俺がわざわざ語り聞かせるでもなくフランシス・ボヌフォアという男は馬鹿な訳だが、それでも飛び抜けて『ああアイツ本当に馬鹿だな』と思うのはペットを拾ってくる時だな。買ってくることもあるし、拾ってくることもある。いつの間にか家に居ついちゃって、とか言うこともあるが、まあ馬鹿だ。雨の日に子猫が濡れてたから拾ってきて飼うことにした、なんて日本の少女漫画でも稀有なシチュエーションを実行するくらい馬鹿だ。
考えてもみろよ。人間でも必ず、俺たちを置いて行く。有限である命と、無限である命の最大の違いはそこだ。いつか終わるか、それとも終わらないか。まあ、厳密にいえば俺たち『国』も滅びることがあるから、絶対に限りがない、ということもないけどな。でも、基本的には終わらない。いくつも、いくつも国民や上司の命を見送って行くことになる。それが当たり前で、それが絶対。それはもう、どうしようもない事実だ。
で、それにも関わらず。あの馬鹿はペットを拾ってくるなり飼ってくるなりしては、十年とかそこらで見送って泣いて、落ち込んで、それでまた飼うんだよ。なにが種族を問わず俺の魅力にメロメロなのさ、だよ。ただ単に寂しがりやで一人で家に居たくないだけだろうが。一回指摘してやったら、それはお前だろー、とか言われたから顔面陥没させといたけど。え、いや、正当防衛だって正当防衛。俺の心のストレスの。
殴る理由がそこにあるから殴ったんだって。まあ、フランシスがそこに存在すれば、それだけでとりあえずボコるけど。普通だろ。世界の常識くらいには普通だろ。フランシス=居たら殴る。菊だって同意してくれたぞ、視線明後日だったけど。なんか魂の安息とかおごそかに祈ってたけど。菊は優しいからな、そういうこともあるだろ。あ、紅茶のお代わりいるか? 遠慮しないで飲んで良いぞ。良い茶葉で淹れてやったからな。
……で、なんだっけ。フランシス殴った回数だっけ。ちょ、待て冗談だポットを戻せ。ポットは止めろ。投げようとするなよ本当にもー……冗談だ、冗談。ペットの話の続きだろ? フランシスは、必ずペットを飼ってる。常に、とは言わないけどな。前飼ってたペットが死んだら、次のを飼うまでブランクあるし。俺が知ってる最短は一日、最長は二年。次の日に新しい猫を会議に連れて来た日は、さすがに俺も引いたけどな。
だって前日までそれはもうものすごい勢いで落ち込んでたんだよ、フランシス。お前そのままドーバー海峡沈んで来た方が世界の為になるんじゃねぇの、とか優しい俺が提案してやるくらいには落ち込んでたんだよ。本当にひどい落ち込みようだったから、理由まで覚えてる。その時飼ってたのはやっぱり猫で、フランシスの目の前で死んだんだと。目の前でペットが死ぬのは、アイツに取って珍しいことじゃない。普通なんだ。
アイツの言葉をそのまま借りるなら『ありあまる動物たちへの俺の愛! そして愛』がそうさせるそうなんだが、フランシスがペットを飼うと、ほぼ例外なく、その目の前で息を引き取る。事故のことも、病気のこともあった。寿命で召されたことが一番多かったが、それでも本当、それ呪いなんじゃねぇの? って思うくらい、アイツの見てる前で死んでくんだ。苦しまずに、穏やかに、この場所で生きられて幸せだったっていう顔で。
でも、その時に限っては事故だった。見た訳じゃなくて落ち込みきったアイツがぼそぼそ話すの聞いてただけだから推測しかできねぇけど、なんか……落ちて来た鉄骨に挟まれたとかどうとか。ちいさいこどもの身代わりになるみたいに、普段は温厚で絶対そんなことしないのに、その時だけすごい勢いでこどもに走って行ってぶつかって突き飛ばして、そのままなんだと。……覚えてるよ、アイツ、その猫連れて来たから。
会議だったんだよ、会議。一週間くらいぶっ続けで開催する会議。そん時はフランス国内でやってたから、毎日猫と一緒に議場の前まで来て、帰りは猫が迎えに来てて。それは恋人かそして今蜜月かなにかか、って思うくらいの仲の良さで。その、猫を……血だらけで、もう冷たくなってて、体もひしゃげでぐしゃぐしゃになってるのを、全然気持ち悪がるだとか、嫌がるだとか、本当に全く、そんなそぶりも見せずに抱き上げて。
そーっと、そーっと抱き上げて腕の中で眠らせて、フランシスは会議場まで来たんだ。中庭に埋めてやりたいって。会議してる間、よくそこの中庭の温かい場所で寝てたからきっと好きなんだろうって。馬鹿だなぁ、と思った。本当にフランシスは馬鹿なんだな、って。全然分かってねぇだろ。猫、その場所が好きだったんじゃねぇんだよ。すこしでもフランシスの近くに居たくて、中庭からは会議室が覗きこめるから、なんだよ。
そんなこと、言わなかったけどな。つーかそれ所じゃなかったし。フェリシアーノは大泣きするし、ロヴィーノはショックで硬直するし、ギルベルトは頭の上に乗ってることりを抱きしめたままなんか考えてるし。会議になんかならなくて、結局皆で中庭に穴掘ってその猫埋めて、ぼーっとしてその日は終わり。次の日は会議場がどうしても使えないだかなんだかで、休会日。で、その次の日だよ本当に……本当に、あの、ばか!
朝家を出たら、扉の前に座ってたんだと。子猫が。んで、なんか申し訳なさそうに顔を見上げて『にゃあ』って鳴くから、『ああきっとあのコがいきなり居なくなってごめんね』って言いに来たんだなー、と思ったから飼うことにしたとかお前今すぐクイーンズ・イングリッシュで、俺の理解できる俺の言語で、俺が納得できるように説明してみろと思ったね。言わなかったけど。……あんな泣きそうな顔見て、言える程、酷くはねぇよ。
自分で言ってる言葉の意味の、ひとつも信じてないような笑顔で。そんなこと言われて、お前ばかじゃねぇの、なんて誰も言えなかった。そっか、ってそれが精一杯。結局会議はいつも以上にぐだぐだで日程を終えて、そのまま終了。俺の話も、これで終了。大方の予想通り、その猫が死んでもフランシスは同じようにペットを飼っては泣き、また飼っては落ち込みの繰り返しだ。今もそう……今は、ブランク期間みたいだけど。
それでもまた必ずペット飼うだろうし、これからもきっとそうだろうな。