心配してくれていない、とはマシューは思わない。なにせ乾いた咳を二回繰り返しただけでアーサーは顔色を変え、マシューをベットに叩きこんだくらいなのだから。その上で動けないようにクマ次郎さんを抱っこさせ、さらには俺が許可するまでそこから動くな、と命令まで下されているマシューに、ベットから下りるという選択肢は与えられないようだった。ちょっと乾燥してたからだと思うんだけど、とマシューは口を開く。
あーん、とばかり素直に開いた口に、アーサーはものすごく嬉しそうにはちみつ漬けのレモンを食べさせた。フォークを引き抜くと、マシューの口がもくもくと動く。美味しいか、と目を細めて笑うアーサーに、マシューはこくりと頷いた。どう考えても楽しんで看病しているアーサーは、仕草にほっと胸を撫で下ろしたようだった。まだあるからな、と言うアーサーは、しかしフォークを手放さない。あくまで食べさせる気なのだった。
もう、とくすくす笑いながら、マシューは眠くてずり落ちてしまったクマ次郎さんを抱き直し、首を傾げる。
「アーサー。僕、自分で食べられますよ?」
「クマ次郎さん抱っこしてろよ。俺が食べさせたいだけだし、気にするな」
気になります、という言葉を告げられず、マシューは困った風に微笑んだ。部屋をいつも綺麗に整えて置いてよかったなぁ、と関係ないことを想いながら視線を巡らせ、楽しいですか、とアーサーに問いかける。もの一つ落ちていない床や、きちんと分類と整頓のなされた本棚、余計なものが置かれていない机を誇らしげに見つめながら、アーサーは素直な頷きですごく楽しい、と言った。もちろん、すごく楽しい、と微笑んで。
その笑顔があるだけで、もういいかな、とマシューは思う。恥ずかしい気持ちだとか、もうそんな食べさせてもらう年齢ではないのだとか、大体そこまで体調が悪いわけではないとか、色々言いたいことがあるのだけれど。そこに居るアーサーが幸せそうで楽しそうなので、いいかなぁ、とマシューは思うのだ。でも、それでも二つだけハッキリさせておかなければいけないことがある。レモンを飲みこんで、マシューは口を開く。
「あのね、アーサー。僕は本当に、風邪引いた訳ではないと思うんです……それで」
「いや……お前鈍いから、分かってないだけだって。絶対」
今だって頬が普段より赤いんだ、と溜息をついてアーサーはフォークを皿に置き、指先をマシューに向かって伸ばす。すり、と愛しむように指の背で頬を撫で、そのまま移動させて額に押し付け、熱を計る。ふふ、とくすぐったそうに、全幅の信頼のある表情で目を閉じ、マシューはゆっくりと息を吐き出した。アーサーの指、気持ちいい。うっとりと囁かれた言葉に指先を震えさせながら、アーサーは思わずの舌打ちを堪えた。
息を吸い込んで、吐き出して、気持ちを落ち着かせて。ぱっと手を離し、アーサーはあのな、と言葉をかける。
「熱出てるんだ。分かるか? マシュー」
「……そうかなぁ。僕より、アーサーは大丈夫なんですか? 寒かったり熱かったり、痛かったり」
どうしてそこで素直に不調を認めてくれないのかがアーサーには理解できないのだが、向けられる瞳があんまり心配そうだったので、文句は飲み込んで苦笑してやる。ひたすら、ただひたすら主人の身を案じる子犬の瞳だった。よしよし、と頭を撫でてやりながら大丈夫、と囁くと頷きが返される。うん、じゃあ。いい。呟いて幸せそうにくすくすと笑われて、アーサーは己の額に指先を押し当て、深呼吸をして落ち着こうとした。
相手は病人、だから可愛い、という言葉を胸の中で五回呟いて。いやマシューは病気じゃなくても十分可愛い、と反論する己の理性とがっちり握手を交わしてから意識を外に戻し、アーサーは大きく息を吸い込んだ。
「……大丈夫。俺はソファで眠ったくらいじゃ、体調崩したりしない」
「僕が体弱いみたいじゃないですか」
「疲れてたんだろ? いいから、良いコにしておいで、マシュー。返事は?」
マシューはこどもっぽく唇を尖らせながらも、もそもそとした声でYES、と言った。よし楽しいことを考えようフランシス殴るとか、と思いながらアーサーは意識を斜めに反らした。マシューが疲れていたのは、ごまかしではない本当のことだ。国内は安定しているから、フィードバックで体調が引きずられている訳ではないのが幸いである。ずっと悩ませていたことから、マシューを本当に解き放たれてやれたのは最近のことだ。
安心したんだろうな、とアーサーは思う。張り詰めていたものがようやく緩んで、安心しきっているのだろうな、と。それで、今まで目を反らして誤魔化していた心身の不調が、すこしのきっかけで表に出てきてしまったのだろうな、と。思って、その原因が全て己にあることに思い立ち、アーサーは深々と頷いた。全部自分に還ってくることで、本当に良かった、と思う。これで他人が原因だったら、目も当てられない大惨事だ。
世界が再び、イギリスの名で埋め尽くされることは必至だっただろう。よかった俺で、とろくでもない安堵を胸に抱きながら、アーサーは眠たそうなクマ次郎さんの手を持って、ティディベアで遊ぶように動かしているマシューを見た。眠いのー、とほけほけクマ次郎さんに問いかけているマシューは、相手が眠たすぎて迷惑だと言えないのに気が付いていないようだった。こら、と甘く注意の声を響かせて、手を外させる。
むくれた顔つきで手を取られたマシューは、そのままきゅっとアーサーの指先を握り締めてしまう。引いても離そうとしなかったので好きにさせながら、アーサーはくすくすと肩を震わせて笑った。
「どうした、マシュー。暇なら、本でも読んでやるけど」
「……なんの本?」
意外に乗って来たマシューに柔らかく笑って、アーサーは政治でも経済でも、と言った。せめてこども扱いしないように、とのラインナップだったのだが、マシューには不満だったらしい。絵本にして、絵本がいい、と幼くぐずられるのに苦笑して、アーサーは分かったよ、と言ってやる。やっぱり体調悪い、という言葉は飲み込んだ。じゃあ絵本を取ってくるから指を離せるな、と額を重ねて囁くと、マシューの眉がきゅぅと寄る。
行っちゃうの、置いてくの、と言いたげな表情だった。本棚まで、と宥めながら額をすりっと擦り合わせ、アーサーは困った風に言葉を告げる。すぐそこだから、見える距離だから。すこしだけ、だから。な、と同意を求めると、マシューの眉がますます困った風になってしまう。このまま言葉を重ねれば、泣くかもしれない。あ、それはそれで、と思ったアーサーの思考を打ち破るように、部屋の隅、机の上で音楽が鳴る。
マシューの携帯電話だった。マシューは動こうとしないしアーサーも動けないので、それはなり続けて留守番電話に切り替わるしかない筈だったのだが。音で目が覚めたのだろう。もそもそとマシューの腕から抜け出したクマ次郎さんが、べち、と容赦ない一撃を加えて通話スイッチを押し、それを持ち主の元へ持ってくる。当然、着信通話中だ。慌てて受け取ったマシューは、通話口を耳に押し当て、はい、と声を響かせる。
「はい! マシューです。だ」
『マシュー! 生きてるかい死ぬんじゃないぞ! マシュー!』
「……え、どうしたのアル。どうしたの?」
いいから君、ちょっと落ち着きなよ、とマシューが言い終わるより早く、チャイムの連打音が家中に鳴り響く。思わず無言で顔を見合わせたアーサーとマシューは、訪問者が誰であるか確信していた。え、と目を瞬かせるマシューに、アーサーはメールしただけなんだが、と言った。
「マシューが風邪引いたから、俺が看病する。お前は心配しないで自分の国に戻れよ、って」
「君が看病なんてしたら、マシューは繊細なんだから悪化するかも知れないじゃないかー!」
すでに半分泣いている涙声で絶叫し、アルフレッドは部屋の扉を蹴りあけて出現した。玄関にチェーンはかけていなかったが、鍵は閉めて置いた筈なのだが。お前どうやって侵入した、と半眼で睨みつけると、アルフレッドの背からもう一人がひょこり、と顔を出す。飛びぬけて明るいレモン・イエローの髪は柔らかくて甘そうで、赤いリボンでふわりと括られていた。女性的な髪形なのに、ちょっとおかしいくらいに似合っている。
心配に彩られたブルー・アメジストの瞳が、ベットの中に居るマシューの姿を認めると優しい色に変わって安堵した。フランシスさん、とどこかたどたどしい声で名を呼んだマシューに、フランシスはばちん、とウインクをする。
「よう、マシュー。風邪引いたって聞いたから、お兄さんが飛んできちゃったよ。大丈夫か?」
「……フランシス。テメェ殴らせろ」
「ちょ、なんでっ? なんでなの坊ちゃん! それひどい! すごーく酷い!」
らぶらぶ看病したいのを邪魔されたからっていきなり殴るはないでしょう、と悲鳴交じりの抗議をするフランシスに、アーサーはあでやかに微笑んだ。無言でフランシスの前から退いたアルフレッドは、アーサーを刺激しないようにマシューの元に寄って行く。大丈夫かい、心配しすぎなんだよ、と潜められた声で会話するのを聞きながら、アーサーは決まってんじゃねぇか、とフランシスに向かって言い放った。
「そこにお前が居るからだ」
「坊ちゃんが清々しいくらい女帝な俺様なのは、お兄さんも知ってますけどね……? いやいや、それはないから。あるなしで言うと、完全にアウトだから。で、マシューはどうなの。体調、見たトコ、そこまで悪いって訳でもなさそうだけど……熱は出てるかな。アルフレッド、あんまり騒ぐんじゃないぞ? クマ次郎さんは、もっとマシューにくっついてること。お前がくっついてれば、マシューは無理に動いたりしないからな」
流れるように言葉を繋いでいくフランシスに不満げな顔を見せたものの、アルフレッドは意気込んでなにか言うでもなく口を閉ざした。クマ次郎さんは分カッテル、と頷き、横たわるマシューの腹から胸に乗っかるようにして身を寄せた。撫デロ、ソシテ眠レ、と求められるのに苦笑を返して、マシューはクマ次郎さんの毛皮をもこもこと撫でていく。そうするとなんだか本当に体調が悪い気がして、マシューは目を閉じた。
ふぅ、と息を吐く頬は見て分かる程赤らんでいるのに、未だにマシュー本人には自覚が薄いらしい。君はなんで自分の体調不良に疎いんだい、と眉を寄せて溜息をつきながら、アルフレッドは薄い毛布を選んでクマ次郎さんごとマシューにかけてやった。元養い子の適切な処置に関心したように頷きながら、アーサーはフランシスの片足を踏みにじりながら尋ねる。
「で、なんでお前まで来てるんだよ」
「お前に病人食が作れるなら、俺は今すぐ帰ってあげますよ? 足が痛いです、坊ちゃん」
「痛くしてんだよ。……菊がくれたっぽい、レトルトのおかゆが棚にあった」
あれなら温めるだけだから俺にもイケル、と頷くアーサーに向けられたのは、来て良かったと言わんばかりの二人分の視線だった。なにせアーサー。なにせ、生粋の魔法使い体質。そしてブリタニアエンジェルなのである。電子レンジで温めるだけの冷凍食品から紫色の煙が出ていたのを二人は見たことがあるので、それはなにも安心できる材料ではないのだった。アーサー、とため息交じりにアルフレッドが言う。
「仮に電子レンジが頑張ってくれたとしても、レトルトよりフランシスの方が良いと思うんだぞ」
「……温めるだけのレンジに、頑張る要素が見当たらないと思うのは俺だけか?」
「うん坊ちゃんだ、け……ちょ、アーサーマジで痛い! お兄さんの足の指無くなっちゃう!」
踵をフランシスの足に直角になるようにしてぎりぎり体重をかけているアーサーは、素知らぬふりをして視線を反らしていた。なんであのオッサンどもはいつまで経っても仲良くできないんだか、と呆れの視線で二人を眺めやり、アルフレッドは目を閉じて深い息をしているマシューを撫でてやる。眠っている訳ではないのは、知っていた。楽ならそのままにしてなよ、と囁いてやると、マシューはほわんと嬉しそうに笑う。
「アル」
「うん?」
「大丈夫、だったけど。来てくれてありがとう」
まだ言うか、と軽い呆れで鼻をつまんでやりながら、アルフレッドはどういたしまして、と言って笑った。マシューが身じろぎをして嫌がったのですぐに指先を離し、アルフレッドはなぜか互いに掴みかかったまま、睨みあっている二人に視線を移動させる。喧嘩するならそこの二人は出ていくんだぞ、と眉を寄せながら言ってやると、アーサーは表情を変えないままで手を離し、フランシスはやれやれと肩をすくめて苦笑した。
いい加減に、協力し合って仲良くしないように喧嘩してるの、止めれば良いのに。あのおっさんら本当に馬鹿だなぁ、としみじみ頷いて、アルフレッドはそう言えばさ、と首を傾げながら問いかけた。
「マシューは風邪引いちゃったのに、なんでアーサーは無事なんだい?」
「ウイルスがアーサー避けたんだろ」
至極もっともらしく言うフランシスにうっかり納得しかけて、アルフレッドは溜息をついた。だからどうして、なんでそうやって、素直に風邪ひかないでよかった、とか言えないのか。どうしようもないよね、と付き合いが長いからこそなにもかも分かっているアルフレッドの呆れ顔に、フランシスは華のある微笑みを返した。理由が無いとは言わないが、これはもう反射的なクセのようなもので、本能に近い反応でどうしようもない。
諦めて、と苦笑するとアルフレッドはひょいと肩をすくめてみせた。
「まあ、いいよ。……フランシス、お腹がすいたんだぞ。マシューのついでで良いから、俺にもなにか作ってくれよ」
「了解。坊ちゃんもなにか食べるだろ? ……つーか、本当にレトルト使うつもりだったのか?」
お前の性格的に、そこは妥協しないで手作りしちゃうトコだと思うんだけど。微笑みながらも嘘を許さないフランシスの追及に、言葉につまったアーサーの視線が彷徨った。ああ、作るつもりだったんだろうなぁ、やっぱり、とアルフレッドが溜息をついていると、くいくいと服が引っ張られる。ん、と視線を落としてやるとマシューはうっすらと目を開いていて、大丈夫なんだってば、と吐息に乗せて弱々しくささやいた。
「アルは知らないかもしれないけど。英連邦は、アーサーのご飯を美味しく食べられるスキルを持ってるんだよ……」
「お願いだからお兄さんに作らせて! 体にムチ打たなくていいから!」
「フランシスさんったら……ちょっと焦げるだけだって、君は知ってるでしょう?」
咎める、というには不愉快を増したマシューの言葉に、アルフレッドはなんとも言えない表情で沈黙した。あれを『ちょっと』と言って良いのか悩んだからだ。確かに美味しくないだけで、まずいとまで言う代物ではない。それは確かだ。焦げている所を除けば、可食部もある。しかし。だが、しかし。ううううん、とアルフレッドにしては珍しく本気で悩んで、そうかも知れないけどさ、と呟く。
「硬いよ。あごが疲れる料理じゃないか。君、食べる気力あるのかい?」
「オートミールにしてもらえば、飲めるじゃないか」
「……で、育て親。なにか言うことは」
料理を美味しい、まずい、の次元ではなく食べられるか否かで語る兄弟を眺め、フランシスは頭を抱えてしゃがみこむアーサーに目を向けた。一応、己の料理がどういうものであるかの自覚だけは出来ている紳士は潔く視線を合わせ、悔しげにしながらも口を開く。
「……お前が来てくれて、よかったと思ってる。だから美味しいもの作れ、ばかぁ!」
「了解。さ、アルおいで。買い物行くから、荷物持ちな」
「えー……。なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだい」
やだやだ、めんどくさいんだぞ、と言いながらも素直に立ち上がって、アルフレッドはマシューをそっと撫でた後に歩き出す。素直にフランシスの元までやって来たのに可愛がるように目を細めて、フランシスは身を翻した。じゃあ行ってくる、と言い残すフランシスにアルフレッドも続き、静かに扉は閉められた。すぐに部屋は静かな空気を取り戻し、アーサーはやれやれと息を吐き出す。竜巻、もしくは大嵐のようだった。
ベットに行く前に忘れずに絵本を数冊取って、アーサーはマシューの傍に腰かける。ぎし、とベットが音を立てたのに、マシューはふぅっと目を開く。辛いなら閉じてろ、と手で視界を塞がれるのにくすりと笑って、マシューはそのてのひらにそぅっと触れた。手の甲を指先でなぞって、形を確かめて遊ぶように触れて。それから、アーサーの手のひらを頬に押し付けてすりすりと甘えて、マシューはふわふわ、嬉しそうに微笑んだ。
「アーサー」
「……どうした」
「やっぱり、風邪引いちゃったみたいです」
だからね、とマシューはアーサーの手を感じたがるように目を閉じた。
「傍に居てください」
ひとりにしないで、とアーサーには聞こえた気がした。分かったよ、とアーサーは囁く。ずっと傍に居てやるから、安心してお眠り。マシューは力の抜けた表情で笑って、昔みたい、と呟く。
「ちいさい、頃も……こういうこと、ありましたよね。僕が風邪引いて、アルが傍で騒いじゃって、フランシスさんがアルを買いものに連れだして。アーサーは、ずっと僕の傍に、居てくれて……懐かしい、な」
「……そう考えると、アルフレッドは聞き分け良くなったな」
素直についてった、と笑うアーサーに、マシューはこくりと頷いた。なんとなく、フランシスが買って来るものまで分かるようだった。まずは絶対に果物。赤く熟れたリンゴがたくさんに、苺やクランベリー、ブルベーリー。ふわふわの白パン。新しいメイプルシロップ。体を温めてくれる野菜は、ホワイトソースから作ったシチューにされるに違いない。あとは、甘いおかしがたくさん。アルフレッドから、マシューへのおみやげ。
その時だけ買い過ぎ、という注意をアーサーは忘れるのだ。食べ過ぎるなよ、と咎めるだけで。熱っぽい息をゆっくり吐き出して、マシューは不思議ですね、と笑った。
「すごく……時間が経ってるのに、なんだかなにも、変わって無いみたい」
「……そうだな。さあ、もうおやすみ」
起きているのが辛いなら、眠らせてやるから、と苦笑するアーサーに、マシューはこくりと頷いた。眠ってしまいたいのに眠れない時、アーサーは決まってそう言って、マシューに魔法をかけてくれたのだった。それさえもらえれば、どんなに苦しくても、どんなに熱が出ていても、マシューは優しい気持ちですぐに眠れる。ん、と意識をまどろませながら求めるマシューに、アーサーは優しい笑みを浮かべて身を屈めた。
そっと、額に口付ける。
「おやすみ、愛しいマシュー。……怖い夢を見ないように、俺がずっと傍に居るから。安心してお眠り」
「……うん」
「よし、良いコだ」
ちゅ、ちゅ、と何度か額に口付けて。記憶の通りに離れて行った熱に、マシューの意識が解けていく。急激に体から力が抜けて、どんどん眠くなって行く。おやすみなさい、と声にも出来ず唇だけで囁けば、乾いた熱がそっとかすめて引いていく。それは、記憶にない熱だった。薄くまぶたを開くと、微笑するアーサーが居て。おやすみ、と言いながらもう一度、唇がかすめて攫われる。熱は眠りを運んで来て、瞼が下ろされる。
愛しているよ、という囁きは、恋を宿して落とされた。