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 白くまあるいポットに、紅茶をひとさじ。そこに、レモングラスとカモミールを加え、慣れた手つきでお湯が注がれていく。ふわりとあまく爽やかな香りがたちのぼり、ソキはうっとりと目を細めて息を吐きだした。そんなソキに楽しげな笑いを響かせながら、ユーニャは机に置いたカードに文字を書きいれて行く。日付けと時間、ユーニャ、と己の名前を一行目に。二行目に記して行くのは、紅茶の葉の名前と産地、購入した店の名前とその日付け。レモングラスとカモミールも同様に。ユーニャはすこし考えた後にそれらの隣に目分量、と書き加え、注ぎ入れたお湯の量と、紅茶とハーブの分量まで記載した。とりあえずこんなもんかな、と呟き、ユーニャの手がポットを取りあげる。くるり、やさしくお湯を回してカップへ注ぎ入れ、ユーニャはそれにしずかに息を吹きかけた。ひとくち、ゆっくり喉に通してから、そのカップをソキの前に置く。
 くちびるがついた箇所を指先で拭いながら、はいどうぞ、とユーニャはソキに笑いかける。
「でも、熱いからまだ飲んだらだめだよ、お姫ちゃん。で、これはロゼアが戻ってきたら渡してくれる?」
「分かってるですよ。ユーニャ先輩、これなんですか?」
「ロゼアの安心カード。分からない所あったら言うから聞きに来て、って言っといてな」
 ポットから大きめのマグカップに注ぎ入れ、ユーニャはそれに息をふきかけながら微笑んだ。いまひとつ分からないまでもこくりと頷き、ソキはカードをどこかちまちました仕草で、もっていた本にしおりのように挟み込んだ。予知魔術師の武器から、ちょこん、とカードの一部分が見えている。忘れないで渡してね、と苦笑しながら言い添えて、ユーニャはさて、とマグカップを机の上においた。
「砂漠まで帰る馬車、でよかったんだよな?」
「はい。ソキ、ロゼアちゃんと、かんこう、して帰るです……!」
 きゃあぁあっ、と歓声をあげてはしゃぐソキに、ユーニャはくすくすと笑ってうん、と頷いた。本来なら座学の試験が行われている時間帯であるから、談話室にある人影はまばらだ。多少騒いでも誰に咎められることもないから、ユーニャはゆったりとした仕草で腕を組み、ソファに背を預けてソキが落ち着くのを待っていた。実技試験を終え、座学の学期末考査も終えれば学園は二ヶ月の長期休暇にはいる。十二月と、一月の合計二ヶ月間、学園で授業が行われることはない。様々な事情で実家に帰ることができない、帰りたくない生徒の為に寮は閉鎖されることもなく、食堂も規模を縮小して開かれ続ける。完全に中間区から出ることなく、寮に残り続ける者は一割程度。九割は帰省したり、あるいは自由気ままに諸国を巡る旅に出る。ソキはロゼアと共に、砂漠の屋敷に帰省することになっていた。
 ソキ、ロゼアちゃんと旅行するのはじめてなんですよ、という内容のことをきゃあきゃあはしゃいで話続けるソキに、ユーニャはうん、と頷いてやりながら白い小皿に用意しておいたドライフルーツをいくつか転がした。砂糖漬けの乾燥果物は、ソキが好んで口にする数少ないもののひとつである。そわそわした目を向けてくるのにちょっと待って、と苦笑し、ユーニャはどこか丁寧な仕草でドライフルーツを摘みあげ、ソキの目の前でひとつを口にし、もうひとつにはナイフを入れた。ほんの一欠片、削ぐようにして切って、なにも書かれていないカードの上に転がす。それを皿に出した種類分繰り返してから、ユーニャはナイフをソキから遠ざけるようにしてしまいこみ、はいどうぞ、と小皿を置く。手を伸ばしてちまちまとかじりながら、ソキはこてん、と首を傾げて問いかけた。
「それもロゼアちゃんのです?」
「うん。事後報告になるけど、ないよりはマシかな、と思って。なんにも食べないでお茶飲ませるのもね……それで、お姫ちゃん。もう俺がお話してもちゃんと聞ける?」
「ソキは最初からちゃぁんとお話聞いてたですよ?」
 ぷー、と頬を膨らませるソキにそうだね聞いてたけど半分くらいは流してただけだよね、と慣れた風に頷き、ユーニャはソキと囲む机の上に、いくつかの紙を広げておいた。どれも、やや厚みのある上質紙である。紙の上部には国名と日付けが記載されており、星降、花舞、楽音、砂漠、四カ国分があった。日のはじまりは、長期休暇初日。星降からはじまり、各国を通り、砂漠へと辿りつく馬車の手配書類だった。日付けはきっちり決められている訳ではなく、状況に合わせて融通を利かせることができるようになっていて、仕様や移動速度など、細かい情報も書かれていた。書類にはどれもユーニャ、とサインが書かれている。
「はい。じゃあこれが、お姫ちゃんに頼まれてた馬車の書類ね。これをもって、乗り合い所に行って、御者にこれを渡せばそれでもう大丈夫だから。馬車の詳しい仕様書はロゼアに渡すけど……お姫ちゃん、読む? それとも俺がちょいちょいって説明するくらいでいい?」
「ソキ、説明きくですー」
 説明書読むのめんどくさいです、と言いたげな笑顔に、ユーニャはそういうと思ってたよ、と苦笑いで頷いた。
「とりあえず、一番良い馬車にしたから揺れないよ。で、あんまり広くもない。狭くはないけど、ロゼアと一緒に乗って、荷物おいて、ちょうどいいくらいかな。座席は綿入れた布張り、付属でクッションもあるけど、それはいらなかったら御者に渡していい。あ、あと御者はうちの家の人間だから、安心してくれていいよ。魔術師に偏見はないし……」
 そこで一度言葉をきり、ユーニャは微笑ましそうに、くす、と目元をあまく緩ませて笑った。
「喜んでたから。お姫ちゃんと、ロゼアの乗る馬車をひいて行けることにね。……なにもないと思うけど、俺に用事があったら御者に一声かけてくれれば、すぐ連絡はつくからね。困ったら呼びな」
 ロゼアがついてる以上、お姫ちゃんが困ることなんていっこもないんだろうけど、と微笑ましく笑うユーニャに、そうですよそうですよーっ、とソキはソファの上でふんぞりかえった。
「ロゼアちゃん、すぅごいんです! ……ふふふふ! でもソキねえ、ソキねえ、ロゼアちゃんのお手伝いだってできるんですよ!」
「そうだな。馬車の手配とか、しようとしてたくらいだもんな」
「ロゼアちゃんは試験で忙しいですから、ソキがお手伝いしてるんですよー」
 ロゼアが馬車で観光しながら、ソキと共に砂漠へ帰省する、と決めたのは長期休暇に突入する二週間前であったらしい。その時期、新入生はなにかと慌ただしい。はじめての実技試験、はじめての学期末考査。時間などあってもあっても足りず、瞬く間に過ぎ去っていくものだ。その中で、ソキは座学の試験を受けられないが故に、比較的時間が余っていた。ばたばたと慌ただしいロゼアに代わって馬車用意するです、と意気込んでいたソキを、ユーニャが発見できたのは幸運なことだった。『花嫁』の体調を保ちながら移動できる馬車の手配は、困難である。加えて、彼らは魔術師だ。そうと知れなければ安全であるが、可能性がある以上、危険は避けて行くべきだった。ソキは初め、暮らしていた屋敷か砂漠の王宮に連絡して馬車を整えるつもりであったらしいが、恐らく、最優の手配は出来なかった筈だ。
 なにせ、その時点で長期休暇開始まで十日を切っていたのである。ユーニャ先輩、ありがとうございました、と嬉しそうなソキに、ユーニャは微笑んで頷いた。これから、ユーニャも多少忙しくなる。ふたりの見送りくらいはしてやりたいが、ユーニャの都合で引き留めるようなこともしたくなかった。じゃあお姫ちゃんはこれをロゼアに渡してな、と言いながら立ち上がり、ユーニャはソキに微笑みかける。
「良い旅を、お姫ちゃん」
「ありがとうございますですよ! ユーニャ先輩は、長期休暇、なにするです?」
「家の仕事かな。準備もあるし」
 じゅんび、です、と呟き、ソキは不思議そうに首を傾げた。ユーニャが学園で所属しているのは、儀式準備部だ。言葉の響きから部活動とは違うことが分かるが、休暇中でさえ義務めいた響きでそれを告げるユーニャのことを、なんとなく不思議に思った。それでも問いかけるよりはやく、ユーニャは立ち去ってしまう。ソキもそこまで気になることではなかったので、すぐにそれを忘れてしまった。真近に迫ったはじめての休みに胸をときめかせながら、なまぬるくなった香草茶を、ひとくち、喉にとおす。爽やかな香りのあまいお茶は、ロゼアがよくいれてくれるものと、とてもよく似た味をしていた。



 永遠の別れのようだった。談話室のいつものソファに座るソキの手を両手で包みこむようにして持ち、うるんだ目で切々と、ソキちゃん元気でねロゼアのいうことをよく聞くんだよ知らないひとに付いて行ったらだめだよというか声をかけてくるような輩は射程距離にはいったら一撃でアレするかロゼアを呼んでねもうすぐに、ほんとうにすぐに、ロゼアを。ロゼアがいれば大丈夫だからねなにも問題ないからね、と告げるナリアンに、ソキはこくこくと頷いていた。はぁいはぁいわかりましたわかってるですよ、ナリアンくんもしんぱいしょうですねぇー、とほわんほわんした声で笑うソキの声は八割九割聞き流している時のそれと全く同一であったが、目がしっかりとナリアンの瞳を覗き込んでいた。言葉ではなく、意志を伝えてくる紫の瞳。それを名残惜しそうに見つめるソキは、やはりすこしだけ、寂しいのだろう。ナリアンくんリボンちゃんと言うことが似てきたですねぇ、と笑いながら、てのひらを包みこむナリアンの、離れて行く指先に触れてきゅぅと握り、捕まえ、すこしだけ首を傾げる。
「ナリアンくん。ナリアンくんは、おやすみの間、どうしてるですか?」
 何度も、何度も繰り返された問いだった。ついに長期休暇初日を迎えた談話室は、無事に試験を終えた高揚感と、解放された喜びに満ち満ちていて、すこしばかり騒がしい。行きかう者たちはだいたいが旅装をしていて、なないろ小路や星降の城下で購入した土産物を手に、休暇中の移動手段として許可された各国の城や国境へ繋がる『扉』へ向かって行く。のんびりと彼らを見守るのは数人、あるいは十数人だ。お土産買ってくるから、すこしでも良いから休み中に遊ぼう、など声をかけては出て行く者たちに、残る彼らは笑って手を振っている。残留組の中には、意外なことに寮長の姿もあった。俺は寮長であるからしてこの場所から離れる訳にはいかないだろう光輝く世界の意志がうんたらかんたら、という所でソキは聞くのを止めていたので詳しくは知らないが、どうも男は入学してから一度も、帰省というものをしていないらしい。
 様々な事情がある。残る者の数は多くないが、決して少なくもなかった。ソキが砂漠へ帰るのは、ロゼアが戻るからで、会いたい者が何人かいるからだった。けれどももし、ロゼアが行かなければ、ソキは会えないことを我慢して学園に留まっただろう。長期休暇というものがありながら、ウィッシュが一度たりとて、屋敷に戻ることがなかったように。もうちょっとだけお話したいです、とばかり指を絡めて見つめてくるソキに、ナリアンはやわらかな笑みを浮かべ、立ち去ろうとする足から力を抜いてくれた。腰を屈めてソキの顔を覗き込む姿勢のまま、ナリアンは幾度も幾度も繰り返し告げたその予定を、飽きることなく囁きかけてくれる。
『あんまり厳密に予定を決めてはいないけど、花舞にいるよ。家にも戻ると思う。掃除とか、整理とか、やりたいことがあるから。……ロリエス先生のお世話になるとも、思うよ。ちょうど良いから手伝えって、言われているから。だからソキちゃんとロゼアが、花舞に来たら、俺にも声をかけてよ。一緒におかいもの、しよう』
「はい。ソキ、楽しみにしてるですよ。ナリアンくん、ナリアンくん。絶対ですよ、ぜったい!」
『うん。絶対。約束だ。……ソキちゃんと、ロゼアが来るのを待ってるよ』
 小指同士を絡めて、ゆるく揺すられる。なぁに、と目を瞬かせるソキに約束を破らないおまじないだよと囁いて、ナリアンは少女に両腕を伸ばした。名残惜しく、ぎゅぅと、ソキの体が抱きしめられる。言葉が、空気を、震わせた。
「ソキちゃん、ソキちゃん……良い旅を、素敵な休暇を。君の旅路が穏やかなものでありますように。風が、常に」
 体が離され、ナリアンの手がソキの頬を撫でる。情欲の色はなく。ひたすら、ただひたすらあたたかな心配と、親愛のこもった、やさしい仕草で。触れた手が祈りと、祝福を、ソキに与えて行く。
「傍にありますよう。ソキちゃんと、ロゼアに、風が寄り添いますように」
「ありがとうございますですよ、ナリアンくん」
 ナリアン、と談話室の出入り口から声がかかる。視線を向けるとそこには、ソキには見覚えのない青年が立っていた。はい、と返事を響かせるナリアンは、それが誰だか分かっているのだろう。ロリエス先生が迎えをよこすと言っていたから、と囁きながら立ち上がり、ナリアンはもう一度、ソファに座るソキのことをじっと見た。まるで、ほんとうに、永遠の別れだとするような。ながく、せつない、視線だった。ソキはくすくすと肩を震わせながら、ナリアンに囁く。心から。ナリアンくん。
「いってらっしゃい、ですよ。またね」
「……ああ。いってくるよ、ソキちゃん。またね」
 ごめんね、ロゼアにも言っておいて。花舞で、待ってる。しっかりとした響きでそう告げ、ナリアンが足早に談話室を去っていく。その背が扉の先に消えてしまうまで見送り、ソキはざわざわざわ、空気を揺らす談話室をぐるりと見回した。その中に、ユーニャの姿を見つけることはできなかった。休暇初日であるからまだ寮にいるとは思うのだが、早朝に発つ者もいると聞く。馬車のお礼をもう一回言いたかったです、としょんぼりしながら彷徨うソキの視線が、ひとりの少女を見つけ出してぱぁあ、とあかるく輝いた。
「ハリアスちゃんー!」
 ねえねえきてきてこっちきてハリアスちゃんソキとお話してくださいきゃあきゃあハリアスちゃんハリアスちゃんっ、ソキねえハリアスちゃんすきなんですよはりあすちゃんーっ、ときゃっきゃしきった声でおねだりされて、ハリアスは恥ずかしげに頬を染めながらも、話していた教員らしき女性に丁寧に頭を下げたのち、ソキの元へと小走りにやってきてくれた。ハリアスにはもうすこし、学園でこなす役割が残っているらしい。帰省する者とは違い旅装に身を包んでおらず、すっきりとした動きやすい印象の白いシャツと黒のズボンに身を包み、髪もピンできちっとまとめてある。図書委員はこれから数日かけて蔵書点検をしたのち、長期休暇に解放されるとのことだった。ハリアスには、わずらわしい作業ではないのだろう。穏やかな喜びに輝く瞳をして、おおはしゃぎするソキにどうしたの、と声をかけてくれた。
「ひとり?」
「ソキねえロゼアちゃん待ってるんですよ! それでね、これからね、かんこう、してかえるですよ!」
「それは楽しみね。……体調は、どう? まだ、ひとりで動いてはいけないの……?」
 白魔術師であるハリアスは、パーティーの後から殊更体調を崩しぎみであったソキのことが心配でならいらしい。慎重に、魔力を探るように見つめられて、ソキはふわふわした笑顔でだいじょうぶなんですよー、と頷いた。ソキがソファから動かないのは、単に、ロゼアにここで待ってて、と告げられたからである。人々がせわしなく動き回る寮内は、よっちよっち歩くソキには、すこしばかり危ないのだ。ソキの言葉に、そして状態に、納得してくれたのだろう。ふわ、と笑みを深め、そう、と頷いて、ハリアスはソキの隣に腰をおろしてくれた。にっこにっことハリアスを見つめながら、ソキは不意にあっと声をあげた。どうしたの、と視線を向けてくるハリアスに、ソキはえっとですね、と慌てた風に言い放った。
「ハリアスちゃん、この間はありがとうございました。なないろ小路の、おかいもの……」
「どういたしまして。手紙はもう、出したの?」
「はい。ハリアスちゃんのね、選んでくれた便箋ね、とってもとっても素敵だったですけど、あのきれいなインクで文字書いたらですね、もっともっと素敵になったです!」
 長期休暇がはじまる、数日前のことだった。ソキはとある相手に手紙をしたためる為に、質の良い便箋と封筒、インク、できることならば普段使っているものよりもさらに書き味の良い万年筆を欲しがった。当然、学業にも必要なことが多い品々であるので学園の購買部でも見つけることはできたのだが、こと品質において、ソキはもっと良いものが欲しかったのだ。すこし良い品、ではなく。一級品。できるなら、最高級と告げられる便箋に封筒、インクに、万年筆。だがしかし、それらは学園で取り扱うものではない。星降の城下へ買い物に行くにはいくつかの許可が必要であり、それを待つだけの時間はソキにはなかった。
 ナリアンやメーシャにも相談した結果、なないろ小路に探しに行くのはどうかな、と案が出たのだ。あそこならあると思う、と首を傾げたのはメーシャ。この店とか、あとはこのお店かな、と地図をさらさら書きだしてくれたのはナリアンで、彼はさらにお勧めの筆記具とうつくしい発色を叶えるインクも、いくつか書きとめてくれた。その買い物に付き合ってくれたのがハリアスと、そしてメーシャである。ロゼアがどうしても、どうしてもどう予定を組みかえても時間を開けることのできない日のことだった。ソキひとりで行って帰ってこれますよぉ大丈夫ですよぉとぷうぷう頬を膨らませるソキに、同じくどうしてもどうしてもついていけないナリアンは儚い笑みでロゼアと頷きあい、メーシャとハリアスの手を握って頼みこんだ。
 どうぞよろしくお願いします。できれば手を繋いで歩いて放さないでいてね。砂漠出身者がロゼアくんは分かるけどなんでナリアンくんまで、と生温かい目で見守っていた。ソキが出かけたのち、ナリアンは真顔で頷き、答えたという。俺のあんなにかわいい妹がひとりで外出して無事に帰って来られるなんて思えない寮長しねばいいのに、と。本人の知らない間に血の繋がりのない兄が増えていたという現象はほどなく少女にも伝わったが、ソキはそうなんですかー、とほんわか頷いただけでそれを受け入れた。ナリアンくん、おにいちゃんみたいに好きだからソキうれしいです、ということらしい。
 ロゼアとナリアンがばたばたと用事を済ませている間に、ソキはメーシャとハリアスに挟まれ、なないろ小路でじっくりと品定めをしたのだった。その様子を目撃した寮生曰く、ハリアスちゃんとメーシャくんのデートにソキちゃんが混じっているのかと思いきや、ハリアスちゃんとソキちゃんがきゃっきゃうふふきゃあきゃあしているのをメーシャくんがしあわせいっぱいで見守っていてなんていうか目がしあわせだった。仲良しだった。あとすごく楽しそうだった。
「また一緒に、お買い物に行きましょうね。……ソキちゃんさえ、よければ」
「はい。また、ハリアスちゃんと一緒に行きたいです。……ハリアスちゃん、いつ頃、お休みから帰ってくる?」
 こてん、と首を傾げて問うソキに、ハリアスは一月末くらいでしょうか、と告げた。寮生のだいたいがそうであるように、厳密なスケジュールを組んで帰省する訳ではないらしい。ソキとロゼアも似たようなもので、前日までには帰ってくるが何日、という風に決まってはいなかった。そうなんですかと頷いて、ソキはきゅぅとさびしく眉を寄せ、ハリアスの手を包み込むようにして持った。
「ハリアスちゃん。おやすみの間、元気にしていてくださいですよ。お怪我しないでね、お風邪ひかないでね。嫌なことと、悲しいことと、辛いことがないといいです。楽しいことがたくさんありますように」
「ありがとう。ソキちゃんも」
 やや目をうるませながら頷き、ハリアスは言葉をきって、思わず、と言う風に肩を震わせた。
「ロゼアさんがいれば……だいじょうぶですね?」
「あれ? ハリアス、と、ソキ」
「あ、メーシャくんです。……メーシャくんも、まだ帰らない、です?」
 はしゃぐふたりの姿を見つけ出したのだろう。行きかう人の間をするりと通り抜けて来るメーシャの格好は、まったくの普段着だった。問いかけにうん、と頷いて、メーシャはソキとハリアスに笑いかける。
「この間でかけた時から思ってたんだけど……ハリアスとソキは、仲がいいんだね。ふたりでいて、楽しそうだ」
「楽しいですよ。だってソキちゃんと私は……お友達、ですから」
 その言葉を告げていいのか、すこしだけ迷うように。それでいて、なにか悪いことでもありますか、とやや拗ねるようにメーシャに言い放ったハリアスに、ソキは思わず、問いかけていた。
「おともだち……です? ハリアスちゃんと、ソキ……おともだち?」
「……え、っと」
 ソキが包みこんだままだった手がかすかに震え、ハリアスがなにかを告げようとした瞬間だった。見守っていたメーシャが息を吸い込むよりはやく、ソキはきゅぅ、と包み込む手に力を込める。
「おともだち、です……! ハリアスちゃん、ソキの……ソキのおともだちです!」
「そう、思っていて……いい?」
「ソキねえそきねえ! おんなのこのおともだち、はじめてなんですよ。ハリアスちゃん、うれしいです。ソキ、うれしいです……!」
 喜びのあまり涙を滲ませて笑う瞳を覗き込み、安堵したようにふふ、と笑って。ハリアスはソキの手を握り、私も、と言ってくれた。私も嬉しいです。ふたりは顔を見合わせてくすくすと笑いあい、改めて、元気でいてね、と囁き合った。メーシャがそんなふたりを、いとおしく目を細めて見つめる。ハリアスがほんのり頬を染めて、メーシャさん、と咎めるように名を呼んだ。
「あまり、そういう風に見ないでください、と言っているでしょう……?」
「うん。ごめんね、ハリアス。つい」
「反省していないでしょう……っ?」
 もう、と声をあげるハリアスに、メーシャくんいじめちゃだめなんですよっ、とソキが頬を膨らませる。いじめてないよ可愛いと思っているだけだよ、とこの上なく幸せそうにメーシャは告げた。ハリアスがもう、と息を吐く。ソキはそれになにかを告げようと、視線を持ち上げて。視界をかすめたその存在に、ぱあぁああっ、と顔を輝かせて両腕を持ち上げた。
「ろぜあちゃんっ! ろぜあちゃん、ろぜあちゃ……!」
「ソキ、遅くなってごめんな。……メーシャ、ハリアスさん。こんにちは、一緒にいてくれたのか?」
「話をしていました。ソキちゃんは、今日、帰省すると聞いたので……」
 走って戻ってきたロゼアと入れ違いに、ハリアスがソファから立ち上がる。ロゼアは両腕を伸ばして待つソキの前に跪くと、その腕が首に回ったのを確認し、背を支え脚の下に腕を滑らせてから立ち上がった。ソキはぎゅうぅっとロゼアに抱きついて、はふ、と幸せそうに息を吐きだしたあと、ぺちぺちぺち、と背中を叩いて訴える。
「ロゼアちゃん、ろぜあちゃん? ソキ、歩いて行きますよ。今日もげんきです!」
「……うん、そうだな。今日は、元気だな」
「そうですよー。きょうもー、ソキはー、げーんーきーでーすーぅ」
 だから歩くですよソキひとりでできるもんっ、とふわふわ歌うような声で告げられて、ロゼアは思い切り苦笑した。それでも、体調が良いのは事実なのだろう。すぐに、ソキを滑り落とすように床へ立たせる。きゃっきゃとはしゃいで腕に絡んでくるソキの手を捕まえて、柔らかく握り、ロゼアはじゃあ行こうか、と囁いた。満面の笑みでソキは頷く。二人分の荷物をロゼアが背負う。
「ロゼアちゃん、ソキもなにか持つです」
「うん。ソキは俺と手を繋いでいような」
「……ロゼア、ソキ」
 ふたりに、メーシャが声をかける。しあわせそうな響きで。視線を向けたソキに、メーシャはあまく喜びを滲ませる瞳を、眩しげに細めて囁いた。
「いってらっしゃい、ふたりとも」
「ロゼアくん、ソキちゃん。いってらっしゃい」
 並び立つふたりに、ロゼアとソキは、声を揃えて。いってきます、と言った。

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