ジェイドはソキが湯を使い、早めの夕食をもちもちと頬張っている最中に帰ってきた。くすくすと笑って戸口で幸せそうに目を細める男を見るやいなや、ソキはぱっと頬を染めておかえりなさいませです、と言ってもじもじし、メグミカは苦虫を噛み潰した表情を一瞬だけ浮かべて、ソキさまのなさりたいように、と告げた。
ソキはもじもじもじもじ指先を擦り合わせたあと、ちいさな声でどうぞおはいりください、と言った。『花嫁』の許可なくば、部屋に立ち入ることあたわず。『お屋敷』におけるその大原則を忠実に守りながらも、ジェイドは気負いのない姿で入室すると、寝台をひょいと覗き込むようにして甘やかに笑った。
「療養しておいでだね。いいこ、いいこ。……陛下がね、焦らなくて良いから体調良くしてからおいで、と仰せだよ。ゆっくりね」
「うん。あの、ソキね。いいこなの……」
なんと言ってもメグミカとお風呂に入って、ぴかぴかふわふわいーにおいになったのだし、わがままを言わないで寝台の上でじっとして、そこで食事だってしているのだ。体調を元に戻すのが、いまのソキの第一優先である。だからね、ソキは元気になるの、大事なことなの、分かっているの、つまりいいこで褒めがたくさんなの、と言うようなことをぽしょぽしょと恥じらいながら訴えるソキに、ジェイドはふふっ、と微笑んで、満ち足りた息を吐き出した。
「いいこだね。ソキは偉いね、かわいいね」
「でっしょおおおぉお……? あ、ねえねえ、ジェイドさん? おはなし! おはなし聞かせてくださいです。あのね、あのね、陛下のおはなし!」
ソキさま、ご飯は食べてしまいましょうね、とメグミカに促されて野菜とお肉を挟んだ薄いパンを、再びはっしとばかりに持ちながら。それに口をつけることなく、わくわくどきそわした目で、ソキはジェイドの話を待った。ジェイドは苦笑しながら寝台の傍に椅子を引き寄せると、そこに音のない仕草で腰を下ろし、困ったように囁いた。
「いいよ。でも、ご飯食べようね」
「ソキ、じつはぁ、おなかがいーっぱい! なんですよ?」
「そうなの? じゃあ、こっちにしようか。ヨーグルト、美味しそうだね。はい、どうぞ」
ソキの手からパンを取り上げ、器を持たせるのは慣れきった仕草だった。ロゼアがするとは、すこし違う。ソキではない誰かに、幾度もそうしていた動きだった。それを不思議に思いながら、おなかがいっぱいなんですぅと訴えると、ジェイドはにこにこ笑いながらそうなんだね、と首を傾げてみせる。
「なら、もう、寝ようか。ご飯、あまり食べられていないね。おはなしは、また今度。ゆっくり寝ないといけないよ」
「……そき、なんだか、よーぐるとをたべたくなてきたです。すごくです」
これは、おなかいっぱいの主張がちいぃっとも通じない相手である、と判断したソキの返事は、そこそこ早かった。しぶしぶ木の匙を手に取り、ちま、ちまっとした動きでヨーグルトを口に運び始める。元から満腹でもなければ、嫌いなものでもない為に、ぱくぱくと食べはじめるまでは早かった。椅子に逆さまに座り、背もたれに肘をついてそれを眺めながら、ジェイドは感心しきった声で言う。
「偉いね。とっても偉いね……かわいいなぁ。ふふ。じゃあ、そのパンも食べたら、お薬を飲もうね。そうしたら、すこし、おはなししてあげる。陛下のおはなしね」
「ソキ、がんばるです!」
「頑張るんだね。かわいいね、偉いね。とっても偉いね、いいこだね」
はうぅはううう、と照れながらやる気を出してパンをもちもち食べはじめるソキの傍らで、妖精はこの上なく白んだ目でジェイドを睨んでいた。これは間違いなくロゼアと同じ人種である。間違いなく。その上で、顔がよくて声がよくて心からソキを褒めて来るだなんて、教育に悪いことこの上ない。
あぁあやだやだなんでソキはこういう手合いばっかり引っ掛けてくるのよと頭を抱える妖精に、そっと角砂糖が差し出された。ジェイドからだった。受け取らず、睨み返す気力もなく、息を吐く。
『……なによ』
「うん? 疲れたかな、と思って。召し上がりますか?」
『いらないわよ。ソキからさっきもらったし……』
言ってやりたいことはたくさんあった。例えば、ソキを甘やかさないで欲しいだとか。砂漠の王がなんと言っていたのかとか。『お屋敷』に自由に出入りしているように見える、その理由であるとか。しかし、にこにこと嬉しそうに笑って、なんですか、と囁いてくるジェイドを見ているだけで、毒気が抜けていく。怒りを持続するのが難しい、と思ってしまう。
それは『花嫁』に感じるものと同質の感覚だった。もちろん、ソキよりはずっと弱い。比べれば微弱、とさえ思えるだろう。しかしその性質が、目の前の男には確かにあった。加えてなにか、妖精という存在からは無視しておけないような、ひっかかりすら感じ取る。このような出会いでなければ、好ましい魔術師だと思っただろう。
いまも、ソキにちょっかいさえ出さなければそこそこ、と思わせる。妖精は眉を寄せてジェイドを睨んだ。ロゼアに似ていて、ソキの性質を持つ、妖精を惹き付ける魔術師。ろくなものではない。
『……アンタなに? 砂漠の筆頭魔術師。あんまりソキに近寄らないでちょうだい。教育に悪そうだし……』
「そんなことないよ。ね」
「ねー。……ね? ねえねえ、リボンちゃん。なにが、ねー、だったの?」
分からないなら同意をするな、と言う気力もなく、妖精は両手で頭を抱え込んだ。これはもしかせずとも、とんでもない相手である。魔術師であるから妖精は隠れられないし、『お屋敷』から出ても『学園』で会う可能性がある。妖精の不安をよそにもちもちもくくとパンを一生懸命食べ終えて、ソキはおなかに両手をあて、えへんえへんとふんぞりかえった。
「たーべたぁー! ソキ、おなかいぃーっぱいになったです!」
「偉いですわ、ソキさま……! さすがはロゼアのソキさまです。メグミカは嬉しく思います……!」
「あ、すごい。よく頑張ったね、偉いね」
よってたかって褒められて、ソキは極めて上機嫌だ。ろくでもない場所に連れてこられてしまった、と遠い目になっているのは妖精だけである。これなら明日はお出かけだってできるにちぁいないですっ、とこれ以上なく調子に乗った声でふんすふんすと鼻息あらく言い放って、ソキはねえねえ、と甘えた声でジェイドのローブをひっぱった。
「ソキ、ご飯食べたです。だからね、おはなしして。おはなし! 陛下の、おはなし、して?」
「いいよ。お薬飲んだらね」
「ソキ! おくすり! のむです! なんといってもぉ、かしこくかわいいソキなんでぇ」
コイツ調子に乗り過ぎなんじゃないだろうか、とため息をつく妖精をよそに、『お屋敷』の面々はさすがはロゼアのソキさまその通りですかわいいです素晴らしいですかわいいですと褒めながら、ちょこちょこと約束させて言質を取るのに忙しい。おかげで、ソキが気がついた時にはよく効くとても苦いお薬をみっつも飲まなければいけなくなっていたし、ジェイドと話している途中で一度でも咳をすれば寝なければいけないことになっていた。
ひとつ目の苦いお薬をぐびーっと飲んで涙目になりながら、ソキはしょんぼりした声でげせぬですぅ、と言った。
「なんだかだまされた気がすぅです……にがいです。にがいにがいです……なんであとふたつもあるですかぁあああぁあうにゃああぁあやんやんやんやんやん!」
賢いの意味を考えながら、まあ元気になっているのに間違いはないな、と妖精は思った。もちろん本調子ではないだろうが、騒いでもけふんと嫌な咳をしなくなっている。ソキは飲み干した器を嫌そうにメグミカに押し付け、入れ代わりに持たされた陶杯をくちびるを尖らせて睨んでいる。妖精には、いつもの香草茶と変わりないように見えるのだが。
目を潤ませて鼻をすすり、ソキはその陶杯をジェイドに向かって差し出した。
「ソキは知ってるです。これは美味しくないお茶です。だからぁ、ジェイドさんに、あげます!」
『不味いと分かってて人に差し出すってどうなの……やめなさいこら……!』
だってええぇ、といやいや身をよじるソキに、ジェイドは甘く目を細めて囁いた。
「くれるの? ……いいよ、貰おうか?」
「わぁーい!」
「でも、じゃあ、陛下のお話しは駄目だからね。もう眠ろうね」
ささっと陶杯を差し出そうとしていたソキの動きが、ぴしりと止まる。や、やぅ、やぁあう、と悲しげに鳴かれても、ジェイドは柔らかな笑みを崩さなかった。お薬飲んだらって言ったよね、飲まないならおやすみしようね、と囁くやり方に覚えがあって、妖精は天を仰いだ。これはロゼアのやり方である。
もしかしたら『傍付き』のやり方なのかも知れないが、詳しくないし詳しくなりたくもないので、ロゼアの、ということで妖精は思考を止めている。つまり、そうであるからこそ、ソキに勝ち目はなく。しおしお、と萎れるように俯いたソキが、だってええぇ、とまだ抵抗して悲しげに呟く。
「ソキ、知ってるです。このお茶は、にがにがなんですよ。ソキ、これ、嫌いです。……どしても、飲まなきゃ、だめなの?」
「どーしても、飲まなきゃ駄目なの。……そうだな。じゃあ、頑張れたら、ラーヴェの話しもしてあげる。それでどう?」
「ぱぱ!」
俄然やる気を出したソキは、それでも、眉を寄せてお茶とジェイドをしばらく見比べていた。パパはだめって聞いたからいけないよ、と笑いをこらえた声で囁きながら、ジェイドはつんと指先で陶杯を突いて促した。
「どんな話しがいいの? ……さ、飲んだら聞かせてあげようね」
「う、うぅ……。ぱ……うんにゃ、ラーヴェは、ラーヴェは、苦いお薬を飲めたの……?」
「飲んだらおしえてあげようね。飲んだら、だよ。飲めたご褒美に教えてあげるからね」
砂糖菓子のように甘い声なだけで、一切の譲歩がないのもロゼアにとてもよく似ている。ソキはしばらく嫌そうな声でうにゃうやと鳴き、きゅっ、と目を閉じて陶杯に口をつけた。ぐびいいぃっ、と飲み干す仕草は勢いだけで出来ている。奇跡的に咽ず飲み干し、ぷは、と息をついて。ソキはじわわっと涙を浮べ、もうややゃんですぅ、と元気のない声で訴えた。
「もう、おくすりは、おなかがいっぱいです。いっぱいだもん。やだもん。おしまいにするです。……ねえねえ、ラーヴェのおはなしして?」
「んー? ラーヴェもね、苦いお薬嫌いだったよ。普通に飲むけど、飲んだあと二秒くらい、口に手をあててなにも言わなくなってた」
「そきも、こんどから、おくちに、てをあてることにするぅ……」
偉いですわソキさま素晴らしいですかわいいですと褒められても、ソキはつーんと顔を背けて最後の薬を拒否していた。ひとつひとつにそう量はないにせよ、全てが錠剤などではなく、液体の飲み薬なのもへそを曲げる一因なのだろう。持たせても、あっ手がすべっちゃったですうううっ、と満面の笑みで取り落とされるのを分かっているからか、メグミカも困った顔をして手元に置いている。
ねばれば勝てるです、とろくでもない算段をつけたソキに、妖精が雷を落とそうとした時だった。ふむ、と首を傾げたジェイドがメグミカから薬の入った陶杯を受け取り、飲み口に唇をつけて柔らかに笑う。
「苺の味がするよ。おいしいよ?」
「え、えぇ……ええぇ……ほんと? ほんと?」
「おいしいよ。……いらないなら、もらっちゃおうかな。苺味」
え、えっ、とそわそわするソキはいちごが好きである。ヨーグルトにもよく混ぜられているし、飴だってよく甘い匂いをさせながら舐めている。室内の世話役たちが固唾を飲んで見守る中、ソキは疑いの眼差しでジェイドをじーっと見て。やがて、こくり、と頷いて、にょっとばかり両手を差し出した。
「ひとくちなら、飲んであげても、いいんですよ? お試し、ということです」
「そうなの? はい」
あまりにあっさり渡されたからだろう。気が変わって全部飲んでもいいんだよ、と囁くジェイドに、ソキはこくこくと頷き。見守られる中、にこにこ笑って薬に口をつけた。ぐび、と飲もうとした動きがぴたりと止まる。ジェイドは優しい微笑みのまま、口に入れたら飲み込もうね、と囁いていた。
妖精は見ていたから知っている。ジェイドは陶杯に口をつけただけで、舐める程度でも、その中身を飲んでなどいない。ぴるぴるぷるるるる、と細かく震えて涙ぐみながら、ソキはごくりと薬を飲み込んだ。そのまま、もう一口飲んだのは、もしかしてもう一回飲んだらいちごの味になるのでは、とソキが思った為である。
なんでそういう所がどんくさいのかしらと呆れて見守る妖精の視線の先、ついに飲み干したソキは、わっとあがった歓声に包まれながらも泣きべそをかいて訴えた。
「だまされたですううう! ジェイドさん、ソキをだましたですうう! あまりに、あまりに罪深いしうち! ゆるされないことですううううう!」
「あっ、ごめんね。苺の飴を食べてたの忘れてた。苦かったね、よく頑張ったね。飴は好き? 甘いからこっちを食べようね。はい、あーん」
「……あーん」
そこでぱかりと口を開いて飴を食べさせてもらうんじゃない、と妖精は頭を抱えて首を振った。毒だったらどうするつもりなのか。というか、数秒前に騙されていてなぜ警戒したりしてくれないのか。ソキはぐずっ、すんすん、と鼻をすすって不機嫌にしていたが、ころころ、口で飴を転がすにつれ、にっこりとご機嫌の笑顔になった。はい、とばかり、ジェイドに両手が差し出される。
「このいちごの飴、とってもおいしです! ソキがぁ、貰ってあげてもぉ、いいんですよ?」
「気に入った? それじゃあ、お薬のご褒美にあげようね」
御当主さま検品済みだから安心してね、とメグミカと世話役たちに囁き告げてから、ジェイドはソキの手に、ぽんと小瓶を乗せてくれた。飾り気のないちいさな硝子瓶に、あいらしい、手毬の形をした飴が詰められている。それを、どこかで。昔、どこかで。見たことがある気がして。懐かしいもののような、気がして。目をぱちくりさせるソキを、ジェイドは慈しむように。愛おしむように目を細めて、眺めていた。
失われた、暖かな場所を。家族のよすがを、そこに見出している。
当主側近たるラギがソキの様子を伺いに来たのは、ちょうどジェイドの話が一番盛り上がっている最中だった。今日も水やりと草むしりに負けていたらしい。優先順位を考えろと怒る王に、アイシェがでも植物は一日でもそれを怠ると枯れてしまうこともあるのよ、と生真面目に言い聞かせる最中に、ジェイドは報告をしに現れたのだった。
ちょっと待ってろ、と言う王に対して優先順位ではないの、と叱るアイシェに反論の声は向けられず。しばらく王はぶすくれた顔で魔術師の話を聞いていたのだという。陛下のあんな顔見たの久しぶりだよ、と笑うジェイドに、ソキはなんだかよく見ているです、と頷いた。なにせ、機嫌の良い笑顔であることより、頭が痛そうだったり胃が痛そうだったり、額に手を押し当てて動かなかったりクッションに倒れ込んで動かなかったり、遠い目をしてなにか呻いているような姿ばかり見ているのだ。
真剣な顔をしていたり、ソキを叱ってきたり怒ったりすることも多く、つまりはしかめっ面が多い。こしょこしょと内緒話のようにそれを告げるソキに、ジェイドはくすくすと肩を震わせて笑った。そして、楽しみだね、と囁く。いつ陛下の初恋実るだろうね、と笑うジェイドに、ソキは顔を赤くしてちたちたと興奮した。初恋は実らないとも聞くけれど、陛下の一大事である。
つまりは砂漠の、国家の一大事である。決して好奇心と、ときめきだけではない。ないのである。ソキ応援してるですっと大興奮の声できらきらと宣言すれば、王に近しい筆頭魔術師は声をあげて笑った。それがあんまり幸せそうだったから、ソキもつられてにこにこしてしまう。ラギが顔を出したのは、ちょうどその時だった。
当主側近は室内をひょいと覗き込むと、機嫌も体調も良さそうなソキに目を留め、やんわりと笑って御機嫌よう、と囁く。
「こんばんは、ソキさま。顔色が随分と良くなられた。なによりです。……そろそろ就寝のお時間ですか?」
「ソキ、まだ、起きてるです! あのね、ジェイドさんが陛下のおはなしをしてくれているです! 陛下の初恋を応援するです! それでね、あのね、な、なんと! ラーヴェはにがいおくすりがきらいだたです! ソキ、かしこくなったぁ!」
「それはそれは、良うございました」
きらきら輝くソキの顔とジェイドを見比べて、当主側近は笑いを堪えながら頷いた。言葉の内容からも明らかであるように、魔術師として重要な話はしていないらしい。ラギはメグミカにも視線を向けて、『傍付き』の補佐が嫌な顔をしつつも頷いたのを見て、戸口に立ったままでソキの名を呼んだ。
あ、と顔を向けたソキがおはいりください、と言いかけるのを穏やかに制して。ラギは、もしソキさまの時間と体調が許しましたら、と言った。
「レロクの準備が整いましたので、ソキさま、よろしければ……。お待たせしてしまって申し訳ありませんでした」
「おにいちゃ……お兄さま、忙しいの、終わったです? お会いできるの?」
「はい。とりあえず、今日の所は。……如何でしょう?」
ソキは物分りの良い仕草で頷いた。当主への先触れは、一度多忙を理由に断られていたのだった。先代であるならともかく、レロクにそんな理由で会えなかったのは初めてのことである。よろよろてちちっ、と寝台から滑り降りて立ち上がったソキをやや心配そうに見守りつつ、ジェイドは手を出さないで傍に立っていた。その手を繋ぐ役目は、今はジェイドのものではない。
ささっと傍に寄ったメグミカが、しっかりと手を繋いでくれるのに頷いて。ソキはゆっくり、ゆっくり、てち、てち、と歩き出す。
「ねえねえ、ラギさん。お兄さまは、なににお忙しいの? ソキ、ほんとうに会いに行って大丈夫なの? もう夜ですけど、お兄さまはねむくないの? ご飯は食べたの? ねえ、ねえ」
「大丈夫。心配することはありませんよ。顔を見せてあげてくださいね。レロクはずっと心配していましたから」
「……ソキね、ソキ、もう元気なの。心配をかけてしまったの、よくないです。あのね、あの、でもね、心配させたかったんじゃないですよ。ほんと。ほんとうなんですぅ……」
ええ、分かっていますよ、と穏やかにラギは頷いた。ソキにそんなつもりがなかったことなど、『お屋敷』の誰もが分かっている。その上で、レロクが忙しかったのは自分でふたつ、仕事を増やしたからである。ひとつは治療。レロクはソキが運び込まれたと知るやいなや、顔色を失って走ろうとした。走って、顔を見に行こうとしたのだ。その場にいた誰もが予想外の動きだった。
いくら当主が普通を装えるよう整い直されるからと言って、走るようにはなれないのである。ぎょっとしたラギが腕を伸ばすよりはやく、レロクは自分の脚に躓いてびったんと倒れて動けなくなった。額を打って擦りむいたので、急遽治療と精密検査が必要だったのだ。それだけでも通常業務は圧迫されたのだが、忙しかったのはそこからだった。
ソキをメグミカに受け渡して落ち着く所までを確認し、事情を知る妖精を伴って、半分はその通訳としてやってきたジェイドから話を聞いて。レロクは怒った。たった一日で、『花嫁』にそこまでの働きをさせるとはなにごとか。陛下はなにを考えておいでなのか。当主として、そして、ソキの兄として。我慢がならなかったのだろう。
ソキが自分の意思でやったと妖精がとりなしても、レロクはあやつにそんな自分の限界を見定めてあえて先の為にいったん休憩するなぞ、判断が出来る筈がないだろう、と妹を容赦なくこき下ろし。そのまま、笑いを堪えるラギを傍らに、当主は王に対する正式な抗議文を書き始めたのだ。忙しかったのは、遅れ気味の通常業務に、その添削と仕上げも入ってきたからであり。完成した書状を叩きつけに、レロクがジェイドと入れ替わりに城へ登っていたからだった。
それを、国王陛下にお手紙を渡して来たものですから、の一言で片付けてしまったラギに、事情を知るメグミカは遠い目になり、ジェイドは笑いを堪え、ソキはとてちてと歩きながら気のない様子でふぅん、と言った。
「お兄さまったらぁ、つまり、ソキのお顔を見るより、陛下におてがみをするのが大事だったです? ふううぅん……? べぇー、つぅー、にいぃー。い、い、ん、で、す、け、どぉー。ふぅーん、へぇー、そうなんだぁー、ですぅー。ソキよりぃ、陛下におてがみだったんですぅ。ふうーん。ふううううん」
「……あんまり働かせすぎないでください、っていうお手紙だよ」
「かほご! かほごです! ソキ、ちゃあんと自分でいえるもん! お兄さま、そきよりおてがみがだいじたたです。そきにはもうわかっちゃったです」
ぷんぷく怒るソキにジェイドが笑いながら言い添えるも、気持ちは収まらないようである。ふふっと肩を震わせるラギは幸せそうに目を細め、そうですよね、と頷いてみせた。
「手紙に時間を取られるくらいなら、自分で言うからレロクに会いたかったんですよね、ソキさま。大丈夫。分かっておりますよ」
「ちっ、ちちちちちちちぁっ! ちがぁうで、すっ! ら、らぎさんはたいへんな! たいへんなかんちがいをしているですううう!」
ちがうです、おにいさまがソキにあいたいをしないといけなかったのに、ソキだってちゃんといえるのにいうのじゃなくておてがみにしてソキをなしにするだなんて、なんてひどいことです、というようなことを。ほわほわふわんとした声で主張する、ソキに向けられる視線はほのぼのとしていた。とりあえず、全員違えず聞き取り、内容もしっかり理解しているらしい。
そんなのばかりだから、ソキがいつまで経ってもほにゃほにゃふわんとした発音のまま、改善しないのである。妖精はちがうもんちがうもんとちたちたするソキの前に舞い降り、目をぱちくりされるのにやや気を挫かれながら、深呼吸をして言った。
『……ソキ。普段から、もうすこし、発音を頑張りましょうね。そうすれば今後、こういうことがあった時、もうすこし……体力ついてるかも、知れないし……』
「そきははつおんがんばてるも」
つつつんっ、とくちびるを尖らせ主張されて、妖精は深々と溜息をついた。体調が悪いからか、拗ねているからか、ただサボっているだけなのか、妖精には判断がつかないことだった。妖精には、それの何処が頑張ってるっていうの、と呻くので精一杯である。ソキはきこーえーないでーすぅー、と不機嫌な声で歌いながら、とてちて廊下を歩いていく。
まあ、それが回復の一助になっているかすかな可能性もあることだし、と妖精は己を納得させることにした。色を失い、意識を落とし、ただ呼吸と共に乾いた咳をするばかりのソキに、そうなる前に強く止めきれなかったことに、責任を感じていない訳ではないのだ。ソキは珍しく、溜息をつくばかりで怒鳴ったりしない妖精を、ちらりと見上げて。大丈夫なんですよぉ、と言った。
「ソキ、これから、つよーくなるです」
『……はあ? なんですって? なんの話?』
「ソキ、もうちょっとで、淑女、なんでぇ。成長期ということです。つまり? 大きく、元気に、うつくしく、かしこく、かわいく、つよーく! なるです!」
えへんと当主の部屋を目前にして、立ち止まってまで胸を張るソキに、そうだねそうですねその通りです、と声が降り注ぐが、妖精はとてもではないが同意できなかった。もしかしなくてもソキは、淑女やら成長期に夢を見すぎなのではないだろうか。言葉の意味そのものが違う可能性も頭の隅に置きながら、妖精はソキの肩にすとん、と腰を下ろして問いかける。
『……成長期と、淑女の意味分かってる?』
「ばっちりです」
ふんふふん、と自慢げにするだけで、ソキはいつまで待っても答えそのものは口にしなかった。つまりいつものアレである。遠い目をして思いきり息を吐き、妖精は無言で、ソキの頬をもちもちと押しつぶした。いやんや、と文句を言いながら、ソキは案内に従って当主の部屋へするりと体を滑り込ませた。お兄さま、と呼ぼうとした口が、そのままぽかん、と開かれる。
ラギだけが予想していた風にくすくすと笑う中、ソキはややくったりとソファに横になる、当主正装の兄を見つめてぱちくり目を瞬かせた。声をかけるより早く、ふっと視線が持ち上がる。ああ、と掠れた、『花婿』の声が甘い花の香のよう、ふわりと空気を染めて行く。
「ソキか。……ラギ、起こしてから行けと言ったろう」
「起こしましたよ」
「知らぬ。……ソキ、そんな所に突っ立ってないで、こちらに……なんだ?」
妹が、あんまりにぽかんとして凝視してくるからだろう。居心地が悪そうに体を起こしたレロクに対し、ソキはきゃぁあんっ、と黄色い悲鳴をあげて頬に手を押し当て、もじもじと体をよじって嬉しそうに言った。
「お兄ちゃんったらぁ! 今日はとびきり綺麗ですうううういつもそうしてるといいです!」
「は? 俺はいつだって綺麗だろうが、そうだなラギ?」
「ええ、もちろん」
ちがうです、やっぱり陛下の所に行くからおめかしさんだったに違いないです、これはすばらしことです、とふんふん鼻を鳴らして楽しそうなソキに、メグミカは口に手をあててくすくすと笑い、ジェイドはすこし視線を逸らして肩を震わせ。妖精はソキの傍らでうんざりと、そう、ソキの面食いは身内にも適応されるのそうなの別に知らなくてよかった、と灰色の、乾いた声で呟いた。
レロクは眠っていたようだった。ソキが目を輝かせて見つめるのに笑いながら、するりと進み出たラギがてきぱきと外観を整えていく。乱れた髪を手で梳かれて気持ちよさそうに目を細め、身を委ねているレロクに、ソキはどきどきしながら赤い顔に手を押し当てた。なんだか色気がある気がする。これはもしや、もしやまさか、いっせんをこえたりなどしたのではないだろうか。
ふんにゃにゃにゃっ、と鼻息荒く、ぜひともついきゅーしなくてはですっ、と考えるソキの内心は、全て声に出ているので機密性がまるでない。ラギが爆笑を堪えながらレロクを整え終わり、傍らに立ち直しながら囁いた。
「……と、仰っていますが。どうされてもいいですよ、レロク」
「なにかあったような言い方をするんじゃない……なにもしないくせに。……ああ、ほら、ソキ! 何回言わせる。立ってないで座らないか。メグミカもなにをしているのだ」
「早く傍に来て座って欲しい、とのことです。メグミカ、良いですよ。当主のお傍まで寄ることを許します。……さ、ソキさま」
ソキはこくりと頷いて、とてちててっ、と心持ち早足にレロクの座るソファまで歩み寄ると、もぞもぞもちっとした仕草で、その隣に腰かけてやった。なんといっても、レロクがソキに会いたいをした上に、どきどきでときめきの予感がするのである。これくらいのさーびすは必要なのである。さーびすせいしん旺盛なソキなのである。
ソキが近くで嬉しいでしょうーっ、とふんぞりかえるソキに、レロクは特になにも言わず。それでいて座り直しや移動を要求することもなく、ぱち、と口元に手をあてて、少しだけ視線を反らしていた。口元が緩むのを隠しているようだった。その仕草を気にせず、なんだかうるうるつやつやしているレロクをじぃーっと観察して。赤らんだ頬に両手を押しあて、『花嫁』は、そきにはもうわかっちゃったです、と迷推理を披露する。
「これは、おにいさま、恋の予感……! きっと、ときめきときゃあんの日々を過ごしているに違いないです……! ソキがお相手をあててあげるです。えーっとぉ、ラギさん? ラギさんでしょう。おおあたりでしょう。えへへん。……ふ、ふたりはぁ、もう、どこまでいったんてす? ちゅ、ちゅうはしたの? ソキに、ソキにこっそり、ないしょのおはなしを、して……!」
「俺はいまラギのやつなにもしてこないと言わなかったか、ソキ」
「もちろん、ソキはぁ、わかってるです! ないしょなんでしょう?」
ふっふーん、とこの上ない自慢顔をしてわかってるんでぇ、と言うソキに手を伸ばして、レロクはそのもちもちの頬を指で幾度か突いてやった。やん。やんや、やん、や、やぁんっ、と突かれるたびに殊更嫌そうな声を出すソキを軽く睨みながら、レロクはお前こそ、と溜息をつく。
「ロゼアとはどうなっている。なんぞ不埒な真似をされていな……していないだろうな?」
「……そうなんです……がっかりですぅ……。ソキのめろめろりょくが足りていないです……」
『ねぇアンタたちなんなの? 恋の話する為に顔合わせたの? 違うでしょ?』
あらあらまあまあ、と見守る『お屋敷』関係者と妖精の意見には食い違いがあるのである。頭痛を堪えてたしなめれば、ソキはぺちちっ、とソファを叩いてまで主張した。
「いいですか? リボンちゃん。これは、きんきゅー、あんけん、というやつです」
『優先順位に物申したい。違うでしょう……!』
「ちがうくないもん。魔術師さんのお仕事はぁ、いまは、あんまり、きんゅーせいがないの。陛下が、ソキに、でも早く元気になって、明日にでも、とか、すぐに、とか言わないのがその証拠なの。だから、明日まで、魔術師さんのソキはおやすみなの。だから、これは、ソキのきんきゅうあんけん、なの。分かったぁ?」
ホントに分かってる所は分かってるんだけど、どうしてこうなのかしら、と妖精は溜息をついた。ソキにもたらされた数少ない情報から、よくぞそこを読み取ったと感心さえするが。なんというか、情報の使い方の方向性が、褒めたくない。どうしてそっちにいくの、と思う。
これはやはり、根本的な教育から正していかなければならないだろう。具体的にはロゼアから、と決意する妖精に気がつかず、ソキはレロクに対していっしょうけんめいに訴えた。『学園』で成した、ロゼアにたいしての頑張り。すなわち、数々のめろめろ大作戦を。
ひとつ、ふたつ、みっつまでは耐えて、よっつめで吹き出して腹を抱えて蹲ったラギは、そのままずっと声を出さずに笑っている。メグミカはふぅん、と呟いたきり口を閉ざしていて、とりあえず、微笑みらしきものは浮かべていた。ジェイドはひたすら、かわいいなぁかわいいなぁ、という意志がだだ漏れた眼差しでソキを見つめている。身振り手振りでふんとうを物語る、その内容はどうでもいいらしい。
かわいいかわいい、あぁほんとかわいいなぁ、と蕩ける眼差しで微笑んでいるジェイドに、ちら、と視線を向けて。それについてはなにも言わず、レロクはソキによく似た仕草で、すこしあどけなく、こくりと頷いた。レロクもどちらかといえばジェイド寄りで、内容はほぼ聞き流して、妹が近くに座ってあのねあのねときらきらした目で機嫌よく話しかけてくることに集中していた。
「まぁ……それなら、いいのではないか。引き続きその方向で」
「ほんと? ほんと? ロゼアちゃんソキにぐらっとなって、きゅんっとして、思わず恋に落ちちゃったりぃ、するです? ……きゃああぁん! ロゼアちゃん、ソキにめろめろになるぅー!」
「なるなる。だから、引き続きその方向性で行くのだぞ、ソキ」
分かったですぅ、と鼻息荒く頷くソキはいまひとつ理解していないが、レロクの返答にはあからさまに邪魔したがる意志があった。ちっとも成果の出ていないめろめろ計画を推進するのがその証拠である。もしくは、先を越されるのが嫌なだけなのかも知れなかった。たくさん話して機嫌よく丸め込まれたソキは、それにしてもぉ、とそわそわしながらレロクにちらっと目を向ける。
「お兄さま、ほんとーに、なにもなかったです? だってぇ、うるうるの、つやつやの、びじんさんです……! ひみつなの? ないしょの、ひめごと、なのっ? きゃっ、きゃああぁあん……! ソキ、ひみつできるぅ! ねえね、おしえて? おしえてくださいですうううぅ……!」
「残念ながら、ラギのやつ、ほんとー、に! なにもしないのだ……っち、この不能!」
「レロク。誹謗中傷を口にしない。ソキさまが覚えたらどうするつもりですか」
ロゼアが怒鳴り込んできますよ、と苦笑するラギに、メグミカが私は今だって叱れるんですよと微笑んだ。ふたりを、はんっ、と鼻で笑い飛ばす極めて反抗的な態度で、レロクはお兄さまったらいけないですふのうってなぁに、ときょとんとするソキに、そっと顔を寄せて囁いた。ないしょだ、と言葉を落とす。
ふえ、と目をぱちぱちさせるソキに、レロクはとろりとした笑みを浮かべてくちびるに指を押し当てる。
「いいことはあった。だが、ないしょだ、と言ったのだ」
「え……えぇええ! ええぇえ! ずるいずるいですうう! めろめろ大作戦の参考にするのに、教えてくれなくっちゃいけないです」
「お前とて、秘めておきたいロゼアとのやりとりの、ひとつやふたつ、あるだろうが。それと一緒だ。言うつもりはない」
すっと身を離し。つーん、とした態度で顔を背けてみせたレロクに、ソキはぷぷりと頬を膨らませてみせた。基本的に、ソキにはそんなものはないのである。ロゼアとのやりとりで素敵なものはめいっぱい自慢したいし、ときめいたことはきゃあきゃあはしゃいでおしゃべりしたいし、素敵なことは日記にだって書いてしまうのである。
なんにもしないのは、ロゼアが秘密にしておこうな、と重々言い含めたことくらいである。時々なぜか情報漏洩で、秘密の約束がばれていることも多いが、それはきっとたぶんソキのせいではないのである。ついうっかり口を滑らせてしまったなどということは、ない、ことにしてあるので、ないのである。
つまりお兄さまったらいけないです、というようなことを長々と文句を言って主張したソキに、レロクは勝ち誇った笑みで、ふふん、と胸を張ってみせた。ふんぞりかえるソキと、よく似た仕草だった。
「つまり、お前はまだ、告白もなにも受けたことがない、ということだ」
「む、むむむむぅ……!」
秘密も内緒も言わないもなにも、まあ内容の推測は出来ずともなにがあったのかくらいは分かりますよね、さすがレロクさま、ソキさまによく似て大変うかつでいらっしゃる、と呆れと微笑ましさの混ざった笑みを浮かべて、メグミカはすいと当主側近に視線を移した。腹を抱えて笑っていた筈のラギはいつの間にやら立ち上がり、すました顔で、なにか、と言わんばかり視線を受け止め微笑んでいる。
悔しさでぷるぷるしているソキが、これは、これは『ロゼアちゃんに告白してもらうです大作戦』の計画をねらないといけないかもですっ、と握りこぶしで気合を入れているのを眺めながら。メグミカはそっと、響かない声でラギに問いかけた。
「……したんですか? 告白」
「レロクが言わないことを、私の口から聞けるとでも?」
「思いません、けど……ラギさん、どうされるつもりなのかしら、とは時々噂になっているもので」
どう、というのは、とくすくす肩を震わせながらラギが問う。メグミカは知っているくせに、と息を吐き、御当主さまの奥方さまのことを、と正直に告げた。当主が交代して、一年とすこし。『お屋敷』は動乱から完全に落ち着いたとは言い難いが、それでも、そろそろ、そんなことに目が向くようにはなって来ているのである。当主が解決していく問題の中でも、一番の難関が、それである。
砂漠の陛下より先に落ち着く訳にもいかないだろう、というのが、尤もらしく響くレロクの言い分だった。それが遠回しの、ぜったいやだ、と同意であることを、近しい者は皆知っている。知っているが、当主として、そこを飲み込んでもらう他、ないのだ。けれどもそれには、当主側近の、『傍付き』の、粘り強い説得がなにより不可欠だ。
それなのに、と叱るようなメグミカの目に、ラギはくすくす、と肩を震わせて笑って。まあ、なんとかなりますよ、と微笑みながら言い放った。
「いざとなれば、ソキさまとロゼアの御子をこちらで引き取ればいいと思いますし」
「ラギさんそれ全然なんとかならない話ですけど、そんなことになったら! ぜひ! 私を! 世話役に!」
「もちろんです、メグミカ」
がっ、と力強く握手をしあうふたりに、ジェイドが微妙そうな視線を向けている。まあ、いつの代でも、そこは一度はもめる所だ。息を吐いたジェイドは、幸か不幸か全く周囲の話を聞かずにきゃっきゃ盛り上がるソキとレロクを眺め、やわりと目を細めて息を吐く。あのふたりが、どちらも、幸せになれればいいと思う。ジェイドと同じように。違っていても構わないから。花の願いが叶えばいいと思う。うつくしく、幸福に、咲き誇って欲しいと願う。
ひとしきり話して、考えて、告白してもらう大作戦の計画が落ち着いたのだろう。ソキはぱちんと手を打ち鳴らし、あっそういえばあのね、ソキのおはなしするですから、聞いて、とレロクにこしょこしょと報告しだす。ようやく、魔術師として、『花嫁』として成した報告へ辿りついたのを聞いて、ジェイドは胸を撫でおろす。
なにも誘導せずとも、ソキがひとりでそこに戻れたことは、脱線して遠回りしてかなり忘れ去られていた末のことであろうとも、進歩である。あのね、あのね、と話し出すソキの声は甘く、やわらかく。終わりまで一度も、咳に軋んでしまうことも、なかった。