自分より二周りは体が大きいであろう男をサイオンも使わず投げ飛ばし、床に叩きつけてシロエは勝気な笑みを浮かべた。投げ出された男は呻くばかりで立ち上がろうとしない。相当したたかに打ち付けた音が響いたから、当たり前のことだろう。それでも許さず踏んでやろうか、とシロエは片足を上げかけたのだが、殺気にさえ似た複数の視線を感じて諦める。まだまだバカはたくさんで、終わりなどしないのだ。
「次っ!」
くるりと振り返って叫ぶと、それまでシロエを遠巻きにしていた者たちの中から青年が歩んでくる。やはりシロエよりも体格の良い男で、すこし見上げなければ視線さえ合わせにくい。それは別にミュウの青年が全体的に高身長ということではなく、シロエが小柄なままで成長を止めているからなのだが。その理由を問われたことは、何回もある。もっと成長させて、大人の体にしてから止めればいいのではないかと。
それに、シロエはいつも首を振る。そして、華奢な体格と可愛い外見って油断を誘いやすいんですよ、と打算的な、しかし極上の笑みで告げるのだ。それを知らない者も、あまり居ないだろうに。歩んできた男は、たった今シロエが体格差のある男を投げ飛ばしたばかりだというのに、己の優位を確信して笑っていたのだから始末が悪い。ちっ、とはしたない舌打ちをもらして、シロエは男の懐に飛び込んだ。
「アンタたち、学習能力ってものが付いてないの?」
始末が悪い、と殺気に溢れた低い低い呟きをもらし、シロエは下から抉りこむように拳を叩きつける。肋骨の下から横隔膜と肺を狙った正確で強烈な一撃に、青年は呼吸を止めて思い切り咳き込み、その場にしゃがみ込んで動けなくなった。その調子よシロエーっ、と闘技場の二階に作られた観覧席からニナの声が飛ぶ。ニナの隣ではルリが祈りに手を組み合わせ、真剣な目でシロエを見ていた。
負けないで、頑張って。二種類の思念が鈴の音のように心地よく響き、シロエの疲労を取り払ってくれる。コレくらいのことで負ける筈もない、と思いながら腕を振って痛みと衝撃を受け流し、シロエはにこにこと、怖気づき始めた者たちに笑顔を向けた。
「はい、次は? ……前言撤回するつもりがないなら、ぼくは許さない。口先だけの謝罪なら、もっと許さない。嘘をつくなら最高に許さない。ニナ、ルリ。このバカたちの中で、反省してるのは何人?」
身を寄せ合ってシロエの視線に怯える者たちは、数にして十六人ほどだろうか。シロエが床に転がした男の数は、すでに四人を数えているので合計二十人の大馬鹿たちだ。彼らは全員が男だったから、シロエはすこしだけ安心している。それが少女であろうが女性であろうが、異性に手をあげるのはどうも良心が痛むのだ。たとえ、苛烈な怒りが心を燃やしていようとも。観覧席の二人は、問いに顔を見合わせる。
「反省……? 反省は、誰もしてないわよ、シロエ。恐がって、言ったコトを後悔してるけど、それは『シロエに聞かれてしまった』からの後悔であって、発言内容の後悔じゃないわ。かえって、逆恨みみたいな感じでナスカのコたちに対する感情がねじれてるのなら感じるけど」
「……へーぇ。そーうーなーんーだー」
勝手に人の心を覗く罪悪感を声に表さず、ニナは嫌なものを見てしまった表情で淡々と告げる。ルリは吐き気や怒りをこらえるように口元に手を押し当てていたが、その指は震えていた。シロエはぐんと低くなった声で歌うように呟き、見守る二人に天使の微笑みを向ける。
「ありがと、ニナ。ルリ、安心して。ルリの分までしっかりとぼくがコイツら反省させるから」
左手を腰に、右手を拳にしてぐるぐると肩を回し、シロエは男たちを冷たい視線で睨みつける。氷河の風を感じさせる視線に、男たちは集団で後ずさったが、シロエは許さない。次、と戦闘の開始を求める呟きを発して、ある一人に目を合わせて手招きをする。おいでよ、と浮かべたのは可愛らしい少年の笑み。視線を合わせられた男が、がむしゃらな叫びをあげて突っ込んでくる。それをシロエは、余裕で交わした。
すれ違いざまに軽く床を蹴って飛び、シロエは相手の服の襟を掴む。そして、襟を男が倒れる方向とは逆に引っ張り、用意していた肘を後頭部に叩き込んだ。軽い脳震盪を起こした男は、うめき声さえ上げずに意識を失った。襟をぱっと放して床にまた一人沈め、シロエは痛む肘をさすりながら視線をあげる。そして『次』と唇を動かしかけたのだが。声が響くより早く、闘技場の扉が音高く開いた。
「なにしてるっ!」
できる限り急いで走ってきたのだろう。そう叫んだきり次の言葉が紡げないジョミーに、シロエはゆっくりと振り返ってため息をつく。悪戯を見つかってしまったこどもの仕草だった。そして、ジョミーとは対照的にゆったりとした足取りで現れたリオに、軽くにらみを聞かせる。
『もうすこし足止めしてくれると思ったんだけど。せめてあと十分』
「一応! 聞くけどっ!」
リオが困った表情でなんらかの答えを返すより早く、怒りに眉を吊り上げたジョミーが叫ぶ。その感情や視線は、シロエを通り越して背後の男たちに向けられていた。ソルジャーの登場で助かったとばかり緩んだ空気が、ぎくりと妙な緊張をはらみこむ。あれまさか、と嫌な汗を背に流すシロエに、リオは達観した表情で頷いた。その通りです、と告げる仕草だった。
『ジョミーは、あなたが争っている理由を知っています』
「うわぁ……知られないように終らせようと思ってたのに」
「きみたち、トォニィたちについてなんと言ったんだっ! 言ってみろっ!」
ぼくの質問に対する回答以外の発言は一切認めないっ、とどこかの鬼軍曹のような要求を突きつけるジョミーを、シロエはぬるい視線で眺めていた。正直に言われたら怒るくせに、どうして聞いちゃうかなぁ、と思っているらしい。間違いであって欲しいと思っているからですよ、と歩んできたリオは、ため息をつきながらシロエの肩に手を置いた。怪我は、と優しい問いかけに、シロエは心からの笑みで答える。
「ありません。だから、今怪我を心配しなきゃいけないのは、ぼくじゃなくてあっちです」
あっち、と指差された男たちは、怒るジョミーに中々言葉を告げられないようだった。ジョミーは慌てず騒がず男たちの前に歩み出て、腰に両手を当てて言葉を待っている。赤いマントが、ふわりと揺れた。ぱたぱたと軽い足音を立ててニナとルリが降りてきてシロエの隣に並び立つと、男たちは心を決めたのだろう。ぐっと拳を握って顔を上げ、敵意さえちらつかせながらジョミーを睨み返す。
「ばけもの、と」
「本心か?」
それ以上の説明も解説も言い訳も、一言たりともジョミーはしゃべらせなかった。パンっと音高く手を振り払うように問い返し、ジョミーは怒りを隠した静かな瞳で仲間たちを見ている。十秒経っても、二十秒経ってもそれは変わらない。ジョミーは無言で、ナスカの惨劇から生き延びた大切な仲間たちを、ひどく感情の見えない静かな瞳で見ていた。やがて誰かが強張った動きで頷きいた。本心です、と声が響く。
何日も雨の降らない大地が、ひび割れたような声だった。からからに乾いた声に、ジョミーはなにを思ったのだろう。腕組みをして天井に視線をあげると、ジョミーはすこしだけ柔らかなものを灯す声でトォニィ、と呼びかける。誰もがぎょっと目を見開く中で、ジョミーはナスカのこどもたちを呼んだ。
「トォニィ、アルテラ、タキオン、ツェーレン、タージオン、ペスタチオ、コブ。ぼくの声が聞こえるね? 今なにをしている? ……うん、そうだよ。用事。誰かにじゃなくて、皆に用事だ。ぼくの居る場所は分かるね? 今すぐ皆でここに来なさい」
思念波も同時に放たれているのが分かるから、口に出しているのはその場に居る全員に言葉を聞かせるためなのだろう。はじめこそなにをしているのか、と眺めていたシロエたちは、言葉の後半を聞いて顔を青ざめさせた。なにを考えてるんだっ、と叫ぶと、ジョミーはシロエたちにちらりと視線を向け、いいから黙っていろ、と言った。それにさらにシロエは反論しようとしたのだが、それより先にトォニィが現れた。
くるくるの赤い巻き毛を風に揺らして、ジョミーのすぐ横に立って現れる。その直後にアルテラが姿を見せ、後は殆ど間をあけずにツェーレンとペスタチオが現れて、タキオンとタージオンはコブと三人でやって来た。七人の誰もが、上手く状況を理解していないようだった。かすかな不安を漂わせて、不思議そうにジョミーを見上げている。グランパ、とトォニィの声が響きかけた。それをさえぎって、ジョミーは笑う。
「トォニィ……愛しているよ」
誰もが見惚れて言葉を失ってしまう、綺麗で優しい微笑みだった。しゃがみこんで視線を合わせ、至近距離で囁かれたトォニィは、真っ赤になって言葉も出ない。腕を伸ばしてぎゅぅっと抱きしめられれば、トォニィは恐る恐るジョミーに手を出した。ちいさな手でぎゅっと服を掴み、ほんとうに、と幼い響きで問いかけている。本当に、もちろん、としっかり響く声で言い返して頭をなで、ジョミーはトォニィを離した。
そして、アルテラに向き直る。
「アルテラも、おいで。愛しているよ」
ぎゅーっと抱きしめて囁かれて、アルテラは耳まで真っ赤になってしまった。しかしそれでも、トォニィよりは言葉が離せたようで、たどたどしくつっかえながらも、あたしもジョミー大好きっ、と言う。ジョミーは本当に嬉しそうにうん、と頷いてトォニォと同じように、アルテラも撫でてから離す。そしてジョミーは一人ずつ順番に、こどもたちを抱きしめていった。ツェーレンとペスタチオは、感激で言葉が出ないようだった。
コブは恥ずかしがってうつむいてしまい、タオキンはふいっと視線を逸らして頷く。タージオンはきゅっと抱きついて、嬉しそうに笑った。七人全員を抱きしめて、言葉をかけて、頭を撫でて。それからジョミーは立ち上がって、ナスカのこどもを『ばけもの』と呼んだ者たちに視線を向ける。そしてゆっくりと、自分の想いを噛み締めるように言葉を紡いだ。
「このコたちの親は、ぼくの力が至らなかったばかりに死んでしまった。幸せにしたかったのに、守りきれなかった。大切だったんだ。たくさん笑顔を見たかった。……ぼくは、きみたちを仲間として愛し、ソルジャーとして大切に思っている。けれどそれとは違う感情で、ぼくはこのコらを愛してるんだ。……あの時に、決めたんだ。ぼくは、ぼくの想いによって産まれたこのコたちを、ただそれだけで愛しているけれど」
ぼくがぼくとして、とジョミーは言った。ジョミーが、ただの『ジョミー』として愛を抱きながら、同時に。
「それだけじゃなくて、ぼくは、このコたちを親としても愛そうと決めたんだ」
「グランパ」
「だから」
呼びかけたトォニィに笑いかけて、ジョミーはきっぱりと言い放った。
「今ここに居るぼくを、ぼくだと思うな。このコたち全員の親だと思え」
いいな、と。拒否を許さない強い視線で男たちに求め、ジョミーは大きく息を吸い込む。そして静かな、静かな声で、その上でもう一度求めよう、と告げた。『ソルジャー』として『仲間』に、先程胸のうちは聞いたから。今度は『ジョミー』として『親』として、このこどもたちに対する気持ちを聞こう、と。
「きみたちの目の前に立ってるのは、ぼくじゃない。カリナで、ユウイで、ハロルドで……愛し合ってこのコたちを産んだ、このコたちの親だ。想いによってナスカのこどもを『ナスカのこども』とした、親としての『ジョミー』だ。……眠る仲間へ、手向ける言葉のような気持ちで言え。忘れるな。このコたちは、ぼくらの仲間のこどもなんだ。それでもきみたちが本心でそれを言えるのなら、ぼくはもうそれでいい。思ってろ」
「ジョミーっ!」
信じられない、という風に思わず叫んだシロエに目を向けて。ジョミーはなんの気負いもない表情で、仕方がないだろう、と苦笑した。
「その気持ちが本当に本当なら、誰かの言葉で変わるものじゃない。無理に違うと言わせて改めさせても、そんなのは意味ないんだ。それに、仲間だからって全部が全部受け入れられるわけじゃないし、受け入れられないことだってあるだろ? ぼくは仲間たちを洗脳したいわけじゃないし、強制したいわけでもない。だから……このコたちを『ばけもの』と言って、思うなら、もうそれについてぼくはなにも言わない」
許しはしないけれど、とにっこり笑って。ただそう呼んだことを、決して決して許しはしないし、受け入れもしないけれど、と。ジョミーは笑う。
「そんなことでぼくが、このコたちに対して抱く気持ちが変わることはないよ。きみたちにしても、同じこと。きみたちがこのコたちをそう呼ぶことや、思うことに対して許しはしないけれど……それでもきみたちは、大切な仲間だ。仲間として、愛してるよ。だから教えてくれないか」
判決を待つナスカのこどもたちの表情は揺るぎなく、ただ静かだった。不安そうな表情をしている者など、一人もいない。言葉によって傷つけられるかも知れないということなど、多感なこどもたちだから理解しているだろうに。その傷を負ってでも、痛くても平気だと思えるくらいに、ジョミーが彼らを愛していると告げたからだ。生まれることを望んでくれた存在が、誰より愛してくれること。それは、なによりの力だった。
「俺、は」
ためらいの時間は長く、言葉は続かなかった。口を開いては閉ざし、そしてまた開いては閉ざすことが繰り返される。けれどジョミーは急かさなかったし、こどもたちも静かに待っていた。見守っているリオとシロエ、ニナやルリが一番焦っていたのではないだろうか。長い、長い、ためらいが続く。けれどそれが終わりを迎えた時、男たちの口からこぼれたのは謝罪だった。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい、ソルジャー……俺たちは」
救えなかった、と。血を流し痛み続ける思念派の絶叫が、体を突き飛ばすほど強く流れ込んでくる。ぐっと体に力を入れて耐えて、ジョミーはうん、と頷いた。
「分かってる。きみたちは恐かったんじゃなくて……羨ましかったんだ。トォニィたちの、強い力が」
救いたかった、守りたかった、助けたかった、と。悔恨と慙愧の叫びが、幾重にも幾重にも重なって胸に響く。まっさらに心が開け放たれた状態に、ジョミー以外の誰もがやっと、本当を理解した。誰もが悔いていた。己の力が及ばず、大切な仲間たちを死なせてしまったのだと。悲しんでいた。もっと力が強ければ助けることができたのに、と。そしてトォニィたちの強い力を、羨んでいた。
この力があれば守れたかも知れない。この力があれば、救えたかも知れない。助けることが出来たかも知れない。今、すぐ隣に死んでしまった者たちが立っていて、危なかったと笑いあうことが出来ていたかも知れないのに。どうしてその力がなかったのだろう。どうしてその力が、彼らにはあったのだろう。どうして助けてくれなかったのだろう、と思念に触れた瞬間、ナスカのこどもたちは感電したように震えた。
すぐにしゃがみ込んだジョミーは、せいいっぱい腕を伸ばし、七人全員を抱きしめる。
「助けてくれた。きみたちは、きみたちのできるせいいっぱい、限界まで頑張ってぼくたちを助けてくれた。……きみたちがナスカを飛び出して、メギドの火から星を守ってくれたあの時、きみたちの親はそれを感じ取って安心して笑っていたよ」
それは、シロエも記憶に深くもぐればかすかに感じ取れる思念だった。ああ、よかった、あのコたちは助かった、と。弱く揺れる思念は胸に柔らかく響き、そして二度と届かなかった。ママ、と泣き出したこどもたちを抱きしめながら、ジョミーはありがとう、と囁く。
「生きていてくれてありがとう、ぼくの愛しいこどもたち。きみたちがこうして生きてくれるから、皆は安らかに眠っていられる。……愛してる。愛しているよ、ナスカのこども。トォニィ、アルテラ、タキオン、ツェーレン、タージオン、ペスタチオ、コブ。だぁいすき、だよ」
守れなかったのはきみたちだけじゃない、と。しなやかに響く強い思念が、船中誰もの胸に響いた。男たちの中で、一人の青年が顔をおおってついに泣き出した。ごめんなさい、ごめんなさい、と幼子のように繰り返されるのに微笑んで、ジョミーはうん、と頷く。
「ぼくはきみを許そう。そう思ってしまったことを、許そう。……でも、それとこれとは別問題。だって謝るのはぼくにじゃないだろう? ほら」
言って。ジョミーがトン、と背を押したのはナスカのこどもたちだった。トォニィを先頭に、押し出されたこともたちは数歩だけ男たちに近づく。それでもまだ、距離があった。ジョミーはそれ以上はなにもしようとせず、泣き出した仲間とこどもたちを温かな目で見守っている。動いたのは、トォニィたちが先だった。勇気を振り絞るように手を繋ぎ合わせて、トォニィたちは男たちの前まで歩いていく。そして、じっと見上げて。
「ねえ」
かけられた声は、震えていた。
「パパと、ママの話を聞かせて」
「パパ、どんな人だった? ママは、なにが好きだった?」
「思い出せないの。分からないの。忘れちゃいそうなの」
ほんのすこしの間しか、傍に居られなかったから。記憶に上手く留めることができないくらい、幼かったから。教えて、と求められて、男たちは恐れるように問いかける。
「俺たちで、いいのか……?」
「うん。……うん、いいよ」
ぎゅぅっと、お互いに痛いほど強く握り締められた手は、男のものと比べればあまりにちいさかった。涙がこぼれて行く。そして言葉は、自然に口から出て行った。
「ごめんな」
「……うん」
「ごめん、ごめんっ! ばけものとか言って、思って、ごめん! 悪かった。俺たちが悪かった。ただ、ただ俺たちは」
言葉を続けようとする男の前に、トォニィはふわりと浮かび上がる。アルテラとタキオンと繋いでいた手を離して、一人で。ふわふわと浮かび上がって、ちいさな手を胸の前で組んで。視線を水平にして、偉そうに言い放つ。
「うん。許してあげる」
めいっぱい感謝しなよ、と意地悪く笑われて、男たちの言葉が失われる。その表情を見て、ナスカのこどもたちはいっせいに笑い出した。明るくて元気な、可愛らしいこどもの声だった。
数日後の昼下がり。いつものように船内を見回るジョミーについて歩きながら、通りがかった公園をシロエはひょい、と覗き込む。そして素通りしようとしていたジョミーのマントをひっぱって、ねえねえ、と公園の中を指差した。
「見て、あれ」
穏やかな空気の中で、ナスカのこどもたちが遊んでいた。見守っているのは、先日騒ぎを起こした男たちだった。本を読んでやっていたり、すこし悲しそうな表情でなにか話してやっている者もいる。ちょっと中を覗き込んで笑って、ジョミーはよかったよね、と呟く。それに頷きながら、シロエはあーあ、と頭の後ろで手を組んだ。
「なんかぼく、馬鹿みたいじゃないですか。最初からあなたを呼べばよかった。そうすれば、筋肉痛にもならずにすんだのに」
あのあと数日大変だったんですよ、痛くて、と唇を尖らせるシロエの体は、久々の派手な立ち回りができても、ダメージのほうが大きかったようだ。ぶつぶつ言いながら歩き出したジョミーを追いかけるシロエに、ソルジャーはちょっと苦笑して呟く。
「まあ、すこしは痛い目も見たほうが薬になるから。シロエも役に立ったんだよ?」
「……ジョミー。実はこっそり見てたり」
「した。見てたって言うか、走りながら意識だけそっちに飛ばしてた感じだけど」
それは、どれだけ器用な芸当なんだ、と。呆れまじりの視線を向けられて、ジョミーはにこにこと笑った。
「ところでシロエは、どこであんな格闘技覚えたの? 全部一撃必殺で受けた相手はもう動けないって、攻撃力がすごすぎるんだけど」
「エネルゲイアに居た時ですよ。ママが、シロエは可愛いから護身術習っておきましょうね、って」
おかげでステーションに行ってからも変態を撃退するのに非常に役に立ちました、と。外見だけは可愛らしい天使の笑みで、シロエはさらりと言い放つ。無言で数歩距離を取って、ジョミーはシロエって、と言った。
「恐いよね」
「失礼な。怒ったリオに比べれば、ぼくなんかお花ちゃんレベルです」
ジョミーは、思わずああそうかもねぇ、と頷いてしまったのだが。ごく冷たい気配が背中側からして、思わず動きを止める。シロエの顔色も、ひどく悪かった。悲鳴さえあげられない数秒の静寂を挟んで、穏やかな思念が二人に問いかける。
『それはどういった意味でしょうか。お二人とも?』
シロエとジョミーは、振り返らずに全力で走り出した。そして、シロエのせいだっ、ジョミーのせいだっ、といつものように仲良く罪を押し付けあって騒ぐのを、廊下を歩く仲間たちが笑いながら見送る。シャングリラが、いつかのような平和を取り戻しはじめる、ある日の午後だった。