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 ソキの本を確認して、妖精はすぐさま寮長と、外部の魔術師たちの召喚を要請した。妖精ひとりの手には余ると判断した為であり、ソキとふたりで処分していいものとも思えなかったからである。まだナリアンが戻らないので、麗しの我が女神に会いたいとぶつくさいいながら姿を現した寮長は、まず意識が正常に回復したロゼアを認めて安堵したように頷いて、ソキが手にしっかと持つ本を見て、思いきり顔を歪めた。
 ソキは、そんなお顔はやぁんですぅ、と言い返したものの、口調が弱々しい。本当に大丈夫なんだな、痛くも気持ち悪くもないんだな、と幾度目かも分からないロゼアからの問いかけに。ソキはすっかり拗ねた様子でむっつりと頷き、無言でぴとりとロゼアにくっつき直した。寮長はすぐに連絡をつける、動かないでいるようにと言い残し、ロゼアの部屋を飛び出して行った。
 やはり、あれが正常な判断である。なんだってソキはのんびりのたくた、どんくさく拗ねたり機嫌を損ねたりしているのか。ソキ、とため息をつきながら呼んで、妖精は予知魔術師の本に視線を落とした。白い帆布で作られているのが、予知魔術師たるソキの武器。穢れなき白。『花嫁』の純白。ソキの本であったはずだ。それが、勿忘草の色に染まりきっている。
 妖精が確認した所、誤ってインク瓶をぶち撒けたに等しいその染みは、表面の九割を勿忘草の色に変え、中身も白く斑な点を数えるのが早いくらいの状態だった。染め抜くのに失敗して、ぽつぽつと白色が残ってしまった。そういう状態である。ソキはそれを、何もおかしいことと感じていないらしい。妖精が目をむいても、ロゼアが愕然とした表情になっても、のんびりとした様子で、なぁに、と言った。
 本は白かったろ、とロゼアが問いかけても、ソキはそうなんですぅ、と頷いただけで終わっていた。説明はなにひとつない。かくして戦慄しつつ、お前いい加減にしろよと言葉魔術師にもソキにも怒りを感じながら、妖精は寮長とその他の魔術師を呼び出したのだった。それなのに、ソキは拗ねきった声で、もぅー、おおげさですぅー、などと言っている。
 大げさだと言うのなら説明なさい、と妖精に怒られて、ソキはぷぷーっと頬をふくらませてみせた。しかし、ロゼアの悲しそうな、困惑した顔にも気がついたのだろう。しゅるしゅると膨らんだ頬がしぼんでいく。ロゼアの指先で頬を撫でられながら、ソキはまだ拗ねの気配を漂わせる、しおれた声で呟いた。
「だって、ソキは、シークさ、で、シークさんはぁ、ソキ、だもん。なにも、おかしーこと、ないもん」
「ソキ。ソキは、ソキだろ。俺の『花嫁』のソキだろ。……アイツじゃないだろ。なんでそう思うんだ? どうして? いつから?」
「んんー……。ちがうのぉ……ソキは、ソキ、だもん。シークさんじゃ、ないもん。ちがうもん。そゆんじゃ、ないですぅ……!」
 違わない。ソキが今言ったのは、そういうことである。なにが違うって言うのよこのすっとこどっこい、とため息をつきながら妖精に罵倒されて、ソキはちたちたと、控えめに手足をぱたつかせた。
「やあぁん、そうじゃないんですぅー! 互換性、というやつだもんー!」
『……あぁん?』
「そのままだと使えないんでぇ、ソキ、シークさんと互換性をつけたんですぅ……! でも、でも、だから、ソキだってシークさんのこと、ちょっぴり使えるんですよ。あのね、インクには実は、限りがあるんでぇ、シークさんはそれを知らなかったけど、ソキには分かっちゃったんでぇ、ソキがびたんびたんにしておけば、からっぽでもう安心なんでぇ、ソキはけんめいにがんばた! という! ことです! えへへん!」
 アタシと一緒に五王を説得して回ったのはもはやソキではなかったのでは、という根底から疑う眼差しで、妖精は微笑みながらなるほど、と頷いた。分からない。ちょっとアンタ翻訳しなさいよ、とロゼアを睨みつければ、『傍付き』は難しそうな顔をして頭を悩ませている所だった。ロゼアにしても即答できないくらい、難解な『花嫁』語であるらしい。
 いい気味だ、もっと悩め、それで早く答えろ、と矛盾しきった思考で腕組みをする妖精に、ロゼアが困惑した目をしながら顔をあげた。
「言葉魔術師の……操る、影響を与える人数……あるいは、深度? 総量、には、限りがあって。これ以上、操られるひとが増えないように、その為の……魔力、かな。それを、ソキは全て引き受けた、と言っています。ソキ、合ってる?」
「ソキ、ちゃんとそう言ったぁ!」
 ぷんすこっ、としてごねるソキに、言ってないからロゼアが翻訳するのに苦労してるのよ理解なさいっ、と妖精は雷を落とした。それにしても、である。あの説明からこれだけの情報を引き出して整理整頓するロゼアの能力は、なんなのだろうか。すごいとは思うけど羨ましいとは感じないし、どちらかというと引く、と思いながら、妖精は訝しさに迷わず首を傾げてみせた。
『ソキ。その説明、事情聴取の時にしなかった理由は? 忘れてたの?』
 今から怒ってもどうにもならないことであるから、妖精は努めて優しく尋ねてやった。ソキは寮長に提出したスケッチブックに、そんな話を示唆するような魔法陣を書き入れてはいなかったはずである。アタシの魔術師はもしかしたら末恐ろしいのではないかしら、どんくささで全てが帳消しになってる感あるけど、と苦笑いをしながら制作を見守っていた妖精が、見逃していなければ、の話だが。
 ソキは忘れてたんじゃないもん、と言いながら、つん、つん、と指先を突き合わせた。ぽしょぽしょ、響かない声で呟かれる。
「だって、だって、魔術じゃないですぅ……魔術じゃないから、ソキ、魔法陣には、描けないです、しぃ……。それに、それに……とにかく、ちがうんだもん」
『……そそっかしくてポンコツな、アタシの魔術師のうっかりミスっていうことは分かったわ?』
「ちちちちちがうですうううう! けんかいの、そーい! というやつなんでぇ! ソキがわすれてたりぃ、いわなかったりしたわけじゃないんでぇ!」
 だって本当に、言わなきゃいけないことだなんて思わなかったんだもん、と拗ねられて、妖精は額に手を押し当てた。これはリトリアも呼ぶべきことなのかも知れない。予知魔術師としての、正常範囲に収まる変化であるのだとすれば、ソキのその判断は責められるべきことではない。いくら予知魔術師に関する文献が乏しいと言っても、全くない訳ではなく。つまりはこちらの無知なのだ。
 腹立たしく、かつ、納得しにくいことではあるが。魔術師に関する知識というものは、往々にしてそういう一面を持っている。ソキ、どんなことでもなんでもいいから、ロゼアと離れてた間にあったことを全部書きなさい。全部。なんでもいいから、と妖精に説得されて、ソキは分かったです、と素直に頷いた。
「あとでするぅ……」
『いいこね。……で、これ、本当にこれでいいの? 違和感とかないの?』
 妖精の爪先で表紙を蹴飛ばされ、ソキは乱暴にしちゃだめですぅっ、と本をぎゅむっと抱え直した。アスルにするように蹴られた箇所を撫でながら、ソキはくてん、と首を傾げて瞬きをする。
「いいんだもん。それにね、もう白くはできないの」
『……なんですって?』
「シークさん、おねむでしょう? だからね、ソキからはどうもできないの。このままなの。でも、ソキには、痛いとか気持ち悪いとか、ロゼアちゃんとリボンちゃんが心配してるよなことはぁ、ないんですよ?」
 大丈夫です、とソキはえへんとふんぞり返ったが、全くもって大丈夫ではない。というか、もはや問題はそこではない。ふふ、これでまたロゼアの心労が、と虚ろに呟くシディに同意しながら、妖精は眉を寄せてソキを見た。
「……ソキは、それでいいの? 誰かになにか言われたとかじゃなくて?」
「誰にもなにも言われないです。あのね、ソキの本はね、これでいいの。これがね、武器になるってことなの。だからね、正しいの。……あ、でも、色に染まっちゃったのは、武器だからなかったでした。これはね、ソキがぜんぶ引き受けたからなの。けんめいな、がんばりの、成果なの!」
 なるほど、と妖精は頷いた。半分も分からないが、やはりこれは予知魔術師案件ということで間違いないだろう。とりあえず寮長が戻ってきたら検診のやり直しね、と告げられて、ソキはえええと不満げな声をあげた。やーうーっ、と言いながらロゼアにくっついて、くしくし頬を擦り付ける。所有権を主張する『花嫁』の仕草。
 検診が、というよりもロゼアと離れるのが嫌なのだろう。ロゼアが俺も一緒に行くよと囁やけば、ソキは嬉しげに頬を染めてはにかみ、こくんっと力強く頷いた。
「それならぁ、お医者さまでもぉ、魔術師の誰でもぉ、ソキを見せてあげてもいいですよ? でも、ソキ、ほんとに、なにもないです。大丈夫ですよ?」
『ねえ、アンタのそういう時の上から目線の物言いはなんなの? どうにかならないの?』
「ソキぃ、慎ましやかで、うつくしく、礼儀正しく、こーきな『花嫁』なんでぇ、出し惜しみとかしないといけないんでぇ」
 医者の診療を受けるのは、出し惜しみとは別次元の問題である。せめて高貴をきちんと発音してから主張しなさいよふわふわふわふわしやがってもう、と額に手を押し当て、妖精は深々と息を吐き出した。あれもこれもそれも、全部ロゼアの教育のせいかと思うと頭が痛くなってくる。妖精にしてみれば、『お屋敷』主導だろうと逆らえなかったのだろうと、それを成したのはロゼアである。
 すなわち、ロゼアが悪いのである。妖精がそう思っているのを、敏感に察知したのだろう。ソキはつつんとくちびるを尖らせて、リボンちゃん、と甘く妖精の名を呼びやった。
「そんなことより、ソキ、リボンちゃんとの契約? についての、おはなしが聞きたいです。ねえねえ。なぁに? どんな風になったの?」
『……分かってたけど、欠片さえ知らないでよく応じられたわね……?』
 妖精との契約に関して、魔術師がしなければいけないこと、というのは特別存在しない。契約を成すという意思が妖精にあり、証人となる妖精や魔術師がいれば良いが不在であっても可能で、まことなる名を相手に告げればそれで、基本的には成立する。その名を聞くのが複数人存在していても、妖精が受け渡す、と決めた者としか新しい関係は成されない。制約で、誓約で、契約だ。
 一方的なものだが、魔術師に拒絶の意思があるなら成されない。ソキと妖精が結びついたということは、予知魔術師がなんの疑い、不安、拒絶もなく、その存在を受け入れたということに他ならない。知らなくても。分からなくても。ソキは、妖精の成すことならば、と思い、それを心から信じている。無垢な信頼。嬉しい、と思う己を頭の中で殴り倒してから、妖精は腕組みをしていいこと、といとしい魔術師に囁きかけた。
『つまりね、ソキはアタシの魔術師になったから、他の妖精とはもう契約できない。アタシは、ソキの契約妖精だから、他の魔術師には影響されない。ソキが里帰りする時も、旅行でどっか行く時も、なんの問題なく同行できる。五国の空気は、アタシにとって、もはや毒にはならない。ソキがいくら、元気ですぅー、とか言っても、アタシには本当の体調が分かる。そんなトコよ。分かった?』
「……んん。つまりぃ、リボンちゃんは、リボンちゃんだけど、ソキのリボンちゃんになったの? ほんとの、ほんとに、ぜんぶ! ソキのリボンちゃんになったの?」
 うつくしい、深緑。森の息吹を宿した瞳が、絢爛なる喜びにさざめき輝いている。そうよ、と妖精は言ってやった。その通りよ。ソキはきゃぁんと砂糖菓子めいた声をあげて、頬をうっとりと朱に染めた。
『あとはまぁ……ソキが死ぬとアタシも消えるから。注意して生きなさいよ? ……まあ、不幸な事故なんかは起きないから安心なさい。アタシたちからはよく分からないけど、契約妖精を得た魔術師は、常時その祝福を身に受けているも同然、と昔から言うそうだから。……だから、これ以上、ソキはなんの魔力に汚染されることもない。それは真実だと思ってくれていい、のだけれど……』
 見定める、訝しむ、考え込む眼差しのロゼアに見つめられて、妖精は鼻を鳴らして挑発してから、ソキの本に改めて視線を落とした。契約が完全に成立していない原因は、恐らくこの本の状態である。いかに常時祝福が展開されていると同意といえど、それが成されるまでに施された呪詛の類まではどうすることもできない。それでいて、妖精の感覚も、安全ではないが異常でもない、と告げていた。
 やはりここは、ソキに比べればまだ普通の言葉で、なんとか、どうにか、説明できる予知魔術師。リトリアを待つのが一番だろう。戻って来た寮長が、リトリアも呼んだからな、と告げたので。妖精は心から、よくやったわ、と学園のまとめ役を褒めてやった。



 やってきたリトリアはソキの本を見るなり、ええぇ、と呻いて沈黙した。それでいて深刻な顔はせず、目をぱちぱちさせながら首を傾げている。一瞬色をなくしたロゼア、取り囲む魔術師たちの顔にも、じわじわと困惑が広がっていく。ソキひとりがロゼアを堪能するのに忙しく、はうーはうーきゃうーきゃううぅふにゃんにゃっ、とふわふわした声を撒き散らしていた。
 妖精は隠すことなく額に手を押し当てる。万一の事を考えてロゼアの部屋から移動しなかったのだが、これは談話室や空き部屋など、広い空間を確保しておいた方が良かったのかも知れない。なにせ、寮の居室は普通の部屋である。ロゼアの部屋はかなり手を加えられて、一見とてもゆったりと広々とした作りになっているように見えるだけで、基礎構造に変質はない。つまり、魔術師がわらわらと群れていると、狭いのである。
 何人か廊下に出なさいよと言っても、そこは入れ替わり立ち代わり、心配に顔を曇らせた在校生が部屋を覗き込んでいる最中で、招かれた魔術師たちが留まる隙間はないようだった。沈黙が、しばし。困惑した視線が交わされ合い、そのままなぜかこそこそと、言葉もなく目だけで打ち合わせが進んでいく。魔術師たちは、とりあえず、取り急ぎの危機はないと判断したのだろう。
 花舞の白魔術師たちは顔を見合わせてお茶飲んでるからなにかあったら呼んでね、と部屋を去り、楽音と星降の錬金術師は談話室にいるから落ち着いたら話を聞かせてね、と言って去り、白雪の錬金術師はあとでエノーラに見せてあげたいから報告書だけ欲しいな、よろしくね、と言って同胞たちの後を追いかけた。すぐには去らず、待機はしてくれるらしい。
 ありがとう、すまないな、と口にしながら彼らを見送り、寮長は戸口に背を預けて、オロオロする在校生たちにも大丈夫と言い聞かせた。リトリアが慌ててないし、ロゼアもまだ落ち着いてるだろ、と告げる寮長の声を聞いて、妖精は改めてソキを抱く青年の姿を眺めやる。落ち着いている、というより、まだ動かないでいるだけ、というように見えた。一言で告げるなら、危うい。決壊寸前、といった所だろう。
 ソキにもなんとなく分かるのか、やや顔を曇らせながら、いっしょうけんめい頬をもちもちと擦り付けている。大丈夫なんですよぉ、と言っているが、妖精もロゼアも熟知している。こういう時のソキの自己申告ほど、あてにならないものはない。やがて、無言でソキをぎゅうと抱き込んだロゼアに、リトリアが恐る恐る声をかける。
 予知魔術師の眼差しは、それでも、己の混乱をどうにか収めた冷静さを持っていた。
「あの、ロゼアさん……。この本のことなんだけど、ソキちゃんの言うとおり、危険のあるものでは……ないの。見かけがちょっと、びっくりしたけど……ソキちゃん、これは、ソキちゃんが分かっていてこうしたのよね?」
「そうなんですぅ。ソキね、けんめーにがんばたです! えっへん!」
「うふふ。そうね、頑張ったのね……。えっと……ええと、これはもしかしたら、ソキちゃんが、ソキちゃんなりに、説明したことかも知れないけど……」
 予知魔術師の本というのはね、とリトリアは椅子に座り、背を正しながら口を開いた。私たちの『武器』であると同時に、写本なの。状態を写す鏡でもあるし、全くの複製でもある。それでいて、言葉魔術師の『武器』、そのものでもある。私たちが言葉魔術師の『武器』であるというのは、この特質性あってのことなの。相手の魔力を己のものとして受け入れ、作り変えられる。
 使いやすいように整えられるの。それはね、普通は、変質にはならないの。ちょっとね、髪留めを変えるとか、香水を変えるとか、持って歩く鞄を新しいものにするだとか。それくらいの変化。服装が変わる、みたいな派手なことにはならなくて、気がつくひとは気がつくし、分からないひとには分からない。それくらいのことなの。
 ソキちゃんが違うとしたら、その流入の量を全く調整できなかったことだと思う。これはね、しなかった、じゃなくて、できなかった。言い切っていいと思う。理由はね、ソキちゃんの水器が砕けているから。受け止めるそのものがなかったから。でもこれは、逆にそれを利用したんだとも思う。そうだよね。水は高い方から低い方へ流れるでしょう。言葉魔術師と予知魔術師もそうなの。
 向こうが高い位置にいる。魔力がすごく、流れ込みやすい。だからソキちゃんは、それを、全部引き込んだ。あるいは、引き込もうとした。言葉魔術師が、シークさんが、操れるのは自分だけっていう状態に持ち込もうとした。持ち込んだ。だからほとんど、同化してしまったのだと思う。ソキちゃんがシークさんを怖がらなくなったのも、それが理由だと思う。この本が理由だと思う。
 この本は、予知魔術師の『武器』、ソキちゃんの写本でありながら、殆どそれを放棄している。放棄するくらい、言葉魔術師を受け入れすぎてしまっている。魔術師として、変質とか、変化とか、不安定なこととか、怖いこととか、そういうんじゃないの。これはもう終わっていて、定まっていて、ここからどうなるものじゃない。
 言葉を切って、リトリアはちょこんと首を傾げてみせた。どう言えばいいのか、悩んでいるようだった。
「だからね、治療、とか。対処、とか、必要なことではないの。必要じゃないし、できないこと、でもあるんだけど……あのね、ロゼアくん」
「……はい」
「これから、この『武器』が新しく、ソキちゃんになにか悪さすることはありません。これが原因で、魔術師として、どうなることもありません。体調が崩れたり、魔力が不安定になったりはね、しないの」
 妖精ちゃんとの契約がうまく行かないのは、とリトリアは眉を寄せてソキを見つめた。
「ソキちゃん本人の意識も、妖精ちゃんも、予知魔術師だからって思っているから、かな。『武器』がここまでの混ざりものになってしまってるから、そこの変換で齟齬が出ている……のではないかしら。詳しくは、その視点から錬金術師さんたちに解析して頂くのが一番だと思います」
『解析して、改善するの?』
「し……しない、かな……」
 全くの無意味である。なにそれどうしろっていうのよ、と鼻を鳴らす妖精に、ねえねえ、と声をあげたのは当の本人だった。深刻さの全くない、リトリアの説明ですら正確に理解しているかは定かではないと思わせる、ほんわかふわふわ、きょとん、とした顔で。ソキは目をぱちくり瞬かせ、そのことなんですけどね、とロゼアに抱きつき直しながら言った。
「そっちのね、しろほんちゃんがね、うやゃんなのはソキにも分かってるです。それでね? なんと! なんとなんですけどぉ、じつはぁ、ソキにはシークさんにもひみつにしていたことがあってぇ」
『……はぁん? なによ、言ってご覧なさい』
「な、なんとー!」
 じゃああぁんっ、と口でこの上なく自慢げに言いながらふんぞり返り、ソキはふんすっと鼻を鳴らして発表した。
「ソキの『本』は、もう一冊あるんでぇ!」
「……え?」
『あ……あああぁああぁあ!』
 えっ、うそっ、まさかそんな、えっ、なんでっ、と混乱するリトリアに、ソキがえへんえへんとふんぞりかえる。妖精は頭を抱えて心から絶叫した。すっかり忘れていた自分が腹立たしい。ソキ、なんのこと、と問うロゼアも、話から置いて行かれているようだった。そうだろうな、と妖精は思う。ソキは助けを求めに行ったら『武器庫』に出たとは誰にでも言ったが、そこでなにをしていたのか、なにを得たのかを話してはいないのだから。
 じつはぁ、とふんぞりいいいっ、とのけぞりながら、ソキは自慢いっぱいに報告する。
「ソキ、なななーんと! 新しい『武器』をぉ、てにいれてる! んでぇ。……だからぁ、だからね……どうしよってなった時に、しろほんちゃんが、大丈夫よって言ってくれたんですよ。あのね、しろほんちゃんはね、ソキの写本だったの。だからね、ソキの代わりに染まってくれたの。そのためにね、ずっとね、ずっと、『武器庫』でソキを待ってたのよって言ったです。それでね、わたしの次はもうあるでしょうって。大丈夫よって」
『……『武器』が、そう言ったの? いつ?』
「あのね、地下牢の時なんですよ。ソキの傍にはなかったんですけどね、ソキが言葉魔術師の魔力でいっぱいになっちゃう時にね、遠くから話しかけてくれたの。それでね、身代わりしてくれるっていうの。『武器』はそのためのものなのよって。ソキが、ソキの意識で、これからもちゃんと、できるようにね。しないといけないのよって。大丈夫よって。次の『武器』もね、また別のわたしであったものだからって……」
 ソキの説明は相変わらず、なにを伝えたいのかという所から分かりにくかったが、その中でただひとつ、妖精が確信を持って理解したことがある。ソキは、相当ごねたに違いない。語られる言葉はソキを柔らかく説得し、納得させるものばかりであったからだ。
「それにもう、わたしがちゃんと傍にいて、わたしが、助けに来てくれるのでしょう? そう思ってくれてるのでしょう? なら、もうわたしの願いは叶ったわって。あなたを守れるのだから、こんなにうれしいことはないわって……」
『……わたし? わたしって?』
「あのね、リボンちゃん。ソキ、ソキ、分かったの。しろほんちゃんはね、いつかの……いつかの、どこかで、リボンちゃんだったの。ずっと、ずっと、ソキを守ろうとしてくれてたの。ソキを守るために、ソキの『武器』とひとつになって、ずっと、ずっと……待っててくれたんですよ」
 しょんぼりしながら、ソキの手が勿忘草に染め上げられた、己の『武器』を胸に抱く。
「妖精ちゃん……。ありがとです。ありがとうですよ……。ソキ、これからも、リボンちゃんとずっと一緒です。だからね、もうね、いいの。ありがとうです。もう、休んで、いいです。ありがとです……」
 うん、と頷いたように。笑いながらそっと、満ちて涙を溢れさせたように。勿忘草に染まった本から、なににも影響されない無垢な魔力がひとつぶ、零れ落ちる。魔力は世界に溶け消える間際に妖精のもとへ辿り着き、手を握って囁くよう、ふわりと広がってから消えた。よろしくね、と言い残したようだった。妖精は視線を動かして、ソキの『本』を見る。
 少し前に感じた、己の魔力だ、という感覚はすっかり消え失せ、火の消えた、がらんとした灯籠を見つめる気持ちになる。魔術師たちの『武器』は、意志があるのだ、と妖精は知っている。それなのに、そこにはもう、なにも宿っていなかった。ソキの『本』は確かに予知魔術師の『武器』としてあり、立派にその役目を終えてみせたのだ。
 いなくなっちゃったです、と泣きそうな声で鼻をすするソキに、いるでしょう、と妖精は囁いた。ソキを導いた案内妖精。今は契約妖精となったアタシが、アタシは、ずうっと一緒にいるでしょう。ソキはずびすび鼻をすすり、目をくしくしと忙しなく擦ってから、うん、と甘えた声と仕草で頷いた。
「リボンちゃん、ソキと一緒、いるです。ずーっと、一緒、いるですよ」
『はいはい、分かってるわよ』
 その為にも、繋がりをしっかりと結んでおかねばならないのだが。ソキの白い本が沈黙したと同時に、新しい『武器』が目覚めるのを妖精は感じ取った。なにものにも侵されぬ、きよらかな写本こそが、これから予知魔術師の供となる。ソキも、新しい繋がりを感じたのだろう。嬉しげに口元を綻ばせ、それでいて勿忘草に染まった本に、しおしおと力なくしょんぼりする。
 新しいのがあるです、と自慢した元気は何処へ行ったのか。苦笑して、妖精はソキの頬を撫でてやった。静かな所で眠らせてあげましょうね、と告げれば、ソキはこくりと頷いた。『武器庫』に置いてくるつもりだと、ソキは言う。好きにしなさいな、と囁き、それでええと、と難しげな顔を作って、妖精は顔をあげた。リトリアを見て、ロゼアを見て、しっかりとした声で告げる。
『解決したわ。大丈夫よ』
「え、ええぇえ……。ざ、雑……!」
『なに? リトリア。文句があるなら聞いてあげようじゃない。言ってみなさい?』
 ないですいいです、ないですっ、とリトリアはぷるぷると首を振った。ロゼアからは、言葉はなく。ただ、安堵のような吐息が零され、ソキが抱き直される。妖精とシディは視線を交わして頷きあった。心痛だか心労だか知らないが、ロゼアは重傷である。ソキ、しばらくひっついてなさい、と珍しい妖精からのお許しに、ソキはぱああぁあっ、と顔を明るくして。
 ロゼアちゃああぁあぁあっ、とふわふわきゃあきゃあした声を響かせ、びとんっ、とばかり体をくっつけた。幸せそうにすり寄るソキに、ロゼアは静かに微笑んで。ソキ、ソキ、と幾度か囁き、ほんのすこし、体から力を抜いた。ソキにロゼアが必要なように。ロゼアを落ち着かせておく為にも、やはりソキは必要なのだ、という眩暈のするような事実に。妖精は呻いて、額に手を押し当てた。



 談話室の机には、二冊の本が並べて置かれている。ひとつは勿忘草のインクをぶち撒けたような、元白い本。もう一冊が、紅玉を溶かし込んだような、深く落ち着いた色合いの帆布に包まれた、赤褐色の本。どちらも上製本で、どちらも、魔術師の『武器』である。片方は、『武器』であった、とするのが正しいのかも知れない。
 それというのも、元白い本は見るも無惨な染まり具合であることを除いても、魔術師の『武器』であると感じ取れなかったからである。それは、ただの本である。紙が綴じられた、本だ。その証拠に、元白い本はソキが紙面に文字を書き入れてもその言葉が消えてしまうことはなかったし、すこし前にそうしたように、魔術師たちが魔力を込めようとしても、ぱらぱらと雨のように床にこぼれてしまうばかりであった。
 出張してきた錬金術師は、首を傾げながら本だね、と断言する。これは魔術具ですらない、ほんとうに、ただの本である。誰もがそう感じ、ソキもそのように訴えた。ソキの『武器』であったのは終わり、今はこちらがそうなのだと差し出された赤褐色の本に、なりゆきを見守っていた寮長は改めて頭を抱え、諸国の魔術師たちの知恵を希った。その変更が可能であるのか、また、前例はあるのか。
 分からないし、知る限りはないと思う、とういのが共通した意見だった。魔術師たちが顔を突き合わせて相談するのを眺めるのにも飽きたのか、当事者であるソキはロゼアにこしょこしょ内緒話をしたり、手に擦り寄ってきゃっきゃとはしゃぐのに忙しかったが、特に咎められるようなことはなかった。ソキがなにか言う方が、事態の理解が遅くなる、と大体把握されてきたからである。
 時折、はいかいいえで答えられるように調整された質問が向けられるだけで、ソキは中心にいながらも放置され続けている。ソキの座椅子と化したロゼアの顔には、部屋への帰りたさが溢れていた。あと十分して終わらなかったら戻りましょう、と珍しくロゼアの退屈に同意する妖精の目に、あの、と不思議そうに手をあげるリトリアの姿が映った。
 予知魔術師の少女は、たぶんあまり例のないことではあるのだけれど、と前置きした後に、己の記憶を疑うような眼差しで、こてん、と首を傾げてみせた。
「ストルさん、は……? あの、ストルさんの『武器』もね、変わったでしょう……?」
 数秒の、空白としか言えない沈黙。察してソキの耳を手で塞ぐロゼアを、『花嫁』がきゃっきゃと真似をした。お互いに耳を塞ぎ合って、なぁになぁに、とはしゃぐソキに届くことなく、轟音のような魔術師たちの悲鳴が、談話室を飛び越えて寮を揺らした。極めてうるさい。思い切り顔を歪める妖精に、前例あったーっ、とひとりがさらに絶叫する。
「そうだ、ストルの『武器』……! 在学中は、確か、メーシャの銃だった筈……! えっ? あの『武器』って在学中限定のものだっけ? 違うよな……?」
「予知魔術師が現出すると、同時代の誰かの手に選ばれて現れるっていう『特殊武器』でしょ? あれ。……ストルはなんて言ってたっけ?」
「えっ、あれってリトリアちゃんに振られたから、その傷心で変更になっちゃったんじゃなかったっけ?」
 しぃん、と談話室が再び静まり返る。集まった魔術師たちの視線を一身にあびながら、リトリアが顔を赤くして、えっえっとうろたえる。ちがうの、と息の根が止まる寸前のような声で、リトリアは弱々しく訴える。振ってないし、そういうのじゃなかったし、そういう理由じゃないと思うし、とにかくちがうの、ちがうの、とぷるぷる震えながら訴えているのを見下ろして、妖精は腕組みをしてため息をついた。
『部屋に帰りましょうか? ソキ』
「やっ、やめて! 見捨てないで……! もうすこし居て……!」
『あのね、リトリア。アタシ、痴話喧嘩に巻き込まれたくないのよ。分かるわね?』
 気持ちは分かるけどそういうんじゃないの、ちがうの、と半泣きの顔でリトリアが首を振る。確かに、ストルの武器が変わったのはその頃である。リトリアが、とうとうストルとツフィアを予知魔術師の守り手と殺し手に撰ばない、と決めて。王の承認を取ったあとのことである。ストルは星降の王宮魔術師として、ツフィアは半ば虜囚のような扱いを決定づけられ。
 その混乱も落ち着いた頃の噂であった、とリトリアは記憶している。ストルの手から『武器』が消えた、というのは。持ち歩いていない、という訳ではなく。そのものがない。ストルは目立たない指輪を、己の『武器』だと告げている。銃ではなく。そうなった理由を、語ることはなく。今も、リトリアはそれを知らないままだった。
 視線を集めながらもじもじと指を擦り合わせ、リトリアはうぅう、と弱りきった声を出す。
「あの、あの、とにかく……振った、とかじゃ……振ってないの……。そ、それとも、ストルさん、そう思ってるの……?」
「……ソキがメーシャを振って、『武器』が移動したらそういうことなんじ、ごめんなさい! 冗談ですっ!」
「え? ハリアスに実験の協力を要請する? でも今そんなことしたらメーシャ可哀想すぎない? 人間不信とかにならない? なるよね?」
 なにせメーシャは、養い親がいつ覚めるとも分からぬ昏睡の最中である。普段の明るい微笑みを浮かべたままであるからこそ痛々しく、その状態は実際に見ずとも殆どの魔術師が知る所だった。いやそんな人の心を失った実験とかできるわけないし、とざわめく王宮魔術師たちに、リトリアが、だから振ったんじゃないの、と力なく抗議する。
 そうだよねぇ、とあまり信用していない態度で、リトリアは頷かれる。
「じゃ、逆に考えてみる? リトリアちゃんが告白して、ストルのトコに『武器』が戻ったらそういうことなのでは? その場合、メーシャの『武器』がどうなるかにも、とっても興味あるっていうか、どきわくする所……! よし、ストル呼ぶ?」
「錬金術師って、良心はあるけど、いまひとつ人の心に欠けるよな……」
『アンタたち、いい加減になさい! なんなの? リトリアとストルで遊びに来たの? ソキに用事がないなら帰りなさいよ!』
 なんだってこう、魔術師というのは目先の欲望で目的を見失いがちなのか。あっ、そうだったそうだった、と誰もがやや正気に返ったまなざしで、改めてソキの『武器』を見る。集められたのは、その異変の調査の為であり、ソキの主張の精査の為である。ストルの件はいったん置いておくことにされて、リトリアは胸を撫で下ろす。
 恨みがましく、振ってないもの、と文句を言いながら、予知魔術師はむくれた顔で同胞たちを睨みつけた。
「とにかく! ……とにかく、前例がある以上、取り立て特異なことでもないと思うの。ソキちゃんも落ち着いているし、魔術師は固有の特質性を持っていることもあるし……騒がなくてもいいと思います。必要なら経過観察、定期検診! これでどうっ?」
「リトリア……。大きくなって……!」
「もおおぉおお、やめて! 感激しないで! 涙ぐまないでちょっと! やめて! やあぁあもぉーっ!」
 難しいことを言わないでほしい、という顔で魔術師のひとりが首を振った。俯き、おどおどとして、なにを告げるのにもすこし怯えたようで。なによりはやく、ごめんなさい、と告げられる時期があまりに長かったのだ。それは思えば数年のことではあったのだけれど。覚めないでいる、長い、悪夢のような時だった。こんなに前を向いて明るく、強気にものが言える日が来るだなんて思わなかった。
 よかったね、ほんとに良かったね、と口々に告げられて、リトリアは怒り続けることも難しい顔つきで、恥ずかし紛れにくちびるを尖らせた。しばらくは我慢なさい、と妖精は言い聞かせる。それくらい、アンタは誰にだって心配かけてたのよ、と告げられて、リトリアはこくん、と頷いた。それは分かっている。分かっているのだが。
 でも振ったりしてないの、ほんとうなの、と両手で顔を覆ってなおも主張するリトリアに、ソキはすっかり飽きた顔で、ねえねえ、と声をかけた。
「リトリアちゃんは、本はツフィアさんのお名前なの? ふんにゃっ! っとなってるの? ねえねえ?」
『ソキ。予知魔術師語やめなさい。さすがに分からない……分からないわよね……?』
 妖精からの疑惑の眼差しに、リトリアは視線を反らして俯いた。なにを聞きたいのか、分かってしまったことは隠しておきたい。しかし、きらきら輝く目で見つめてくるソキに負けて、今度見せてあげるからね、と囁いたので、リトリアは盛大な溜息を送られる。
『アンタたち、なんなの……? ロゼアよりソキの解読が出来るって人として相当アレよ……?』
「ふふん? ソキは? なんだか? 貶されているような? リボンちゃんたらぁ、いくないです!」
『ソキ。説明能力に限っては普段から本気を出しなさい。やればできるんだから』
 ふんにゃふんにゃと鳴いてロゼアにぴとっとくっつき直すソキの顔は、都合が悪いことを誤魔化したがる時のそれである。そして、それが分かっていながら甘やかすのがロゼアである。砂糖菓子に煮詰めた蜂蜜と練乳をかけて砕いた黒砂糖をぶち撒けたような声で、どうしたんだソキ、と囁くロゼアに、場にいる魔術師が、なぜか全員胃のあたりを手で押さえた。消化不良を起こしかねない甘さである。
 リトリアも口元を手で押さえて暫し沈黙したのち、気合を入れ直した顔で寮長っ、と手をあげる。
「とりあえず解決したとみなして、退室してよろしいでしょうか! 報告書とか、あの、あとで、あの……!」
「……いいぞ、お前ら全員、急いで帰れ。悪かったな、忙しい所を無理に呼んで。ありがとう。助かった」
「いいえ……! じゃあ、またね、ソキちゃん! あと皆の為に申し訳ないんだけどお部屋に! 引きこもってあげて! ください!」
 言うが早いが、談話室の出口に走り出したリトリア、以下魔術師たちを見送り、妖精はさもありなん、としんだ目で頷いた。なんで発声ひとつで、ありもしない砂糖を臓腑の底まで叩き込まれなければいけないのか。もはや精神攻撃にさえ近いというのに、ソキはけろっとした顔でロゼアの腕に、すっぽりとはまり、いつものように機嫌よく、ふんにゃふんにゃちたちた、としている。
 一連の事件が終わってから、平和で元気なのはソキだけである。ロゼアはこの調子だし、ナリアンは疲労困憊で帰ってくるだろうし、メーシャは空元気が目に見え過ぎている。被害にあった各国の王宮魔術師たちは回復しきっておらず、王達はこれから、本格的な対応に追われる所だろう。生徒たちもぐったりしていて、寮長も平常とは言い難い。つまり、やはりソキだけである。
 能天気でどんくさくてとろくさい、ソキだけである。喜べばいいのか頭痛を感じればいいのかよく分からなくなって、妖精は深く息を吐き出した。
『とりあえず……リトリアの言う通り、部屋に戻りましょうか。いいわよね?』
「ああ、頼んだ。……助かる」
『いいのよ。アタシ、ソキの妖精だもの』
 名実ともに、である。告げれば寮長は一瞬だけ、いやこれ問題が増えただけじゃねぇの、と疑問視する顔をしかけ。ふっ、と諦めた笑みで首を横に振った。考えるのをやめよう、という仕草だった。失礼しちゃうわ、と目を細めながら、妖精はロゼアの肩に乗り上げるようにしながら、ちたんちたんと手招くソキに向かって飛んだ。
 リボンちゃん、と満面の笑みでソキが呼ぶ。なによ、と囁き、妖精はその指先に触れた。その甘いぬくもりのことを、しあわせだと、思った。

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