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 嵐奔りて、砂塵は踊る 5

「ロゼアって、やっぱりすごいんでしょう?」
 シディとげらげら笑いながら一曲を踊り終えたのち、側廊に並ぶ飲み物を物色していたロゼアは、うん、と首を捻りながらシディを見た。
「は? なんで?」
「……いえ、えぇっと、ボクの知るかぎり、ダンスを踊れた新入生ってそんな多くない、ん、ですけど」
 踊りが得意な人間はいるだろう。それでもワルツ、タンゴ、フォックストロット、といった公式のダンスに触れられる者は、世界でも上流階級に属する者に限られる。毎年この歓迎会前に新入生はダンスの実技講習を受けるが、付け焼刃もいいところ。自己流に踊れるならいい方で、ひどいと人の足を踏み回った挙句、他の組と衝突し、怪我を負わせてしまうこともあったという。
 あぁ、とロゼアは納得した。
「いや、だから言っただろ? 俺、踊れるって」
「聞きましたけど……踊っている最中に男女パート入れ替えるなんて芸当は踊れるって領域じゃなくて、もう講師並みですよ」
 踊り初めのしばらくはロゼアが女役を務めていたのだが、シディの方が低身長で踊りにくく、結局はロゼアの独断で役割をひっくり返したのだ。ちょっとごめん、とシディに断りを入れて足を払い、斜めに倒れた彼を受け止めてから、彼を女役として躍らせた。なぜか、おお、とどよめきが起きた。
「講師並みっていうか、ソキに教えてたの俺って言わなかったっけ?」
「……聞きました」
「それにあれぐらい、俺の周り皆できたけど」
「……それってソキさんのお屋敷の方々ですか……?」
「うん。俺がダンス修了したのって十歳ぐらいのときかな。周りもそんなんだと思う」
 ロゼアたち傍付きおよびその候補者は、それぞれの花嫁や花婿に先んじた教育を施される。花嫁が、あるいは、花婿が学ぶほとんど全てを、二、三年、先行して体得するのだと、ロゼアはソキを眺めながら説明した。
 彼女はリボンからかいがいしく世話を受けている最中だった。
 曲がウインナワルツであったことも幸いして、ソキはきちんと一曲を踊りきっていた。それがまた周囲に驚かれているようである。最近はひとりで歩き回るようになったとはいえ、入学してからひと月の間はロゼアが彼女をずっと運んでいたし、ウィッシュという元花婿が学園にいたこともあって、ソキの脚がもろいということを知っているからだろう。
 ソキが躍ることのできた理由は、彼女が学んでいる独特のステップのせいもある。けれどそれ以上に、リボンの先導の仕方が巧かった。
「そういえばソキも踊るの上手になってたな。練習したのか」
 ロゼアがメーシャやナリアンと一緒になって練習させられていたのだから、ソキも当然、そういう時間を持ったに違いない。最近、彼女がすぐにこてっと寝入ってしまうのは、練習で疲れていたからか。
 ――知らない時間が、増えるな、と、思った。
 ロゼアとソキは新入生が共通で受ける基礎を除けば座学も別だし、実技講習はいわずもがなだ。あまり気にしたことはなかったが、ひとつ屋根の下に暮らしながら、これだけ“別の時間を持つ”のは初めてだった。
 そしてふたりの時間はこれから徐々に広がって行く。
 一本の帯を縦に裂いていくかのように。
(いや、でも)
 本当は、断ち切られるはずだったのだ。それを思えば、どうということではないはずだ。
「あ、ソキさん、次は王陛下と踊るんですね」
 シディの声にロゼアは顔を上げた。ソキの手を引いていく砂漠の王をリボンが忌々しさの篭った目で睨み据えている。彼女の歯ぎしりが聞こえてきそうだ。
「シディ、俺、次、リボンさんと踊ってくる」
「えっ、えぇえっ、正気ですか!?」
 大丈夫なんですかっ、呪われないでくださいね、とささやくシディに大丈夫だよと告げ、ロゼアは炭酸水をひと息に呷ってから、リボンに近づいていった。





「なんでアンタと踊らなきゃいけないの呪うわよ」
「いやそう言わずに踊ってほしいんだけど」
 踊ってほしいイヤだっていってるでしょうがアンタも大概人の言うことを聞かないわねそう言わずに踊ってくれないとソキに呪われそうだったって言いつけるけどアンタ想像していたよりうんと最悪だわ呪われろ、という問答を楽団の休憩いっぱいまで繰り返し、ロゼアは強引のリボンの右手をとった。
「ちょ、アンタ!」
「暇だろ、ソキ待つあいだ。それに訊きたいことがあったんだよ」
「訊きたいこと?」
「三点って何の話だ?」
 最初に顔を合わせたとき、彼女は述べた。三点。
 ソキはロゼアの容色を三点と評価されたと感じたようだが、リボンの声色から何となく違う意味のような気がした。
「何か言いたかったんじゃないか? 三点」
 リボンは眉間にしわを寄せて、黙り込んだ。
 音楽が始まった。
 リボンは諦めたのかロゼアに身を任せてくれた。先導に従った踵が軽やかに鳴る。
 左手で支える身体は華奢だが、ソキほどではない。ソキのエスコート役に徹するために身に着けているのだろう。すっきりとした男物の礼服を身に付けている。白いシャツの布地は特殊な織り方をしたものなのか。光が当たると模様が浮き出て、それが彼女の簡素な装いを典雅なものとしていた。シディも含めて案内妖精はおしなべて容姿端麗であるという。リボン、とソキによって名づけられた少女も例外ではない。ちいさな顔は繊細で愛らしい。その印象を覆すものが、苛立ちをたたえてロゼアを見上げる、焔を封じた水晶のような紅の双眸だった。
「そこまでわかるなら自分で気づきなさい」
「手厳しいな」
「アンタ、ソキにきかなかったわけ? アタシのこと」
 どうせ口うるさいとかすぐ怒るとか、言ってたでしょう。
 ロゼアはいいや、と首を横に振った。
「“リボンちゃんはねーぇ、リボンがかわいくて、おめめがきれいで、すっごく気持ちよさそうにお空を飛ぶんですよぉ、かわいいんですよぉ、ソキ、リボンちゃん大好きです”っていうのなら聞いた」
 噴きだすことを堪えたリボンが、くっ、と呻き、唇を引き結んで震えだした。しばしの後、キッ、とロゼアを睨み据え、ロゼアの左手にぎりぎり力を込めてくる。
「何よ何よ見るんじゃないわよ」
「いやいやいや無理言うなって」
 リボンをくるりと回しながらロゼアは苦笑した。
「ソキの話ってそんな風だからさ、ソキの案内妖精に聞きたかったんだ。ソキが、どんなふうに旅をしていたか」
 ソキは楽しかったことは話してくれた。白雪の国の城でウィッシュに再会したこと。王宮魔術師の女性陣にあれこれと世話を焼いてもらったこと。リボンに付き合ってもらって買い食いを覚えたこと。ナリアンの案内妖精との出会い、等々。
 けれど。
「ソキはどうやって旅してたんだ?」
「どうやってって……」
「歩いて?」
「そうよ」
「……それは」
 ロゼアは一度、渇いていた下唇を湿らせた。
「回復の術を使って?」
 リボンがはっと息を呑んでロゼアを見上げ、えぇ、と首肯する。
「……そうよ。……アンタは知ってるんでしょ。ソキは」
「歩いたり立ったりが得意じゃない。白雪からここまで来られるような身体をしていないんだ。本当は」
 それでもソキは歩き通してやってきた。それを可能としたものが――恒常的に働いている、彼女の回復魔術だ。
 天体観測より少し前のことだ。ソキが体調を崩して寝込んだことがあった。そのときに初めて知った。彼女が、繰り返し繰り返し、回復魔術を、本来ならば使えぬはずのそれを、予知魔術師だからこそ可能なそれを、使い続けていたことを。
「ソキは馬車も苦手だろうし。それでも、最上級のものを使えばまだ大丈夫なはず。リボンさんもそうするように勧めたんじゃないかって思うんだけど、それでもソキはほとんど歩いて旅をした」
「そうよ。アンタを探しながらね」
 リボンは告白したくないと目で訴えながら吐き捨てるように言った。
 曲が変調する。人々が壁際でくるりくるり、入れ違いに反転していく。複雑なステップが、床石に軽快なリズムを奏でる。
 ロゼアは呻いた。
「……やっぱりな。そうだと思った」
 ソキは白雪の国にいたという。ということは、そこが“嫁ぎ先”か、その候補の所在地だったのだ。砂漠の国は星降の国までの通り道。ソキは学園の入学許可証を手にした時点で“花嫁”の義務を放棄しなければならない旨を伝えに実家の屋敷に立ち寄った。ならばロゼアの不在を不審に思ったはずだ。
 屋敷には念のために学園へいくことを伝えてあったけれど、ソキの耳には入らなかったのだろう。入学式を待つための控室で再会した時、彼女はあんなにも泣いたのだから。
 ソキが道程のほとんどを歩いた、と耳にしたときから、自分を探していたのでは、と、ロゼアは思っていた。
「旅の途中、アンタのことばっかりだったわ。口を開けば一言目にはロゼアちゃん。二言目にもロゼアちゃん。……アタシだって探すのに協力してあげたのよ。感謝なさい」
「ありがとう。……後は何か、気になることはなかったか?」
「気になること?」
「うん。たとえば……魔術関連で。……予知魔術師については、優先して勉強するようにしているんだ、けど、本当に、俺のとは全然違うからわからなくてさ。一緒に旅をしている間は、危険も多かっただろうから、回復魔術みたいに、無理に術を使ったりもしていたんだろう?」
「……そうね」
「どういう風に使っていたか教えてほしい」
「それを知ってどうするわけ?」
「俺は」
 反射的に、傍付きだから、と喉から出かかった言葉を、ロゼアは呑み込んだ。
「……ソキの、傍に、これからもいるんだ。何がどう、彼女に作用するのか、少しでも知っておかなければならない」
「そう。……知っておかなければならないの(・・・・・・・・・・・・・・)?」
 リボンが尋ねてくる。ロゼアの発言に念を押すような形で。
 ロゼアは瞬いてリボンを見た。彼女は燃え盛る炎のような瞳に驚くほどの静謐さを宿してロゼアを見つめ返していた。
 その問いは、義務か、それともお前自身の望みに由来するのか。
 ロゼアは戸惑った。そのようにソキを気に掛ける理由を追求されることなど久しくなかったことだから。
「いや……知りたいんだ」
 ロゼアは頭を振って訂正した。
「ソキが苦しんだりするのは、俺が嫌だ」
 その兆候となりうるものがあるなら、ひとつでも知っておきたい。
 リボンが小さく溜息を吐いた。
「アンタも知っている通り、ソキには恒常的に回復系の術が働いている。あれだけ転んだりして擦り傷ひとつないのはそのせい。あとは正式な回復の術も知っているわ。略式じゃなくて、呪文を唱えて発動するものよ。あれは負荷が大きいの。なのにあの子、無理をしようとするときに決まって使おうとするわ。そのときはやめさせて」
 学園内では必要のないものだ。学園内にも白魔術を専門とする保険医はいる。多少の怪我や病なら、彼らが応対すれば事足りる。彼らの手に負えないときは砂漠の国から白の魔法使いが呼ばれる。ソキが自ら術を行使する必要はひとつもない。
「わかった」
「あとは……そうね。アタシにもよくわからないことが色々……あぁそういえば、楽音の国で、だったかしら。花舞に入る直前だったと思うけど、アタシが目を放した隙に勝手に術を使って、魔力が枯渇したことがあったわ」
 何を祈ったのかしら、あの子、と、リボンが考え込む。
(楽音の国、か)
 苦い記憶が呼び起こされてロゼアは顔をしかめた。花舞に隣接する国境近くの街で、魔力の暴発の尾を曳いたロゼアはしばらく寝込んでいた。ある日突然体調が回復しなければ、自力で星降の国までたどり着くことは無理だったかもしれない。
(……ん?)
 何かが引っかかる。
 だが答えが導かれる前に、リボンの声がロゼアの耳に飛び込んできた。
「と、に、か、く!」
「う、うん」
「予知魔術師っていうのはなんでもできてしまうくせに、魔力が極端に少ないから……ソキもそうだけれど。だから、気を付けるとしたら、あの子の魔力が枯渇していないかどうかね。前触れなく極端に魔力が減っていたら、あの子が何か術を使った証拠よ。……アンタ、魔力はもうきちんと認識できる?」
「あ、いや……」
 今日、ソキの魔力を初めて視認したばかりだ――虹色が表面に流動する、薄い靄のような魔力。
「魔術師として目覚めた時点で、相手の魔力の量はなんとなく感じ取れてしまうし、成長に応じてちゃんと認識できるようになってくるものだから、学園でもあんまり厳しく学ばないのかもしれないけど」
 というかそこが基礎じゃないの基礎は叩き込みなさいよ怠慢な教師は呪われろ、と、リボンはお定まりの暴言を会話の間に挟んだ。
「……ソキのことを見るつもりがあるなら、そこもきっちり訓練してもらいなさい。しておいて損はないわ。……アタシに言えるのはここまでよ」
 曲が、終わる。
 足を止めて手を放し、向かい合って、パートナーに一礼を。
「ありがとう。助かった」
 ロゼアが微笑むと、リボンは鼻を鳴らした。
「アンタを助けるためじゃないわソキを助けるためよ仕方ないじゃないアタシは妖精だし今は四六時中あの子の傍にいてあげられないし」
「うん、わかってる。リボンさん、ソキのこと好きなんだな」
 他人に対する好き嫌いの激しいソキが、「ソキ、リボンちゃんのこと大好きです」と、宣うのと同等か、それ以上の重さで。
「呪うわよ!」
 かっ、と頬を一瞬で紅潮させたリボンが、ロゼアをびし、と指差して踵を返す。
「アタシのことはどうだっていいのよアンタはもっとソキのことをちゃんと見なさいよ! じゃぁアタシもう行くわよ付いてくんな。……ソキ!」
 砂漠の国王から解放されたソキを、リボンは足早に引き取りに向かう。いや、違った。引き取りではない。ひったくる、だ。
「大丈夫でした? ロゼア」
 飲み物を携えて隣に立ったシディに、うん、とロゼアは頷いた。
「呪うわよ、とは何回か言われたけど」
「もう、口癖のようになってしまっているので……許してあげてください。足も踏まれてなかったみたいでよかったです」
「あ、いや、踏みたいんだろうなっていう殺意は何回か感じたけど」
「うん。やっぱりロゼアはすごいんだって改めて思いましたね!」
 避けられるとかすごい、とシディから手放しに褒められる。彼の差し出した炭酸水をありがたく受け取りつつ、ロゼアは苦笑した。次の曲を待つ組に場所を譲り、ふたりで雑談しながら身廊側に移動する。
 教会はますます多くの人で賑わうようになっていた。ナリアンの姿は見えない。メーシャはラティの手を引いてダンスホールに向かって歩いている。砂漠の国の王宮魔術師である彼女はメーシャの後見人だと言っていた。久しぶりに彼女と過ごすことが嬉しいのか、メーシャは満面の笑みだ。
 どこかへ出かけていたらしいチェチェリアが、楽しんでいるか、とロゼアに声をかけてすれ違っていく。寮長は周囲に跪く少女たちの中から次のダンスの相手を選ぼうとしていた。そっと視線を逸らした側廊の影ではエノーラが頬を染めた小柄な少女を後ろから抱いてペチコートで膨らんだドレスの裾に手を――うん見なかった。自分は何も見なかった。
 ソキはベンチに座らされてリボンから繊細な銅細工と硝子を組み合わせたグラスを受け取っていた。「たのしそうですね」とシディが言った。ロゼアは同意に頷いた。ソキは疲れているが、リボンに気を許しているようで、頬を膨らませたり唇を尖らせたりしながらも、目元を笑みに緩ませて会話に応じている。
 飲み物で喉を潤した後、ソキはそのヴェールの下の顔に緊張を走らせた。
 唇が、小さく動く。





「あぁ、今宵は夜会なのかな」
 闇の中、設えられた椅子に座したまま、男は目を閉じる。
 彼は嗤った。
「今日も歌ってくれたんだネ。ボクの――……」





「ロゼア」
 シディが鋭くロゼアを呼ばわい、腕を掴んで強く揺さぶる。
 ロゼアは留めていた息を吐いて、案内妖精の手に触れた。
「大丈夫」
「に、見えませんよ。……手がものすごく冷たい。気分が悪いんですか?」
「あぁ、うん……なんだろ」
 地に足が付いている心地がしない。
 シディが、何かを言っている。手水場へ、とか、休むか、とか、そのような。
 自分は彼に何と答えたのだろう。思い出せない。
 首を絞められながら闇色の水に沈められていくようだ。
 ただ、息苦しい。
 ――そして気が付いたとき、ロゼアは森の中にいた。
「……え?」
 ロゼアは驚愕しながら周囲を見回した。見覚えのある森だった。灯篭に照らされる煉瓦敷きの小路と教会が木立の彼方に見える。さやさやと衣擦れの音を立てて、カンテラを手にした男女が教会を出入りしている。
 あはは、と笑い声が夜空の下で弾けた。ロゼアは声の響いた方向に顔を向けた。きれいに着飾った少女たちが、星のように煌めくドレスの襞を風になびかせて、談笑しながら歩いていた。
 ここは、寮と教会を繋ぐ道沿いの森だ。
「ロゼア!」
「ロゼアさん!」
 背後から声を掛けられて、ロゼアは戸惑いながら振り返った。シディとハリアスが駆けてくるところだった。
「ロゼア! こんなところにいた……! いきなりいなくならないでくださいよ!」
「ごめんシディ……えっと」
「風にでも当たろうと思ったんですか?」
「え、あぁ、うん」
 状況が呑み込めないまま、ロゼアはシディに肯定を返した。
「風に、当たろうと、思った」
 嘘だ。
 思い出せない。
 何故、自分がここにいるのか。
 自分はつい今しがたまで、教会の中にいたはずなのに。
「ロゼアさん、ソキちゃんが、大変なんです」
 そう告げたのはハリアスだった。
「ソキが?」
「はい、急に泣きだしてしまって……立てないぐらいで」
「リボンさんが、ロゼアを呼ぶようにって」
 ついてきてください、と踵を返すふたりに先導されてロゼアは歩き始めた。
 足取りはしっかりしている。意識も。指の先まで、ロゼアが意識した通りに動く。血が巡っている。
 ロゼアは歩きながら無意識に自分の首を撫でた。そこには何もないはずなのに。
 なぜか。
 首を絞められた感触が生々しく残っていた。





 花飾りを携えながら帰り道を歩いていたツフィアは木立越しにすれ違った影に足を止めた。ロゼア。今年の新入生。彼が少年と少女に先導されて教会方面へと走っていく。その焦燥に満ちた顔が視界の端を過ぎった瞬間、ふと、見えてはならぬものが見えた。
 唇を、戦慄かせる。
「シーク。……あなた……!」
 いったい、どこで。
 あのふたりに記を付けたのだ――……!





 嵐は華やかな影に潜んで心の奥を奔り抜ける。
 沈殿していた滓を巻き上げながら。

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