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 彼らに声をかけるのは、それが唇を動かし音を発して空気を震わせるものではなかったとしても、言葉を向けるということは、ナリアンには勇気が必要なことだった。遠く、思い出の中に眠る痛みが心を歪ませる。口にしたこと、言葉にした願い。それらは全て風によって叶えられてきた。今もナリアンの不安を慰めるように、ふわりふわりと大気が動くのを感じる。けれどもそれは、ナリアンが覚えているものよりぐっと穏やかだ。談話室へ戻る前、食堂で食べ物を分けてもらうよりも前、検査が終わったナリアンを迎えに来て、そのまま保健室へもう一度引きずり込んだフィオーレの、笑いをかみ殺した穏やかな声が記憶の中で蘇り、囁く。
「メーシャにも言ったけど。……ここに、お前が怖いものはなんにもないよ、ナリアン」
 いいこいいこ、と頬を両手で包み、まるで幼子に告げるように甘く甘く愛おしげな声で。白魔法使いは目を細めて微笑み、かそけき不安を消し去った。お前は幸運にか不幸にか風にとても愛されていて、己の言葉が彼らを動かす引き金になることを、学園に来る前の数年間で嫌というほど知ってしまったのだろうけれど。
「大丈夫。お前の風は、もう誰のことも傷つけない。そこまで荒れるようなことにはならないよ。……声を出すのが怖いなら、意思だけでも伝えてごらん。魔力を媒介に、お前の意思は声なき言葉として、魔術師には伝わるからね。うん? うん、俺にも分かるよ。……そうだね。目を合わせれば意思が相手に伝わったのは、お前に備わった魔術師としての魔力。風を動かさない為、声を発さない為に、言葉ではなく……それでも、意思を伝えることを諦めなかったお前の想いが、魔術師としての能力を起動させ、魔力の形で編みあげた技だよ。俺はそういう風に感じてる」
 だぁいじょうぶ、誰にも悪い影響がでるような式ではないよ。優しい魔術だ。本当に丁寧に組みあげられたものだよ。やさしい子だね、ナリアン。いいこ、いいこ。本当に、これまでよく頑張って来たね。よしよしよし、とナリアンの髪をくしゃくしゃに撫でて、フィオーレはそぅっと囁いた。
「メーシャも、ソキも、ロゼアも。お前が怖いことはいっこもしないよ。痛いことも、しないよ。……ナリアン、まだ分かんないかも知れないけどさ。あの三人は、お前と同じ魔術師なんだよ。俺もだけど。俺も、お前も、あのこたちも、皆。魔術師。……仲間なんだよ。特に、俺なんかは先輩だからさ。お前が怖がってるようなことが起こったらちゃんと止めてあげられる。痛いことあったら、癒してあげるよ」
 さあ、行っておいで。ナリアンの心にそっと触れ、内側を蝕む病の痛み、そのことごとくを眠らせ、封じ込めて癒して冷えた体温を温めて。白魔法使いはナリアンの背を押し、この部屋へと送り出してくれた。時間も時間だし、話すきっかけが欲しかったら食堂へ寄ってご飯もらって行きな、と言ってくれたのもフィオーレだ。そろそろラティが怖いから帰る、と言って砂漠の国へ繋がる扉へと消えた魔術師は、すでに学園内には居ないのだが、その存在がくれた支えは今もナリアンに寄り添ってくれている。自分でも驚くくらいあっけなく、簡単に、ナリアンの意思は内側から解き放たれ、伝わって行く。手招くてのひらのかすかな震えは、ロゼアの腕の中でくつろいでいた少女の、とろける笑みで消え去った。
「ろぜあちゃん、ろぜあちゃんっ。ナリアンくんがご飯持ってきてくれたですよ!」
「うん、そうだなー。ありがとうな、ナリアン。重くなかったか? ごめんな、気が付けば手伝ったんだけど」
「ソキも、知ってれば応援くらいはしましたですよっ」
 手伝うとかそういうんじゃないんだ、と向けられたメーシャからの視線に、ソキはロゼアの太股の上に座ったままで、えへん、とばかり胸を張っている。
「ソキが手伝うと邪魔になっちゃうですよ。ソキ、ちゃあんと知ってるです」
「うん、転ぶもんな」
「そうです。ソキはなにもない所でも転びますです。運んだりしたら大惨事なんですよ」
 ものすごく真面目な顔で言うソキに、ロゼアがごく自然に同意している。そうなんだ、と今ひとつ分からない様子で頷きながら立ち上がったメーシャが、どこか強張った様子で三人を眺めるナリアンに歩み寄ってくる。ひょい、と顔を覗きこむ、瑠璃の瞳。
「ナリアン? ……年上だから、ナリアンさん、か。えっと、ありがとう。俺もおなか空いてたから、すごく嬉しいです」
『ううん。どういたしまして……それと、普通に話してくれると、嬉しい。メーシャくん』
「……ナリアンは、くんって、呼ぶのに?」
 すこしだけ不思議そうに、それでいて柔らかにくすくす、と笑いながら、メーシャはナリアンの緊張をほぐして行く。からかってる訳じゃないんだ、と静かな囁きが、相手を傷つけることをひどく恐れているような、そんな印象をナリアンに与えた。あ、と息を吸いこんで、気がつく。同じだ。怖いのも、緊張しているのも、傷ついてしまったことが、あるのも。たぶん、一緒で、そして同じだ。一瞬だけ伏せられたメーシャの視線が、再び持ち上がる。言葉を探して迷う唇が声を出すより早く、ナリアンは大丈夫だよ、と告げたがるよう、己の意思を視線へと乗せた。伝わりますように、受け取ってくれますように。風が動いて望みを叶えてしまうのではなく、ただ、この気持ちが、どうか。想いだけがまっすぐ、届きますように。
『慣れるまで。……そう、呼んでいて、いい? メーシャくん、って』
「……慣れたら?」
『くん、取れる……かも』
 言い切れないのが申し訳なく思いながらも、ナリアンは正直な気持ちでそう告げた。どうしてだか、ほんの僅かな誤魔化しすら、メーシャに対しては持ちたくなかったのだ。裏表などなく、ただひとつだけの意思で。向き合いたい。向かい合いたい。そう、思わせてくれる相手だと思った。不安げに付け加えられた、かも、という意思に、メーシャはぱちぱちと瞬きをする。言葉を口の中で転がすように繰り返してから、メーシャは心から楽しげな笑みを浮かべ、くすくすと肩を震わせた。
「分かった。楽しみにしてるな。……ロゼア、ソキ。なにしてんの?」
「今行く。ちょっと待って」
「やー、やーっ!」
 いつまでもソファから立ち上がる気配のない二人を不思議がって振り向けば、ソキがロゼアにひしっとしがみついていた。ロゼアちゃんはソキを抱っこして行けばいいと思うですよ、と言って離れようとしないソキに、ロゼアが困った顔で額をこつりと重ねている。
「抱っこしたら、食べ物持てないだろ?」
「ソキねえ、おんぶでもいいですよ?」
「……あのな、見えるトコにいるだろ? すぐそこだから。すぐ戻ってくるから。いいこにしてられるよな?」
 ぷーっと頬を膨らませ、唇を尖らせて不満顔になるソキを、ロゼアはずっと撫で続けている。頭に触れ、髪を梳き、肩を叩き、背を抱き寄せて撫でながら、不満な気持ちをじっくりと落ち着かせようとしていた。ソーキ、と呼びかけて重ねられた視線が、蜜のようにあまく少女を覗きこむ。
「すぐだから」
「……ソキ、いいこでまってるですよ」
 拗ね切った声でそう言い返しながら、ソキの手がロゼアの服から外される。その体をひょい、と抱きあげてソファの空いた場所へ移動させたのち、ロゼアはソキの手をきゅぅ、と握り締めてやった。やわやわと力を込めて握りながら、ロゼアはほんのり苦笑いを浮かべる。
「まったく。……ソキ、頭痛かったりしないか? 熱はないみたいだけど」
「……のどかわいたです」
「ん、分かった。……時間はあるみたいだから、眠ってもいいんだからな?」
 こくん、と頷いて、ソキの手がロゼアから離れて行く。そのままクッションをひとつ引き寄せ、ぎゅぅ、と胸元に抱き締めるのをまた撫でてから、ロゼアはようやくちゃんと立ち上がった。疲れをほぐすようにぐるり、と肩を回しながら歩き、メーシャとナリアンの元へやってくる。
「白湯あるかな。スープでもいいんだけど」
「その前に」
 がしりとばかりメーシャに肩を掴まれて、ロゼアがえ、と間の抜けた声を出す。
「なんだよ」
「なんだよっていうか。ソキとロゼアって……」
「俺の仕えていた屋敷の姫君。それがソキ」
 きっぱりとした口調で説明したロゼアは、いまはそれ以上を告げる気がないらしい。やんわりとした仕草でメーシャの手を外させると、視線を食べ物と飲み物が乗った机の上で彷徨わせ、困ったように眉を寄せた。
「……硝子の湯のみってないかな」
「陶杯しかないけど……硝子じゃないと駄目なのか?」
「駄目って程でも、ないけど。……いいや。水差し、借りるな」
 室温にぬるまっていた水を陶杯に注ぎ、ロゼアはそれをひとくち、喉に通した。やや考え込む表情をしながら口をつけた箇所を指先で拭い、ロゼアはそれを持ってソキの元に戻る。心得た動きで差し出されたちいさな両手に陶杯をしっかり握らせ、ゆっくり飲むんだぞ、と言い聞かせた。はい、と返事をしたソキによくできましたとばかり笑んで、ロゼアはまた食べ物の乗った机の前へやってきた。すでに卵とハムのサンドイッチを頬張りながら、メーシャはなんとはなしにロゼアの動きを見守ってしまう。ナリアンも不思議そうに、ロゼアの一挙一動を目で追いかけていた。なにをしているんだろう、と言わんばかりの二人の視線に応えることはなく、ロゼアの手が卵のサンドイッチを一切れ、取りあげた。
 指先でひとくち分ちぎって、口の中へ放り込む。ゆっくり噛みながら、もう片方の手が水差しを持ち上げ、陶杯へそそぎ込んでいく。飲みこむとすぐに水を飲んで、ふ、と安堵の息が零れ落ちた。
「ソキ」
「はい、ロゼアちゃん」
「どれくらい食べられる?」
 空になった陶杯を取りあげ、代わりにひとくち分だけちぎられたサンドイッチを手渡しながら、ロゼアの目はじっとソキを観察している。目の動き、顔色、肌のつや、血色、表情、声の響き、手に持つ指の力の入れ方。見つめ返す、瞳の色彩。花の色をしたくちびるの、ゆったりとした囁き。
「ソキ、これひとつで大丈夫ですよ」
「いっこで、もう食べられないか?」
「……いっこと、もう半分くらいなら頑張りますですよ」
 うん、と満足そうにロゼアは微笑み、てのひらでソキの頬を撫でた。
「いいこだな。……でも、気持ち悪くなったりしたら、無理しないでいいからな」
「ソキのガッツと根性は今こそ頑張るべきだと思うです」
「いや今は別にその時じゃないから」
 大丈夫です食べます、とサンドイッチをもぐもぐしだすソキをわずかばかり心配に眺めたのち、ロゼアがのんびりとメーシャとナリアンの傍までやってくる。あんまり無理して食べさすのもなあ、と考え込みながら零された呟きに、メーシャは思わず問いかけていた。
「ロゼアって」
「うん?」
「過保護?」
 まったく同じ意見だとばかり、ナリアンがこくこくと頷いている。そんな二人に訝しげなまなざしを向けながら、ロゼアは首を横に振った。
「いや、別に? 普通くらい」
『……普通?』
 その単語の意味を見失った表情で、ナリアンが首を傾げて視線を彷徨わせた。なに、と不思議そうにしながら、ロゼアの手が無造作にサンドイッチを持ち上げ、口に運んだ。ばくりと口に含んだのち、あ、ハムだ、と暢気な言葉が漏れて行く。具の確認さえしなかったらしい。ひとつを瞬く間に食べ終わったロゼアが、スープの入った保温瓶を手にする。あー、と声をあげながら振り返り、ちまちまと食べ進めるソキへ問いかけた。
「ソキ、スープ飲めるか?」
「なんのスープですか?」
「……かぼちゃ? ナリアン、これ、かぼちゃだよな?」
 先程、ソキの手から回収してきた陶杯に注ぎ入れながら、ナリアンに確認する。うん、と頷かれたのに当たったと楽しげに笑って、ロゼアはかぼちゃだって、とおうむ返しに問いかける。ううん、と悩んだのち、ソキはこくりと頷いた。
「飲みますですよ。でも、サンドイッチはいっこでいいです」
「分かった」
 ロゼアの手が水の入った陶杯を持ち上げ、ひとくちぶんだけ口の中へ流し込む。流れるような仕草でそうしたあと、ロゼアはソキの陶杯に口をつけ、湯気の立つスープをひとくち飲んで目を瞬かせた。また、水を飲みこんだのち、ふぅ、と息が吹きかけられる。
「熱いからちょっと待って。冷めたら持ってく」
「はーい」
 ナリアンが口にした感じだと、すでに火傷はしないくらいの温度なのだが。それを証拠に、ロゼアはもうひとつの陶杯に注いだ自分の分は、普通に飲んで平然としている。もぐもぐもぐ、なんとも言えない表情でサンドイッチを口に運びながら、メーシャが確信を深めた表情で頷いた。
「過保護だな」
『うん。そうだね』
 改めてよく考えれば、ソキを一歩たりともソファから動かさないあたりが、もう間違えようもなくものすごく過保護だ。それなのに、普通くらい、というロゼアの基準がよく分からない。悩みながら見つめてしまう二人の視線の先、サンドイッチを食べ終わったソキの手指を濡れた布で拭ってやったのち、ロゼアはぬるまったスープの入った陶杯を、少女の手へと受け渡していた。



 食事が終わって、一時間とすこし。談話室に現れた青年が入学式の準備が整ったことを告げた時、ソキはロゼアの腕の中で、半分夢の世界へ旅立っていた。おなかがいっぱいになって、夜も遅いこともあり、案の定眠気に勝てなかった為だ。今も眠そうにあくびをしているソキの手を、やんわりと繋いで歩いているのはナリアンだ。ほんの五分前までロゼアに抱きあげられていた為に未だ覚醒しきっていない少女の足取りは常になく危なっかしいが、亀の方が早いくらいの進行速度である。なんとか転倒を免れていた。ロゼアくんみたいに抱きあげてあげた方がいいのかな、と思いながら、ナリアンの回復しきっていない体力はそれを許す状態ではない。正直、ソキの歩行速度がありがたいくらいだ。
 人気のない廊下を、二人はゆっくり、ゆっくり歩いて先へ進んで行く。廊下の途中で立ち止まったロゼアとメーシャが追いかけてくる足音は、まだ聞こえなかった。どうしたのかな、と思うナリアンの内心に同調したように、立ち止まったソキが不安そうに振り返る。ロゼアちゃん、と呼ばない代わりのよう、繋いだ手にきゅぅと力が込められた。
「……にゅうがくしきは」
 半分、まだ眠っているようなほわほわした声が囁き、ソキが一生懸命ナリアンを見上げてくる。慌ててしゃがみこみ、目の高さを近くしてやったナリアンにほっとしながら、ソキはもう一度息を吸い込んだ。
「入学式は」
『教会でやるって言ってたね。この先、もうすこし歩かないと』
 言葉の途中でそう伝えたナリアンに、ソキがきょとん、として目を瞬かせる。あれ、と首が傾げられた。あどけない眼差しに見つめられて、ナリアンはざっと己の血が引く音を聞く。やってしまった。告げられるより早く、言葉を形にされるより早く、意思を読みとって返事をしてしまったのだ。気を抜いていた。ほんの数時間前に出会ったばかりなのに。どくりと、心臓が嫌な音を立てる。指先が氷のように、冷たくなるのを感じた。ゆるゆると、嫌な気配をまとって風が動くのを感じる。だめ、ちがう、とまれ、と願う意思は焦りすぎて形を成さなかった。すう、とソキが息を吸い込むのを感じる。ナリアンくんは、と響く声に、ぎゅぅと目を閉じた。
「言いたいこと、分かるですか?」
『……ごめ』
「すごいですね。ソキはすごいと思うです!」
 冷たい指先に、あたたかな体温が触れている。暖めるように、寄り添うように。熱を分け与えるそれが、ソキの手だと、遅れて気がついた。目を開けたナリアンに、ソキはどこか無邪気に笑いかける。すごいですねぇ、と心から感心した声が笑った。
「でも……だからナリアンくん、おしゃべりしないですか?」
『そう、ではないんだけど。……気持ち、悪くはない?』
 なんのことだろう、とソキの意識が不思議がるのを感じ取る。だめだ、と思うのに。覗きこむ視線が反らされないから、その瞳があまりにまっすぐナリアンを見つめているから、読みとる意識を反らせない。その術を、まだナリアンは知らない。防ぐ為の方法をソキも知らないでいるから、意思は言葉よりはやく正確に、ナリアンに触れては消えて行く。あ、そっか、とほんわりした喜びと共に、ソキはなにやら納得したようだ。大丈夫ですよ、とソキは頷く。
「ソキ、体調悪くはないです。ソキねえ、丈夫なんですよ!」
「……俺、そろそろ丈夫とか、普通とかの意味を見失いそうなんだけど?」
「あ、メーシャくん。ろぜあちゃんっ!」
 足早に歩み寄って来ながら、頭の痛そうな声でメーシャが額に指先を押し当てている。その隣で苦笑しながら、ロゼアがぴょんこぴょんこ飛び跳ねているソキに、転ぶなよ、と言った。
「もうちょっと先にいるかと思ったんだけど……どうかしたのか?」
「ナリアンくん、ソキの体調心配してくれたです」
「そっか。……頭痛くなったらすぐ言うんだぞ?」
 前髪を払い、額に触れて離れて行くロゼアの指先をじぃっと見つめながら、ソキはこくんと頷いている。そして再び、歩きだす為に伸ばされた手が繋いだのは、ナリアンの指だった。え、と視線を落とすナリアンを見上げながら、ソキがこてりと首を傾げる。
「一緒に行くですよ?」
『……ロゼアくんは、いいの?』
「右手はロゼアちゃん、左手はナリアンくんです」
 よしこれで完璧ですねっ、とソキの意識がなにやら気合いを入れ直している。自然に浮かんで来る笑みに、ナリアンはきゅぅ、と手に力を込めた。頷き、歩きだす。ふらりとかしいでしまうナリアンの体を支えるように、ナリアンの左手を、メーシャが繋いだ。
「じゃあ、俺はこっち」
「……ち、ちがうんですよメーシャくん! ソキはべつにメーシャくんを仲間外れにしようとしたわけじゃなくてですねっ!」
「分かってる、分かってるから足元っ!」
 見て歩いて、とメーシャが言い終わるより、ソキがくにゃり、と体を妙に滑らせる方がはるかに早かった。転んでしまう寸前、慣れた仕草でロゼアがソキの体を支え、四人分の安堵が空気を震わせる。ゆっくり行こうね、と誰かが言った。言葉にはならなかったのかも知れない。それでも、誰かの意思がそれに同調し、ナリアンは確かに、それを感じ取った。幸い、入学式の行われる教会までは、まっすぐ歩いて行くだけだ。あんまり簡単な道筋すぎて、呼びに来た青年が、すみません忙しいので、と言って居なくなってしまったくらい、迷う余地がどこにもない。まっすぐ続いて行く廊下の果てに、ぼんやり、明りに照らされる扉が見えた。そこへは誰も立っていない。恐らく、中にいるのだろう。
 その扉の先に、はじまりがある。四人の手が扉に触れ、一緒に、それを押し開いた。

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