「さぁ、それぞれ語りかけてごらん」
人々の熱気に気圧されて立ち竦んでいたロゼアたちに、バルコニーの手前から星降の国王が儀式の進行を促した。
「大丈夫だよ。……言っただろう? 夜も星も……みんな君たちを待っていたって。必ず応えてくれるよ」
彼の笑顔に勇気づけられたのか、はたまた別の理由からか。きっと面を起こして真っ先に行動したのは、意外なことにソキだった。
喉と胸の境に指先を添え、夜空を見上げて、彼女はうつくしい歌を紡いだ。
ロゼアの、知らぬ歌だ。
砂漠の“花嫁”と“花婿”に施される教育の内容を、傍付きたちはほぼすべて把握しているといっていい。行儀作法はもちろんのこと、学科、教養のための詩歌、遊戯。もっとえげつない話をすれば、閨のこと――房中術まで、だ。
だから、ひどく、驚いた。
ソキを注視している間に、メーシャが、ナリアンが、彼らしい形で夜に話しかけていく。ロゼアはため息を吐いて空を見上げた。未だに何も思い浮かばなかった。
(夜空、か)
思い起こせば、じっくりとこのように空を眺めたことは久しぶりだった。幼い頃から学園の門戸を叩くまではあれほど近しいものだったのに。
「アルデラミン」
北のまなかに一等かがやく星を見つけて、ロゼアは呟いた。道のない砂漠を行くとき方角の目安にする星だ。
「ポラリス、アルコル、アルカブ、アンタレス」
ひとつ、ひとつ、見つけた星の名を挙げていく。ロゼアの故郷ほどのかがやきはないにしろ、“星降の”と銘打たれるだけあって星々の明かりは見つけること容易い。
星を数えながら、あぁ、そうか、と思った。
星は先達の魔術師たちに教えられるまでもなくロゼアにとって友であったし、導だった。国境をいくつも越えて学園に辿り着くまでもロゼアを見守っていたのは他ならぬこの星々であった。
「ありがとう」
幼子のようにおもむろに天へと手を伸ばしてロゼアは言った。
「無事にここまでやってきた……。これからも、よろしく」
星々が、喜びを示すように、瞬き、震える。
中天から、夜が、波打った。
「なに」
ロゼアは驚愕に息を呑んだ。小石の投げ入れられた水面のように、天に文字通りの波紋が描かれたのだ。まどろみから目覚めた星々が、放射状にかがやきを増していくその様は、ひと息に花開く黒薔薇を連想させた。
ひとしきり明滅したのち、突如、空から星がこぼれ始めた。
まるで細い銀の雨のような。
流星。
(あぁこれが)
四方八方へと天を滑り落ちていくおびただしい星々を、ロゼアは深い感銘でもって見つめた。
(流星の、夜)
星々の目覚めに呼応して、バルコニーの外に集う人々が、高らかな歓声を上げた。
国中で灯された魔術と蝋燭のともしびが、花束を模した色硝子の飾りに乱反射する。ひそやかな祝賀の祈りと浮き足たつ人々の賑わいに国中が満たされる。
彼らの間を縫うようにしてツフィアは歩いていた。何か目的があったわけではない。星がざわめく日は家に籠っていても気が休まらない。だから歩いている。それだけの話だ。
ツフィアは天を仰いだ。計算された群舞を踊るように、星々が天をすべっている。その明かりを受けて幾分明るさを増した空をしばらく眺めたあと、ツフィアは手近な茶屋に入った。窓際の席はすでに満席で、ツフィアは奥まった一角を案内された。
足を組み、頬杖を突いて店内を眺めている。
どれほど待ったか。給仕の女がひっそりと傍に立った。
肩の位置で切った栗毛をくるりと巻いた若い娘は、薄く笑ってツフィアを見下ろしている。
ツフィアは目を伏せてため息を吐いた。
「……私に何の用事?」
『つれないネ』
女はほっそりとした喉を震わせて、決して女のものとは呼べぬ低い声を紡ぎだした。
ツフィアは視線だけを動かして再び彼女を見た。よく目を凝らすと、給仕の娘に青年の姿が重なっていた。
短く切られたあかがね色の髪と、勿忘草色の瞳を持っている。細身だが、決して弱弱しいわけではない。暗器によく見られる刃特有の研ぎ澄まされた鋭さだった。昔はもう少しばかり“常人”の皮を被っていたが、ひと突きで邪魔者を容赦なく屠る毒々しさを、もはや隠そうともしていなかった。相対すれば誰もが彼の禍々しさに粟立ち、その場を退こうとするだろう。
ツフィアを、除いて。
『少ない同属なのに、キミときたらいつもつれない……』
「何の用? と、訊いたのだけど? シーク」
青年は笑って、ツフィアのテーブルに腰を軽く預けた。
『せっかく出てきても、暇だったからね。ちょうどキミを見つけたから、声をかけてみたのサ。たまには一緒に星を眺めてみるのも一興じゃないかい?』
「一興ね……」
ツフィアは周囲に視線を走らせた。これだけ会話をしていてもひとりとしてシークの存在に気付いていない。店内のざわめきも遠くなっていた。結界に取り込まれているのだ。
恐ろしくはない。彼はツフィアに何もできない。ツフィア自身、彼に対して何もできないのと同様に。
シークは、ツフィアと同じ言葉魔術師だった。何の因果か同時代に生まれてしまった稀有な術者同士である。その術の性質から、言葉魔術師たちはお互いを傷つけることはできない。毒に同じ毒を混ぜてもなにひとつ変わったことが起こらないように。
「出てきた理由は?」
『ボクのお人形さんが、ボクを呼んでくれたのさ。……彼女自身にはそのつもりはまったくなかっただろうけどね』
「星降ろしに、歌を歌ったの? あの子」
『うん。キレイな声だったからね。思わず出てきてしまったよ』
シークはくふふ、と笑った。唇をひゅるりとなぞる細い舌が、爬虫類を思わせた。
シークは現在、獄中の身だ。意識だけが、“人々に記した彼の欠片”を介して現れている。
いったい、彼は何人に、“彼自身を記して”いるのだろう。
胸のうちが顔に出ていたのだろう。シークがツフィアの疑問に答えた。
『ヤダなぁ。ボクだって誰彼かまわずにボクを記しているわけじゃないよ、ツフィア』
「どうかしら。……この間だって、誰かに干渉していたでしょう。感じたわよ」
『おや、学園にいたのかい?』
「あなたの“お人形さん”がひどい状態だから、見に来てくれって連絡が来たのよ。……あなたを学園から退けたのね、あの子」
修理に出していた小箱をなないろ小路のキュリーの店へ取りに行った際に伝言を受け取り、その足で学園へと向かった。
シークの人形――ソキは、回復の術を自らに掛けようとして失敗し、そのまま高熱を発して臥せってしまったという。結局はツフィアの到着を待たず、白魔術の魔法使い、フィオーレがソキを治癒してしまったのだが。
魔術の式が乱れることは成長途中の魔術師によくあることだ。だから誰もその原因を追求しようとはしていない。
原因は、今、ツフィアの目の前にいるのに。
『ボクのお人形さんはワガママで困るよ』
「攻め方が悪いんでしょ」
『ご高説をありがとう。……それはそうと、キミ、写本師の子にキミを記したんだね』
「念のためよ」
組んだ膝の上を指でととんと叩いて、ツフィアは呟いた。
「……あなたに奪われて、気に入った本が出なくなるのが嫌なだけ」
『なるほどね。まぁ、キミがイヤというなら、ボクはボクを記すつもりはないよ。キミのお気に入りには手を出さない。……ストルにだって、リトリアにだって』
約束は、守るよ、とシークは言った。ツフィアは目を閉じた。
(どうだか)
それでも学園を卒業するまでは信じていたのだ。彼が砂漠の国に幽閉されて以後は、ツフィアはまずふたりを確かめに行った。彼らがきれいなままだとわかって、あの時はほっとしたものだ。
今はふたりにも念のため、ツフィア自身を“記して”ある。
言葉魔術師の記(しるし)を一度受けると、他の言葉魔術師からは記を受け付けなくなる。記は、与えた術者当人以外には消せない。言葉魔術師でなければ、視認すら難しい――故意に、見せつけることは可能だが。
その記がどんな影響を与えられた当人に及ぼすかは――言葉魔術師しか、知らない。
『さて、ボクはそろそろ帰らなくては』
シークはテーブルから腰を上げて、ツフィアに向き直った。胸に手を当てた彼は片脚を引いて、宮廷式にお辞儀する。
『ごきげんよう、ツフィア。また会いたいよ。ボクの、たったひとりの同胞』
ぱち、と、静電気の跳ねる音がした。
店内がざわめきを取り戻す。
ぱちぱちと瞬いた給仕の娘は、接客用の笑顔を浮かべてツフィアに問うた。
「ご注文は、いかがいたしましょうか?」
“星を降ろす”儀式も無事に終了して学園に戻ったロゼアたちは、扉の前で待ち構えていた寮長に(ちなみに彼はまずナリアンの手をしっかと握り、かわいいなぁ、かわいいなぁ、俺のナリアンはかわいいなぁ。嘘も許せちゃうぐらいかわいいなぁと、ひたすら囁いた)、校舎の裏手に広がる丘へと連れられた。設えられた出店の明かりや、校舎のそこかしこに吊るされた飾り灯篭の火が揺らめく校舎傍と異なり、木立に囲まれた広い丘はほどよく暗く、星々の姿がよく見えた。
「と、いうことで、天体観測だ」
丘でロゼアたちの到着を待っていた座学の教諭のひとりが、スケッチブックと星図表、筆記具を配る。
「星降ろしで星との対話の仕方はわかったろ? 次は星を学んでもらう。星はその動きで俺たちに色んなことを伝えてくれるが、性格によって動き方が違う。人だって、怒ったときに怒鳴る奴と笑う奴と沈黙する奴とかいるだろ。それと同じだ。だから、お前たちには星のことを勉強してもらう。今夜はその手始めだ」
教師が空を仰ぐ。
「空のやつらの性格を、ひとつひとつにまつわる物語を知っておくことは、俺たちが壁にぶつかったときの大きな助けとなる。……つうことで、自分で決めた星やら星座やらの動きだとかを書き記せ。裏話でも物語でも何でもいいから、注釈をひとつ付けるように。星のことを何もしらないなら、図書館で調べてもいいし、天文部や説明部に話を聞くのもいい。スケッチブックは後日俺に提出しろ。……適当なところで切り上げて遊べよ。じゃぁな」
「え、先生は監督しないんですか?」
「うるさい俺はさっさと俺のかわいい姫君に綿飴を買いに行かなきゃならんのだ」
ぶりぶりにかわいいと彼が評する齢四つの愛娘に、今宵は下僕として仕える所存らしい。いや、いつものことか。ロゼアは生温い笑みを浮かべて、教師の親ばかぶりをそっと流した。
教師がぱんぱんと手を叩く。
「つうことで解散!」
そして彼は流星の如き速さで、丘を駆け下りてしまったのだった。
課題として出された星のスケッチ自体は簡単だった。“星降ろし”を終えた空は砂漠の夜に匹敵して眩かった。
「ロゼア」
丘の草原に寝そべって星を眺めていたロゼアは、頭上に掛かった影に目を見開いた。逆さに顔を覗き込んでくるのはメーシャだ。彼は胸元に観測した星々のスケッチを抱えている。
「スケッチ終わった?」
「終わった。そこ」
ロゼアは傍らに投げ出したスケッチブックを指差した。それをメーシャが腰を落として取り上げる。しげしげとそれを眺めた彼は、へぇ、と幾度も瞬いた。
「結構詳しいなぁ。星降ろしのときも、星の名前をたくさん挙げてたよね。ロゼア、もしかして星に詳しい?」
「うん。砂漠じゃ星がわからないと」
茫漠とした砂の大地は絶え間なく動いて不規則に地形を変える。さざなみのように。だから星だけが方角を知る頼りだ。
「そっか……そうだった」
呟いたメーシャはロゼアの隣に並んで仰臥した。あぁ、と嬉しそうに目を細める。
「こうすると、星しか見えないんだ。……俺もこれから毎日こうしようかな」
気持ちいいね、とメーシャが笑う。そうだなぁ、と同意して、ロゼアは夜空を眺め続けた。
「あの赤い星が、ロゼアの星だ」
ロゼアの沈黙を埋めるように、メーシャがひとつ星を指差して語り始める。
「太陽の現身。ボイポスの星。地平に沈む太陽に代わって夜空にひときわ瞬いて、姉である月の女神をそっと見守っている。月の女神は狩の女神だから、怪我をしないかはらはらしているんだ。だからボイポスは守護の星」
ロゼアも守護するひとだね、とメーシャは笑った。
「あの星を追いかけていると、俺の未来がわかるのか?」
ロゼアはメーシャに問いかけた。メーシャは占星術師だ。星の運行から人の運命を先見する。
メーシャはううん、と首を横に動かした。
「あの星ばかりがロゼアの全てじゃない。ロゼアの人生がロゼアの選択だけで成り立っていないように」
「そっか」
「でも未来がわからなくても……星を見ていると安心することって、あるよ。星って、変わらずかがやき続けるから。天体観測の授業ってつまりは、そういうことを知るためのものなんじゃないかな」
「あぁ……なるほどなぁ」
二人分の笑いだけが漏れて、夜空に吸い込まれていくように消える。
星の観測を楽しむひとびとの囁きも風に阻まれてどこか遠い。ともされた魔術の光が、紫から赤へ、赤から橙へ、と、七色に移り変わって、視界の端でちらついた。天も地もちいさな光の群れに満たされて、世界でふたりだけ、星の渦の中にいるようだった。
ここに、ソキはいない。
ため息を吐くと、メーシャがロゼアに顔を向けた。
「ロゼア、なんだか気落ちしてる?」
「ん? んー……うん。多分。……ソキがさ、あぁいう風に俺を拒むのって初めてだったから」
学園に戻ってきて以後も、ソキはロゼアに抱き縋ろうとしなかった。涙を溜めながら、意固地になっている風ですらあった。
強引に抱き上げようとしたところを寮長に止められ、結局は手を繋いで歩くかたちで丘まで来たわけだが、ソキは教師による天体観測の説明が終わって以後も、断固としてひとりで歩こうとし、ひとりでスケッチをすると言い張ったのだ。
俺が見ているから安心しろ、とちっとも安心できない寮長に追い払われる形で、ロゼアはソキから離れてここにいる。
何が原因なのか、わからない。
あんなに、助けを求める顔をしているのに。
「別にロゼアを拒んでいるわけじゃないと思うな」
メーシャが言った。
「ひとりでどうにかやり遂げたいって、頑張ろうとしているんだよ。ロゼアが傍にいたら甘えちゃうから、ロゼアに離れていてほしいんじゃないかな」
「甘えるって……。俺は傍付きなのに?」
「ロゼアはもう傍付きじゃないだろう? ソキが花嫁じゃないのと同じように」
メーシャが即座に切り返し、ロゼアは言葉に詰まった。
「入学式のときだったかなぁ。ソキは何度も嬉しそうに言ってた。もう結婚しなくてもいいんですよ。ソキは魔術師になるんですよって。それって、ソキがもう、砂漠の花嫁じゃないって、ことなんだよね。俺、その“花嫁”が何なのか、あの時はあんまりわかっていなかったんだけど。えぇっと……もう、ソキは、国のために、嫌なひとと結婚しなくていいんでしょう? ロゼア」
「……あぁ」
「ソキはもう、魔術師のたまごで。自由で。好きなように自分で友だちを作って、好きなときにひとりになって、好きなことを自分で選んでできる。その一歩を、ソキは今、踏み出しているんだと思うな。だから、ソキを応援してあげないと」
「応援」
「そう。俺は友だちとして。ロゼアは……えっと……」
メーシャは一瞬、頭上に視線を向けて黙考し、ロゼアに微笑んだ。
「家族、かな。ずっと傍にいたんだし」
えへへ、家族っていいよね、と、メーシャは笑った。
(傍付き、じゃ、ない?)
メーシャの言葉に耳を傾けながら、ロゼアは激しい違和感を覚えていた。
ロゼアは、傍付きだ。それ以上もそれ以下もない。“宝石の君”に献身の限りを尽くす。それだけが存在意義の。
――けれどメーシャの言う通りだった。ロゼアはもうあの砂漠の屋敷を出た。魔術師になるために。
「ロゼアのご家族は? ロゼアって兄弟はいるの?」
「え? あぁいや……俺はひとりっこ。父さんと母さんは今もソキのお屋敷で働いているよ」
「ご両親も傍付き? ソキみたいな綺麗な子たちに仕えているの?」
「昔はそうだったみたいだけど、俺が物心ついたときは違ってた。父さんたちが何してるか、俺もよく知らないんだ」
「働く場所が違うと、仕事内容わからなかったりするよね」
「メーシャは?」
「俺? 俺はラティかなぁ……」
うん? とロゼアは首をかしげた。ラティという名は知っている。砂漠の国の王宮魔術師だったはずだ。
「……あれ、メーシャって星降の国の出身じゃなかったっけ?」
「うん。でも俺、記憶がなくて。そこをラティに助けてもらったんだ。ラティが俺の後見をしてくれてる。だから、ラティが家族」
メーシャの言葉に深刻な響きはなかった。今日の食事の献立を述べるような軽い口調だった。
「でも別に俺、不幸でもなんでもないよ。すごくわくわくしてるんだ。新しい関係を築いてばかりだから」
見るもの全てが新しい。聞くこと全てが新しい。出会うひと全てが新しい。
世界は未知の可能性で溢れている。
それが楽しくて仕方がないのだという。
「ソキも……ロゼアもさ。せっかく、花嫁と傍付き、で、なくなったんだから。新しく関係を築いていかないとね」
片方が片方に寄り掛かる形ではなくて。
対等に手を取って、支え合えるような。
メーシャにそう言われても、違和感は拭えない――どうしても。
困惑するロゼアに、メーシャが問いかける。
「ソキは、ロゼアにとってどんな子なの? ……花嫁、とか、守るべきひと、とか、いう以外で」
それは難しい問いだ。
眉間にしわを寄せたロゼアをメーシャが笑う。ロゼアはむっと唇を引き結んでメーシャから視線を外した。
空は変わらず星明かりで賑やかだった。けれど時は確実に過ぎていた。出店や星降の城下で遊ぶなら、そろそろ引き上げる必要がある。
「昔さ」
ロゼアは何となしに星を指差しながら言った。
「ソキは星みたいなものだなって思ってた」
「……うん」
「ソキってきらきらしていて、いっつも見えるけど、絶対手の届かない、星みたいだなって」
赤子の頃から見守っているけれど、決して手の届かない“宝石の姫君”。いつかは莫大な金と引き換えにいずこかへと嫁いでいく。そしてその安否がロゼアに知らされることはない。
ロゼアとソキの距離は、天に掛かる星々と自分のように、とても遠かった。
「ソキが”旅行”に行って、しばらく帰ってこないときって俺、父さんたちと国を回ったりしてたんだけど」
ソキの帰宅前に屋敷に戻っている必要があったため、国から出ることこそなかったものの、砂漠の只中を旅し、国境の傍まで行くことはよくあった。
「そんな時さ。あの星がソキで、あれがきらきらしているうちは、大丈夫。あの星の周りに、たくさん星がある間は、ソキは寂しくない、とか、そんな風に遊んでたんだ」
メーシャが一度、軽く目を見開く。そして微笑んだ。
「だからロゼアは星に詳しかったんだね。……ソキも詳しい?」
「いや、知らない。星って方角を見る道具になるから、教えることは禁止されているんだ」
ソキが知っているのは星にちなんだ美しい物語だけだ。
「じゃぁ、一緒に今から教えに行こう、ロゼア」
立ち上がったメーシャは軽く伸びをした。彼の発言に、ロゼアは憮然と呻く。
「さっきはソキをそっとしておけって言ったじゃないか」
「違うよ。ソキが自分で頑張ろうとしているのを邪魔したらだめだよっていう話だったよ。でもそろそろ様子見に行くのはいいと思うんだ。そのついでに、星を教えに行くんだ」
メーシャがロゼアに手を差し伸べる。ロゼアがその手を掴んで立ち上がると、メーシャは満足そうに笑った。
「星を教えてあげれば、これからは“一緒に”星を数えられる。……――新しい関係が、始まるよ、ロゼア」
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