなさい、我慢できなかった。どうしても、どうしても殺してしまいたかった。死んで欲しかった。……死にたかった。もう生きていたくなかった。だから、殺して、死のうとして……あと一分。あと、六十秒、我慢してれば、キエフとオーチェがちゃんと助けに来てくれてたのに。もうひとつの事件をカナートとコージュに任せて、二人はちゃんと私を探して、見つけて、助けようとしてくれてたのに。
 助けが来るなんて、信じられなくて。私は、助けに来てくれた二人を巻き込んでしまいました。キエフはとっさに、オーチェを私の力が及ばない遠くまで転移させて、自分は……キエフは、NEXTです。私の能力はNEXTにはききにくい。でも絶対効果が出ない訳じゃなくて、だから、その時、キエフは……じわじわ効いて行く毒みたいに、ゆっくり、死にそうになりながら、死ぬって分かってて私の……私の手を握りに来て、私に、間に合わなくてごめんって。ごめんって、言わなきゃいけないのは私なのに、そう言ってキエフは死にました。すぐ戻ってきたオーチェが私とキエフの時間を止めたけど、キエフはもう間に合わなくて……私が、殺してしまいました。オーチェの能力は、停止すること、です。時間停止なのかな? 停めて、そのままの状態にしておくことができます。瀕死の状態でそれを行えば、とりあえず瀕死のまま、死ぬことはないんです。私はその時、もう殆ど死にかけてましたが、オーチェの能力で命を取り留めてしまいました。……事故が起こったのはその時です。事故っていうか、反発しちゃったんですね、命令が。
 私は、私に死ぬようにっていう停止の命令を出しました。オーチェは、その命令そのものを停止するよう能力で命じました。止まるのは一緒です。でも、全然違う命令でした。その結果が、これ、です。私がなんで、年齢にふさわしい外見に見えないのか。その答えが、それです。私の体は確かに死んで、時間を止めました。その時の身体ダメージが残っていないのは、私にもよく分かりませんが、意識を失って気が付いたら回復していたので、なにか治療されたのかもしれません。それとも二つの停止命令が即座に効いた訳ではなくて、じわじわ停めて行く間に回復したのか、分かりませんが、分かっているのは私が確かにある意味死んで、停まっている状態になってしまったということだけです。……それで、その後は、私は殺人犯ということになりました。間違ってはいません、殺しましたから。
 だから、えーっと、なんで私が『初代』じゃないっていうことにされたかは、分かって頂けたんじゃないかな、と思います。ヒーローが自分の意思で殺人を犯した、という罪を残す訳にはいかなかったんです。だってもしそれが明るみに出たら、NEXTはどうすればいいんですか。ようやく、認められ始めた所だったのに。ようやく、ヒーローは、NEXTだけど違うって思われ始めてたトコだったのに。だから私は、いいですよって、言いました。殺人犯にしてくださいって、言いました。オーチェもコージュも泣きながら怒って、そんなこと許さないって、怒ってくれて。……でも、一番、カナートに怒られました。それともあれは、叱られたのかな。キエフがそれを望むと思うのかって。カナートはキエフの幼馴染で、キエフのことが大好きで、私の事がだいっきらいで、いつもいつもキエフにあの女のどこが良いんだとか、俺とあの女のどっちを選ぶんだとか、お前はキエフに相応しくないとか、お前は本当ばかだとか、いっつもいっつも酷いこと言ってたのに、カナートが一番……うん、やっぱり、怒ってたのかなぁ。でも、一度も、一回も、カナートは、なんで待てなかったんだとは、言わなかったんです。
 なんで信じて待てなかったんだとか、そういうこと。オーチェも、コージュも言わなかったけど、カナートは私のこと、ばかばかっていっぱい言ったくせに。私が殺そうとして、殺したことも。死のうとしたことも。キエフを殺してしまったことも。関係ないひとたちを、いっぱい、巻き込んでしまったことも。ばかって、言ったけど、でも……許してくれなかったけど、理解してくれたのは、カナートでした。私たちは仲間で、五年間、ずっと一緒に戦って、ひとつの理想を目指していて……。殺したくて殺したけど、それでも本当は助けたかったこと、カナートは分かってくれました。オーチェも、コージュも、分かっていてくれたと思います。

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