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 7 あなたの傍にいたいだけ

 乾いて響く連続した爆発音は、ブラウン管越しに聞く発砲音によく似ていた。なんだろう、とぼんやりしながら目を開くと、眼鏡を探り当てるより早くクマ次郎さんがもさもさとマシューの頭を撫でてくる。大丈夫ダ、ネテロ、と幼子をあやすように囁かれて、マシューはくすくすと笑いながら、寝台の中で体の力を抜いた。数日前に風邪をひいてからと言うものの、クマ次郎さんはマシューにひっつきべったりで傍に居るのだった。
 それはマシューの体がクマ次郎さんのそれより小さかった頃の扱いで、今にしてみるとすこしばかりくすぐったい。ゆるりと漂う眠気に抗うことをせずにクマ次郎さんを抱き寄せれば、もこもこの体が腕の中にすんなりと収まった。気持ちの良い午後だった。家の中にはマシューとクマ次郎さんの他に誰もおらず、光に揺れる温められた空気だけが、さわりとカーテンを揺らして遊んでいる。アーサーは買い物に出かけていた。
 もう風邪は治って大丈夫だと何度言っても、アーサーはマシューを心配して家から出そうとしない。外は寒い、と真面目な顔で言われてしまって、マシューは仕方なく買い物への同行を諦め、寝台の中に転がっているのだった。身にまとっているのがパジャマではなく家着なのは、体調が良くなったというささやかな主張で抵抗だった。ねむたくあくびをしながら、もう大丈夫なのにねー、とマシューはクマ次郎さんに顔をうずめる。
 そのままもこもこ毛皮の感触を楽しめば、クマ次郎さんは甚だ迷惑だということを隠そうともしない溜息をつき、しかしなすがままになりながら呟いた。熱ガデテル時モ同ジコトイッタダロウ、と呆れかえった響きに、マシューは瞼を落としたままできゅぅと眉間にしわを寄せ、誤魔化すようにクマ次郎さんの毛皮に顔をうずめた。あれはちょっとしたミスか気の迷い的な何かであって、決していつも気がつかない訳ではないのだ。
 アーサーさんが傍に居てドキドキしてそれ所じゃなかっただけだよ、ともふもふしながら呟けば、クマ次郎さんはやけに大人びた溜息をついた。仕方なく納得してやったのが分かり過ぎる仕草に、マシューは文句を言うことはしなかった。もこもこしていたら眠くなったからだ。ふぁ、とあくびをすれば、マシューの体を決して傷つけない丁寧な動きで、クマ次郎さんの手が頭を撫でていく。優しくて、懐かしい庇護の手つきだった。
 ずっと前。マシューがフランシスと出会うよりもずぅっと前からクマ次郎さんはマシューの傍に居て、こうして外の全てから守るように、マシューの頭を撫でてくれたのだ。こぐまがそれなりの大きさに成長するように、マシューも幼子から青年の姿に変わって行ったのだけれど。それはこどもが大人に変化しただけのことで、本質的な二つの存在は、今も変わらずそのままだった。眠レ、という声に、マシューはこくんと頷く。
 クマ次郎さんあったかいねー、と眠りかけながら呟くマシューの耳に、その時再び爆発音が響く。すぱぱぱぱんっ、と連続して響いたその音は、先程よりも音源の正体を明確にしていた。爆竹だ。間違いなかった。え、と半分眠りかけながら顔をあげると、家の外でなにやら言い争う声も聞こえてくる。声は遠すぎて言葉としての形を上手くなしていなかったが、それらをマシューが聞き間違える訳もなかった。声は三つ。
 アーサーのもの、香のもの、そしてシェリのものだった。声の雰囲気から察するに、香とシェリが手を組んでアーサーになにかを要求しているようだった。対するアーサーの声は冷静にして愉悦すら含んでいるので、噛みついてくる青年と少女を手玉に取って遊んでいることがうかがい知れる。性格が悪すぎた。そんな所も好きだと思いつつ、マシューは眠たい目をこすって体を起しかけ、クマ次郎さんに抱きつかれてしまう。
 力を入れていなかった体はあっけなくベットに逆戻りし、マシューは立ち上がることが出来なくなった。体の左側にぎゅうぅ、とばかりにクマ次郎さんが張り付いていたので、立ち上がるにはどうしても引きはがさなければいけなかったからだ。どうしたの、と苦笑しながらもこもこ撫でてやると、クマ次郎さんはふるふると否定的に首を振った。危ナイ。単純な一言に、マシューはくすりと笑って様子を見に行くことを諦めた。どうしてあの三人が争っているのかはよく分からないが、まあ、大怪我をすることはないだろう。爆竹で火傷するかも知れない程度だった。
 火傷の薬が常備してあることを記憶の中で確認して、マシューは再び、寝台の住人となった。香もあれで手加減はしているだろうし、なによりシェリが傍に居るのだから火傷させることはないだろう。まったく本当に、なにをじゃれ合っているのだか。くすくす笑いながらまどろんでいると、ちいさな足音が響いてくるのに気がついた。すこしだけ警戒しながら部屋に近づいてくる足音に耳を澄ませ、マシューは唇を綻ばせる。
 やがて、部屋の扉がそぅっと開かれた。ひょこりとばかり顔を覗かせた少年に向かって、マシューはベットに座り込んだまま両腕を広げる。立ち上がらなかったのは、クマ次郎さんがくっついたままだったからだ。家主を見るなりぱあぁっと顔を明るくした浅瀬色の瞳に、マシューは愛しく微笑んだ。
「おいで、ピーター」
「にいちゃーっ!」
 きゃああぁっ、と幼い喜びの声をあげながら、ピーターはマシューに向かって突進していく。直前でぴょん、とジャンプして飛びついて来た体をしっかりと抱きしめ、マシューはぐりぐりと体全体を擦りつけて子犬ように喜びを表現するピーターに、くすくすと幸福の笑いを響かせた。どうしたの末っ子さん、と笑いながら頭にキスを落としてやると、ピーターはきらきらに輝く瞳で顔をあげ、マシューの頬を手で包むと唇を寄せる。
 ちゅう、と可愛らしく頬に挨拶をし返して、ピーターはにこにこ笑いながら首を傾げた。
「僕の勝ちなのですよー! 一番乗り、なのですよーっ! ふふん、こぉれでにいちゃは僕のものなのですよっ!」
「……二番乗りと、三番乗りくらいまで順位が加算されるのかな?」
 香とシェリとアーサーがそれぞれに注意を向けている隙をすり抜けて侵入してきたらしい英連邦の末っ子に、大体の事情を察してマシューは問いかけた。マシューが風邪をひいている間、アーサーは英連邦に一律してお見舞いの禁止を申し渡して居た筈だ。理由は感染と悪化を防ぐ為らしいが、他ならぬマシューが一番、真の理由を知っていただろう。ただ単にマシューを一人占めしたかっただけなのだ、アーサーは。
 これくらいの口実使わないとお前と恋人として二人きりにもなれないだろう、と艶やかに笑んで首を傾げ、全ての反論を封じられたのを思い出して、マシューは無言で顔を赤くする。なんでそんな悪だくみばかり、嬉しそうにするのだろう。そのたび惚れ直す己は、客観的に見て大分恋の末期症状だと思いながら、抜け出す気もなく。マシューは赤くなった頬を末っ子の視線から隠したがるように手を押し当て、溜息をついた。
 ピーターはそんな『兄』に対し、『うん。十分知ってたので今更なのですよー』と言わんばかりのぬるい目を向けて沈黙し、遠くでまた響く爆竹の破裂音に耳を済ませた。香の爆竹は、今日も絶好調だ。
「四番目、まで居ると思うのですよ」
「……アーサーさんも含めるの?」
「違うよ! だって俺はヒーローだからね!」
 あんな変態の紳士と一緒にしないでくれ、とやけに自信に満ち溢れた声で言い放ち、部屋の扉を開け放ったのはアルフレッドだった。今やってきたばかりなのだろう。珍しくも弾んだ息をそのままに、アルフレッドはずかずかと部屋を横断してマシューの元へやってくる。外気に冷えたフライトジャケットを嫌そうな目で見るピーターにでこぴんをしながら、アルフレッドはマシューに微笑みかけた。やあ兄弟、と言って笑いだす。
「なんて顔してるんだい! びっくりした?」
「したよ。君、仕事しに隣に帰った筈じゃなかった? どうしたの、わすれもの?」
 つい一昨日まで、マシューの看病をする人間はアーサーだけではなかったのだ。不調を聞きつけて飛んで来たアルフレッドとフランシスも滞在していて、それなりににぎやかな家の中でマシューは過ごしていたのだった。フランシスが仕事の為に帰宅したのが三日前、ごねるアルフレッドを上司から呼び出されたんだから文句言うな帰れ、とアーサーが叩きだしたのが一昨日のことである。わずか二日ぶりの再会だった。
 マシューの正面から抱きついているピーターをにこにこ見下ろしながら、アルフレッドは終わらせたのさ、と言う。
「呼び出された仕事、溜まってた分までぜーんぶ終わらせて来たんだぞ!」
「本当に? 書類机の引き出しに隠したり、本棚にしまい込んだり、コーヒー零して読めなくなっちゃったから作りなおしてもらったりしなかっただろうね?」
 アイスで書類をまだら模様にしたこともあったよね、と溜息をつくマシューに、アルフレッドは今回はそんなことしなかったんだぞ、と胸を張った。『が』ではなく『は』なのに、前科の多さを思い知ったピーターが溜息をつく。世界的に書類のペーパーレスが進んでいる背景が、まさか『国』がそんなことをしでかしているから、とは思わないが。可能性の一端を握るくらい、していそうだった。資源は大事にするもの、である。
 こどもみたいですよー、と言うピーターに全くだよね、と溜息をついて、マシューはアルフレッドを体の右側に手招いた。左にはクマ次郎さん、正面にはピーターがくっついたまま離れようとしてくれないので、アルフレッドに触れるにはもう来てもらうしかないのである。なんだい、と嬉しそうに笑いながらしゃがみこむアルフレッドに笑いかけ、マシューはよしよし、と顔のそっくりな兄弟の頭を撫でてやった。硬い毛質の、短い髪。
 ふわふわのマシューの髪と違って寝癖のつきにくそうなそれを指先で愛でて、マシューはよく頑張ったね、と言葉を送る。たとえ本人が仕事から逃亡していたツケで呼び戻されたのだとしても、二日間で終わらせたということは相当頑張ったのだろう。クマこそないものの疲れた顔をしているアルフレッドは、マシューの言葉にごく素直に微笑んだ。そうなんだぞ、頑張ったんだぞ、とアルフレッドは弾んだ声を響かせて笑う。
 それからピーターとクマ次郎さんごと抱きしめるように腕を回して来たので、もー、と苦笑しながら、マシューはますます動けなくなってしまった。彼方でまた、爆竹の音が響き、アーサーがひるんだような気配がした。ハッとして立ち上がろうとしたマシューを苦笑しながら引きとめて、アルフレッドは大丈夫だよ、と言い聞かせる。いついかなる時でも英国の危機に駆け付けたい長女は不満そうな顔つきで、なんで、と言った。
 世界のヒーローは笑顔でことんと首を傾げ、決まってるじゃないか、と呟いた。
「もうそろそろ、俺たちが先に侵入しちゃったのに気がつくだろうから。ね、ピーター」
『あああああ! 裏口ー!』
 アルフレッドが言い終わる前に、シェリの大絶叫が響き渡った。どうも三人は玄関の前で言い争っていたらしいことが、声の響く方角から伺い知れる。裏口、と呟いて首を傾げる家主に、侵入を果たした二人はそっくりな仕草で胸を張ってみせた。
「そう、裏口。表で言い争ってるなら、裏から入ればいいってだけさ。そうだろ?」
「その通りですよー! 裏口のかぎ、ちゃぁんと鉢植えの下に置いてありましたですよー」
 これが頭脳戦の勝利ってヤツなのですよー、と誇らしげなピーターは、すりすりとマシューに頬を擦りつけて甘えている。叱る気には、どうしてもなれなかった。唯一自由な腕を動かして頭を撫でてやると、ピーターはきゃらきゃら幼い笑い声を響かせ、期待いっぱいの目でマシューを見上げる。
「マシューお兄ちゃん、もう元気になったですか? ピーターと遊べるですか?」
「……うーん、僕は元気だと思ってるんだけどね」
「ちょ、ダメなんだぞ! マシューは俺と一緒にアイスを食べに行くんだから!」
 その予定が決まったのはいつのことなのアルフレッド、と心の中で呟いて、マシューは兄弟の頭を平手でぺしりと叩いた。すぐに避難がましげに見上げてくるアルフレッドと視線を合わせ、マシューはあのねえ、と辛抱強く言い聞かせる。
「アル。どうしてそこで、ピーターに譲ってあげるとか、ピーターと一緒に行くとかできないの」
「決まってるじゃないか。ヒーローだからさ!」
 そんなヒーローはぐるぐる巻きにしてぼこぼこにした後、重りつけてミシシッピにでも流してこい、というアーサーの幻聴が聞こえた気がした。全然なんにもヒーローじゃないでしょう、と溜息をつくマシューに、アルフレッドは唇を尖らせて首を傾げる。アイス、アイスー、とねだられて、マシューは冷凍庫から出しておいでよ、と言い聞かせた。確かまだ、アルフレッド専用のビックサイズアイスが、いくつか残っていた筈だ。
 だがアルフレッドは食べに行きたいのであって、今食べたいのではないらしい。ぷーと頬を膨らませてマシューに回している腕に力を込めると、わからずやー、と言って顔を伏せてしまった。拗ねたですよ、と勝ち誇った表情で呟いたピーターが、じゃあ、と期待に満ちた顔を向けてくる。それに、なにかを答えようとした時だった。乱暴に玄関の扉をあける音が響き、三人分の足音が走ってくる。だん、と踏み切りの音がした。
 動きの後から袖口の布が付いてくるような、どこか優美な動きで真っ先に姿を現したのは香だった。香はぜいぜいと肩で息をしながら室内をみやり、クマ次郎さんとピーター、アルフレッドの姿を見つけて悔しげに唇をかみしめる。浮かぶ感情が薄めの香にしては、珍しい表情だった。どうしたの、と心配げに呟くマシューめがけて、香は無言で走り寄ってくる。そしてぴゃっと、マシューの背中に隠れるようにひっついてしまう。
「……香?」
「空いてるのがここしかないんで。マシュー兄、マジぱねぇっす」
「いや、そうじゃなくて。そうじゃなくてね……? どうしたの?」
 ぐりぐりと額を擦りつけて懐いてくる猫の動きで、香はマシューの背中に抱きついていた。くすぐったいと身じろぎをしながらも無理に遠ざけることをせず、マシューは香の好きなようにさせてやる。受け入れてくれる態度に、安心したのだろう。密やかな安堵が背中側の空気を揺らしたと同時、ようやく部屋に辿りつけた二人が姿を現した。白いワンピース姿のシェリは、マシューに空きがないのを見るとしゃがみ込んでしまう。
 いつもならそこでシェリに譲ろうとする香は、マシューにぴったり体を寄せたままで離れようとしない。あーあー落ち込むなよ、と言いながら南国の少女をアーサーが慰めているのを見ながら、マシューは響かない声で香の名を呼んだ。
「香。……なにかあった?」
 誰と、とは言わない。明白なことだったからだ、英連邦のお姫様にして南の島の化身。セーシェル。シェリ、とそう呼ばれている少女が落ち込んでいるのに香が傍に行かないことは、それだけで異常事態だった。すこしばかり拗ねた気配を漂わせながら、香はマシューの腹に手を回し、ぎゅぅと抱きついてくる。背中側で顔が見られないことは、香に取っては幸いらしい。何時もより素直な言葉が、弱く空気を揺らして行った。
「だって……マシュー兄に会いたいって、俺に言いに来るんで」
「……嫌だった?」
「俺も会いたかったので、連れて来ました。嫌じゃないっす。でも……マシュー兄も男だから」
 だから抱きつくのはダメなんで、とぶすくれた声で言う香に、マシューは思わず笑ってしまった。ぎゅぅ、と抱きしめる腕が強くなったものの、笑いを咎めるものではなさそうだった。マシューからは見えないが、香は耳まで赤くなってしまっているのだろう。によによしているアルフレッドをからかわないであげてね、とたしなめて、マシューは大体眉毛がお兄ちゃんを一人占めにしようとするからーっ、と叫ぶシェリを見やった。
 アーサーは異常な大人げなさを発揮してなにが悪い、と胸を張って言いきっているが、マシューはそちらをフォローするつもりはなかった。四方から抱きつかれて身動きが出来なくなっている理由は、アーサーが風邪を引いたマシューを一人占めした結果に他ならないからだ。普段の状態なら、こんなことにはならなかったのだろう。心配かけたんだろうな、と申し訳なささに息を吐きながら、マシューはシェリの名を呼んだ。
 少女はアーサーのネクタイからぱっと手を離し、勢いよくマシューと視線を合わせてくる。ひたむきに向けられる透き通る琥珀色の、金にすら近い色合いの瞳の奥には、心配と恐怖があった。大丈夫、と宥めるように囁いて、マシューはシェリを手招いた。素直にとことこと歩いて来たシェリが手の届く範囲にまで歩み寄ってくれたので、マシューは手を伸ばして少女の頬にそっと触れ、髪を耳にかけてからごめんね、と囁いた。
「心配かけたよね。ごめん……もう元気だから、安心して?」
「うい。……マシューお兄ちゃんに免じて、眉毛は許してあげることにします」
 我らが宗主国の独占欲の強さは身に染みて知ってますからー、と不満げに唇を尖らせて言ったシェリに、マシューは穏やかな笑みで頷いた。一番ひどかった時期に比べれば、風邪をひいて閉じ込められるくらい、可愛らしいものだった。マシにはなったよね、と笑い合う英連邦たちを見て、アルフレッドはアーサーに白い目を向けた。君はなにしてるんだい、と言わんばかりの視線に、アーサーは不思議そうに首を傾げる。
「俺が、俺のものを囲い込んでなにが悪い」
「君を紳士って言ったヤツは誰なんだい……」
 騙されすぎに違いないんだぞ、と言ったアルフレッドに、アーサーはやんわりと目を細めて微笑んだ。他者の評価を全く気にしない、覇者の微笑みだった。誰かが勝手に言いだしたんだろ、と嘯き、さてとアーサーは首を傾げる。視線をアルフレッドからシェリ、ピーター、クマ次郎さんの順番で移動させて、隠れている香には溜息を送って。アーサーは本当にお前ら、と頭の痛そうな声で額に指先を押し当てる。
「離れてやれよ。マシューが動けなくなってるだろ?」
「やですよー! 僕は今日はずーっと、マシューお兄ちゃんと一緒に居るって決めたです!」
「あ、じゃあ俺もこのままで居るっす」
 左右が離れても、マシューの前後は確保されたままらしい。ええと、と困った視線を向けられて、アルフレッドはにっこり笑った。もちろん、他の二人がくっついているのであれば、アルフレッドが離れる理由などないのである。視線を交わしただけで諦めて、マシューはクマ次郎さんを見下ろした。もこもこの毛皮をピーターに撫でられながら、クマ次郎さんはのそりと顔をあげ、諦メロ、と呟く。つまり、離れる気はないらしい。
 きゅぅ、と指先が繋がれる感触に視線を向けると、シェリが撫でられていた手を捕まえていた。手を繋いで嬉しそうに笑う様子を見ていると、返して、とも言えなくなってしまう。動けませんね、と運命を受け入れた殉教者のような呟きで受け入れるマシューに、アーサーはふむ、と考える仕草を見せた。いかなアーサーと言えど、四人と一匹を相手にマシューを取り戻すのは骨が折れる。平和的な解決はできそうにもない。
 さてどうするか、と考えながら、アーサーは基本的なことを問いかけた。
「マシュー。お前、その状態に困ってるか?」
「……そこまでは」
 控えめな答えは、予想通りのものだった。だからなにもしないであげてくださいね、という意思も透けて見え、アーサーは口元を緩めて笑う。それをマシューが望むのならば、放置してやるのもやぶさかではない。玄関先に、買って来たものを放置したままなことも思い出し、アーサーは仕方がないと苦笑した。マシューの表情が、ふんわりと緩む。ありがとうございます、と言われるのに頷き、アーサーは一歩を踏み出した。
 カツ、と響く硬質の足音。場の全てが反射的に身を硬くしたことを面白がるような笑みを唇に刻み、アーサーはすい、となめらかな動きでマシューの顔を覗きこんだ。手袋に覆われたままの手を伸ばし、喉の下を指先でくすぐるように上向かせる。視線を合わせれば、察したマシューの頬が赤らんだ。だめ、と動きかけた唇を舌先で軽く舐めて封じ、アーサーは静かな声で言い放つ。
「体は貸してやってるんだから、唇くらいは俺に許すべきだ」
 反論は認めないから聞き入れない、と言って、アーサーはマシューと唇を重ねた。相手が完全に身動き出来ないからこその、支配的な口付けだった。マシューの喉がひくりと動いたのを指先で感じ取って、アーサーはゆっくりと唇を離す。はぁ、と軽く乱れた息を整えながら睨んでくるマシューの、鼻先に触れるだけのキスをして。睨んでも可愛いだけだぞ、と言い残し、アーサーは手を振って部屋を出て行った。
 荷物を取りに行ったのだろう。濡れた唇を舐め取って息を吐くマシューは、こまったひとだなぁ、と溜息をついたのだが。直後、部屋の中に吹き荒れた変態を罵倒する声の数々は、決して同意見ではないようだった。

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