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 おはなしの時系列として ソキ編『希望が鎖す、夜の別称:47』【完結!】 → ロゼア編『緊急職員会議』(このおはなし) → ソキ編『ささめき、ひめごと、そして未来を花束に:01』になりますので、その前後までの読了を推奨いたしますが、読書順はご自由にお楽しみ頂けます。また、そこまでのお話に対する展開の、致命的なネタバレ等を含みません。単体でもお読み頂けます。



 緊急職員会議

 シルがロゼアに放ったという一言を耳にした瞬間、レディとストルの顔色が変わった。
『お前が悪い』
 レディはストルを単なる同僚としてのみ認識してどちらかといえば苦手にしているし、ストルは親友だった男の元婚約者に対する憐憫を抱いてレディには線を引いたところがある。そんなふたりが綺麗に声を揃えることなどかつてなかった。
 ふたりが怒っていることはチェチェリアの目にも明らかだった。
「えっ、やだロゼアに刺されればよかったんじゃない?」
「その場にいたら俺がどうにかしているが? ……シルを」
「よかったじゃないロゼアが未熟で。じゃないと蒸発してたわよ? 私が燃やしてたかもしれないけど……シルを」
 いや、怒るどころではなかった。激怒していた。表面的には笑顔だがぷつりと切れていた。
 これまでどこかふてくされている様子だったシルもさすがに青褪めた。レディは火の魔法使いとして危険ではあるが、特にストルだ。彼は歴代怒らせてはならない人物の上位者である。なにせいまだに寮の談話室にマジ切れさせるな駄目絶対と貼り紙してあるほどなのだ。
「寮内でもロゼアに同情的なんだろう……?」
 レディとストルの反応を、ロゼアに対する同情、としていいかはともかく、ロリエスがややシルに労るような声音で囁いた。彼女は砂漠出身ではないから、事態がよく呑み込めないらしい。
 そしてそれはチェチェリア自身も同じだ。
「砂漠出身とそれ以外の者たちが、緊張状態にあると聞いているが……」
「緊張ですんでいるのは皆がシルを好いているからだ」
 困惑気味のチェチェリアにストルが言った。
「砂漠で同じことを言ったら、血祭りよ。血祭り」
 わたしたちって、おまつりずきだし、うふふ、と、レディが陶然と付け加える。
 ふたりの怒りは大絶賛継続中であるらしい。
 チェチェリアは、困惑していた。チェチェリアだけではない。ここに集まった、ロリエス、フィオーレ、エノーラも同様だろう。
 ロゼアと寮長の対立は思いもよらぬ影響を及ぼしていた。寮長の発言にその場にいた砂漠出身の上級生たちも憤っており、それを理解できない他国出身者との間に軋轢を生んでしまったのだ。いま、寮内は大戦の最前線みたいよぉ、とは、パルウェの言である。
 それほどまでの事態に発展したから、ロゼアたちに関わり深い王宮魔術師たちが臨時に収拾されているのだ。このようなことは稀である。
 だが正直、チェチェリアも困惑している。
 チェチェリアは砂漠の出身ではなかった。砂漠の花嫁、という存在もウィッシュを通して知った。傍付きという特殊な従者がいるとは彼から耳にしていたが、「フィアはね、すごいんだよ」ぐらいしか聞いていなかったので、花嫁に常に付く側近程度の認識だった。
 たかが、と言うのはまずいだろう。
 だが砂漠の人間全員が、ここまで激怒するというのは――……。
「傍付き、というものは、一体、何なんだ?」
 チェチェリアの問いに非砂漠出身者が全員頷いた。
「ロゼアだけじゃなく、お前たちの反応からして、傍付きが花嫁や花婿の単なる世話役という感じではない、のはわかるが」
「はいチェチェ。単なる。それ言わないで禁止。……何なのなんで皆軽んじるの燃やせばいいの燃やすわよ?」
 やめろレディ、とたしなめたストルが嘆息して解説を始める。
「世話役、というよりも育ての親だ。絶対的な守護者であり、花嫁花婿に愛情や慈しみ、祝福、そういったものを吹き込む存在。魂の拠り所」
「あぁ、いいたとえを思いついた。王陛下と、国よ。傍付きと花嫁ってそのふたつに似ているわ」
 王と国、とチェチェリアたちは鸚鵡返しに呟いた。ただひとりストルだけが、なるほど、とレディのたとえに頷いている。
「……王は国を育て、導き、守護し、無償の愛を注ぐ。国という枠組みは、金を動かし、人を動かし、最終的にそこに生きるものたちを生かす。幸福にする」
「傍付きと花嫁や花婿の方々もそうなのよ。傍付きは花嫁を育てて、導いて、守護して、無償の愛を育てて。花嫁の方々は、砂漠の国の金を動かして、人を動かして、最終的に砂漠に生きるものたちを生かして、幸福にするわ……」
 あっ、やだストルと同じ発言だなんてキモい。人の喩えを借りておいてお前は何を言っている。
 レディと軽い火花を散らしたあと、ストルはチェチェリアたちに向き直って説明を始めた。
「……王とは、一朝一夕でなれるものではないな。陛下たちは幼少のころから責任を課され、教育を受けて王となる。傍付きも同じだ。花嫁たちを養育し、守るために必要とされる家事、礼儀作法、医術の基礎、武術に上乗せして、花嫁が学ぶ教養全般も教育を受ける……パーティーのときのロゼアのダンスを見なかったのか? あぁいうことも含めて、全部だ。それを成人するまでに叩き込まれて、傍付きは、作られる」
 その教育は多くの場合、物心つく前から始められる、とストルは言った。
「ようするにあれよね。生まれた瞬間から王になるためにずっとずっと頑張ってきて、ようやく王になって責務を果たしてた王子が、あなたは魔術師になりました王辞めてくださいって言われて、それで魔術師になって、時間をかけながら折り合いをつけて頑張っているところに、シルはおまえはいつまで王様気取りでいるんだって言っちゃったわけ」
 わかりやすく言うと、こういうことよ、とレディは呟き、一同がしんと静まりかえったところで、ふっとストルを見た。
「っていうかなにストルは詳しすぎない? 私はそこまで知らないわよ」
「俺は祖父が傍付きだった」
「はっ!? なんなのあんたの身体能力遺伝なのソレ!?」
 驚くべきところはそこなのか、とストルを除く全員がレディに胸中で突っ込んだだろう。
「……ストルはあれ、そうなると、お屋敷の関係者、なの?」
 フィオーレが恐る恐る尋ねる。ストルが呆れた目を彼に向けた。
「祖父は花嫁を送り出した後に俺の祖母と結婚して職を辞め、別のオアシスに移った。……フィオーレ、お前は砂漠の王宮魔術師だろう。なんで内情を理解してないんだ?」
「いやそこをいわれちゃうと本当に申し訳ないんだけどここまで深くあのお屋敷と関わったのはソキとロゼアがきてからであってね……あっ、ごめんストルごめん」
 勉強するから怒らないでやだやだ、とフィオーレが言い、ストルはますます眉間のしわを深めた。
「……ここがおそらく、他の国から傍付きの理解を難しくしている、点、なんだろう。……傍付きには職業、という側面もあるからだ。そして俺たちも傍付きには普通に接することが、“許されている”。傍付きが市井の仲間に加わりやすいように。そして彼らが花嫁たちが願ったようなごく普通の幸福な人生を歩めるように」
「それでもよ、私たちはきちんと敬意を払っているわ。ひとりの花嫁を、花婿を、完成させて、きちんと送り出した、傍付きに……彼らがいなければ、花嫁も花婿も、生まれないんだもの」
「花嫁と花婿がどれほど俺たち砂漠の人間に恩恵をもたらしているか……小さな小さなオアシスが生き延びることができるのは、花嫁と花婿によってもたらされた金銭が援助に回され作られた、井戸と家屋があるからだ。花嫁と花婿の養育を通じて様々な職業が発生するからだ。屋敷を退職した者たちが花嫁や花婿を養育する過程で受けた高度な教育を学校もない僻地まで届けてくれるからだ。花嫁と花婿は俺たちの祝福。傍付きはその彼女たちの祝福。……たかが職業? シル、おまえその言葉を、王陛下たちに言ってみろ。それぐらい、お前の発言は暴言だった」
 王宮魔術師たちに殺されるだろうがな、とストルは冷やかに嗤った。彼がリトリアのこと以外でここまで怒るのは、本当に珍しいことだった。
 が、ここまで説明されれば、チェチェリアたちにもことの重さは理解できた。シルにも、わかっただろう。
「シルは、砂漠の国そのものに、喧嘩を売ったわけか」
 ロリエスの言う通りだった。
「……まぁ、あれじゃない?」
 これまで沈黙していたエノーラがソファに深く身を沈めて頬杖を突いた。
「シルは兎ちゃんにずーっと構ってもらえてない鬱屈をついついロゼアにも向けちゃったわけでしょ」
 エノーラの発言に、ロリエスが訳知り顔になり、シルが顔をますます強張らせた。
「何々どういうこと?」
 と、フィオーレ。どこか面白がっている。
「ストルも言ってたけどフィオーレはもうちょっと自分の国の出来事に目を向けたほうがいいんじゃないの? 去年、よ。兎ちゃん、自分の傍付きさんと再会したの」
「あぁ、それは聞いてる」
 チェチェリアが言うと、同じく、と全員が軽く挙手した。
「一度見てみるといいわよ……すごいから」
「すごいって、何が?」
「兎ちゃんの全力のデレ」
 ふぃあふぃあだいすきだいすきだいすきってもうとろとろのドロドロのふにゃふにゃのあまあまよ、と真顔でエノーラが言った。
「それに私兎ちゃんに殺されかけたんだから」
「へ? なんで?」
「傍付きちゃんの胸を揉んだら」
「おまえだれかれかまわず胸揉むのやめろよ!」
「そこにかわいい女の子がいて綺麗な胸をしてたら揉むべきでしょう!」
 訊くんじゃなかった、と全力で質問を後悔しているフィオーレに、エノーラは何よどこに問題があるのと言わんばかりだった。
 いつもの光景である。
「っていうか今日兎ちゃんが来てないのもシフィアちゃんのことがあったからなのよね……」
 あ、シフィアって傍付きちゃんの名前ねきれいよね女の子の名前は響きがいいわ、と八割方どうでもよいことを付け加えるエノーラに、レディが足を組んでどういうことなの、と面白がるように尋ねた。
「シフィアちゃん、お仕事で白雪の城下に住むらしいの。それで兎ちゃんは喜び過ぎて熱を出したっていうか……」
『わぁ……』
「シフィアちゃんが陛下に兎ちゃんと一緒に住んでいいかどうか伺いをたてに来てたのね。なにせ砂漠の「お屋敷」関係者だから、いろいろ難しいこともあるじゃない? 砂漠の王陛下にはきちんと話はしてるらしいけど……それで、陛下も兎ちゃんの体調を見ておいおい許可をするかどうか決めるって合意されて。……そのことは伏せてあるんだけど、知ったらどうなるのかしら兎ちゃん喜びで死んじゃうんじゃないかしらって最近思うのよ……」
 一度見に来てみるといいわうちの王宮はわりと死んでるわよ砂糖で、とエノーラが言った。
「兎ちゃんを見ていると、ソキちゃんとロゼアくんはもっと自立してるわ。充分に頑張ってる気がするわ」
「あっ、す、すごいっエノーラが褒めてるははっ」
「なによフィオーレ。私が人を褒めない人間みたいに私は褒めるわよ女の子はとりわけ全力で」
「エノーラは後半さえなければいいのにな……?」
 並んで座るエノーラとレディが、げせぬ、とフィオーレを睨んだ。
「……俺たちももっと早くに説明しておくべきだったのかもしれない」
 と、幾何か冷静さを取り戻したらしいストルが呟いた。
「けれど花嫁と傍付きの関係を……そこまで周囲が理解していないことが、正直わかってなかった」
「だって花嫁と傍付きよ。どうして軽んじることができるのか、私にはそっちのほうが理解に苦しむわ……。私がいまだにウィッシュさ……ウィッシュ、の、前で、真っ直ぐ立てないことで察しなさいよ。花嫁と花婿、その周囲にいる人々を、軽んじることは、万死に値するって」
 はー、燃やしたい、と吐息するレディの肩をエノーラが抱き寄せてよしよしと慰め始める。
「……それにしてもお前らしくない、冷静さを欠いた発言だったな」
 ロゼアとソキには早く自立してもらうべきだ、ということはわかる。側で見ていて歯がゆくもあっただろう。
 他の者たちが指摘できないことを口に出すことがシルの役割だ。けれど、大勢のいる談話室ではやりすぎだった。とはいえシルが冷静な状態で同じことをロゼアの部屋で述べていたら、自分たちがこのように収集されることはなかっただろう。そういう意味では結果論だが、よかったのかもしれない。
 ただしこれからの事態を収拾することが骨だが。
 チェチェリアとエノーラに挟まれてひとり掛けに座るロリエスが、つまり、と口を挟んだ。
「嫉妬に狂ったわけだろう……?」
 そのひとことで、部屋の温度が急降下した。
 全員が一斉にロリエスを見た。彼女は眠たそうな目を眼鏡の奥で細めて薄く笑っていたが、どうみても。
 青筋が浮いていた。
 ロリエスがするりと立ち上がる。
「ロゼアには謝れ。あと、もう少し子離れをするものだよ、シル……私は帰る」
「あああああああああああああああああああああああああ!!!」
 まってくれおれのめがみいいぃいぃと絶叫するシルを、ストルが押さえつける。
「チェチェリア、進捗を教えてくれ。皆、おやすみ」
「あぁ……おやすみ」
 おやすみ、おやすみなさい、と応じながら、それぞれロリエスを見送った。
 ぱたんと閉じられる扉を眺めて、チェチェリアは苦笑した。もしかして彼女がシルの求婚を撥ね退け続けているのは――そういうわけか?
 とにかく、とチェチェリアは言った。
「ロゼアを懲罰房から出さなければな……」
 一刻も早く、とチェチェリアは思った。パルウェの機嫌が最低だ。懲罰房の管理者だがその中に人を入れることを激しく嫌っているのが彼女である。そして何よりもロゼア。激しく傷ついたであろう彼のことが心配だった。
「それじゃぁ、今日は解散」
 項垂れるシルを残して、全員が席を立った。

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