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 ソキはエノーラが部屋に突入してきてからずっと、ふかふかのクッションが敷かれた椅子の上に座っていて、動くことを許されていなかった。そもそも、他の新入生が戻ってくるまで、ソキは談話室から出てはいけないのだという。不用意に学内を歩きまわると魔術的になにが起こるか分からなくて危ないから、というのがその理由だが、ソキの怪我防止の意味も強いだろう。そーっとソキをこの椅子の上に座らせたロゼアは、つまらなさそうに唇を尖らせる少女の頬にてのひらで触れ、指で髪を櫛梳るように撫でてから離れて行った。それから一歩も動いていないことを知れば、良いコにしていたと褒めてくれるだろうか。動かないのは、ソキにとって苦ではない。動き回れ、と言われる方が大変なくらいだった。
 ソキをはじめとした花嫁、あるいは花婿と呼ばれ、育てられる者たちは、基本的に自分で動き回るように作られていない。運動が得意になるようには育てられなかったし、ごく慎重に活発さの芽は摘まれ、移動方法は制限された。部屋の中から出てはいけないことも、座った場所から動いてはいけないことも、すこし前の、案内妖精を目にする前のソキには当たり前のことで、それに不服を覚えた訳ではなかった。ソキは不満なのは、たったひとつだ。どうしてロゼアから離されなければいけないのか。もっと厳密にするならば、どうしてロゼアがソキの傍から居なくなるような状況がそこに存在しているのか。せっかく会えたのに。離れたくなんてなかったのに。抱きあげられたままでいたかったのに。どうして。
 エノーラという非常に偏った性癖を持つ変態という衝撃からやや立ち直った為に、ソキの機嫌はじわじわと悪くなって行く。ロゼアちゃん、まだですか、とむくれながら呟けば、至近距離から笑いを堪える気配がした。
「……今、なにが楽しかったの? フィオーレ」
「んー? ……ソキ、本当にロゼアのこと大好きだなぁ、と思って。可愛くて、つい」
 不思議そうなエノーラの問いに、フィオーレはくつくつ、幸せそうに喉を鳴らしてかすかに笑った。視線がゆるりと持ちあがり、ソキの顔を下から覗きこんでくる。背の高い椅子の上に座っているソキの前に両膝をついてしゃがみ込む青年の両手は、少女の左手を目の高さへと引き寄せ、観察していた。おおまかな説明だけ、待機していた保健室からこの談話室へ来るまでの道のりで聞いたのだという白魔法使いは、ごく慎重な様子でソキの手に触れていた。
「ロゼアたち、適性検査と属性検査の最中だろ? どんなに早くても、あと一時間はかかるよ。平均で、いっつも二時間くらいかかってるし」
「ソキは?」
「ソキは待機ー。もうちょっとだけ良いコにしていようなー?」
 にこりと笑うフィオーレの、薄紅梅と赤薔薇の二色が不規則に混じり合った不思議な髪の、一筋だけが細い三つ編みにされているのが見えた。染めているのではなく、地毛であるらしい。男にしてはやや長めに伸ばされた髪は細く、猫の毛のように柔らかくふわふわしていて、ひんやりとした花の香がした。フィオーレって基本的に女子みたいな匂いするわよね、と面白そうに呟くエノーラに白魔法使いは眉を寄せてやや不服そうな顔つきをしたのち、なにも言わずに目を細めてソキの手へ集中しなおした。じっと肌を見つめ、考え込む瞳も、髪と同じく二つの色が混ざり合ったつくりだ。油絵の具を水に落としてぐるりと混ぜ込んだように、花緑青と鉛の色がゆらゆらと濃淡を変えている。
 それも別段、魔力が強すぎる影響が出ている、という訳ではないらしい。一族全員二色だから、俺のこれも遺伝なんだよね、と改めて不思議そうに見てくるソキに、フィオーレはかすかな笑いを滲ませる声でやさしく囁いた。ソキのちいさな手を、フィオーレの両手が包み込むようにして触れている。
「さて、俺にも見えないし触れないみたいだけど……確かに、なんかあるね。左手の小指」
「分かりますですか?」
「魔力が円を描いてるのなら分かる。ただ、役目を終えたのかな? なんか、残り香みたい。消えちゃいそう」
 残念そうに呟いて、フィオーレはふわりと瞼を閉じた。その状態で、うん、と白魔法使いは微笑む。
「ひかり、だね。暗闇の中の光、夜に輝きだす星、導きの灯台みたいな、そんな魔力。火じゃなくて、光。ひかり、だ。きらきらしてる……これが、指輪? ソキには、指輪に見えるんだ?」
「……はい」
「ふぅん。別に、魔術具でもなさそうだけど……俺にはただの魔力に見えるし、ソキは残念かも知れないけど。もう長持ちしないと思うよ」
 この魔力に託された想いはすでに報われてるから、と白魔法使いは静かな声で言った。嫌ですよ、と告げようとしたソキの目を覗きこみ、フィオーレは少女の手をやんわりと握りこむ。
「花が枯れるのを、止めたらいけない。俺たちは、やろうと思えば、そういうこともできるけど。……そういうことは、しちゃいけないし、やったらいけないと俺は思うよ。基本的にはね。俺が言ってること、分かる?」
「……ソキは、これ、大事にしたいんですよ」
「うん。大事にしてあげれば、くれた人も喜ぶと思うよ」
 ただし、終わりがあることを分かっていること。にこにこ笑いながらも否を言わせない様子のフィオーレに、ソキは視線を彷徨わせた後、仕方なく頷いた。よしよしソキはいいこだなー、とフィオーレが少女の髪をくしゃくしゃに撫でる。いやいやと身じろいでむずがるソキの前で立ち上がり、フィオーレは見守っていたエノーラに、そういうことだから、と告げた。
「ほっといていいと思うよ。魔術具じゃないことだけは確かだから」
「はーい、了解。じゃあ報告しないでいいや。めんどくさいし。フィオーレ、内緒にしておいて?」
「いいよ。俺の条件飲んでくれれば」
 にっこおっ、と笑みを深めるフィオーレに、エノーラがなぜか青ざめて一歩引く。ちょっとやめてなに怒ってるの怖い、と焦りながら、エノーラはじりじりと白魔法使いとの距離を広げて行った。当然、ソキからも遠くなる。
「わ、私は別に、その……! 訳あって目を見て話すことはできないけど盗撮とかはしていないわ……!」
「……他国の王宮魔術師の更衣室、盗撮しようとするのは、洒落にならないから本当にやめような?」
 額に指先を押し当てながら言うフィオーレに、エノーラはぶんぶん首を横に振っている。
「し、してないったら! まだ! 興味はあるけど! 時にフィオーレ、今日はいてるパンツ見せてくれたり?」
「しない。つーかお前のその下着に対する執着はなんなんだよ……。男のパンツ見てなにが楽しいの?」
「なんで私の性癖を事細かに説明しなきゃいけないの?」
 きょとん、として首を傾げながら、エノーラが頬は人差し指を押し当てた。
「でもまあ、あえて言うなら恥ずかしがる顔が見たいのよね。ずばっと見せてくれても、それはそれで構わないんだけど。全然ありだけど。あと、女の子は色を聞く所から楽しみたい。で、教えてくれたら確かめさせて? って言いたい。それで、恥ずかしがってじわじわ持ち上げられていく布の動きと太股の露出していくあの感じを心行くまで楽しみたい。いつも思うんだけど、スカートめくりする奴ってなんなの? 本当に分かってない。いい? スカートっていうのはめくるものじゃないの。めくらせるものなの。自分でやるんじゃなくて、やらせる、やってもらうものなの! そこに浪漫というものが詰まってるの!」
「お前、本当に、変態をこじらせてるよなぁ……」
「ソキはなんにも聞かなかったことにするですよ……」
 げんなりするフィオーレの背に隠れるようにひっつきながら、ソキは心の底からそう言った。うん、忘れな、と髪を撫でてくるフィオーレの手に、ソキはぐりぐりと頭を懐かせる。猫みたい、とほんわりした声で呟き、フィオーレの目がちらりと錬金術師を見た。
「で、交換条件なんだけど?」
「う、ううぅう……なに?」
「ちょっとさぁ、俺が良いって言うまで部屋の外に出て扉の前に立っててくんない? 誰が帰ってきても、俺が良いって言うまで部屋の中に入れないで。メーシャも、ナリアンも駄目だけど、ロゼアは特に絶対駄目。時間かかることじゃないし、すぐ終わると思うけど」
 はいじゃあ出てって、と手をひらつかせるフィオーレに、エノーラの眉が寄る。いいけど、と扉に向かって歩きながら、女性は僅かばかり心配そうな目で、ソキを振り返った。
「いじめちゃダメよ?」
「いじめないよ」
 俺はこのコのこと気に入ってるからね、と囁くフィオーレを無言で見つめた後、エノーラは部屋を出て行った。扉が閉まる音は静かすぎて聞こえず、ソキは椅子の上で緊張に身を強張らせる。
「……なんですか?」
「うん」
 頷いて、振り返り、フィオーレの手がソキの髪を梳いて行く。慈しむように、そっと触れて。その指先をすこしも肌に触れさせず、白魔法使いは淡々とした声音で言った。
「服脱いで。上だけで良い」
「……え」
「痕跡、消してあげる。……ロゼアが気がつかないでいてくれて、よかった」
 心から安堵した声で息が吐かれたあと、伸びてきた腕がソキの体を抱き寄せた。ぎゅぅ、とやさしく抱き締められて、そこから広がる魔力が水のように染み込んでくるのを感じた。苦しげに、泣いているようなかすれた声で、フィオーレが囁く。
「シークの魔力が、痣みたいにこびりついてる。首と、手首と、腕と……胸元。……こんなもの、なかった筈なのに、どうして。どこで……?」
「え……え?」
「旅の途中で、あのあとなにがあった? 教えて、ソキ。……ごめんな。直に触らないと、俺でもこれは消してあげられないから……大丈夫。今学園にいる魔術師なら、俺以外には見えないと思うよ。触りながら探って、ようやく分かるくらい、薄い痕跡だけど。……ほっとけば、これも、消えると思うけど、残しておくの嫌だろ?」
 フィオーレの言葉が、喉の奥に、ぐるりと渦を巻いて響く。なにを言われているのか、分かりたくない。教えられることなんて、なにひとつない。旅の間、それに、会った記憶なんてないのに。息苦しく喉に爪を立てたソキの指が、弱い肌をひっかいて血を滲ませる。咄嗟にフィオーレに掴まれた手首に、ソキは皮の手枷を幻視した。雅やかなまでに清く響いた、鎖の音を覚えている。
「……や、あっ……!」
 眉を寄せ、唇を噛み締めて、フィオーレが辛そうにソキを見下ろす。ぶわりと浮かび上がった恐怖に心が塗りつぶされながらも、逃れたい、ともがく少女に。残された、これを呪いと呼ばずしてなんとすればいいのだろう。ソキ、と呼びかける声は少女に届かない。きっと今は、ひとつの声しか少女の意識に届くことはない。それが分かっていて、フィオーレはなお、ソキの名を呼んだ。悲鳴をあげて暴れる体を、腕の中に強く抱きこんで拘束する。そのまま、手荒な真似だと分かっていて、フィオーレはソキの服をはだけさせ、素肌にてのひらを触れさせた。服に隠されていた首元に、手の形をした痣のような、魔力の残滓が見える。泣きだしそうな気持ちで、それを睨んだ。
 二回目だ、と思う。痕跡を消すのも、この手の跡を見るのも。二回目だ。だから、なにをされたのかなんて、すぐに分かった。
「……殺してやりたい」
 どうして生かされ続けているのか、まったく理解できない。そう吐き捨てながら、白魔法使いの手が魔力の痕跡を丹念に拭って行く。触れた跡。それは、錬金術師が制作物に名を刻み入れる行為に酷似している。銘のように刻まれる、それは所有の宣言だ。なんらかの理由で半分以上消えかかった痕跡だが、そんなものをもう数秒でも、フィオーレはソキに残しておきたくなかった。蒼褪めた顔で、ソキは声も出せずに震えている。もうすこし、と囁いて、フィオーレは首元から手を退けた。そのまま胸元、心臓の真上にてのひらを押し当てる。じわじわ魔力を流し込みながら、フィオーレはそっと、ソキと額を重ねた。
「どこで会ったの?」
「……知らないです。ソキ、分からないですよ。覚えがないですよ」
「案内妖精に聞けば分かる?」
 言いたくないのとは、違うむずがりかたに、フィオーレは訝しく眉を寄せて問いを重ねる。ソキは無言で首を振り、分からない、という意思を伝えた。吐息ひとつでその意思を受け止めながら、フィオーレはさらに腕に触れ、手首を温めるように包みこんだ。外側から見えたのは、その四カ所だけだった。服脱げる、と問いかければ、怖々と目を開いたソキがちいさく頷く。けれども、椅子の上では難しいのだろう。床へ降りたそうとする体を、フィオーレはひょいと抱えあげ、すこし離れた場所にある二人掛けのソファへと移動させた。ソキはひとりで歩けるんですよ、と主張されるのに知ってると頷きながら、フィオーレはソファの前にしゃがみこむ。それを合図に、少女の指が無感動に己の服に伸ばされた。
 長袖のワンピースから袖だけが抜かれ、布が腰辺りでひとまとめにされる。下着を脱ごうとするのに、それはいいよ、と止めて、フィオーレは少女の体を真剣に見つめた。痕跡は、他にないように思えた。念のために下腹部や脚も服の上から注視し、平気そうなことが分かると、フィオーレは頭を抱えてその場にうずくまる。深く、長い息が吐き出された。
「……ソキ」
「はい」
「もういいよ、服着て。……あと、ロゼアにはこのこと絶対に言わないでな。俺あんまり死にたくないっていうか、お医者さんの診察だと思ってくれるのが一番なんだけど、なんていうかソキがそれ言うと若干如何わしく聞こえるっていうかそれなにプレイっていう気がしなくもないっていうか。ともかく、うん、消したから。消えたから、安心してな。……陛下に報告もしておく。接触した痕跡があったことと、ソキの記憶にはそれがないこと。たぶんないとは思うけど、もしかしたら、後で誰か……砂漠の王宮魔術師の誰かがそれについて聞きに来るかもしれないけど、その時にも、思い出せないなら思い出せません、でいいから」
 もぞもぞとした動きで、ソキが服を着直したのを察したのだろう。ゆっくりと立ち上がりながら顔をあげて、フィオーレはその指先を少女の髪へ伸ばした。崩れてしまったリボンを解いて、きれいに結び直してくれる。白魔法使いが、幸せそうに微笑した。
「じゃあ、俺は帰るから。……もうすこしだけ保健室にいるから、なにかあったら呼んで」
「はい」
「あと、遅くなったけど。……よく頑張りました。入学おめでとう」
 もうしばらくでロゼアも戻ってくると思うから、良いコで待ってな、と囁いたフィオーレは身を翻し、談話室を出て行こうとする。その背にありがとうございますですよ、と言えば、うっとりとした笑みで振り返り、頷かれた。それ以上の言葉はなく。部屋を出たフィオーレに、扉の前に居たであろうエノーラがなにか言っているのが聞こえたが、内容までは分からない。そのまま、二人の声が遠ざかって行く。足音を遠くに聞きながら、ソキはうとうとと瞬きをした。体を横に倒して、目を閉じる。今日起きたのは昼過ぎではあるが、ソキには元々体力がない。夜も遅いことを思い出せば、急激な眠気が襲ってきた。ふぁ、とあくびをして、体を丸める。意識はすぐ、体から離れた。夢は見なかった。見ていたとしても、記憶には残らなかった。



 扉の閉じる音。続く戸惑った声に違うと判断しながらも、ソキはぱっと目を開けて扉の方向へ顔を向ける。
「ロゼ……あ、ちゃん……は?」
「えっと、まだ検査していると思う……寝てたトコ、起こした? ごめんな」
 言葉の通り、ソキの求める姿は続いて部屋に入ってきてはくれなかった。しょんぼりしながらもソファの上でもぞもぞ身を起こして、くしゃくしゃになってしまった髪を手で整えながら、ソキはええと、と首を傾げて青年を見る。銀に艶めく月白の髪に、瑠璃の瞳をした青年だった。宝石の姫、と呼ばれることもある花嫁、花婿たちを見慣れたソキの目から見ても、非常に整った、格好いい顔立ちをしている青年だ。戸惑ったように微笑む顔立ちはどこか甘く、未だ僅かな幼さを残している。大人になりきらない少年の、瑞々しいうつくしさが留められていた。思わずその顔立ちをしげしげと見つめ、感嘆の息を吐き出しながら、ソキはちいさく首を傾げて考える。名前を聞いていた気がした。
 彼の名前は、確か。
「……メーシャくん?」
 呟くと、青年は華やかな笑みを浮かべて緊張をほどく。
「うん。……あのな、ロゼアはもうすこしかかるって」
 コツリ、あたたかな靴音を響かせながら歩んで来たメーシャが、ソファに座るソキの前にしゃがみこむ。目線の高さを合わせてから、メーシャはどこか悪戯っぽく、その瞳を煌かせた。
「それまで、俺とお話してくれる?」
「おはなし?」
「うん。俺、ソキと話がしてみたい。……と、ソキちゃん? ソキさん? どれがいい、かな」
 あんまり馴れ馴れしいのもいけないよな、と考え込むメーシャをじーっと見つめながら、ソキは別にどれでもいいんですけれど、と告げる。
「そんなことより。……メーシャくん、もうちょっとよく目、見せてくださいですよ」
「へ? ……え、目? 目って、俺の?」
「はい」
 戸惑うメーシャに両手を伸ばして、ソキは青年の頬に触れた。包み込むようにして引き寄せ、まじまじと目を覗きこむ。瑠璃の瞳。今は戸惑いに揺れる色彩は、輝けば藍白の星を宿す。
「……お空みたいな目です。きれいですね」
 息を、吸い込んで。絶句したのち、メーシャの頬にじわじわと朱がさして行く。口元を手で押さえ、ずるりとその場にしゃがみ込んで、メーシャはええと、と声をあげた。
「……ありがとう?」
「どういたしましてです」
「口説かれたのは、はじめてだ」
 びっくりした、と恥ずかしそうにしながら立ち上がったメーシャに、ソキはこてん、と首を傾げた。うん、と不思議そうに同じ方向に首を傾げてくるメーシャに、ソキは口説いてないですよ、と言う。
「今のは普通の感想ですよ」
 見る間に、ぶわぁっ、と耳まで赤く染めて。ふらりとよろけたメーシャが、口元を手で押さえてたたらを踏む。どうしよう、と戸惑う瞳がどこか遠くを、すがるように見つめた。しばらくそうして意識を逃したのち、メーシャが深呼吸をして、ソキの元へ戻ってくる。なぜかソファの隣に座るのではなく、また、ソキの前にちょこんとしゃがみ込んで。メーシャはそういえばさ、と気を取り直した声で話をしだす。それを半分くらい聞き流しながら、ソキはだんだんと輝きを増していくメーシャの瞳を、息をつめて見つめていた。喜びを、彗星のように煌かせる瞳。
 暗闇の中の光、夜に輝きだす星。導きの灯台のような。ひかりだ、と。そう思った。

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