見守る視線は温かだった。見つめる視線は、懐疑的だった。そこに本当にその存在が居るのか、と言わんばかりの瞳に向かい、妖精は気を悪くした風でもなく笑う。花の形をしたテーブルランプの傘の上に足先だけをつけ、そこをステージとするバレリーナのようにくるくると、ごく軽やかに回って踊って見せた。妖精を取り巻く熱のない柔らかな光が欠片となって降り注ぎ、けれどそれは、机に触れる前に淡く儚く消えて行く。
こんぺいとうの精、あるいは機械仕掛けの人形のように踊っていた妖精は、やがて透き通る羽根をゆっくりと動かして飛翔した。空気抵抗など全く感じさせない動きで自由に動き、妖精は未だテーブルランプの上辺りに難しく視線を固定しているアルフレッドの鼻先を、ちいさなちいさな手でぺしぺしと叩く。こら、と甘やかな注意の声はソファに座るアーサーのもので、くすくすと笑いを響かせたのは傍らに座るマシューだった。
二人は三人掛けのソファのちょうど中心に腰かけながら、互いに体を寄り添わせて妖精と、そしてアルフレッドを見守っていた。柔らかく手が重ねられていて、昼過ぎの温かな時間、マシューはすこし眠たげだ。寝てもいいぞ、とアーサーの言葉にはこくりと頷いて、マシューは顔つきに不満がありありと現れている兄弟を見つめ、やや幼い仕草で首を傾げた。眠たい時、マシューの仕草は素直で微笑ましく、すこし幼くなる。
「……見えない? アル」
「見えてるよ、マシュー。君らのうんざりするくらいひっつきべったりな光景がね」
「勝手に見るんじゃない」
許可制だ、としれっとした態度で言い放ち、アーサーはわざとらしく手のひらを持ち上げた。マシューと重ねている手はそのままに、逆の手でアルフレッドから向けられた視線を遮るように、空中に壁を作る。てのひら一枚掲げられた程度で塞がる視界など持ってはいないが、それでも在ると無いとでは感覚的にも大違いだった。ぷっくり頬を膨らませて腕を組み、アルフレッドはソファの背に体を預けて足をバタつかせる。
二人掛けのラブソファは体格の良いアルフレッドにとって、すこし大きめの専用ソファとそう変わらない。ずるいんだぞ、ひどいんだぞ、とじたばたしながらアルフレッドはクッションを抱きしめた。薔薇のポプリの香りが立つ、草花の精緻な刺繍がされたアーサーの手作りの品だった。
「なんだい、俺が居るのにマシューばっかり。アーサー! 君はもっと俺にかまうべきなんだぞっ。マシュー、君も眠たがってないで俺と遊んでおくれよ! 妖精が見えるかなごっこはもういいよ。大体、俺はなんでこんなことしてるんだい?」
「僕の、お世話してくれた妖精が遊びに来ていて……君がへえ、どんなだいって、言うから。そこに居るよ、見てごらんよ、って言ったら君が、みはじめ、た、だけじゃないか」
本格的に眠いのだろう。受け答えをするマシューの声はとろけていて途切れ途切れで、時々あくびが混じっていた。ごし、と目をこする動きさえ、いつもの倍遅い。君食事に睡眠薬かなにか入れたのかい、と疑わしげなアルフレッドの視線に、アーサーはなぜか顔ごと明後日の方向に反らしながらやってない、と言った。アーサー、とにこやかにアルフレッドは呼びかける。くすくすと笑い、妖精も邸宅の主に視線を指し向けた。
アーサーは往生際悪く視線を反らし続けていたが、半分目を閉じて眠りかかったマシューが、こくりこくりと頭を揺らすのを見て可哀想に思ったのだろう。ごめんなぁ、と溜息をつきながらマシューの頭を撫でてやって、ようやく口を開く。それでも、アルフレッドと視線は合わせない。
「俺はなにもしてないけど……妖精が、マシューの紅茶になんか入れてたのは見た」
「止・め・ろ・よ」
「マシューと妖精は親和性が高いんだよ! 下手に悪戯止めてなにかされたら、その方が大変だろう」
大真面目に言うアーサーの、大切にしている紅茶を一缶くすねて帰る悪戯を決行しよう、とアルフレッドは硬く心に誓った。意味は特にない。このモヤっとした気持ちを晴らす為の、純然たる八つ当たりである。親和性が高い、じゃないだろうと呟いて大きく息を吐き、アルフレッドはやれやれとソファに座りなおした。その頃にはマシューは本格的に眠りに落ちてしまっていて、アーサーに中途半端な姿勢で持たれかかっている。
横にしてやってよ、と言おうかと思ってアルフレッドは口をつぐむ。言わなくてもそんなこと、アーサーが気が付かない訳もないからだ。見ているとアーサーは幼子を見守る慈母のような微笑みでマシューに手を伸ばし、そっと、そぅっとその体を横にして膝の上に頭を置いてやる。アーサーの膝の上には柔らかそうなクッションが置かれていて、寝心地は悪くなさそうだった。ん、と呟いて、ごくわずかにマシューの眉が寄る。
仕方がないな、と苦笑したのはアルフレッドだった。音もなく俊敏に立ちあがったアルフレッドは、二人との間を区切っていた机を大股で迂回し、持って来た薔薇のポプリクッションをマシューの胸元に押し付ける。本当はもっと大きくてそれなりの重みがあって、もふもふしたものが最良なのだろうが、すぐ見つかりそうにないので仕方がないだろう。もぞもぞ腕を動かしたマシューが、クッションを受け取ってぎゅぅと抱きしめる。
すー、と響く寝息が深くなった。呆れと愛おしさが半々になった視線でマシューを見下ろし、アーサーはぽつりと呟く。
「まだクマ次郎さんと一緒に寝てるんだな。つまり」
「本人は抱きしめるものがなくったって安眠できるさ! って言ってるけどね。眉間にしわ寄せて眠って、腕をぱたぱたさせて探して、あげくの果てにはしょんぼりした顔で眠られてごらんよ。嘘つけって感じじゃないかい?」
「……お前らは、なんで一緒に寝てんだよ」
額にそっと指先を当てて問うアーサーは、兄弟の仲の良さを微笑ましく思うべきか、若干教育を間違えたか反省するべきか、よく分からない表情をしていた。どちらにしても、頭痛めいたものを感じはするのだろう。はぁ、と吐き出された溜息は軽く、多分に笑みを含んでいた。ソファの前にしゃがみ、肘を立てて組んだ手の上に顎を乗せながらアルフレッドは言う。視線はアーサーではなく、眠るマシューに向けられていた。
「決まってるじゃないか。どうしてホラー映画を見た後、俺が一人で寝なきゃいけないんだい?」
「ホラー見るの止めろよ」
「分かってないな、アーサー。怖いものにチャレンジするのもヒーローの務めなんだぞ!」
弱点は克服しないとね、と言い放つと同時にされたウインクは大変魅力的なものだったが、アーサーが返してやったのは溜息一つだった。本当に教育間違えちゃったなぁ俺、というのがありありと分かるそれに、アルフレッドはむーっとした顔になって頭を倒す。もちろん、アーサーの膝上に。マシューがほぼ占拠してしまっているアーサーの膝はすこし狭かったが、アルフレッドはそれに対する文句は言わず、頭を押し付ける。
ぐりぐり甘えてくるアルフレッドに苦笑しながら、アーサーは手を伸ばして頭を撫でてやった。くせのない、コシの強い髪が指先をすり抜けて行く。黄金の輝きをそのまま宿した短い髪は、幼い頃と同じ感触だった。全く、体ばかりが大きくなって。心も歴史を重ねるごとにきちんと成長しているのを知っているのだけれど、どうしてもアーサーはそう思ってしまってくす、と笑う。愛しさだけの滲んだ笑みに、反発はなかった。
しばらく撫でていると、アルフレッドは満足したのだろう。満ち足りた笑顔で顔をあげ、そのままぐーっと体を持ち上げてアーサーの頬にキスをした。くすぐったい、と額を突いてやると、アルフレッドはひそめた声でくすくすと笑う。マシューの代わりにおやすみのキスだよ、と告げてやれば、アーサーは仕方がないと笑って受け入れてやった。クッションをぎゅうぎゅうに抱きしめたマシューは、まだ起きる気配を見せない。
寝息は深く、安心した眠りであるようだった。それでもすこし心配で、アルフレッドはねえ、と言う。
「アーサー。害はないんだろうね? 眠るだけ、だね?」
「だと思うんだけどな……マシューも、最近疲れてただろ。その分、眠りが深いのかも知れない」
仕事に対してのマシューは、無能ではないが有能とも言い難い。決められた仕事はきちんとこなしていくものの、数が多ければそれに対応したスピードアップが苦手であるらしく、混乱して上手く進めることが出来なくなって行くのだった。毎日、ゆっくりであっても着実に、確実に。一つ、一つを終わらせて行くのがマシューの仕事スタイルで、最近の情勢とはすれ違ってしまっていた。複数を、同時に進めなければいけない。
それはどの時代でも、どんなことでも適応されるのだけれど。最近は特にそうで、マシューは己の仕事進み具合やスタイルをきちんと自覚した上で、ややオーバーワークであったのだ。『国』の仕事は、その国のもの。共同で進めるものでなければ、他国が手伝うことも、口を出すこともルール違反だった。もちろん遊びに行った家で仕事に追われていたりするなら、秘書程度の手伝いをする。それくらいなら、暗黙の了解だ。
今日だってようやく山を乗り越えたマシューを掴んで、アルフレッドは海を越えてやって来たのだった。それくらいのおせっかいをしなければ互いに気遣いしいの恋人たちは、逢瀬さえ満足にしていないだろう、と思って。案の定、きちんと顔を合わせるのは二カ月ぶり。でも電話もメールもしていた、と言いだしたアーサーを前に、アルフレッドはダメだこの人たち俺が見守っていてあげないと、と硬く誓ったことはナイショだ。
もっとちゃんと、会えばいいのに。それでもっと、くっついてればいいのに。君は我慢しすぎなんだぞ、とマシューの頬を指先でつつくアルフレッドに、咎めの声は飛んでこない。アーサーも同意見、ということだろう。それでも、それをどうにかしていくのはアーサーなのだ。頼むのも託すのも不安だが、アルフレッドの役目ではない。溜息をついて、アルフレッドは問いかける。
「ここで寝かすのかい? 部屋があるなら、俺が連れて行くよ?」
「あー……そうだな。じゃあ、ちょっと待ってろ。客間整えてくる」
アーサーが所有するいくつかの邸宅の中でも、ここはやや小さな一軒だった。手入れをする人間は呼ばず、殆どをアーサー一人がこなしているのだという。そこかしこがアーサーの趣味で作られているので、下手に触られたくないだけかも知れなかった。じゃあ待ってるよ、と言うとアーサーはマシューを起こさないようにそっと抜け出し、額に口付けてから歩き去って行く。その背筋すら、すっと伸びていて紳士然としていた。
酒に悪酔いしたり変な勝負服着たり車にも欲情できたりブリタニアエンジェルにならなければ、もしかしたらそれなりに尊敬できる部分もあるんだけどなぁ、としみじみ感じ入りながら背中を見送り、足音が階段を上って行くのを確認して、アルフレッドは視線をマシューに戻した。するとバッチリ、ペールグリーンの瞳と視線があう。まっすぐにアルフレッドを見つめる視線に眠気はなく、滲みでる優しさと愛しさが瞳に灯っていた。
まったくさあ、とアルフレッドは腕を組み、首を傾げて言い放つ。
「君って随分な演技派だと思うぞ、マシュー。あんなに上手く眠るフリできる男優なんて、ハリウッドにもいないね」
「途中まで本当に眠ってたんだよ?」
「どこで起きたのさ」
マシューはのんびりとした仕草で体を起こし、んーと腕を上に伸ばしながらあくびをした。そうだなぁ、と思い出しながら紡がれる言葉はやや眠たげではあるものの、そのまま眠りに落ちそうな風ではない。あくまで寝起きの眠気をたゆたわせ、マシューはにっこりと笑った。
「君がクッションくれたくらいで、起きたよ」
安眠を願ってしたことは、全くの逆効果であったらしい。ちえ、と拗ねた顔つきで唇を尖らせるアルフレッドに微笑みながら、マシューはすい、と腕を持ち上げた。小鳥を呼ぶように指を曲げて待てば、マシューの元に妖精がやってくる。起きちゃったの、と笑いながら問いかけてくる妖精に頷いて、マシューはアルフレッドを横目で眺めた。顔の良く似た兄弟は、不服そうな視線をマシューの指先と顔で行ったり来たりさせている。
視線は明らかに、妖精の姿を捉えていた。無言で妖精を乗せたまま手を差し出せば、意図を理解したのだろう。言わないでおくれよ、とため息交じりにアルフレッドは手を差し出し、妖精はてのひらの中に飛び降りた。伴う風もなく、それでいて空気の流れと遊ぶような動きだった。ごく寒い冬の日に見つめる、炎のように。目を細め、アルフレッドは妖精を眺めている。見えるくせに、と呟くマシューにアルフレッドは首を振った。
「見えないんだよ、って。何回言わせるつもりだい」
「じゃあ君は、今なにを見てるの」
「見えないんだよ、マシュー。俺には見えない……居るのは分かるけど、見えないから分からないんだよ」
アルフレッドの目に映っていたのは、薄ぼんやりとした光の円だった。それは蛍の放つ光のように柔らかく点滅を繰り返していて、感じる熱も質量もなく、ホログラフィーのようにアルフレッドの手の中にある。かろうじて、それが見えているだけだ。アーサーやマシューが語るちいさな少女の姿も、繊細な羽根の形も、そのはばたきも、なにもかもアルフレッドには視認できない。かろうじて、薄ぼんやりとした光が見えるだけ。
それも目を凝らさなければ見えないような、消えてしまいそうな不安定さで。加えて、光の視認が叶うのはイギリス国内に限ってのみだった。イギリス国内でさえも、『国』であるアーサーが傍に居なければ見えないことの方が多い。本当に見えていないんだって、と溜息をつくアルフレッドの頬を、それでも妖精はちいさな手のひらで優しく撫でてやる。悲しく思いながらも受け入れ、許しながら慈しみ、幼子を愛する仕草だった。
光がぼんやり、揺れるくらいしかアルフレッドには分からない。それでも切なく目を細め、アルフレッドはごめんよ、と言って。くすぐったそうに顔を揺らし、ありがとう、と囁いた。
「君は、マシューの……傍に居て、お世話してくれてた妖精、だよね?」
「分かるの?」
「色が違うじゃないか。蛍色。こんなあったかい色の妖精、このコしか居ないだろう?」
そうしてずい、と差し出された手の中を覗きこみ、マシューはくすくすと笑う妖精と視線を合わせて考えた。確かにこの妖精は母国から遣わされ、長く『カナダ』の傍役として居てくれた存在ではある。しかしマシューの目からしてみれば蛍色の光というのは頷けるし、温かみのあるというのも分かるのだが、この妖精だけとも感じられなかった。ごくわずかな違いがあるのかも知れないが、マシューは妖精を姿で見分けている。
色だけに注目しているアルフレッドの主張は、ハッキリと視認できるからこそ、マシューには同意しにくいものだった。妖精には申し訳なく思いながら、マシューはそうなんだ、と頷く。するとアルフレッドはマシューから妖精を取り上げるように胸元まで引き寄せ、ぽこぽこと怒りながらダメだなぁ、と言った。
「マシューは彼女の魅力をなんにも分かってないんだぞ! ダメじゃないか。ね、そう思うだろう?」
『あら、そんなことないわよ。でもありがとう、可愛いアルフレッド』
視認できずとも、見分けてくれた存在に対して妖精は好意的だった。声も恐らく聞こえぬと分かっていて鈴の音のような言葉を響かせ、羽根をゆるりと動かして喜びを表す。向けられる視線は見守る愛情に満ちていて、マシューはだからこそ気が付いた。それはいつか、マシューが妖精から向けられていたものと同じだった。こどものようなものですもの、と妖精は言う。あなたたちは、わたしたちにも、こどものようなもの、と。
いつもその言葉は『あなたたち』で、それをマシューは勝手に自分とアーサー、もしくはピーターまで含んでの表現だと思っていたのだが。もしかして、アルフレッドとマシュー二人のことだったのかも知れない。幼い頃を共に過ごした二人の傍には、必ず見守り役の妖精が居たのだ。見えないアルフレッドの傍からはいつの間にか離れ、彼女らは主にマシューを守護するようになっていたのだけれど。共に居たことも、あって。
あの頃、二人はいつも、ふたりだった。
「……ねえ、アル」
「なんだい、マシュー」
「妖精が見えてたことも、なかった?」
むかし、むかし。むかしの、はなしをするように。こっそり、ゆっくりとした口調で問いかけられて、アルフレッドは苦笑した。そうだなぁ、と遠くを見つめながら思い出すように、アルフレッドは目を細める。視線の先には、妖精の姿があった。あったかも知れないね、とアルフレッドは言う。失われたものは戻って来なくて、だからこそ、思い出すことも叶わなかった。ただ、胸が切ない。思い出の残り香が、申し訳なく思っている。
「俺は多分、いつか見えなくなるのかも知れないって思っちゃったから、見えなくなったんだろうね。マシュー。君はそんなこと、考えやしなかったんだろう?」
「……思い出せないけど、無かったと思うよ」
「うん。そこが違いだよ。妖精にとって人の願いは力となり、神秘の源ともなる。人の意識は妖精の存在を認識する上で切っては切れないものであり、また、人の言葉一つで妖精を消し去ってしまうこともある。妖精はその神秘によって人を遥かに凌駕する面も持っているけれど、人の身近にある故に、どうしても人の存在そのものに依存する面も出てくる……って、むかーし、アーサーが言ってたから、そういうことだろうね」
見えなくなるかも、と思ってしまった。見えなくなる、と不安がってしまった。その不安が魔法のように広がって、本当にアルフレッドには妖精を見えなくなってしまった。誰がそうしようと思ってそうなったわけでもなく。ただ意識によって揺れる、神秘そのものの動き。幼い頃には妖精が視認でき、成長するにつれ見えない者が増えて行く、というのもそういうことだろう。疑問や不安がる心そのものが、目隠しをしてしまうだけ。
そして、光だけが残された。
「どんな風、だったかな、とは。時々、思ったりしたよ。妖精」
「うん」
「考えて、イメージして。映画にしたこともあるんだぞ! ティンカー・ベル。彼女に似てないかい?」
あんなだったけ、こんなだったかな、と思いだそうとして、考えて。マシューやアーサーが話してくれた言葉や、温かな記憶の残り香だけを頼りに、考えて。おしゃまでとびきり可愛らしい、世界で一番有名な妖精を作り上げた。おだんごに結ばれたブロンドの髪は、マシューの髪と同じにして。着ている緑のミニワンピースは、アーサーの瞳と同じ色にした。青い瞳はアルフレッドと同じ、晴れた青空のきらめきそのものに。
誰にでも見ることのできる、それを忘れた大人にも見える妖精を作り上げて、アルフレッドは世界中に夢を送った。いつかは見えていたかも知れない存在に、三人分の幸福と祈りを込めて。
「ね、マシュー。似てない? どうかな」
にこにこ笑って、幸せそうに問いかけた。マシューはとびきり気の強そうな彼の妖精を思い出し、アルフレッドのてのひらに視線を落とす。妖精はふわふわと、羽根を動かして俯いていた。ちいさな肩が、かすかに震えている。ころん、と転がり落ちる真珠のような輝きは、アルフレッドのてのひらに触れる前に消えて行く。そうだね、とマシューはちいさく微笑んだ。
「そんなの、ささいな問題だと思うよ……見える、見えないと同じくらいに」
「そうかい?」
「うん。きっとそう」
ありがとう、も。嬉しい、も。呟いても聞こえず、告げられないことこそ、悲しいのだろう。ふわ、とてのひらから浮かび上がった妖精は、アルフレッドの額に祝福のキスをした。愛しい子、優しい子。ありがとう、と囁く妖精の声が聞こえているように、アルフレッドは嬉しそうに笑った。部屋の扉が開く。あ、と思って振り返った二対の視線に、アーサーはやや引き気味に口を開いた。
「な、なんだ? どうかした……というか、マシュー。起きたのか」
「はい、起きちゃいました……。アーサー」
静かに己を呼ぶ声に、アーサーはどうしたのかと首を傾げながらやってきた。その際、アルフレッドの頭の上に腰かけた妖精の瞳が潤んでいることにも気が付いたのだが、なにか言う前に大丈夫と囁かれてしまったので、気にしないことにする。どうした、とマシューだけに集中して聞いてやれば、ペールグリーンの瞳が穏やかに微笑む。ソファから半ば腰を浮かせるようにして、マシューはアーサーをぐいと引き寄せた。
そのまま軽く口付けをして微笑したマシューは、アーサーがぱちぱちと瞬きするのにささやいた。
「おはようございます、の、キスです」
「……してみたかったのか?」
「はい」
いきなりで驚いたアーサーに、マシューは満面の笑みで頷いた。その笑顔があまりにも天使だったので、アーサーはまあいいか、と頷いて納得してやった。じゃあ目覚めの紅茶でも淹れてやるから待ってろ、と頭を撫でてキッチンへ向かおうとするアーサーを見やり、アルフレッドはものすごく嫌そうな顔つきで、こっそりと尋ねる。言葉は聞き取れずとも、こそこそ話している気配だけがアーサーの耳に触れていた。
「マシュー、君ね。なんで俺の目の前でするんだい」
「いいじゃない。君はおやすみのキスしたんだから」
「俺はほっぺだよ! もう、マシューなんかこうしてやるんだぞっ」
息をひそめて会話していた二人を残してキッチンへ消えようとすると、がた、と大きな音が響く。振り返ったアーサーが見たのは、ソファの上でもみくちゃになりながらじゃれあう二人と、くすくす笑いながら見守る妖精の姿で。なにやってんだ、と呆れた視線を向けると、二人は声をそろえて言い放った。
「ないしょ!」
そのまま声をあげて楽しげに、じゃれあいながら喧嘩し始める二人に深く、溜息をついて。アーサーはキッチンへと姿を消した。紅茶を淹れて、それから聞けばいいだけだ。今日は二人とも、泊まって行くという。時間は、たっぷりとあった。