なんか嬉しいことでもあったのか? そんな顔してるぜ。幸せを見て来たみたいな顔。しまりのない笑顔だけど、まあいいんじゃねぇか。女はそうやって、ゆるく笑ってるのが一番良い。見てるこっちまで、ああいいなーって気持ちにさせてくれる。男が笑っててもそんな気にはならねぇから、やっぱ女ってすごいと思うぜ。つーかフランシスがそんな顔してみろよ。キモいキモくない以前の問題として殴りたくなるだろ普通。
アーサーも同じこと言ってた、って? あー、まあそうだろうな……そんなトコで気が合うっつーのもどうかとは思うが、全面同意だ。フランシスがそこに居れば殴りたくなる。笑顔でいればなおのこと。世界の常識でもあるし、『国』の中での共通常識だろ。俺は殴りたくなるし、アーサーは実際殴ってるだろうし、アントーニョは時々季節外れのトマティーナ開催してるし、エリザなんかフライパンだぜ。あの女マジ容赦ねぇよ。
小鳥のように格好良い俺様は、最近その被害からは華麗に逃れてる訳だけどな。な、ことりちゃん、そうだよなー。……おい、こら、笑うなっ。ちょっと待てお前今のどこで笑って……え、誰だ。誰だよお前にそんなこと吹きこんだの。じ、事実だけどなっ。確かに俺、エリザとそういう付き合いしてるけど誰だよ言いふらしたヤツ。ここ来る前に会った『国』の誰かだよな。アーサーとマシューと、セーシェルと……菊か。そうか菊か。
ああそうか菊か。そうだよな菊かあの馬鹿弟子覚えてやがれっ。つーか俺らのことは良いんだよ。菊のことも後回し。フランシスのこと話そうぜ。そういう話しに来たんだから、それ以外はもう終わり。お終い。いいな、いいよな。よし。じゃあ話すぜ、フランシスのこと。色々聞いて来ただろうから、それとは違うこと話した方がいいのか。よく分かんねぇけど、俺が話せるのは俺が知ってるフランシスのことだけだぜ。いいな?
フランシスと、俺と、アントーニョ。三人合わせて不本意ながら三馬鹿とかも呼ばれるけど、悪友でひとまとめにされることが多い。親友じゃなくて、悪友。あくまで俺らは悪友であって、親友じゃない。三人で悪さばっかりしてるっていうのもそうだけど、アントーニョはともかく、フランシスは親友って呼べるほど踏みこませる位置に来たことねぇからな。それが良い悪いとかそういうことじゃなく、フランシスはそういう奴なんだよ。
俺とアントーニョのことすごい大事にして過保護じゃねぇのそれって思うくらい心を砕いてあれこれすることもあるくせに、自分のことになるとちっとも寄せ付けようとしねぇ。一回遊ぶ約束してた時にアイツが風邪でダウンしてた時があってな、アントーニョと二人で見舞いに行ったんだよ。もちろん悪戯付きで。半分くらいは、ちゃんと心配して。暗い気持ちとか全部吹き飛ばしてフランシス元気にしてやろうぜっ、て感じのノリで。
家行くじゃん。インターフォン鳴らすじゃん。アイツすぐ出てくんじゃん。髪の毛ぼっさぼさでひげはむさいわ寝汗もかいてて軽くにおうわ、お前本当にフランシスかって言いたくなる感じで出てくんじゃん。まあ病人なんてそんなものだけど。で、それで、フランシスなんて言ったと思う。『コラ、お前らなにしてんの。風邪だってお兄さん言ったでしょ? 感染しちゃうから帰りなさい』だよ。絶句した。眩暈した。悔しくて悲しかった。
俺らさ、『国』なんだよ。言われなくても知ってると思うけど、『国』なんだよな。で、それってどういうことかっていうと、体調なんて悪化させたら国土に影響が出る可能性があるってことだ。例外はあるにしても、体調悪いのが別にどうってことないとか、そういうことにはならねぇんだ。『国』だからな。それなのにフランシスはインターフォン鳴らして、すぐ出て来た。自分で出て来た。それがどういうことだか、お前さ、分かるか。
一人きりで過ごしてたってことだ。一人きりで、本当にどうしようもなくなる前には動いていけるようにリビングかどっかに毛布とか枕とか持ち込んで、手の届く範囲に水と食料持ってきて置いて、ノートパソコンはつけて置いて、テレビのニュースは流しっぱなしで。部屋をあったかくして加湿器たいて、時々は換気して。野生の獣みたいにじっとしてよ、そうやって風邪直そうとすんだよバカフランシス。で、踏みこませねぇの。
その部屋ん中もそうだし、家ん中もそう。お見舞いきてくれてありがとね嬉しかったよ、元気になったら連絡するから遊びましょ、以上終了はいさようなら。そんな感じ。なんか、さ。無性に悔しくて、俺。でもそこでごねて、無理に家ん中はいってフランシス寝かせて看病して、っていうのできねぇの俺ら。だって悪友だから。親友じゃねぇから。長く、長くそんな風に関わり合って生きて来たから、そっから上手く踏み込めねぇ。
本当に嫌がるだろうなってのが分かるからなんだよな。そこで家ん中踏みこんで俺らの気が済むようにフランシス世話して、スッキリして、でもそれは俺らの自己満足なんだよ。看病したかった。だからした。フランシスもちゃんと休ませた。すっきり。俺たち良いことしたぜ。そんだけ。たったそんだけの気持ちの為に、フランシスが本当に、本当に嫌がることだって分かってて目をつぶるなんて、馬鹿のやることだと思うね。
でも、なぁ。時々さ、なんか雨が降ってて外をぼーっと眺めるだけですごす午後があるような日とかに、そんなこと思い出して考えたりすると、さ。悔しいんだよなぁ……すげぇ、悔しい。なにがってちゃんと言えないんだけど、なんかが、心ん中でぐわーってするくらい苦しくて悔しいんだよ。一番悔しいのが、俺らはそこで立ち止まって動けないんだけど、アーサーなら全部無視で全部壊して内側入ってアイツ殴るってことだ。
その時も、俺ら、その最終手段使ったけどな。アントーニョが足止めしてる間に、俺が携帯でアーサー呼び出して強行突破。俺らがどうしても踏み出せない、踏みこめもしない生温くて透明ななにかを、アーサーは問答無用でぶっ壊していける訳だ。もちろんアーサーもあれで色々分かってるヤツだから、それが本当に本当に本気で心底フランシスが嫌がることだってのも、十分承知の上でやる。でも、アーサーはやる。
俺たちは悪友で、アーサーは腐れ縁。悪友ができないことも腐れ縁はやらかすし、逆もまあ、それなりだ。俺たちにしかできないことがあるし、アーサーにはできないこともある。でもその最後の一線みたいな、踏みこめないなんかを、踏みこめないなら壊せばいい的な力技でどうにかすんのがアーサーなんだよ。フランシス半泣きだけどな。どうしてお前ら揃いもそろってお兄さんの気遣いむげにすんのって半泣きだけどな。
半泣きで止まって泣かないのがフランシスって馬鹿なんだけどな! ったく。んで、そん時はそんな感じでアーサーが看病してフランシスは命を取り留めた訳だ。あらゆる意味で命を取り留める闘病生活だったと思うけどなあれ。まあいいか。俺が一番言いたいのは、フランシスはそういうヤツで、俺はそこで止まってるってことだ。つーか待ってるんだけど、な。甘えてんのかも知れねぇけど、俺はさ、待ってんだよ。
そうやって心配して家まで行った時に、フランシスがしょうがないなって笑顔じゃなくて、なんかちょっと嬉しいかもってくらいの笑顔で出迎えてくれて、扉から中に入れないように立ってるんじゃなくて、迎え入れてくれる。そういう日が来るの、待ってるんだよ。踏みこめないから。壊せないから。フランシスが今は、本気でそういうの嫌がるだろうなって思っちまうから。嫌がるから、だから、なんもしないで、待ってんだ。
待って、待って、その日が来たら。そしたら、なんか。悪友だけど、悪友のまま親友になれんじゃねぇの、とか思ってんだ。悪友のままでも、いいけどよ。俺はフランシスの親友って存在になってみたいな、とか、思ったりするんだぜ。